41.エピローグ
「えっ!? ここが鈴のバイト先なのっ?」
「ああ。そうだ」
大会翌日の月曜日。俺は愛希と二人でメイドカフェ「メイフィー」の入り口前に立っていた。
愛希は薄く黄色の混ざった白のショートスリーブに、青系統のショートパンツを履いている。手には白のハンドバックを持っていて、愛希はかっこかわいいコーデに仕上げてきていた。
混むであろうお昼時を外し、俺と愛希は午後二時過ぎにメイフィーの扉を開けた。
「「「お帰りなさいませご主人さま! お嬢様!」」」
俺たちは夏休みだが、今は平日の昼間。メイフィーには俺たち以外の客は一組しかおらず、手の空いていたメイドたちが声をそろえてもてなしてくれる。
「これがメイドカフェかー。あたし初めて入ったよ」
ふりふりのメイド服に身を包んだメイドたちやファンシーに飾り付けられた店内を物珍しそうに見回す愛希。その隣で俺は鈴を探し、店の奥に視線をやる。
鈴は厨房か……。
メイド姿の鈴を一瞥して、俺は愛希とともに二人掛けの席に着いた。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「俺はオムライスで。愛希はどうする?」
「じゃ、あたしもそれで」
注文を終えると、向かい合って座っている愛希が間髪入れずに口を開いた。
「いやー、それにしても驚いたよー! 優勝おめでとーって言った途端に鈴が、実はバイトしてたって言うんだもん」
「俺もここで鈴を見かけたときは驚いたな……」
一か月半前。裕太と慎吾の二人とここに来た時のことをしみじみと思い出しながら、俺は鈴のいる厨房に目を向けた。
「にひひっ! 鈴、あたしたちに気付いたら驚くかなっ?」
そう言う愛希は両手で頬杖をつきながら、いたずら好きな子供のような笑顔を浮かべる。愛希につられて俺も軽く笑った。
「ハハッ……たまにはサプライズもいいだろ」
そんな話をしているうちに、鈴は二皿のオムライスを持って厨房から姿を現した。
「鈴っ!」
「えっ……!? 愛希? それに……春馬くんも……」
愛希は鈴の姿を見た途端椅子から腰を浮かせ、名前を呼んで手を振った。その声に、鈴は目を丸くし、オムライスを落としそうになるほど驚いた。
「えっ、なになに!? あのリア充カップルって鈴ちゃんのお友達なのぉ?」
名札に江川とかかれた、猫を彷彿とさせる小柄のメイドが鈴の態度に食いつく。すると他のメイドたちも、柱の陰から二人の会話に耳を傾けた。
「えっと……あの二人、愛希と春馬くんはわたしの友達です……」
「へぇそうなんだぁ! だったら話してきたらいいよぉ。今はお客様も少ないし」
「ありがとうございます……」
「別にお礼なんていいよぉ」
どうやら江川の方が鈴の先輩らしい。彼女は「えっへん」という効果音が付きそうな顔で胸を張り、鈴の背中をバンバン叩いて先輩風を吹かせている。だが鈴は、そんな江川を真っ向から見つめて、珍しく語気を強める。
「でも……あの二人も友達同士で、カップルじゃありません……!」
何を話しているのかは俺の位置からでは聞き取れなかったが、鈴の頬はほんのりと赤く染まっていく。その様子に江川は目を見開き、一歩後退る。
「へっ!? 鈴ちゃんもしかして……」
「……? 江川さん……?」
次の瞬間、柱の陰に隠れていたメイドたちの口元がニヤニヤと歪む。江川の猫のような口元も、鈴をからかうようににんまりと広がった。
「なるほどねぇ~。ま、がんばってぇ~」
間延びした江川の声に首を傾げつつも、鈴は俺と愛希のいる席に向かって歩いてくる。鈴は二人分のオムライスをテーブルに置き、隣の席から椅子を一つ持ってきて腰を下ろした。
「えっと……二人はどうしてここに来たの?」
メイド服姿を見られて恥ずかしいのか、視線をウロウロさせている鈴がいきなり本題に切り込む。それを聞いて俺は、愛希と目を見合わせた。すると愛希は真剣な目つきで頷く。
「鈴。部外者の俺たちに話したくないなら話さなくてもいい。けど、もしよかったら鈴のお母さんの件、どうなったか教えてくれないか?」
「うん。いいよ……」
「そうか……ありがとな……」
鈴があっさり頷いてくれたことで俺は息が詰まりそうな緊張感から解放され、安堵のため息を吐いた。けれど愛希は、いまだ落ち着きなくテーブルの上で指を絡ませたり離したりを繰り返していた。
「鈴。それ、あたしも聞いていいの?」
「うん。愛希にも、心配かけちゃったから……」
そう言って、鈴はお母さんのことを話し始める。
「春馬くんのおかげで手術費も、手術を待つ間の入院費も集まったから、お母さんは明後日から東京の大きい病院に入院することになったの。だけど、お母さんが手術を受けられるのはまだ一か月くらい先になるみたい……」
「そうか……なるべく早くなるといいな」
「うん……でも、お母さんが手術を受けられることになっただけでも、うれしい……」
鈴は喜びを嚙みしめるように、そっとはにかんだ。彼女の笑顔を見ていると、こんな俺でも鈴の助けに慣れたという実感がわいてくる。
俺は、ちゃんとやれたんだな……。
俺は唇を噛んで歓喜の叫びを堪える。だが自分でも、表情が喜びに崩れていくのがわかった。
「あたしは何にもできなかったけどさ。鈴がもうこれ以上無理しなくて済むならよかったよ! これからはバイトもしなくていいんでしょ?」
愛希は少しだけ悔しそうに、けれどその感情を押し殺して太陽のような笑顔を鈴に向ける。対して鈴は、首を横に振った。
「ううん。わたし、メイフィーのバイトは続けるよ……お母さんが働けるようになるまでは、わたしが生活費を賄わないとならないから……」
「あっ……そうなんだ。ごめん鈴っ! あたし──」
「ううん大丈夫。先輩みんな優しくて、わたし、ここのアルバイトは好きだから……」
「そうなのっ? それならよかったよー」
声を弾ませてメイフィーのアルバイトが好きと言った鈴を見て、愛希がフニャっと表情を緩める。するとその途端、愛希はテーブルにあるオムライスを見てニヤっといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「そうだ鈴。あれやってあれ! オムライスがおいしくなる魔法っ! あたし鈴がやってるとこ見てみたいなー」
「えっ……!?」
猫なで声で鈴に甘えた視線を送る愛希。対して鈴は、顔を赤らめ目を逸らす。けれどすぐにポケットからケチャップを取り出し、立ち上がった。
また鈴の魔法を聞けるのか!? ……いや、でも──。
「……鈴。恥ずかしいならやらなくてもいいんだぞ」
「ううん。……これは仕事だから……やるよ」
自分の中の葛藤に打ち勝ち口にした気遣いは、鈴には無用だった。そのことに喜ぶ自分がいて、俺は自分自身に呆れて頭をかく。
「じゃあ、やるね……?」
「うんっ! 鈴、お願いねっ?」
鈴は二人分のオムライスを凝視して、ケチャップを握る力を強めた。
「……おいしくなぁれ、おいしくなぁれ。萌え萌えきゅんっ……!」
胸の前でハートを作った鈴は恥ずかしそうに肩を丸め、目を閉じる。
やっぱりかわいいな……。
耳まで真っ赤に染めた鈴がオムライスにハートマークを描く姿に、俺の鼓動が速くなる。隣では愛希が、鈴の初々しくかわいらしい姿に、いっそう表情をイヤらしく崩していた。
「……できた──」
「もー鈴かわいすぎるよー!」
「愛希……!?」
まだ顔が赤い鈴に、愛希がギュッと抱き着く。
正面から鈴と抱き合い、鈴の肩に顔を乗せる愛希。春歌高校一年の二大美少女が戯れる様子は、ラノベやアニメで見るのとは比べ物にならないほど尊かった。
「春馬くん」
愛希に抱き着かれた鈴が、鈴を転がすような声で俺の名前を呼ぶ。呼ばれるままに鈴の目を見ると、鈴は昨日と同じ、最高に温かい笑顔を浮かべた。
「ありがとう」
その一言は、心地いい春風のように俺の心に吹き抜ける。体の芯から温もりに包まれる感覚に、うれしさが腹の底からこみ上げてきた。
「俺の方こそ……鈴と一緒に居られて楽しかった」
だから、まだ鈴と一緒にいたい……。
家の問題が解決した今、鈴に俺と一緒に居る理由はなくなった。
それでも、俺は鈴と友達でいたい!
そうして俺と鈴は、同時に口を開く。
「鈴。これからも俺と友達でいてくれ!」
「春馬くん。これからもわたしは、春馬くんと友達でいたいの……!」
「「えっ?」」
互いに胸が張り裂けそうな思いで口にした言葉。断られたら耐えられない。そんな思いで口にした言葉が重なり、俺たちは目を見合わせる。
そして、同時に破顔した。
「ハハッ……!」
「ふふっ……」
「ちょっとー! あたしもいるのに二人の世界に入らないでよー!」
鈴を抱きしめながら、ムスッと口をすぼめる愛希。彼女を無視して、俺は鈴に手を差し出した。
「これからもよろしくな」
「うん」
鈴の小さく柔らかい手が、俺の手を取る。すると一拍遅れて愛希が、俺と鈴が結んだ手を両手で包み込んだ。
「あたしもっ! あたしだって鈴と春馬の友達なんだからねっ!」
「ああ。そうだな」
「ふふっ……そうだね」
この物語はここで完結です。この話を最後まで読んでいただきありがとうございました!
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