3.弁当
山下と空き教室で密会した日の深夜二時頃。
俺は一人暮らしのマンションの部屋で、ゲーミングチェアの背もたれに寄りかかっていた。
「お疲れ慎吾、春馬!」
俺は今、グループ通話で慎吾、裕太とともにさっきまでプレイしていたFPSのゲーム──ガンドランについて話していた。
「それにしてもどうしたんだ春馬? 今日はミスが多かったな。おまえらしくないぜ」
「そうだよ春馬。春馬はボクたちのエースなんだから頼むよー」
ガンドランの対戦モードの一つ、三人でのチーム戦をプレイしていた俺は今日、ほとんどの試合で瞬殺され、二人の足を引っ張ってしまった。
「悪い。明日には改善する」
「おいおい冷たいぞ春馬。何か悩み事でもあるんじゃねぇのか? だったら親友であるおれたちが相談相手になってやらんこともない!」
「裕太はすぐそうやって茶化すよね……」
胸を叩いてドヤ顔をしている姿が容易に想像できる裕太の自信満々な声と慎吾の呆れた声に、俺は苦笑いした。
「おまえらに相談して悩みを解決できたことが一度でもあったら、俺も相談するんだけどな」
「うるせぇよぉ! 今回がその記念すべき初解決になるんだよ」
「だといいけどな」
悪態を突きつつも、結局俺は親友の二人に今日の昼休みの出来事について話した。もちろん、昼休みに会っていた相手がこの前メイドカフェで会ったメイドだということと、彼女が学校に禁止されているバイトをしていることは隠して。
「なるほどなー……で、春馬はどうしたいんだ?」
「俺は……やっぱり、山下さんに何かしてあげたい」
「ならそうするといいよ。ボクたちはゲーマーなんだ。無謀な挑戦こそが生きがい、そうだよね?」
「そうだぞ春馬! 慎吾の言う通りだ。たとえ学校におまえの居場所がなくなってもオレらがいる。だがら安心して砕けてこい!」
「ああ。わかったよ。おまえらは俺が破滅するのが楽しみだってことはな」
「おいやめろよ春馬。おまえ冗談言うときもガチトーンなの怖すぎるって」
「ハハッ! いや悪い、ちょっとしたお返しだ。それはそうと俺はそろそろ寝る。じゃあな」
「おう。明日、頑張ってこいよ」
「じゃあねぇー」
俺は二人との通話を切ると、明日山下にしてあげたいことの準備をするためにコンビニへ走った。
***
翌日の昼休み。
俺は昨日山下と会った空き教室の扉の前に立っていた。
大丈夫だ。拒否されるのが普通。山下が俺のお節介を受け入れてくれる確率なんて、宝くじの一等が当たるようなものだ。最初から期待しなければ負う傷も浅くて済む。
俺は深呼吸をしてから、空き教室の扉を開けた。
「町川くん……? どうかしたの?」
昨日の笑顔が嘘のように冷たい声。それを発した山下は、警戒した目で俺を見る。山下に白い目を向けられ、俺は息が詰まりそうになった。
当然だよな。用もないのに、関わりの薄い男と二人きりなんて、警戒しない方がおかしい状況だよな。
俺はもう一度深呼吸をしてから、山下に向き直る。そして、手に持っていた手提げ袋を突き出した。
「山下さん。俺、山下さんの分も弁当作ってきたんだ。陰キャの俺なんかがこんなことしてキモいってのは分かってる。だけどほっとけなかった……よかったら食べてくれ!」
恐る恐る山下の目を見ると、彼女の目からはどんどん光が失せていく。
「……哀れみなら結構です。気遣いは感謝しますが、ほどこしを受けるつもりはありません」
山下は敬語を使い、冷え切った視線で俺を突き放す。だが、この程度で引き下がる俺なら最初からこの場に立ってはいなかっただろう。
山下さんには悪いが、もうしばらく俺のわがままに付き合ってもらうぞ。
「山下さんは、道端に捨てられている子猫をみたら餌をあげたくならないか?」
「いきなり何の話ですか? 用がないならもう出て行ってください」
山下は俺を一瞥して勉強に戻る。
対して俺は腰を九十度に曲げ、山下に向かって頭を下げた。
「頼む山下さん、あと少しだけ聞いてくれ。この話が終わった後、山下さんの気持ちが変わらないのなら
俺はもう二度と山下さんに近づかないと誓う。だから、俺に一度だけチャンスをくれ!」
俺は奥歯を噛みしめ、タイル張りの床を見て山下の返事を待った。
コトッ……。
永遠にも感じられた一瞬の後、山下がシャーペンを置く音が聞こえた。次に聞こえたのは、山下がため息を吐く音。
ビクビクしながら返事を待つ俺に、山下はゆっくりと口を開いた。
「わかりました。それで立ち去ってくれるんですね?」
山下の返事を聞いて、ようやく俺は生きた心地がした。安堵に全身の力が抜けそうになる。だがまだ終わりじゃない。ここからが勝負だ。
「ありがとう山下さん。それで、山下さんも道端に捨てられた子猫に餌をあげたいと思うだろ?」
山下が頷くのを見て、俺は話を続ける。
「そして餌をやると、その間は子猫を眺めて癒されることができる。大抵の人間はその、子猫を可愛がるという対価を得ることを目的に子猫に餌をあげている」
根拠なんてなにもない。純粋に善意で餌をやる人だって多いはずだし、暴論もいいところだ。だが、今はそれでいい。
「それと同じなんだよ山下さん。たしかに俺は山下さんに対して哀れみを持ってる。けど、対価を得るという目的があればそれは哀れみじゃなくなる。自分のための行動になるんだ」
何かを察したのか、山下の表情から光が消えていく。山下は、まるで本能のままに動く獣を見るような冷たい目で俺を蔑む。
それでも俺は、山下の冷たい視線に怯まず、もう一度山下の前に弁当袋を突き出した。
「だから山下さん。俺が毎日弁当を作ってくる代わりに、勉強を教えてくれないか?」
「えっ!? ……勉強? わたしてっきり……」
パチパチと瞬きを繰り返し、驚きを口にした山下。彼女の顔はすぐに、ほんのりと赤く染まっていった。
「ダメか?」
「ダメじゃ、ない……。だけどいいの? 町川くんってこの間の中間テスト、学年十一位だったよね? わたしが教える必要なんて……」
「俺は現代文が苦手なんだ。だから、現代文で唯一満点だった山下さんに教えてもらえるとうれしい……」
「そう、なんだ……」
山下は俺から視線を逸らし、耳の後ろを触る。その仕草がどうにもかわいくて、俺も山下から目を逸らした。
カチッと、時計の針が動く音だけが空き教室の中に響く。その直後、山下が弁当袋を両手で受け取った。
「いいのか?」
平常心を取り戻した俺は、山下の顔を見て最終確認を取る。すると山下は、よくよく見ないと分からないくらい、ほんの少しだけ表情を緩めて頷いた。
「うん。……これから、よろしくね。町川くん」
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