23.鉢合わせ
翌日。水曜日の昼休みも山下は空き教室に来なかった。
やっぱり既読もつかないか……。
俺は山下とのトーク画面を見てため息を吐く。そうして、昨日と同じように一人で弁当を食べた。
***
「よし、今日も連絡ないからホームルームはなしだ。解散!」
六時間目の化学が終わり、化学教師であり担任でもある森田先生が放課宣言をした。
「よっしゃあぁ! さすが森田先生だぜ」
「早く遊び行こうぜ」
歓声が沸き上がる教室の中。あたしは急いで勉強道具をカバンに流し込み、教室を出た山下の元へ一直線に向かった。
「山下さんお願い! あたしの話を聞いてっ!」
あたしと町川が付き合っているという山下の誤解を解き、山下と正々堂々恋人レースを戦うために、あたしは山下を呼び止めた。だが──。
「ごめんなさい……急いでるんです」
「待って! 帰りながらでいいから話を聞いてっ!」
あたしはどうしても山下に話を聞いてほしくて、彼女の細い手首を掴んだ。その瞬間、山下の肩が跳ねる。
「……っ!? ごめんなさい……!」
山下はあたしの手を振りほどき、廊下を走っていった。
これでもダメか。……だったら山下さん。悪いけど、最終手段を取らせてもらうよ。
今は使えない最終手段を胸に秘め、あたしは、曲がり角に消えていくサラサラの黒髪を見つめた。
***
「ありがとうございました」
水曜日の放課後。わたしはコンビニのアルバイトに明け暮れていた。
「やっぱり若い子は覚えるのが早いわねぇ」
昨日と同じく、気さくなおばさんといった雰囲気を醸し出す堀江と仕事をこなす。気付けば、時刻は七時半を回っていた。
「山下ちゃん。お菓子コーナーの棚出ししてきてくれる?」
「はい」
わたしは言われた通り、商品を持ってお菓子コーナーに向かう。その時、後ろから堀江の「いらっしゃいませ」という声が聞こえた。
***
「はぁ……料理する気起きないな……」
俺はスマホに表示された七時二十分という時刻を見て、ベットから起き上がった。そして、半そで短パンというラフな格好のまま、日の暮れた住宅街をコンビニに向かって歩いた。
「いらっしゃいませ」
ポップな入店音と同時に、話好きそうなおばさん店員が笑顔を向けてくる。俺は視線を上げることなく弁当コーナーに向かった。
これ旨いんだよな。……最後の一個か。危なかったな。
俺は並んでいるコンビニ弁当を見ると、迷いなくビーフシチューを手に取る。最後のビーフシチューを手にできて少しだけうれしくなった俺は、ついでに何かお菓子も買おうとお菓子コーナーに向かう。そして角を曲がった途端、息を呑んだ。
「……っ!? 山下さん……」
俺の声に、バッっと顔を上げる山下。彼女は手に持っていたお菓子を落とし、目を見開いた。
「町川くん……どうして……」
山下さん、コンビニバイトもしてたのか!? ……いや、今はそれより──。
「山下さん。俺は──」
「言わないで……!」
「ングッ……!?」
俺が誤解を解こうと開いた口を、山下は小さく柔らかい手で塞いだ。
「わたし、全部わかってるから……もう町川くんと金城さんには関わらないようにするから……だから、言葉にしないで……」
山下は俺から何も聞きたくないという風に顔を背け、声を小さく震わせた。
違うんだ山下さん、誤解なんだ!
そう言いたくても、山下の手によって俺の口は塞がれたままだ。俺の口を塞ぐ山下の腕は触れれば折れてしまいそうなほど細く、小刻みに震えていた。
……っ!
俺が山下の腕に触れることにほんの一瞬躊躇っていると、レジ側から声がした。
「山下ちゃん。今お客さん少ないから、休憩入っていいわよー!」
「ごめんなさい……」
山下はひどく辛そうに表情を引き攣らせ、瞳を潤ませた。そして山下は俺の口から手を離し、すぐさまバックヤードに向かって走り出す。
「……っ山下さん!」
すぐに山下を追おうとするが、山下が落としたお菓子に足を取られてよろける。俺は、バックヤードに駆け込む山下の後姿を見つめることしかできなかった。
俺は、どうすればよかったんだ……。
俺は蹴ってしまったお菓子を拾い、呆然と立ち尽くした。拾ったお菓子をうわの空で見つめる。そんな時、視界の端に誰かの足が映った。
「ねぇあなた。山下ちゃんの知り合いなの?」
唐突に声をかけられて頭を上げると、目の前に立っていたのは名札に「堀江」と書かれた店員だった。
「はい。俺は山下さんのクラスメイトで友達……だったと思います」
「そう……」
堀江の声は包み込むような、母性を感じさせる優しい声だった。
「よかったら、二人の間に何があったのかおばさんに話してみない? 私が力になれるかはわからないけれど、悩みは人に話すと楽になるものなのよ」
堀江の声を聞くと、母親に甘えたくなる感覚と似た衝動を感じてしまう。俺はその衝動に負けて、山下との間に起きた誤解について洗いざらい話した。
「なるほどねぇ……それが山下ちゃんがずっと暗い顔をしていた理由だったのね。……いいわ。私も山下ちゃんにそれとなく仄めかしてみるわ」
「ありがとうございます」
まだ胸の中にわだかまりが残ってはいる。だが、堀江に事情を離したことで少しだけ気分が楽になった。
「けれど、最後に山下ちゃんの誤解を解くのは町川くん自身よ。がんばって」
「はい」
俺はその後、ビーフシチューとお菓子の会計をしてコンビニを後にした。
***
二日後の金曜日。俺は昼休みになると、いつもの空き教室を訪れた。
結局木曜日も山下と話すことは叶わず、山下は空き教室にも来なかった。しかし昨日から、山下は何度か俺に視線を向けてくれた──俺と目があった瞬間に視線を逸らされるけれど。おそらく、堀江が何か言ってくれたのだろう。
もう少しで山下さんと話せそうなんだけどな……。
二つ用意した弁当を並べて、俺は一人空き教室の椅子に座る。そうして三十分近く山下のことを考えていると、ピロリンっとスマホの着信音が鳴った。
山下さんか?
俺は期待を込めてロインを開く。けれど、メッセージの差出人は金城だった。
金城さんか……。
金城のメッセージは珍しく淡白だった。
『町川。今日の放課後空き教室に行って』
なんだ?
まるで自分は行かないと言っているような不自然な言い回し。それが少し引っかかったが、俺はこの時、それ以上深くは考えなかった。




