11.格安デート①
午後一時過ぎ。俺は駅前広場で山下を待っていた。
今日のプラン大丈夫だよな。時間がかかりすぎないか? タダで遊べるって言ったのに金かかるなんてことはないよな?
待ち合わせの約束は午後一時半。俺は山下を待ちながら、ソワソワとスマホをスクロールし、メモしたデートプランを何度も確認していた。
「町川くん」
後方から響く、そよ風のように心地いい声。振り返るとそこには、ベージュ色の小さなショルダーバックを肩にかけ、夏の日差しに白い腕や黒い長髪を輝かせる山下がいた。
だが、彼女は薄灰色のスカートと白の半そでセーラー服に身を包んだ、普段と変わらない制服姿だった。
やっぱり制服かぁ……なんかそんな気がしたんだよな。
「ごめん……待った?」
「いや、五分も待ってない」
一瞬の沈黙。その後に、俺の格好を見た山下が申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんなさい……わたし外出用の服、持ってなくて……」
「大丈夫だ。たぶん山下さんは制服で来るだろうなって思ってた」
「ごめんなさい……」
茶化したつもりが、山下はいっそう落ち込む。その様子に、俺は慌てて訂正した。
「いや冗談だから! ……それに俺、服をタダで帰る場所知ってるんだ」
「そんなところがあるの?」
無表情の山下が顔を上げ、半信半疑に聞き返してくる。そんな山下に、俺はきっぱり頷いた。
「ああ。だから、山下さんがいいならまずは服を買いに行かないか?」
「うん。……でもやっぱり、町川くんの冗談わかりずらいよ」
「ハハ……」
俺は苦笑いを浮かべ、山下と並んで町を歩いた。
***
「いらっしゃい」
通りの外れに位置する小さな建物──老舗服屋「のんける服屋」の扉を開けると、中から穏やかな老人の声が聞こえた。
「町川くん。ここって本当にタダなの?」
俺は得意げに頷き、入ってすぐにあるカウンターの方を指さす。そこには、
「芸大生の孫、絵のモデルを募集中! モデルになってくれた方には服を一セットプレゼント!」
と書かれた貼り紙が置かれていた。
「すごい……町川くん、よく知ってたね」
「まあ、たまたまだ」
本当は前に母さんが教えてくれたんだけどな。
「どうする? 絵のモデルが嫌ならやめるけど」
「ううん。せっかくだし、やっていこうかな……」
そう言うと山下は、照れくさそうにショルダーバックの紐を握った。その仕草に思わず見惚れそうになりながらも、俺は店主らしきお爺さんに声をかける。
「あのすみません。この絵のモデルになったら服タダってやつ、まだやってますか?」
「ああ……やってるよ」
お爺さんは和やかに微笑むと、カウンター横にある階段に向かって声を張り上げた。
「美優ー! お客さんだよ」
「はぁーい! ちょっと待ってねー!」
居住スペースらしき二階から、ドタバタと慌ただしい足音が鳴り始めてしばらく。階段を駆け下りてきたのは、ダラダラのTシャツにショートパンツを履いた、ラフな格好のお姉さんだった。
「お待たせしましたっ! ……それで、どっちがモデルになってくれるのかなっ?」
「わたしです」
「まじ!? めっちゃかわいいじゃん! オッケーオッケー、キミなら大歓迎だよ。腕が鳴るねっ!」
ボサボサの短い髪を弾ませながら、美優と呼ばれたお姉さんは親指を立てる。
「じゃあ早速説明するねっ! あっと、その前に一つ確認。モデルって言っても最初ちょっと座っててもらった後、資料の写真を撮らせてもらうのがメインなんだけど、それでも一時間くらいはかかるんだよね。時間は大丈夫かなっ?」
美優の問いに、山下がチラッと俺を見る。俺は無言でうなずいた。
「大丈夫です」
「ありがとー! こんなかわいい美少女を描かせてもらえるなんて光栄だよっ! じゃあ早速服を選んでくれるっ?」
「はい」
「ゆっくり選んでねー!」
美優とお爺さんに見送られ、俺たちはレディースコーナーへと足を運んだ。
「山下さん。何か気になる服あったか?」
一通りの服を見終えた後、ハンガーラックの間で黙りこくっていた山下。彼女は俺を振り返ると、普段通り冷静な表情で俺を見た。
「わたし、どういう服がいいのかわからなくて……その、町川くんが選んでくれないかな……?」
山下は少しだけ気まずそうに、けれどどこか照れくさそうに顔を強張らせた。そして、首元の髪を撫でつけながら、俺の返事を待つ。
そんな顔されたら俺が選ぶしかないだろ……。
山下の無自覚な仕草に、俺は店員に頼るという退路を断たれた。
どうする……? 女子の喜ぶ服装なんてわかんないぞ。
脳をフル回転させ、頭の中で唸り声を上げながら服を漁る。そして、過去の黒歴史製造期に培った逞しい想像力を脳内着せ替えモードにして、山下に似合う服を探した。
これはアリか? これはない……。ここら辺の服全部似合いそうだな……。
「あー……山下さん。とりあえずこの三セットを試してみてくれ」
悩みに悩んだ末、俺は三種類のセットを山下に手渡した。
「うん……着てみるね」
あれで大丈夫だったのか? 俺の感性がずれまくってたら、恥をかくのは山下さんなんだぞ……。
山下が試着室で着替えている間、俺は試着室の前を落ち着きなくグルグルと歩き回っていた。
「やあ彼氏くん。彼女の服、ちゃんと選んであげられたかい?」
「美優さん!?」
突然肩を叩かれ、俺の声は裏返った。
「いやっははっ! 緊張してるねぇ彼氏くん」
「いや、まあ。俺、女子の服を選んだ経験とかなくて……。それに俺、山下さんの彼氏じゃないですよ」
「ええー本当っ? カップルにしか見えないけどな~」
「ハハ……」
テンションが高い美優に、俺は苦笑いを返すことしかできない。
「で? 服選びは上手くいったのかい?」
「正直、全然自信ないです」
「まあ大丈夫でしょ! 彼女かわいいから、どんな服でも似合うって!」
そう言って俺の背中をバンバン叩く美優は、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「じゃあうちはアトリエで待ってるから。キミのコーデ、楽しみにしてるよっ!」
俺は呆れた顔で、嵐のように過ぎ去っていく美優の背中を見送った。ちょうどその時、後ろから山下の声が聞こえる。
「町川くん……お待たせ」
小鳥のさえずりよりも耳心地のいい山下の声に唾を呑む。再びの緊張感に襲われながら、俺は山下を振り返った。
かわいすぎだろ……。
水色のワンピースに腰下あたりまである白いカーディガンを羽織った山下は、控えめに言って天使だった。今まで見てきたどんな女性よりもかわいかった。
「どう、かな……」
「ああ、似合ってる! 制服姿の山下さんもすごくかわいいけど、今の姿の山下さんもすごくかわいいぞ。なんというかこう……とにかくかわいい!」
「ありがとう……」
俺は乏しい語彙力で、山下のかわいさをこれでもかと熱弁。すると山下は、顔を赤くしてカーテンを閉めた。
あ……やらかしたぁ……。
山下がカーテンの向こう側に姿を隠した後。ほんの少しだけ冷静になった俺は否応なく羞恥心に駆られ、頭を抱えた。




