魔王様の言葉が「古語」すぎて誰も理解できないので、現代語訳スキルのある俺が適当に通訳してたら、世界征服を阻止してしまった。 ~「余は腹が減った」を超解釈して人類に宣戦布告しないでください~
「――汝、深淵ノ理ヲ解スルカ?」
玉座の間。重苦しい空気が支配するその場所で、漆黒の玉座に座る巨影が問うた。
魔王ヴェルザード。
三百年ぶりに復活したとされる、恐怖の象徴。
その御前には、魔族の幹部たちが平伏し、そして一人の人間――俺、伊丹ケンジが立っていた。
「……えーっと」
俺は冷や汗を拭った。
異世界転生して三年。
特にチート能力もなく、転生時に手に入れたユニークスキルを使ってしがない「翻訳家」として日銭を稼いでいた俺が、なぜ魔王城にいるのか。
それは、魔王軍が出した求人広告のせいだ。
『急募:通訳。年齢不問。人間可。高給優遇。福利厚生完備(魔王城の食堂食べ放題)』
生活苦に喘いでいた俺は、藁にもすがる思いで応募したのだ。
そして今、最終面接が行われている。
「おい貴様、早く答えろ! 魔王様がお待ちだぞ!」
隣で膝をついている側近、四天王の一人である『炎獄のボルカ』が小声で恫喝してくる。
筋肉ダルマの赤鬼だ。怖すぎる。
だが、俺には分かっていた。
この魔王様が、今なんと言ったのか。
「深淵の理……?」
周りの幹部たちは「恐ろしい闇の魔術のことだろう」「いや、人間界への侵略計画のことか?」とザワついている。
しかし、俺のユニークスキル『超翻訳』は、全く別の意味を表示していた。
『翻訳結果:トイレはどこだ?』
……マジかよ。
俺は我が目を疑った。全くそんな意味には聞こえなかったのだが?
三百年ぶりに復活した魔王だ。言葉遣いが古すぎて、現代の魔族たちには通じていないのだ。
そして「深淵の理」というのは、彼が生きていた時代の隠語で「排泄行為」を指す……らしい。
魔王様、めっちゃモジモジしてる。
あれは威圧感を出しているんじゃない。漏れそうなのを我慢しているんだ。
「貴様! 魔王様の問いに答えられぬか! 処刑だ!」
ボルカが斧を振り上げる。
やばい。ここで「魔王様がトイレに行きたいそうです」なんて言ったら、不敬罪で殺される。かといって黙っていても殺される。
俺は覚悟を決めた。
事実を捻じ曲げず、かつ魔王様の威厳を保つ、ギリギリの意訳をするしかない!
「は、はい! 魔王様はこう仰っておられます!」
俺は声を張り上げた。
「『我が内なる闇が暴れ出そうとしている。急ぎ、静寂なる解放の間へ案内せよ』……と!」
シン、と場が静まり返った。
ボルカが目を見開く。
「な、なんと……! 魔王様は復活直後で、溢れ出る魔力を制御できておられないというのか! それを『闇が暴れる』と表現されるとは……!」
いや、違う。暴れそうなのは膀胱だ。
「ええい、者共! 魔王様を『解放の間』へご案内しろ! 最高級の個室を用意するのだ!」
幹部たちが慌ただしく動き出し、魔王様をエスコートしていく。
去り際、魔王様が俺の方を振り返り、微かに親指を立てたのが見えた。
……助かったらしい。
「貴様、人間にしてはやるな」
ボルカが俺の肩をバンと叩いた。骨が軋む。
「魔王様の高尚な古語を理解できるとは。今日から採用だ。死ぬ気で働け」
「あ、はい。ありがとうございます」
こうして俺は、魔王軍唯一の「通訳係」として採用された。
だが、これが地獄の始まりだとは、この時の俺は知る由もなかった。
* * *
翌日。
俺は再び玉座の間に呼び出された。
魔王様は昨日よりもリラックスした様子で、頬杖をついている。
「――久遠ノ刻ヲ経テ、我ガ魂ハ渇望ス。金色ノ円環ヲ捧ゲヨ」
また出た。謎のポエムだ。
幹部たちが一斉に俺を見る。
四天王の紅一点、『氷結のセシリア』が冷ややかな視線を送ってきた。
「通訳。魔王様は何と?」
「えーっと……」
俺はスキルを発動する。
『翻訳結果:ドーナツ食いたい。ポ〇・デ・リングみたいなやつ』
……三百年前にドーナツあったの!?
いや、もしかしたら似たような揚げ菓子があったのかもしれない。
しかし「ドーナツが食べたい」とそのまま伝えては、魔王軍の士気に関わる。
俺は脳フル回転で言い換えを模索した。
金色の円環。甘美なる味。
「魔王様は、こう仰っています。『人間界の富の象徴、黄金の輪を我が手中に収めたい。まずは小手調べとして、甘き蜜に群がる愚かな人間どもから、その至宝を略奪せよ』……と!」
セシリアがハッとした顔をした。
「黄金の輪……もしや、王都で流行しているという『王冠の菓子』のことか? 人間たちが列をなして買い求めるという……」
「そ、それです! それを奪うことで、人間界に恐怖と絶望を与える作戦です!」
俺は適当に話を合わせた。
すると、幹部たちが一斉に唸り声を上げた。
「さすが魔王様! いきなり王都への経済攻撃とは!」
「流行の品を奪うことで、民衆の心を折る作戦ですね!」
「よし、直ちに『ミスド(ミステリアス・ドーナツ)作戦』を開始する!」
ボルカが号令をかける。
いや、かっこよく言ってるけど、それただの買い出しだから。
しかし、まるで自分達の命がかかったような顔つきで、精鋭部隊は出撃していった。
数時間後。
大量のドーナツが魔王城に運び込まれた。
王都の人気店を襲撃した……のではなく、魔族たちが人間に化けて、普通に行列に並んで買ってきたらしい。
律儀か。
「――甘露ナルカナ。世界ノ理ハ、ココニ極マレリ」
魔王様がドーナツを一口食べて、ボソリと呟いた。
その顔は至福に満ちていた。
通訳するまでもないが、一応スキルで確認する。
『翻訳結果:美味ッ。マジ神』
幹部たちが歓声を上げる。
「見ろ! 魔王様が人間界の『富』を喰らっておられる!」
「我々の勝利だ!」
いや、おやつ食べてるだけです。
しかし、この一件で俺の評価は爆上がりした。
『魔王様の深淵なる思考を唯一理解できる男』として。
* * *
魔王様の通訳になって1か月、平和な(?)日々は長くは続かなかった。
ある日の昼下がり、突然魔王城の正門が爆破された。
警報が鳴り響く。
「敵襲ーッ! 勇者一行だーッ!」
ついに来た。
伝説の勇者アレン率いる、人類最強のパーティ。
彼らは魔族の兵士を次々となぎ倒し、玉座の間へと乗り込んできた。
「覚悟しろ、魔王ヴェルザード! 人類の敵め!」
金髪のイケメン勇者が聖剣を突きつける。
後ろには賢者、聖女、武闘家が控えている。ガチの編成だ。
対する魔王軍も、四天王が勢揃いして殺気を放っている。
一触即発。
ここで魔王様がゆっくりと立ち上がった。
「――愚カナル光ノ子ヨ。汝ガ求メルハ破滅カ、ソレトモ救済カ。我ガ元へ集ウナラバ、世界ノ半分ヲ……否、万象全テヲ委譲セントス」
俺は慌てて翻訳スキルを見る。
『翻訳結果:勇者くん、かっこいいね。フィギュアみたい。君らが遊び相手になってくれるなら、もう世界征服とか面倒くさいから全部任せるわ。俺、隠居してゲームしたいし』
……ニート志望かよ!
世界征服のやる気ゼロじゃねーか!
しかも「万象全てを委譲」って、魔界も含めて全部押し付ける気だ。
だが、これをそのまま伝えたらどうなる?
「魔王は戦意喪失した」とみなされ、その場で首を刎ねられるかもしれない。あるいは、魔族たちが「裏切りだ」と暴動を起こすかもしれない。
どちらにせよ、俺の命はない。
俺は深呼吸した。
ここは、魔王としての「格」を見せつけつつ、戦闘を回避する方向へ誘導するしかない。
「魔王様は、こう仰っている!」
俺は勇者たちと魔族たち、双方に聞こえるように叫んだ。
「『光の勇者よ。貴様の実力は見事だ。だが、今の貴様では我を倒すには足りぬ。世界を背負う覚悟があるならば、まずは我が試練を乗り越えてみせよ。さすれば、われと戦う権利を授けよう』……と!」
勇者アレンが眉をひそめた。
「試練だと……? 俺たちを殺すのではないのか?」
「魔王様にとって、貴様らなど赤子も同然。殺す価値もないということだ!」
俺はハッタリをかました。
すると、四天王たちが「おお……!」と感嘆の声を上げた。
「さすが魔王様。敵を殺すのではなく、あえて成長を促し、絶望の底に叩き落とすおつもりか!」
「なんと慈悲深く、そして残酷な……!」
勝手に深読みしてくれている。助かる。
勇者アレンも剣を下ろした。
「……面白い。その試練、受けてやろうじゃないか。魔王の情けなど必要ないが、確実に勝てる実力をつけてから倒してやる」
プライドの高い勇者には、挑発が効いたようだ。
「で、試練とはなんだ?」
勇者が問う。
魔王様が俺を見た。目が「あとよろしく」と言っている。
丸投げかよ。
俺は必死に考えた。
勇者を足止めしつつ、魔王様(ニート志望)が満足するようなこと。
「試練第一弾! 『魔王城の地下ダンジョンにて、伝説の機動兵器を発掘せよ』!」
「は? 機動兵器?」
「そうだ! 古代文明の遺産だ。それを持ってくることができれば、魔王様は貴様らに謁見の機会を与えよう!」
要するに、地下倉庫から三百年前に没収されたレトロゲームを探してこいってことだ。
勇者たちは顔を見合わせた。
「罠かもしれないわ、アレン」
「だが、魔王が直々に課した試練だ。何か重要な意味があるに違いない」
アレンは聖剣を鞘に納め、不敵に笑った。
「いいだろう。その機動兵器とやら、必ず手に入れてみせる。首を洗って待っていろ!」
勇者一行は踵を返し、玉座の間を出て行った。
地下ダンジョンへ向かったようだ。あそこ、掃除してないから埃っぽいぞ。
「――善キ哉。余ハ期待シテ待ツ」
魔王様がボソリと言った。
翻訳:『ナイス。これで暇つぶしできるわ』
幹部たちが俺を取り囲み、次々と握手を求めてくる。
「すごいぞケンジ! あの勇者を言葉一つで退けるとは!」
「魔王様の通訳ができるのは、やはりお前しかいない!」
俺は引きつった笑みを浮かべた。
これ、いつかバレたら八つ裂きにされるやつだ。
しかし、もう後戻りはできない。
俺は魔王軍の参謀兼通訳として、このカオスな城で生き残るしかなくなったのだ。
* * *
勇者が地下で迷子になっている間に、魔王城では新たな問題が発生していた。
魔王様が「情報収集」と称して、水晶玉(という名の魔法インターネット端末)にハマり始めたのだ。
「――此処ニハ、我ヲ崇メル使徒ガ集ッテオルノカ?」
魔王様が水晶玉を見ながら首を傾げている。
画面には、人間界で流行しているSNS『ツ〇ッター(に似た魔法掲示板)』が表示されていた。
俺は翻訳スキルを発動する。
『翻訳結果:エゴサしてみたんだけど、「魔王復活マ?」とか「魔王推し」とか書かれてる。これって信者?』
現代っ子かよ。
いや、三百年前の魔王にしては適応力が高すぎる。
どうやら魔王復活の噂は人間界にも広まっており、一部のアンダーグラウンドな層でカルト的な人気が出ているらしい。
「魔王様、それは信者というより……まあ、ファンみたいなものです」
「フム。ナラバ我モ言ノ葉ヲ紡ゴウ。民草ニ福音ヲ届ケルノダ」
魔王様がキーボードを叩こうとする。
やめろ。絶対に変なことを書く気だ。
案の定、彼が入力しようとした文章はこれだった。
『現世ニ蘇リシ我ナリ。勇者ノ歩ミハ遅々トシテ進マズ。退屈故、誰カ相手ヲセヨ(ドクロマーク)』
翻訳するまでもなく、内容が軽い!
『復活なう。勇者遅いんだけど。暇だから誰か相手して』ってことだろ?
魔王の威厳がゼロだ!
こんなのが拡散されたら、魔王軍の株価が大暴落する。
俺は慌てて止めた。
「お、お待ちください魔王様! 直接のお言葉は刺激が強すぎます! 私が代筆いたしますので!」
「ソウカ? デハ任セル」
魔王様はあっさり譲ってくれた。
俺はアカウント名『魔王ヴェルザード【公式】』を作成し、厳かに打ち込んだ。
『我は帰還した。世界の理を書き換えるため、深淵より目覚めし者なり。勇者よ、恐怖に震えて眠るがよい。刻限は迫れり』
送信。
数秒後、通知音が鳴り止まなくなった。
『いいね』が十五万件、リツイートが五万件。
『うおおおお! 本物!?』
『魔王様カッケー!』
『言葉選びが厨二病っぽくて好き』
『勇者ざまぁww』
バズった。
魔王様は満足げに頷いている。
「民草ガ沸イテオル。ケンジ、褒メテ遣ワス」
「ははぁ、ありがたき幸せ……」
俺は深々と頭を下げながら、胃の痛みを感じていた。
これ、炎上したら俺の責任だよな?
その時、四天王の一人、参謀の『智将ギルバート』が血相を変えて飛び込んできた。
「大変です魔王様! SNSでの宣戦布告により、隣国の国王が激怒! 国軍十万を国境に集結させております!」
「え?」
俺は声を漏らした。
たった一つのツイートで戦争勃発?
魔王様はキョトンとしている。
「――煩ワシイ。万軍トテ我ガ前ニハ塵芥ニ等シイガ、関ワルノモ億劫ナリ」
『翻訳結果:えー、めんどくさ。十万とか無理。引きこもりたい』
しかし、ギルバートは燃えていた。
「これぞ魔王様の情報戦略! 敵を一箇所に集め、一網打尽にするおつもりですね! 我ら魔王軍全軍をもって迎撃いたします!」
違う。この人、ただ承認欲求を満たしたかっただけだから。
だが、もう止まらない。
魔王軍の士気は最高潮。幹部たちは勝鬨を上げている。
「ケンジ! お前の翻訳のおかげで、魔王様の覇気が世界に届いたのだ!」
ボルカが俺の背中を叩く。
俺は引きつった笑顔で応えた。
どうしよう。
適当に通訳していたら、本当に世界大戦が始まろうとしている。
しかも、地下では勇者がレトロゲームを探して迷走中だ。
詰んだかもしれない。
俺の胃薬の在庫が切れるのが先か、世界が滅ぶのが先か。
魔王軍通訳係の明日はどっちだ。
* * *
魔王軍と国軍、合わせて二十万の軍勢が、荒野で対峙していた。
空は暗雲に覆われ、ピリピリとした緊張感が肌を刺す。
魔王城のバルコニー。そこには、無理やり引きずり出された魔王ヴェルザードと、俺の姿があった。
「――俗世ノ喧騒ハ耳障リダ。吾ガ求メルハ静寂ノミ」
魔王様がボソリと呟く。
翻訳:『家に帰ってアニメの再放送見たい。録画予約忘れたし』
こんな状況でアニメの心配かよ。
しかし、隣に立つボルカやギルバートは、魔王様の一挙手一投足に注目している。
「魔王様、ご命令を! 全軍突撃の号令を!」
「焼き尽くしましょう、愚かな人間どもを!」
四天王たちが殺気立っている。
国軍側も、国王自ら陣頭指揮を執り、今にも開戦の合図が出されそうだ。
ここで戦闘が始まれば、死者の数は計り知れない。
俺はどうにかして、この状況を収めなければならない。
その時、魔王様がふと何かを思いついたように手を打った。
「――魂ノ旋律ヲ奏デタイ」
『翻訳結果:そういえば、アニソンの練習してたんだ。カラオケ行けないし、ここで歌っていい?』
は?
戦場で? アカペラで?
いや、待てよ。
魔王様の声は、魔力によって増幅され、戦場全体に響き渡る。
もし、その歌声が「呪いの歌」や「死の宣告」のように聞こえれば、敵軍を戦わずして撤退させられるかもしれない。
これだ。
「魔王様はこう仰っている!」
俺は拡声魔法を使って叫んだ。
「『愚かなる者どもよ。我が魂の旋律を聴くがいい。この歌声こそが、貴様らへの最後通牒であり、慈悲なる弔い歌だ』……と!」
戦場がざわめいた。
レクイエム。弔い歌。
国軍の兵士たちが恐怖に震える。
「さあ魔王様、存分に歌ってください! あなたの美声を世界に轟かせるのです!」
俺は魔王様にマイク(の形状をした石)を手渡した。
魔王様は嬉しそうに頷き、大きく息を吸い込んだ。
そして――。
「♪チャラッチャッチャッチャ~ 愛ヲ取リモドセ~!!」
……選曲が古い!
まさかの『北〇の拳』かよ! 三百年前に放送してたのか!?
しかも、無駄に上手い。
魔王様のバリトンボイスが、魔力増幅によって戦場全域に轟く。
空気そのものがビリビリと振動し、雲が裂けるほどの音圧だ。
「ぐわあああ! なんだこの歌は!」
「耳が! 鼓膜が破れる!」
「だが……なぜだろう、胸が熱くなる!」
国軍の兵士たちが膝をつく。
それは恐怖ではない。魔王様の歌声に込められた「熱いパッション」に当てられたのだ。
歌詞の意味は分からないはずだが(異世界言語だし)、その魂の叫びは種族を超えて響くらしい。
「ユア・ショック! 愛デ空ガ落チテクル~!!」
魔王様がサビを熱唱する。てか、若干歌詞違うし。
その瞬間、本当に空から隕石魔法が落ちてきそうなプレッシャーが放たれた。
「ひぃぃ! 降参だ! これ以上聴いたら心が燃え尽きる!」
「撤退! 全軍撤退だーっ!」
国軍がパニックになり、我先にと逃げ出した。
勝負あり。
魔王様の一曲で、十万の軍勢が敗走したのだ。
「――興、尽キタリ」
歌い終えた魔王様が、スッキリした顔でマイクを置いた。
翻訳:『あー、スッキリした。喉乾いたわ』
魔王軍からは割れんばかりの喝采が上がった。
「す、素晴らしい! これぞ『死の絶叫』!」
「歌声だけで敵を退けるとは、さすが魔王様!」
違う。ただのカラオケだ。
だが、結果オーライだ。俺は安堵のため息をつき、へなへなと座り込んだ。
* * *
その夜。
魔王城の祝勝会が開かれている最中、地下ダンジョンからボロボロになった一団が帰還した。
勇者アレンたちだ。
その手には、泥だらけのプラスチックの箱――『伝説の機動兵器』が握られていた。
「はぁ、はぁ……取ってきたぞ、魔王!」
アレンが玉座の前にスーファミを叩きつける。
全身煤だらけで、蜘蛛の巣まみれだ。地下倉庫の掃除、ご苦労さまです。
「これが、貴様の求めていた『機動兵器』だ。約束通り、俺たちと戦え!」
アレンが聖剣を抜く。
魔王様はスーファミを見て、目を輝かせた。
「――オオ! 懐カシキ盟友ヨ!」
『翻訳結果:うわ懐かし! これカセット何? ストⅡ? ドラクエ?』
魔王様は玉座から駆け下り、スーファミを魔導モニターに接続した。
そして、コントローラーをアレンに手渡す。
「――雌雄ヲ決スル時ガ来タ」
『翻訳結果:対戦しよ。俺リュウ使うから』
アレンは困惑しながらも、コントローラーを受け取った。
「……武器を使わず、精神世界で戦うというのか? いいだろう、受けて立つ!」
違う。ただの格ゲーだ。
画面に「FIGHT!」の文字が表示される。
アレンは初めて触るゲーム機に戸惑っていたが、持ち前の反射神経(勇者補正)で瞬く間に操作を理解した。
「昇〇拳!」
「波〇拳!」
モニターの中で、ドット絵のキャラたちが激しくぶつかり合う。
魔王様も手加減なしだ。三百年のブランクを感じさせないハメ技を連発する。
「ぐぬぬ……強い! だが、負けん!」
アレンの目がマジになった。
一時間後。
そこには、肩を並べて画面に食い入る魔王と勇者の姿があった。
「あーっ! そこ卑怯だぞ魔王! 待ちガイルはずるい!」
「フハハ! 甘イワ勇者ヨ! ソレモ深淵ノ戦術ダ!」
完全に意気投合している。
周りの幹部たちや、勇者の仲間たちも、固唾を飲んで画面を見守っていた。
「……ねえ、これって世界を賭けた戦いなの?」
「……さあ? でも、アレンがあんなに楽しそうなのは初めて見るわ」
聖女と賢者が顔を見合わせる。
最終的に、対戦成績は五十勝五十敗。完全な互角だった。
「はぁ、はぁ……やるな、魔王」
「貴様モナ」
二人はコントローラーを置き、ガッチリと握手を交わした。
そこに敵意はない。あるのは、徹夜でゲームをやり抜いた戦友としての絆だけだ。
「今日のところは引き分けにしてやる。だが、次は絶対に俺が勝つ」
勇者がそう言うと、魔王様はニカッと笑った。
「――何時デモ来ルガ良イ。我ガ城ハ、何時デモ貴様ニ門ヲ開コウ」
『翻訳結果:また来週な。次は別のもやろうぜ』
こうして、勇者パーティは魔王城の「常連客」となった。
世界平和は、レトロゲームによって守られたのだ。
* * *
数日後。
俺は魔王様の私室に呼び出された。
そこには、どこで手に入れたのか、ジャージ姿でポテチを食う魔王様の姿があった。
威厳のカケラもない。
「ケンジ。座レ」
「失礼します」
俺はソファに座った。
魔王様はポテチを置き、真剣な表情で俺を見た。
「オ前、気付イテイルノダロウ? 我ノ正体ニ」
俺は息を呑んだ。
やはり、来るべき時が来たか。
「……はい。その言葉選び、その嗜好。魔王様は、私と同じ『転生者』ですね?」
魔王様はニヤリと笑った。
「正解ダ。我ノ前世ハ、日本ノ社畜ダッタ」
やはり。
魔王様は語り始めた。
前世での彼は、ブラック企業で連日連夜の残業に追われ、過労死したのだという。
そして目覚めたら、最強の魔王になっていた。
「我ハ誓ッタノダ。二度ト働カナイ、ト。スローライフヲ満喫スル、ト」
「それで、三百年前も引きこもっていたんですね」
「ウム。ダガ、部下タチガ勝手ニ『世界征服』ヲ掲ゲテ暴走シテシマッテナ。勇者ニ封印サレタ時ハ、正直ホットシタワ。ヤット眠レル、ト」
なんという真実。
伝説の封印劇は、魔王の希望退職だったのか。
「ダガ、今回モマタ、周リガ煩イ。ケンジ、オ前ニ頼ミガアル」
「何でしょう?」
「オ前ガ、我ノ代ワリニ魔王軍ヲ運営シロ。我ハ隠居スル」
爆弾発言だ。
俺に魔王になれと?
「無理ですよ! 俺はただの人間です!」
「大丈夫ダ。オ前ノ『翻訳』デ、部下タチハ既ニオ前ヲ崇拝シテイル。実質的ナ権限ハ、オ前ニアルノダカラ」
確かに、最近の幹部たちは、魔王様より俺の顔色を窺うようになっている。
「ケンジ殿、魔王様のご意向はいかがかな?」と、こんな感じで。
「……条件があります」
俺は溜息をついて言った。
「魔王軍の『ホワイト化』です。無益な侵略戦争は禁止。人間界とは経済的な交流を行い、魔王城を観光地化して外貨を稼ぐ。勇者アレンたちも協力してくれるはずです」
「良イ案ダ。許可スル。……アト、毎週ジャンプヲ買ッテコイ」
「……あるんですか?」
* * *
あれから一年。
世界は劇的に変わった。
魔王軍は「株式会社ヴェルザード」へと組織改編し、人間界との国交を樹立した。
主な事業内容は、魔導技術の提供、ダンジョン探索ツアーの運営、そして魔王様自らが歌う「アニソンライブ」である。
「さあ、いらっしゃいませ! 魔王城見学ツアーはこちらです!」
魔王城のエントランスで、俺は観光客を案内していた。
隣には、警備主任となった勇者アレンがいる。
「列を乱すなよ。ルールを守らない奴には、俺の聖剣が火を吹くぞ」
「アレン、客を脅すな」
アレンは笑いながら、子供たちにサインをしている。すっかり人気者だ。
奥の玉座の間(現在はイベントホール)からは、魔王様の歌声が聞こえてくる。
今日も満員御礼らしい。
ボルカはBBQ場の店長になり、セシリアはかき氷屋を始め、ギルバートは経理を担当している。
みんな、戦争していた頃より生き生きとしていた。
「ケンジ社長! 次回のライブのセットリストですが……」
秘書になったサキュバスが書類を持ってくる。
そう、俺は魔王様から実務を丸投げされ、実質的な社長になってしまったのだ。
忙しい。死ぬほど忙しい。
だが、ブラック企業で死んだ目をして働いていた頃とは違う。
ここには、笑いがある。仲間がいる。そして、美味しいドーナツがある。
「よし、やるか!」
俺は書類を受け取り、歩き出した。
魔王様の「古語(中二病オタク用語)」を翻訳し、世界を平和に導く。
それこそが、俺の天職なのである。




