39.世界大会スタート
『さあいよいよ始まるぞ! 今最も世界が沸くFPS──ガンドラン。その中でも特に熱い四人一チームで戦うカルテットモード。世界大会開幕だぁッ!』
八月二日の日曜日。ついにガンドランのオンライン世界大会が始まった。
「ようやくだな春馬! オレたちの作戦、世界に見せつけてやろうぜ!」
大会のオープニングセレモニーが終わり、最終予選を控えた俺、裕太、慎吾、鈴の四人は通話をつなぐ。
「そう言えば、ボクたちってなんで日本予選スルーだったの? カルテットモードでの公式戦なんてしたことなかったよね?」
「ああ。それはこの間トリオ(──三人制)で優勝したからだ。『トリオの覇者がカルテットに挑む』って、話題作りにちょうどよかったんだろうな」
そうこう話しているうちに、最終予選の開始時刻が刻々と迫る。俺は一度ヘットフォンを外し、隣にいる鈴を見た。
彼女は今もマウスを握り、動きの練習を続けている。けれど鈴の強張った表情を見るに、それは上達や動きの確認のためではなく、緊張を紛らわしているだけに見えた。
まあ、緊張するよな……。
「鈴。そろそろ始まるぞ」
「……うん」
鈴が出したのは、なんともないとでも言うような抑揚のない声。だが、マウスを操作する鈴の手は震えていた。
「緊張してるな」
「……ごめんなさい」
「いや、別にいいんだ。俺だって最初に大会に出た時は緊張したからな。だから予選はミスってもいいし、緊張したままでもいい」
「えっ……それでいいの……?」
間の抜けた声を上げて俺を見る鈴に、俺は真顔で頷いた。
「ああ。相手を舐めているわけじゃないが、客観的な実力を言えば、予選の相手なら俺たち三人だけでも決勝に進める。……けど決勝は鈴がいないと勝てない。だから鈴はこの予選、大会の雰囲気に慣れることに集中してくれ」
この大会は二試合しかない。最終予選は十二ブロックに分かれ、それぞれのブロックから上位二チームが決勝に進出する。そこに前回大会の優勝チームを合わせた計二十五チームが決勝でぶつかり合い優勝チームを決める。
だからこそ、鈴にはこの最終予選で大会の雰囲気に慣れてもらうしかない。
「わかった……頑張るね」
そう言う鈴の震えは治まったが、まだ表情は硬い。
『さあ第一から第三ブロックまでのプレイヤーたちよ! 準備はできてるかぁッ?』
俺たちが出るのは第二ブロック。試合開始が迫り、俺はヘットフォンを付け直した。
「はぁ……」
大きく息を吐き目を瞑り、暗闇の中でキーボードの位置とマウスの握り心地を確認する。それから俺はゆっくりと目を開け、三人に呼び掛けた。
「裕太、慎吾、鈴。……まずは予選。確実に勝ちに行くぞ!」
「ああ任せろっ!」
「ボクも頑張るよ!」
ヘットフォンからは裕太と慎吾の頼もしい声が響く。隣を見ると鈴と目が合い、何も言わずに頷き合った。
『さあいよいよッ! ガンドランカルテット世界大会、最終予選第一試合開始だぁッ!』
***
「言ったぞ慎吾!」
「もう倒したよ! 春馬の方にも二人行ったよ」
「ああ。わかってる」
強気に敵の密集地帯に飛び込んだ俺たちは、裕太と慎吾の超絶連携と、一時期は一試合平均キル数ランキング一位だった俺の個人技を見せつける形で敵を殲滅していく。鈴も実力が劣るなりに牽制射撃で時間を稼いでくれていた。
この乱戦……一チームくらい漁夫りに来てるよな……そいつらがこのタイミングで狙う位置は──そこのゲート!
「鈴。そろそろ大丈夫か?」
「うん。だいぶ大会の雰囲気に慣れたと思う……」
「だったらそこのゲートに行ってくれ」
「うん」
鈴の動きは一見、今戦っている敵チームの裏に回り込むための行動だ。通常の試合ならば良手。しかし、世界大会では読まれる。
シュンッ!
案の定、鈴はどこか別のチーム──遠方に潜むスナイパーからの狙撃で一気にHPを全損──即脱落した。
「よし。裕太、慎吾。こっちの敵二人は俺がやる。二人は今狙撃してきたチームの方に行ってくれ」
「おうよ!」
「了解!」
誰も──鈴自身も鈴の脱落に反応せず、そのまま俺たちは最終予選を一位通過した。
***
「みんなお疲れっ!」
「お疲れ様」
「ああ。お疲れ」
「お疲れ様……」
「じゃあ決勝が始まる三十分前にまた集合な」
「おう! あとでなっ!」
「またあとでね」
最終予選終了後、俺たちはすぐに通話を終え、クールダウンを始める。これは、試合前に直前の試合について褒め合ったり反省会を開いたりすると、思うように自分のプレイができなくなることがあるからだ。
「春馬くん。わたしの死に方、どうだった?」
唐突に鈴が、パソコン画面を見たままそう聞いてくる。俺は直前の試合の話をしても調子を崩すことはないため、躊躇いなく会話を続けた。
「あれめちゃくちゃよかったぞ! もうここしかないっていうくらい完璧なタイミングでの自爆だった。あれやられたら俺でもわざとだって気付けないと思う」
「そう……それならよかった……」
鈴は画面に目を向けたまま、ホッと息を吐いた。彼女の強張っていた表情もどこかうれしそうに緩み、肩の力も抜けていく。その様子を見て、俺も一安心して立ち上がる。
「……とりあえず、ご飯食べるか」
「……そうだね」
鈴も立ち上がり、食卓に向かおうとした。その時、マナーモードにしていた俺のスマホがブルブルと振動を始めた。それは、愛希からの着信だった。
「もしもし」
「あっ、春馬? 今の試合見てたよ! やっぱ春馬たちってめっちゃ強いねっ! あたしじゃ何やってるか全然わかんなかったよ。なんで一人で三人も同時に──」
実況とか裕太たち以外の友達にベタ褒めされるのって、なんか照れくさいな……。
興奮した様子の愛希は、俺たちのプレイについてまくしたてるように話し続けた。その間、鈴が会話の内容を気にするように近寄ってきたため、俺は通話をスピーカーに切り替える。
「──ホント、さすが世界王者って感じだったよ!」
空気を吸うのを忘れるほど俺を褒めてくれた愛希。一気に話し終えた彼女からは、マラソン後のように息切れした呼吸音が聞こえた。
「あ、ありがとな。褒めてもらえて、うれしい……」
俺は前髪を弄りながらそう答える。その間に息を整えた愛希は、声のトーンを一段下げた。
「春馬。今そこに鈴もいる?」
「ああ。スピーカーにしてるから鈴にも聞こえてるぞ」
「いやその、鈴もすごかったよ。だってガンドランを初めてまだ三週間くらいだよね? それであんなに動けるなんてすごいよ! ……だからその、序盤にやられたのは気にしないで、決勝も頑張って!」
……ああそうか。愛希は鈴がわざとじゃなくて普通にやられたと思ってるのか。
きっと愛希が、試合前のこのタイミングで電話してきたのは、鈴が落ち込んでないか心配だったからなのだろう。それで今、鈴を励まそうとしている。
愛希には悪いけど、作戦は順調そうだな。
「愛希あのね……さっきわたしが死んだのはわざとなの」
「えっ!? そうなの!?」
俺と同じく愛希の気遣いに気付いた鈴が、早期脱落の真実を告げた。それを聞いて驚く愛希に、俺は軽く説明する。
「俺の考えた作戦は初見殺しに近いものだからな。決勝まで手の内を見せないように、鈴には序盤で脱落するようにしてもらったんだ」
「そうだったんだ……ごめんね鈴っ! 余計なお世話だったね」
「ううん。心配してくれて、うれしい……」
会話が途切れ、気まずい沈黙が訪れる。互いの息遣いだけが聞こえる静寂の中、最初に沈黙を破ったのは愛希だった。
「……じゃあ、決勝前なのにこれ以上邪魔しちゃ悪いし、そろそろ切るねっ! 二人とも応援してるよ、がんばって!」
「うん。頑張るね」
「じゃあな。必ず優勝するから見ててくれ」
「うんっ! あたしも配信見て応援してるからっ! じゃあね!」
それから三時間後、いよいよ決勝戦開始まであと三十分に迫った。鈴の母親の手術費を稼ぐため、絶対に負けられない決勝戦が間もなく始まる──。




