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魔王様の言葉が「古語」すぎて誰も理解できないので、現代語訳スキルのある俺が適当に通訳してたら、世界征服を阻止してしまった。 ~「余は腹が減った」を超解釈して人類に宣戦布告しないでください~

作者: 下山 海
掲載日:2025/11/30

「――汝、深淵ノ理ヲ解スルカ?」


 玉座の間。重苦しい空気が支配するその場所で、漆黒の玉座に座る巨影が問うた。

 魔王ヴェルザード。

 三百年ぶりに復活したとされる、恐怖の象徴。

 その御前には、魔族の幹部たちが平伏し、そして一人の人間――俺、伊丹(いたみ)ケンジが立っていた。


「……えーっと」


 俺は冷や汗を拭った。

 異世界転生して三年。

 特にチート能力もなく、転生時に手に入れたユニークスキルを使ってしがない「翻訳家」として日銭を稼いでいた俺が、なぜ魔王城にいるのか。

 それは、魔王軍が出した求人広告のせいだ。


『急募:通訳。年齢不問。人間可。高給優遇。福利厚生完備(魔王城の食堂食べ放題)』


 生活苦に喘いでいた俺は、藁にもすがる思いで応募したのだ。

 そして今、最終面接が行われている。


「おい貴様、早く答えろ! 魔王様がお待ちだぞ!」


 隣で膝をついている側近、四天王の一人である『炎獄のボルカ』が小声で恫喝してくる。

 筋肉ダルマの赤鬼だ。怖すぎる。

 だが、俺には分かっていた。

 この魔王様が、今なんと言ったのか。


「深淵の理……?」


 周りの幹部たちは「恐ろしい闇の魔術のことだろう」「いや、人間界への侵略計画のことか?」とザワついている。

 しかし、俺のユニークスキル『超翻訳』は、全く別の意味を表示していた。


『翻訳結果:トイレはどこだ?』


 ……マジかよ。

 俺は我が目を疑った。全くそんな意味には聞こえなかったのだが?

 三百年ぶりに復活した魔王だ。言葉遣いが古すぎて、現代の魔族たちには通じていないのだ。

 そして「深淵の理」というのは、彼が生きていた時代の隠語で「排泄行為」を指す……らしい。


 魔王様、めっちゃモジモジしてる。

 あれは威圧感を出しているんじゃない。漏れそうなのを我慢しているんだ。


「貴様! 魔王様の問いに答えられぬか! 処刑だ!」


 ボルカが斧を振り上げる。

 やばい。ここで「魔王様がトイレに行きたいそうです」なんて言ったら、不敬罪で殺される。かといって黙っていても殺される。

 俺は覚悟を決めた。

 事実を捻じ曲げず、かつ魔王様の威厳を保つ、ギリギリの意訳をするしかない!


「は、はい! 魔王様はこう仰っておられます!」


 俺は声を張り上げた。


「『我が内なる闇が暴れ出そうとしている。急ぎ、静寂なる解放の間(トイレ)へ案内せよ』……と!」


 シン、と場が静まり返った。

 ボルカが目を見開く。


「な、なんと……! 魔王様は復活直後で、溢れ出る魔力を制御できておられないというのか! それを『闇が暴れる』と表現されるとは……!」


 いや、違う。暴れそうなのは膀胱だ。


「ええい、者共! 魔王様を『解放の間』へご案内しろ! 最高級の個室を用意するのだ!」


 幹部たちが慌ただしく動き出し、魔王様をエスコートしていく。

 去り際、魔王様が俺の方を振り返り、微かに親指を立てたのが見えた。

 ……助かったらしい。


「貴様、人間にしてはやるな」


 ボルカが俺の肩をバンと叩いた。骨が軋む。


「魔王様の高尚な古語を理解できるとは。今日から採用だ。死ぬ気で働け」

「あ、はい。ありがとうございます」


 こうして俺は、魔王軍唯一の「通訳係」として採用された。

 だが、これが地獄の始まりだとは、この時の俺は知る由もなかった。


     *     *     *


 翌日。

 俺は再び玉座の間に呼び出された。

 魔王様は昨日よりもリラックスした様子で、頬杖をついている。


「――久遠ノ(トキ)ヲ経テ、我ガ魂ハ渇望ス。金色ノ円環ヲ捧ゲヨ」


 また出た。謎のポエムだ。

 幹部たちが一斉に俺を見る。

 四天王の紅一点、『氷結のセシリア』が冷ややかな視線を送ってきた。


「通訳。魔王様は何と?」

「えーっと……」


 俺はスキルを発動する。


『翻訳結果:ドーナツ食いたい。ポ〇・デ・リングみたいなやつ』


 ……三百年前にドーナツあったの!?

 いや、もしかしたら似たような揚げ菓子があったのかもしれない。

 しかし「ドーナツが食べたい」とそのまま伝えては、魔王軍の士気に関わる。

 俺は脳フル回転で言い換えを模索した。

 金色の円環。甘美なる味。


「魔王様は、こう仰っています。『人間界の富の象徴、黄金の輪を我が手中に収めたい。まずは小手調べとして、甘き蜜に群がる愚かな人間どもから、その至宝を略奪せよ』……と!」


 セシリアがハッとした顔をした。


「黄金の輪……もしや、王都で流行しているという『王冠の菓子』のことか? 人間たちが列をなして買い求めるという……」

「そ、それです! それを奪うことで、人間界に恐怖と絶望を与える作戦です!」


 俺は適当に話を合わせた。

 すると、幹部たちが一斉に唸り声を上げた。


「さすが魔王様! いきなり王都への経済攻撃とは!」

「流行の品を奪うことで、民衆の心を折る作戦ですね!」

「よし、直ちに『ミスド(ミステリアス・ドーナツ)作戦』を開始する!」


 ボルカが号令をかける。

 いや、かっこよく言ってるけど、それただの買い出しだから。

 しかし、まるで自分達の命がかかったような顔つきで、精鋭部隊は出撃していった。


 数時間後。

 大量のドーナツが魔王城に運び込まれた。

 王都の人気店を襲撃した……のではなく、魔族たちが人間に化けて、普通に行列に並んで買ってきたらしい。

 律儀か。


「――甘露ナルカナ。世界ノ理ハ、ココニ極マレリ」


 魔王様がドーナツを一口食べて、ボソリと呟いた。

 その顔は至福に満ちていた。

 通訳するまでもないが、一応スキルで確認する。

 

『翻訳結果:美味(ウマ)ッ。マジ神』


 幹部たちが歓声を上げる。


「見ろ! 魔王様が人間界の『富』を喰らっておられる!」

「我々の勝利だ!」


 いや、おやつ食べてるだけです。

 しかし、この一件で俺の評価は爆上がりした。

 『魔王様の深淵なる思考を唯一理解できる男』として。


     *     *     *


 魔王様の通訳になって1か月、平和な(?)日々は長くは続かなかった。

 

 ある日の昼下がり、突然魔王城の正門が爆破された。

 警報が鳴り響く。


「敵襲ーッ! 勇者一行だーッ!」


 ついに来た。

 伝説の勇者アレン率いる、人類最強のパーティ。

 彼らは魔族の兵士を次々となぎ倒し、玉座の間へと乗り込んできた。


「覚悟しろ、魔王ヴェルザード! 人類の敵め!」


 金髪のイケメン勇者が聖剣を突きつける。

 後ろには賢者、聖女、武闘家が控えている。ガチの編成だ。

 対する魔王軍も、四天王が勢揃いして殺気を放っている。

 一触即発。

 ここで魔王様がゆっくりと立ち上がった。


「――愚カナル光ノ子ヨ。汝ガ求メルハ破滅カ、ソレトモ救済カ。我ガ元へ集ウナラバ、世界ノ半分ヲ……否、万象(バンショウ)全テヲ委譲セントス」


 俺は慌てて翻訳スキルを見る。


『翻訳結果:勇者くん、かっこいいね。フィギュアみたい。君らが遊び相手になってくれるなら、もう世界征服とか面倒くさいから全部任せるわ。俺、隠居してゲームしたいし』


 ……ニート志望かよ!

 世界征服のやる気ゼロじゃねーか!

 しかも「万象全てを委譲」って、魔界も含めて全部押し付ける気だ。

 だが、これをそのまま伝えたらどうなる?

 「魔王は戦意喪失した」とみなされ、その場で首を刎ねられるかもしれない。あるいは、魔族たちが「裏切りだ」と暴動を起こすかもしれない。

 どちらにせよ、俺の命はない。


 俺は深呼吸した。

 ここは、魔王としての「格」を見せつけつつ、戦闘を回避する方向へ誘導するしかない。


「魔王様は、こう仰っている!」


 俺は勇者たちと魔族たち、双方に聞こえるように叫んだ。


「『光の勇者よ。貴様の実力は見事だ。だが、今の貴様では我を倒すには足りぬ。世界を背負う覚悟があるならば、まずは我が試練を乗り越えてみせよ。さすれば、われと戦う権利を授けよう』……と!」


 勇者アレンが眉をひそめた。


「試練だと……? 俺たちを殺すのではないのか?」

「魔王様にとって、貴様らなど赤子も同然。殺す価値もないということだ!」


 俺はハッタリをかました。

 すると、四天王たちが「おお……!」と感嘆の声を上げた。


「さすが魔王様。敵を殺すのではなく、あえて成長を促し、絶望の底に叩き落とすおつもりか!」

「なんと慈悲深く、そして残酷な……!」


 勝手に深読みしてくれている。助かる。

 勇者アレンも剣を下ろした。


「……面白い。その試練、受けてやろうじゃないか。魔王の情けなど必要ないが、確実に勝てる実力をつけてから倒してやる」


 プライドの高い勇者には、挑発が効いたようだ。


「で、試練とはなんだ?」


 勇者が問う。

 魔王様が俺を見た。目が「あとよろしく」と言っている。

 丸投げかよ。

 俺は必死に考えた。

 勇者を足止めしつつ、魔王様(ニート志望)が満足するようなこと。


「試練第一弾! 『魔王城の地下ダンジョンにて、伝説の機動兵器(ゲーム機)を発掘せよ』!」

「は? 機動兵器?」

「そうだ! 古代文明の遺産だ。それを持ってくることができれば、魔王様は貴様らに謁見の機会を与えよう!」


 要するに、地下倉庫から三百年前に没収されたレトロゲームを探してこいってことだ。

 勇者たちは顔を見合わせた。


「罠かもしれないわ、アレン」

「だが、魔王が直々に課した試練だ。何か重要な意味があるに違いない」


 アレンは聖剣を鞘に納め、不敵に笑った。


「いいだろう。その機動兵器とやら、必ず手に入れてみせる。首を洗って待っていろ!」


 勇者一行は踵を返し、玉座の間を出て行った。

 地下ダンジョンへ向かったようだ。あそこ、掃除してないから埃っぽいぞ。


「――()キ哉。余ハ期待シテ待ツ」


 魔王様がボソリと言った。

 翻訳:『ナイス。これで暇つぶしできるわ』


 幹部たちが俺を取り囲み、次々と握手を求めてくる。

 

「すごいぞケンジ! あの勇者を言葉一つで退けるとは!」

「魔王様の通訳ができるのは、やはりお前しかいない!」


 俺は引きつった笑みを浮かべた。

 これ、いつかバレたら八つ裂きにされるやつだ。

 しかし、もう後戻りはできない。

 俺は魔王軍の参謀兼通訳として、このカオスな城で生き残るしかなくなったのだ。


     *     *     *


 勇者が地下で迷子になっている間に、魔王城では新たな問題が発生していた。

 魔王様が「情報収集」と称して、水晶玉(という名の魔法インターネット端末)にハマり始めたのだ。


「――此処ニハ、我ヲ崇メル使徒ガ集ッテオルノカ?」


 魔王様が水晶玉を見ながら首を傾げている。

 画面には、人間界で流行しているSNS『ツ〇ッター(に似た魔法掲示板)』が表示されていた。

 俺は翻訳スキルを発動する。


『翻訳結果:エゴサしてみたんだけど、「魔王復活マ?」とか「魔王推し」とか書かれてる。これって信者?』


 現代っ子かよ。

 いや、三百年前の魔王にしては適応力が高すぎる。

 どうやら魔王復活の噂は人間界にも広まっており、一部のアンダーグラウンドな層でカルト的な人気が出ているらしい。


「魔王様、それは信者というより……まあ、ファンみたいなものです」

「フム。ナラバ我モ言ノ葉ヲ紡ゴウ。民草ニ福音ヲ届ケルノダ」


 魔王様がキーボードを叩こうとする。

 やめろ。絶対に変なことを書く気だ。

 案の定、彼が入力しようとした文章はこれだった。


『現世ニ蘇リシ我ナリ。勇者ノ歩ミハ遅々トシテ進マズ。退屈故、誰カ相手ヲセヨ(ドクロマーク)』


 翻訳するまでもなく、内容が軽い! 

 『復活なう。勇者遅いんだけど。暇だから誰か相手して』ってことだろ?

 魔王の威厳がゼロだ!

 こんなのが拡散されたら、魔王軍の株価が大暴落する。

 俺は慌てて止めた。


「お、お待ちください魔王様! 直接のお言葉は刺激が強すぎます! 私が代筆いたしますので!」

「ソウカ? デハ任セル」


 魔王様はあっさり譲ってくれた。

 俺はアカウント名『魔王ヴェルザード【公式】』を作成し、厳かに打ち込んだ。


『我は帰還した。世界の理を書き換えるため、深淵より目覚めし者なり。勇者よ、恐怖に震えて眠るがよい。刻限は迫れり』


 送信。

 数秒後、通知音が鳴り止まなくなった。

 『いいね』が十五万件、リツイートが五万件。


『うおおおお! 本物!?』

『魔王様カッケー!』

『言葉選びが厨二病っぽくて好き』

『勇者ざまぁww』


 バズった。

 魔王様は満足げに頷いている。


「民草ガ沸イテオル。ケンジ、褒メテ遣ワス」

「ははぁ、ありがたき幸せ……」


 俺は深々と頭を下げながら、胃の痛みを感じていた。

 これ、炎上したら俺の責任だよな?

 その時、四天王の一人、参謀の『智将ギルバート』が血相を変えて飛び込んできた。


「大変です魔王様! SNSスピリット・ネクサス・サービスでの宣戦布告により、隣国の国王が激怒! 国軍十万を国境に集結させております!」

「え?」


 俺は声を漏らした。

 たった一つのツイートで戦争勃発?

 魔王様はキョトンとしている。


「――煩ワシイ。万軍トテ我ガ前ニハ塵芥(チリアクタ)ニ等シイガ、関ワルノモ億劫ナリ」


『翻訳結果:えー、めんどくさ。十万とか無理。引きこもりたい』


 しかし、ギルバートは燃えていた。


「これぞ魔王様の情報戦略! 敵を一箇所に集め、一網打尽にするおつもりですね! 我ら魔王軍全軍をもって迎撃いたします!」


 違う。この人、ただ承認欲求を満たしたかっただけだから。

 だが、もう止まらない。

 魔王軍の士気は最高潮。幹部たちは勝鬨を上げている。


「ケンジ! お前の翻訳のおかげで、魔王様の覇気が世界に届いたのだ!」


 ボルカが俺の背中を叩く。

 俺は引きつった笑顔で応えた。

 どうしよう。

 適当に通訳していたら、本当に世界大戦が始まろうとしている。

 しかも、地下では勇者がレトロゲームを探して迷走中だ。


 詰んだかもしれない。

 俺の胃薬の在庫が切れるのが先か、世界が滅ぶのが先か。

 魔王軍通訳係の明日はどっちだ。


     *     *     *


 魔王軍と国軍、合わせて二十万の軍勢が、荒野で対峙していた。

 空は暗雲に覆われ、ピリピリとした緊張感が肌を刺す。

 魔王城のバルコニー。そこには、無理やり引きずり出された魔王ヴェルザードと、俺の姿があった。


「――俗世ノ喧騒ハ耳障リダ。吾ガ求メルハ静寂ノミ」


 魔王様がボソリと呟く。

 翻訳:『家に帰ってアニメの再放送見たい。録画予約忘れたし』

 こんな状況でアニメの心配かよ。

 しかし、隣に立つボルカやギルバートは、魔王様の一挙手一投足に注目している。


「魔王様、ご命令を! 全軍突撃の号令を!」

「焼き尽くしましょう、愚かな人間どもを!」


 四天王たちが殺気立っている。

 国軍側も、国王自ら陣頭指揮を執り、今にも開戦の合図が出されそうだ。

 ここで戦闘が始まれば、死者の数は計り知れない。

 俺はどうにかして、この状況を収めなければならない。


 その時、魔王様がふと何かを思いついたように手を打った。


「――魂ノ旋律ヲ奏デタイ」


『翻訳結果:そういえば、アニソンの練習してたんだ。カラオケ行けないし、ここで歌っていい?』


 は?

 戦場で? アカペラで?

 いや、待てよ。

 魔王様の声は、魔力によって増幅され、戦場全体に響き渡る。

 もし、その歌声が「呪いの歌」や「死の宣告」のように聞こえれば、敵軍を戦わずして撤退させられるかもしれない。

 これだ。


「魔王様はこう仰っている!」


 俺は拡声魔法を使って叫んだ。


「『愚かなる者どもよ。我が魂の旋律(レクイエム)を聴くがいい。この歌声こそが、貴様らへの最後通牒であり、慈悲なる弔い歌だ』……と!」


 戦場がざわめいた。

 レクイエム。弔い歌。

 国軍の兵士たちが恐怖に震える。


「さあ魔王様、存分に歌ってください! あなたの美声を世界に轟かせるのです!」


 俺は魔王様にマイク(の形状をした石)を手渡した。

 魔王様は嬉しそうに頷き、大きく息を吸い込んだ。

 そして――。


「♪チャラッチャッチャッチャ~ 愛ヲ取リモドセ~!!」


 ……選曲が古い!

 まさかの『北〇の拳』かよ! 三百年前に放送してたのか!?

 しかも、無駄に上手い。

 魔王様のバリトンボイスが、魔力増幅によって戦場全域に轟く。

 空気そのものがビリビリと振動し、雲が裂けるほどの音圧だ。


「ぐわあああ! なんだこの歌は!」

「耳が! 鼓膜が破れる!」

「だが……なぜだろう、胸が熱くなる!」


 国軍の兵士たちが膝をつく。

 それは恐怖ではない。魔王様の歌声に込められた「熱いパッション」に当てられたのだ。

 歌詞の意味は分からないはずだが(異世界言語だし)、その魂の叫びは種族を超えて響くらしい。


「ユア・ショック! 愛デ空ガ落チテクル~!!」


 魔王様がサビを熱唱する。てか、若干歌詞違うし。

 その瞬間、本当に空から隕石魔法(メテオ)が落ちてきそうなプレッシャーが放たれた。


「ひぃぃ! 降参だ! これ以上聴いたら心が燃え尽きる!」

「撤退! 全軍撤退だーっ!」


 国軍がパニックになり、我先にと逃げ出した。

 勝負あり。

 魔王様の一曲(ワンコーラス)で、十万の軍勢が敗走したのだ。


「――興、尽キタリ」


 歌い終えた魔王様が、スッキリした顔でマイクを置いた。

 翻訳:『あー、スッキリした。喉乾いたわ』

 魔王軍からは割れんばかりの喝采が上がった。


「す、素晴らしい! これぞ『死の絶叫(デスボイス)』!」

「歌声だけで敵を退けるとは、さすが魔王様!」


 違う。ただのカラオケだ。

 だが、結果オーライだ。俺は安堵のため息をつき、へなへなと座り込んだ。


     *     *     *


 その夜。

 魔王城の祝勝会が開かれている最中、地下ダンジョンからボロボロになった一団が帰還した。

 勇者アレンたちだ。

 その手には、泥だらけのプラスチックの箱――『伝説の機動兵器(スー〇ーファミコン)』が握られていた。


「はぁ、はぁ……取ってきたぞ、魔王!」


 アレンが玉座の前にスーファミを叩きつける。

 全身煤だらけで、蜘蛛の巣まみれだ。地下倉庫の掃除、ご苦労さまです。


「これが、貴様の求めていた『機動兵器』だ。約束通り、俺たちと戦え!」


 アレンが聖剣を抜く。

 魔王様はスーファミを見て、目を輝かせた。


「――オオ! 懐カシキ盟友ヨ!」


『翻訳結果:うわ懐かし! これカセット何? ストⅡ? ドラクエ?』


 魔王様は玉座から駆け下り、スーファミを魔導モニターに接続した。

 そして、コントローラーをアレンに手渡す。


「――雌雄ヲ決スル時ガ来タ」


『翻訳結果:対戦しよ。俺リュウ使うから』


 アレンは困惑しながらも、コントローラーを受け取った。


「……武器を使わず、精神世界で戦うというのか? いいだろう、受けて立つ!」


 違う。ただの格ゲーだ。

 画面に「FIGHT!」の文字が表示される。

 アレンは初めて触るゲーム機に戸惑っていたが、持ち前の反射神経(勇者補正)で瞬く間に操作を理解した。


「昇〇拳!」

「波〇拳!」


 モニターの中で、ドット絵のキャラたちが激しくぶつかり合う。

 魔王様も手加減なしだ。三百年のブランクを感じさせないハメ技を連発する。


「ぐぬぬ……強い! だが、負けん!」


 アレンの目がマジになった。

 一時間後。

 そこには、肩を並べて画面に食い入る魔王と勇者の姿があった。


「あーっ! そこ卑怯だぞ魔王! 待ちガイルはずるい!」

「フハハ! 甘イワ勇者ヨ! ソレモ深淵ノ戦術(タクティクス)ダ!」


 完全に意気投合している。

 周りの幹部たちや、勇者の仲間たちも、固唾を飲んで画面を見守っていた。


「……ねえ、これって世界を賭けた戦いなの?」

「……さあ? でも、アレンがあんなに楽しそうなのは初めて見るわ」


 聖女と賢者が顔を見合わせる。

 最終的に、対戦成績は五十勝五十敗。完全な互角だった。


「はぁ、はぁ……やるな、魔王」

「貴様モナ」


 二人はコントローラーを置き、ガッチリと握手を交わした。

 そこに敵意はない。あるのは、徹夜でゲームをやり抜いた戦友(ゲーマー)としての絆だけだ。


「今日のところは引き分けにしてやる。だが、次は絶対に俺が勝つ」


 勇者がそう言うと、魔王様はニカッと笑った。


「――何時デモ来ルガ良イ。我ガ城ハ、何時デモ貴様ニ門ヲ開コウ」


『翻訳結果:また来週な。次は別のもやろうぜ』


 こうして、勇者パーティは魔王城の「常連客」となった。

 世界平和は、レトロゲームによって守られたのだ。


     *     *     *


 数日後。

 俺は魔王様の私室に呼び出された。

 そこには、どこで手に入れたのか、ジャージ姿でポテチを食う魔王様の姿があった。

 威厳のカケラもない。


「ケンジ。座レ」

「失礼します」


 俺はソファに座った。

 魔王様はポテチを置き、真剣な表情で俺を見た。


「オ前、気付イテイルノダロウ? 我ノ正体ニ」


 俺は息を呑んだ。

 やはり、来るべき時が来たか。


「……はい。その言葉選び、その嗜好。魔王様は、私と同じ『転生者』ですね?」


 魔王様はニヤリと笑った。


「正解ダ。我ノ前世ハ、日本ノ社畜ダッタ」


 やはり。

 魔王様は語り始めた。

 前世での彼は、ブラック企業で連日連夜の残業に追われ、過労死したのだという。

 そして目覚めたら、最強の魔王になっていた。


「我ハ誓ッタノダ。二度ト働カナイ、ト。スローライフヲ満喫スル、ト」

「それで、三百年前も引きこもっていたんですね」

「ウム。ダガ、部下タチガ勝手ニ『世界征服』ヲ掲ゲテ暴走シテシマッテナ。勇者ニ封印サレタ時ハ、正直ホットシタワ。ヤット眠レル、ト」


 なんという真実。

 伝説の封印劇は、魔王の希望退職だったのか。


「ダガ、今回モマタ、周リガ(ウルサ)イ。ケンジ、オ前ニ頼ミガアル」

「何でしょう?」

「オ前ガ、我ノ代ワリニ魔王軍ヲ運営シロ。我ハ隠居スル」


 爆弾発言だ。

 俺に魔王になれと?


「無理ですよ! 俺はただの人間です!」

「大丈夫ダ。オ前ノ『翻訳』デ、部下タチハ既ニオ前ヲ崇拝シテイル。実質的ナ権限ハ、オ前ニアルノダカラ」


 確かに、最近の幹部たちは、魔王様より俺の顔色を窺うようになっている。

 「ケンジ殿、魔王様のご意向はいかがかな?」と、こんな感じで。


「……条件があります」


 俺は溜息をついて言った。


「魔王軍の『ホワイト化』です。無益な侵略戦争は禁止。人間界とは経済的な交流を行い、魔王城を観光地化して外貨を稼ぐ。勇者アレンたちも協力してくれるはずです」

「良イ案ダ。許可スル。……アト、毎週ジャンプヲ買ッテコイ」

「……あるんですか?」


     *     *     *


 あれから一年。

 世界は劇的に変わった。

 魔王軍は「株式会社ヴェルザード」へと組織改編し、人間界との国交を樹立した。

 主な事業内容は、魔導技術の提供、ダンジョン探索ツアーの運営、そして魔王様自らが歌う「アニソンライブ」である。


「さあ、いらっしゃいませ! 魔王城見学ツアーはこちらです!」


 魔王城のエントランスで、俺は観光客を案内していた。

 隣には、警備主任となった勇者アレンがいる。


「列を乱すなよ。ルールを守らない奴には、俺の聖剣が火を吹くぞ」

「アレン、客を脅すな」


 アレンは笑いながら、子供たちにサインをしている。すっかり人気者だ。

 奥の玉座の間(現在はイベントホール)からは、魔王様の歌声が聞こえてくる。

 今日も満員御礼らしい。


 ボルカはBBQ場の店長になり、セシリアはかき氷屋を始め、ギルバートは経理を担当している。

 みんな、戦争していた頃より生き生きとしていた。


「ケンジ社長! 次回のライブのセットリストですが……」


 秘書になったサキュバスが書類を持ってくる。

 そう、俺は魔王様から実務を丸投げされ、実質的な社長になってしまったのだ。

 忙しい。死ぬほど忙しい。

 だが、ブラック企業で死んだ目をして働いていた頃とは違う。

 ここには、笑いがある。仲間がいる。そして、美味しいドーナツがある。


「よし、やるか!」


 俺は書類を受け取り、歩き出した。

 魔王様の「古語(中二病オタク用語)」を翻訳し、世界を平和に導く。

 

 それこそが、俺の天職なのである。

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