19.変化した日常
「町川おはよっ!」
金城の告白を断った翌朝。俺が自席に座ろうとした時、金城が太陽のように明るい笑顔で挨拶をしてきた。
「あいつ……!」
「羨ましぃー……」
「おれだって金城さん狙ってたんだぞ……!」
教室中の男子生徒たちからは、血を呑む苦しみに喘ぐ声が聞こえてくる。俺は教室中から向けられる殺意に苦笑いを浮かべつつ、挨拶を返した。
「ああ……おはよう、金城さん」
「それでさー町川っ。今日の放課後空いてるー? あたし美知留たちとゲーセン行くんだけど、町川も来ない?」
肩甲骨辺りまでの茶髪を揺らし、ハイテンションな声で俺を遊びに誘う金城。その瞬間、教室から俺への殺意が強まる気配を感じた。
「放課後は空いてるけど……俺はいい」
俺は、教室の真ん中あたりで集まっている金城の友人たちの方に目を向け聞いた。
「何っ? 町川はあたしと二人じゃなきゃ嫌だってことっ?」
「いや、そう言うことじゃなくて……」
「アハハ! 冗談だよ冗談! 町川焦りすぎー」
腹を抱えて笑う金城に振り回され、俺は羞恥心を隠すため前髪を弄った。
キーンコーンカーンコーン。
始業のチャイムが鳴り、担任の森田先生が教室に入ってくる。
「じゃあ放課後ねっ! 美知留たちもオッケーしてくれてるから、町川も絶対来てよねっ!」
「ああ。わかった……」
俺は金城の勢いに圧倒されて誘いを断りきれず、受け入れた。そして、膝上丈のスカートを靡かせて自分の席へと走っていく金城を見送り、席に座った。
……まあ、悪い気はしないな。
その時俺は、前の席に座る山下から向けられていた含みのある視線に気付いていなかった。
***
少し戻って、ちょうど金城が町川に告白しようとしていた時。わたし──山下鈴は下校のために階段を降りようとしていた。
「……たせ町川。ごめ……ねっ! 友達を……苦労してさー」
「いや、大丈……だ」
これって、町川くんと金城さんの声……?
二人の声を聞いた途端、なぜが胸の中がざわついて、二人が何を話しているのか気になった。わたしはアルバイトの時間が迫っているにも関わらず足を止め、耳を澄ます。
「えっとね町川……ごめんちょっと待って!」
いつも明るい金城が、緊張した様子で言葉を切る。そのことに、わたしはなんだが嫌な予感がした。
聞きたくない。
そう思っても、わたしの足は金縛りにあったように動かなかった。夏だというのに指先が冷たく震え、口の中が乾く。
「町川! あたしと、付き合って」
「……っ!?」
金城が町川に告白したその瞬間、金縛りが解ける。
町川くんの答えは聞きたくない! だって、愛想がなくて貧乏なわたしなんかと違って金城さんは綺麗だから。町川くんはたぶん……。
口の中に広がっていく苦味を噛みしめ、わたしは階段を駆け下りる。そうしてわたしは、二人から逃げた。
***
「町川おはよっ!」
わたしの席のすぐ後ろで、金城が町川に声をかける。その声は親しげで、昨日の告白の結果が透けて見えた。
町川くんに彼女ができたってことは、もう昼休みに一緒にお弁当食べられないよね……また、前みたいに一人で勉強するだけの昼休みになるんだよね……。
始業のチャイムが鳴り、金城がわたしの横を通り過ぎて席に戻る。その後、わたしは一瞬だけ町川に視線を向けた。
寂しいよ……町川くん。
もう七月だというのに、わたしは吐く息が白くなるんじゃないかと思うくらい、寒く感じた。
***
昼休みになり、わたしは勉強道具を持って空き教室に向かう。
やっぱり、いないよね……。
わたしは胸に抱えた勉強道具をキュッと握り締め、二つ並んだ椅子に座った。そして、いつもは町川から受け取ったお弁当を開けていたタイミングで、代わりに教科書とノートを開き、シャーペンを握る。けれど、手は震えて動かなかった。
どうして……? どうして町川くんがわたしなんかとずっと一緒にいてくれるって、そう思ってたの……? わたしにそんな価値、あるわけないのに……。
わたしの唇はわななき、今にも目から涙が零れ落ちそうになる。その時、空き教室の扉が開いた。
「悪い、山下さん。少し遅れた」
「町川くん……」
今、何よりも聞きたかった町川の声が聞こえた。誰よりも会いたかった町川が来てくれて、人生で一番うれしかった。
「……ってどうしたんだ山下さん。大丈夫か?」
涙も拭わずに顔を上げたわたしに、町川が心配そうな声をかけてくれる。けれどわたしには、どうしても聞いておきたいことがあった。
「町川くんは、来週からもここに来てくれるの……?」
町川と会えるのは今日で終わりかもしれない。うれしさと同時に湧き上がった大きな不安に、わたしは声を震わせた。
「ん? 何でそんなこと聞くんだ? 当たり前だろ」
一切のかげりなくはっきりと告げられた町川の言葉に、わたしはうれしさで胸がいっぱいになった。
「そう……ありがとう。町川くん」
金城とのことは怖くて聞けなかったけれど、来週からも町川と一緒にお昼ご飯を食べられる。そのことがうれしくて、わたしは表情が緩むのを我慢できなかった。
「……よくわからんけど、とりあえず弁当食わないか?」
困惑しながらもわたしの隣に座り、お弁当を開く町川。彼につられて、わたしも勉強道具を片付けお弁当を開いた。そして、玉子焼きの優しいコクのある旨味を味わう。
「やっぱり町川くんのお弁当、おいしい……」
「そうか。よかった」
わたしは、町川のいつも通りの淡泊な返しに微笑み、白米を口に運ぶ。いつもと同じ時間が、今はすごく幸せに感じた。
たとえ町川くんと他の場所で会えなくなったとしても……この時間だけは、ずっと続いて欲しいな……。




