24.山下鈴と金城愛希
町川が金城からロインを受信した、少し前。昼休みになるとすぐ、わたしはあまり人が来ない一階女子トイレに入った。
一階女子トイレに立ち寄り、その後一階の階段裏に隠れて勉強する。それが、空き教室に行かなくなってからの昼休みの過ごし方だ。
わたしは個室に入り便器に座る。するとふと、昨日のコンビニバイト終わりに堀江に言われたことが脳裏によぎった。
「山下ちゃん。彼、山下ちゃんのことすごく気にしてたわよ」
そう、だよね……。町川くんは優しいから、わたしのことを心配してくれる。
しかし町川には金城という彼女ができた。彼にとってわたしはもう、邪魔でしかないだろう。
だからもう、町川くんのことは忘れなきゃって、わかってるのに……。
最近ずっと、町川のことが頭から離れない。金城が町川に告白する前からずっとだ。特に町川に会えなくなってからは、アルバイトや勉強中ですら町川のことを考えてしまう。
でも、今は勉強しないと……。
わたしはゆっくりと首を振り、町川のことを考えるのを中断させる。それから用を足し終え、わたしは個室の扉を開けた。その瞬間──。
「山下さんごめんっ!」
「えっ……」
個室の前で待ち構えていた誰かがわたしの体を個室に押し戻し、後ろ手に鍵をかけた。
「……っ。金城さん……」
「こんなことしてごめん。だけど、どうしても山下さんと話がしたくて」
わたしを押し、一緒に個室に入ったのは金城愛希。彼女はわたしの両肩に手を置き、いつになく真剣な表情を浮かべた。
やっぱり金城さん、わたしが町川くんと一緒にいたこと怒ってるよね……。
「ごめんなさい……わたしもう、町川くんとは関わらないように──」
「そうじゃなくてっ! 謝らなくちゃいけないのはあたしの方だよ!」
えっ……? どうして……。
狭い個室の中、金城はわたしの肩に手を置いたまま頭を下げた。
「ごめん山下さん。あたし、町川と山下さんが昼休みに会ってること知ってた。それなのに町川に告白した。……だから、ごめんっ!」
金城はミドルの茶髪を垂らし、頭を下げ続ける。わたしの肩に乗っている彼女の手は震えていた。
「えっ……? それって……でも、やっぱり悪いのはわたし──」
「違うよ山下さんっ! 山下さんは悪くないよ。あたしは山下さんが町川を好きだってわかってて、町川も山下さんに惹かれてるってのもわかってた。……それでも自分の気持ちを伝えたくて、町川に告白した。これはあたしの我がままだったの。だから、山下さんは何も悪くない」
「そんなこと……」
混乱で頭が回らない。わたしは、金城が言ったことを理解できなかった。何も口にできないわたしに、金城は苦々しく目を細め、言葉を続ける。
「それに町川には告白を断られてる。だからあたしは町川の彼女じゃないんだよ……あたしに、町川が他の女の子と一緒にいることを責める権利なんてないし、責めるつもりもないの。だから、山下さんが町川を避ける必要なんてないんだよっ!」
金城は信念を湛えた鋭い目をして、わたしの目を真っすぐに見つめた。その目に嘘偽りはなく、気付けば、わたしの目頭は熱くなっていた。
いいの……? 本当に、また町川くんと会ってもいいの……?
喜びにあふれ出しそうになる涙を堪えて、わたしは金城に問う。
「でもどうして? ……どうして金城さんは、ここまでしてわたしにそのことを教えてくれたの?」
町川が好きな金城にとって、わたしの存在は邪魔なはず。誤解をそのままにしておけば、自然とわたしは町川の傍からいなくなったはずだ。
やっぱり、わたしなんかが金城さんの相手になるわけないから……なのかな。
「あたしは、町川に『山下さんの代わり』って思われたくないから……」
「えっ……?」
金城から飛び出した意外な言葉に、わたしは思わず床のタイルを見ていた顔を上げる。
「もし町川があたしを好きになってくれても、今のままじゃ町川は山下さんに未練を感じるでしょ? だからあたしは、山下さんと正々堂々町川を奪い合って、あたしは唯一無二の金城愛希として町川に好きになってもらいたいの!」
金城はそこで一度言葉を切る。そして太陽のように明るい、けれどどこか挑戦的な笑顔を浮かべてわたしを指さした。
「あたし、絶対に負けないからっ!」
やっぱり、金城さんはかわいいし、カッコいいな……行動力もあって明るくて、町川くんに気持ちも伝えて……。
金城からの宣戦布告に、わたしは金城への劣等感を加速させる。だが同時に、胸の奥からは正体不明の熱い感情がこみあげてくる。その感情が恋心だと気付いた時にはすでに、わたしの口は勝手に動いていた。
「わたしも、町川くんと一緒にいたい……だから、負けない」
わたしは胸に手を当て、真っすぐに金城の目を見返す。すると、金城は一瞬ポカンと口を開け、それから笑った。
「うんっ! そう来なくっちゃ!」
言いながら金城は両手を大きく開き、わたしにハグをした。
「えっ……!? あの、金城さ──」
「愛希でいいよっ! あたしも、山下さんのこと鈴って呼んでいい?」
「う、うん……」
わたしが金城の腕の中で戸惑いながら頷くと、彼女は抱きしめる力を強めた。
「ありがとっ! じゃあ鈴、どっちが勝っても恨みっこなしだよ。友達としてもライバルとしても、これからよろしくねっ!」
「うん。……金城さ──愛希」
お互いに町川を好き同士。それは少し複雑だけれど、わたしは人生で二人目にできた友達の名前を噛みしめるように呼び、愛希の背中に腕を回した。おそらく、この時のわたしの表情は思いっきり緩んでいただろう。
キーンコーンカーンコーン。
……っ!
いつの間にか時間が経っていたようで、昼休み終了のチャイムが鳴る。その途端、わたしは愛希と抱き合っていることが恥ずかしくなり、顔を赤くした。
「あー! 鈴照れてるっ!」
愛希はわたしの顔を見るなり茶化し、腕を解く。おどけた動きで個室から出ると、彼女はわたしを振り返り、得意げに指を振った。
「今日の放課後。空き教室に町川を呼んでおくから、ちゃんと二人で話しなよ」
「……どうして、そこまでしてくれるの?」
「今回のはあたしが鈴に勘違いさせたのが原因だからね。……でもっ、あたしがライバルとしての鈴を助けるのはこれっきりだよっ?」
そう言うと愛希は、小悪魔的に笑って見せた。
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