出会いはもういらない
潮風が、長いローブの裾をはためかせる。
煤色のローブの、上から羽織ったマントのフードが
捲れそうになって、エイス・ワイティースは、片手で
それを押さえた。
反対の手には魔法で封をし、紐でくくった小さな
木箱。それを吊るした、身長よりも長い杖。杖の上部
にある丸くなった部分には、半分に欠けた、透き通る
小さな水晶がはめ込まれている。
エイスは、丘の上から目的地である
港町クロスポートを見下ろした。
今日は何事もないといいが。
誰に聞かせるでもなく小さくつぶやく。
ただ、仕事で依頼された品が完成したから、
知り合いの店に届けに行くだけ。
たったそれだけの用事だ。すぐに済む。
ところが、クロスポートの港町に着いた途端、
その二人組は現れた。
「エイス・ワイティースだな?」
「少し、話を聞いていただきたいのです」
男女の二人組で、どちらも腰に剣を
佩いている。
声と、すっぽり被った布の隙間から、
かろうじてそれが分かる程度で怪しいこと
この上なかった。
彼らがさらに何か言おうとしたところで
エイスは走りだしていた。
明らかに厄介ごとの予感しかしない。
走りながら、杖に吊っていた依頼の品を
素早く懐にしまいこむ。
そして、小さな声で呪文を唱え、足が速く
なるよう風の魔法を発動させた。
街の中心にある市場を駆け抜け、迷路のように
入り組んでいる裏路地も抜けて、エイスは走って
いた。
それでも彼らは諦めてくれない。
もはやフードが脱げたことなど構ってはいられ
なかった。
首の後ろで結ばれた長い黒髪を振り乱し、黒い目は
まだついてくるのかと半眼になる。
風の魔法で多少は速くなっているが、このままでは
追いつかれてしまう。
そう思った瞬間、見慣れた路地が目に入った。
次の角を曲がればもう、目的地の店だ。
エイスは小さく息を吐き、後ろを確認したあと、
風の魔法を解いて、角を曲がっていった。
バン、と大きくドアを開くと
「静かに開けんか、エイス」
しゃがれた声が飛んでくる。
「すまない、ファイン。追われている」
エイスは、老人に向かって謝ると素早く店の
カウンターの下に身を隠した。
念の為、マントのフードも、目深に被っておく。
程なく、店のドアが空き、先ほどまでエイスを
追ってきていた二人組らしき声が聞こえてくる。
「こちらに、黒髪の男性が入ってきませんでした
か?」
「いいや?」
ファイン爺さんは今日も知らないふりをして
くれている。
「そんなはずはないだろう?」
「さて、あんたらは客か? ここはわしの店だ。
客じゃないなら出てってくれ」
ファイン爺さんの迫力に二人組は少し怯んでいる
ようだ。
「どうなさいますか?」
「……仕方がない。出直すか」
しばらくして、彼らは店から出ていったよう
だった。
「もう、いいぞ」
ファイン爺さんの声に、目深に被っていたフードを
取る。
エイスはカウンターの下から出て、体を伸ばした。
立ちあがり、頭を下げた。
「ファイン、助かった。いつもすまない」
「何、気にするな。親友の弟子なんて孫みたいな
もんだ」
孫、と、小さく口の中でつぶやくエイス。
ずっとそんなふうに思われていたのか……。
少々複雑な気分になる。
確かに。初めてこの街に来て、師匠の元に身を寄せた
時から、十数年。ずっと世話になっている。
その頃はまだ、黒さが残っていたファインの短い髪
も、もう真っ白だ。皺も増えたかもしれない。
「老けたとは言わせんぞ。まだまだ生きるつもり
だからな」
と、ファイン爺さんはニヤリと笑った。
「元気そうで何よりだ」
あきれつつもエイスは、街へ来た目的を思い出す。
「依頼の品だ。確認してくれ」
懐にしまっておいた木箱を出して、魔法の解呪を
行う。
ファイン爺さんは、それを受け取り中を確認した。
箱の中身はペンダントやタリスマン、リングに
ピアス、イヤリング、ブローチ等身につけられる
装飾品ばかり。
エイスの仕事はそれらに魔法を込めること。
マジックアイテムは使い捨てが多いので、魔法は
一度だけ発動すればいいが、身につけるものとなると
話が違ってくる。
ほぼ永続的に、精霊の力を使って、魔法が続くように
しなければならない。
「うむ。いい出来だ。また、腕を上げたな」
ファイン爺さんの言葉にエイスは軽く目を
見開いた。
「報酬は少し多くしておこうかね」
「助かる」
これでまた、町へ来るのを少し遅らせられると
エイスが喜んでいると、店のドアがバン、と開いた。
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