30.自宅訪問
「お、お邪魔します……」
「あ、ああ」
初対面のようなぎこちないやり取りをして、俺は山下を家に招き入れた。
「あー、とりあえず手前のパソコンに座ってくれ」
「うん……」
「それと飲み物、水か麦茶かコーヒー、どれがいい?」
「それじゃあ……麦茶」
「わかった」
俺は仕切りのないキッチンで、二人分のコップと麦茶を用意する。それらをお盆に乗せて一度顔を上げると、山下はちょこんとゲーミングチェアの上で小さくなっていた。
キョロキョロと落ち着きなく室内を見回し、俺以上に緊張している様子の山下を見て、俺は大きく息を吐いた。
「はぁ……」
落ち着け俺。俺が緊張してたら山下さんも落ち着かないだろ。
それに今日、山下はガンドランの練習に来ている。山下は大会までの間、メイフィーでのバイトも日曜日は休みにして練習に当てると約束してくれた。だが、緊張していては何も身に付かない。
どうにか山下さんの緊張をほぐす方法は……。
首を捻って考えているとふいに、以前山下と図書館に行ったときにした約束が脳裏をよぎった。
「よかったら今度、俺の家にあるラノベを何冊か貸そうか?」
その約束を思い出し、俺は飲み物をパソコンの近くにあるローテーブルに運んだ。
「山下さん。麦茶ここ置いとくから、好きなときに飲んでいいぞ」
「う、うん。ありがとう……」
山下は表情にこそ出ていないが、カッチカチの受け答えをする。その様子がなんだか微笑ましくて、俺はフッ……と笑いを含む息を吐いた。
「山下さん。めちゃくちゃ緊張してるな」
「……っ!?」
俺の言葉を聞いた途端、山下は勢いよく後ろを向き、赤くなった耳を触った。そして、山下は俺に聞こえるかどうかというくらいの小さな声を出す。
「……ごめんなさい。こんなに緊張してたら練習にならないよね……」
「そうだな」
「…………」
俺が肯定すると、山下は黙り込む。けれど、俺は言葉を続けた。
「けど、俺も緊張してる……」
「……えっ? ……そうなの?」
「ああ。俺だって自分の部屋に女子を呼んだことなんてないんだ。緊張するに決まってるだろ」
そうやって俺が開き直ると、山下は呆けた様子で俺を見て、やがてクスクスと肩を揺らし始めた。
「ふふっ……ありがとう町川くん。少し、よくなった……」
表情を緩める山下にはまだ少し硬さが残っているが、だいぶ緊張がほぐれてきていた。
「あー、山下さん。俺もまだ少し緊張してるんだ。……それでこの間、おすすめのラノベを貸すって言っただろ? 緊張が落ち着くまでの間、選んでいかないか?」
「いいの?」
俺が目線で本棚を示すと、山下は目の色を変えた。
この前読んだ「放課後の流れ星」がよっぽど面白かったんだな。
俺は、山下がラノベに目覚める予感に内心苦笑しつつ頷いた。
「ああ。好きなのを選んでくれ」
「ありがとう……」
山下はお礼を言って立ち上がり、スタスタと本棚の前に行く。それからすぐに、本棚の一番上から順番に好奇心の光る目を走らせた。俺もつられて本棚に並んだラノベの背表紙を眺めていると、きわどいイラストが多い「オレの恋は修羅場ごときで止まらない」というシリーズのタイトルが目に入る。
ヤバッ……!
そう思った時にはすでに、山下の指は「オレ修羅」の第一巻にかかっていて──。
「山下さんそれは……」
「……ん? どうしたの町川くん?」
俺の制止は間に合わず、山下は疑問符を浮かべながら巻頭イラストを開いた。その瞬間、山下の目が大きく見開かれる。
「えっ……えっ……!?」
焦った声を上げた山下は顔を赤くし、パタンと本を閉じる。それからその本を顔の前で両手で挟むように持ち、口元を隠した。
「町川くん……これって……」
やらかしたぁ……。
見てはいけないものを見てしまったというように、いつになく目を激しく泳がせる山下。その隣で、俺は目元を押さえて顔を隠した。
「いやその……ラノベには、内容は面白いけどそういうシーンが多いやつもあるんだ」
「そう、なんだ……。次からは、町川くんにちゃんと確認してから開くね……」
「ああ。……そうしてくれ」
親とか彼女にエロ本が見つかったやつらって、こんな気持ちなんだろうな。
一生経験したくなかった感情を体験し、俺は現実逃避に走った。だがすぐに、まだ少し震えている山下の声で現実に引き戻された。
「町川くん……これは、大丈夫?」
恐る恐る目を開けると、山下が差していたラノベは正統派のダークファンタジーで、お色気シーンがない作品。そのことに、俺は安堵のため息を漏らした。
「ああ。それは大丈夫だ。けど、それダークファンタジー──結構重い話だぞ」
「そうなんだ……でも、町川くんが持ってるんだし、面白いんだよね?」
「それは保証する! 暗い話が大丈夫なら読んで損することはない」
好きな作品の話ができて、だんだんと羞恥心が引いていく。落ち着いてきたのは山下も同じようで、彼女の声は安定していた。
「それなら、借りるね」
「本当にその本でいいのか? なんか事故で焦らせた感じになったけど……」
「うん。いいの。わたしまだ、自分がどんな種類の本が好きかわからないから……前とは違う種類の本を読んでみたかったの」
「そうか。ならよかった」
とりあえず、山下さんの緊張がほぐれてよかった……。
何がどうあれ、本選びの目的──山下の緊張をほぐすということには成功した。俺はホッと一息つくと、山下に目を向けて口を開いた。
「じゃあそろそろ、ガンドランやるか」
「うん。頑張るね」
「まあ、無理はするなよ。無理されたら、バイト減らしてもらった意味がなくなるからな」
さっき選んだ本をギュッと握り意気込でいた山下は、一瞬呆けた顔をして自分の考えを改める。
「……そう、だね。……じゃあ、無理しないように頑張るね」
「いや、それって本当に無理してないのか?」
「あっ……」
そっと口を押える山下を見ていると、笑顔がこみ上げてくる。
時刻は午後二時。山下が家に来てからは、もうすでに三十分も経っていた。




