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『卜伝は粥を食っている』 本題

 卜伝は粥を食っている。

 外は夏晴れだ。

 初夏である。

 鳥たちのさえずりが、明るさをいやましている。

 卜伝は粥を食っている。

 粥にたかる蝿がぶんぶん唸る。

 卜伝は粥を食っている。

 塚原卜伝は、剣豪である。室町時代後期(西暦1498年)の生まれであるから、関ヶ原の合戦(同1600年)のとき、百二歳だ。今、すなわち西暦1603年は、更に三ツ歳老いて、百五歳だ。

 卜伝は粥を食っている。

 奥義・一之太刀ひとつのたちを極めるため、さんざんに人を斬ってきた、その伝説的剣豪ーー

 卜伝は粥を食っている。

 人いずれもこのように老いるとは限らない。しかしこの老人はこのように、老いさらばえていた。

 卜伝は粥を食っている。

 食うよりほか能動的な事はしない。

 卜伝は粥を


 来客があった。


 卜伝が粥を食っている草庵は、彼を持て余した弟子たちが草ふかき山に立てたものである。

 風流と言えるものではない。

 姥捨だ。

 そもそも塚原卜伝がきわめた、香取神道流奥義「秘剣一之太刀」は「夢想剣」と言われ、剣術の試合中は忘我の境地を重んじるものだという。

 卜伝は、いわば無念「夢想」で粥を食っていると思われる。

 そのため、剣を持たせると粥以外の行動をとり始める。

 どこまで認知症、いわゆる「老人惚け」が進行しているのか、この時代誰にもわからない。わからないが、彼は当代最強の剣豪であり、多くの弟子もいる。名があるだけに、世間体がある。

 野放しにして奇矯な振る舞いをされたらたまらない、というわけだ。

 粥さえ食わせておけばおとなしくしているので、最近はだれも近寄らない。

 モウロクし切った卜伝をもてあます一門にとっての好都合には、卜伝は脚が萎えたらしく出歩きはしないという事だった。

 そのため、最低限の世話をして放置している。

 孫の嫁がおっかなびっくり粥をもち、排泄の木桶を清掃する以外、来客はないはずだった。

 だが、そこに来客があった。


 ひちゃひちゃと粥を舐めている卜伝の草庵。

 ぴいちくと雲雀が高く鳴いた。五月晴れだ。

 来客は武蔵であった。

 言わずと知れた、のちの大剣豪、宮本武蔵である。

 その腰には、幾多の相手を骨まで断ってびくともせぬ頑丈な古太刀、備前長船を佩びている。宮本武蔵といえば二刀を用いる『二天一流』が有名であるが、それはこの後武者修行の中で体得し、晩年に至って体系化していくもので、武蔵の修行時代のほとんどは一刀流であった。

 そう、武蔵はこのときは、若い。二十歳を過ぎたばかりだ。

 ただし、伝説的なその巨躯と、フケだらけの蓬髪、マダラとなった垢、若いケモノの臭気に似た体臭は、その存在にまとわりついていた。

 これは、若い武蔵である。

 時は関ヶ原のたたかいより三年、徳川の世に大勢が決し、その布武がはじまろうとしていた。

 武蔵は播磨の出であったため、関ヶ原の合戦当時は、西軍宇喜多の足軽(軽兵隊)に所属していた説が有力である。

 だが、宇喜多の属する西軍は、この天下分け目の決戦で敗北。

 これは宇喜多に所属する兵士や領民たちまで、敗戦の煽りを大きく受けることを意味していた。

 地方の小さな武門、宮本家の出身である武蔵にとって、武功は出世であり、一族の興亡を左右する。しかしその主家が大きく勢力を損なわれては、文字通り浮かぶ瀬がない。

 本人に何の権力もない敗軍の足軽が、その武術によって一家を再興するには、勢力のある主家に取り立てられて武功を積む…実績を上げることしかないのだ。

 敗戦の軍に付いていた宮本武蔵は、みずから立志し武術の証を立てるため…つまり『経歴づくり』として、これもさんざんに人を斬ってきた。

 武者修行である。

 村を出てから四年。二十一歳。

 父親である宮本無二は、かつて京都の名門、吉岡憲法を討ち果たして名を上げた。

 関ヶ原合戦頃には、嫡男の吉岡清十郎を名代にやっと再興していたその一門を、(父親宮本無二への対抗心をむき出しに)武蔵が襲撃し、今度はついにその跡取りまで掃滅したのだが、その後、武蔵はさらに放浪を続け、こうして卜伝の草庵にやってきた。

 ところで、武蔵は強かったのか? という平凡な疑問だが、一対一、少人数との喧嘩、一家を相手取った立ち回り、そのいずれにも単身で立ち向かい、結果生き残っているということは、様々な要因に置いて彼は強かったには違いない。

 様々な要因…彼が単純な剣術の強さだけでは測れない「兵法者」だったことを意味する。

 吉岡一門掃滅戦において、長兄の清十郎に対し、決闘場所にわざと遅れて行き、不意討ちで殺害したという。

 第二の果たし合い相手である次兄、伝七郎に対しては、逆に前もって隠れておいて(三十三間堂の仏像に隠れていたとも、庭の池で泳いでいたともいわれる)これも不意討ちで殺害した。

 そして跡取りの少年を名代(代表)にたて、一門が最終決戦を武蔵に求めた一乗寺下り松での勝負では、火縄銃さえ揃えて必殺の陣にて警戒する、門弟総出の軍勢をかすめ、少年…若干11歳の源次郎を暗殺して逃走。吉岡道場は途絶えた。

 子どもまで暗殺するとは、慘もまた慘だが、むしろ暗殺や奇襲に優れていなければならない戦国の時代であり当然とも言えた。


 塚原卜伝が粥を食っている。

 そう、しかるに宮本武蔵は、この塚原卜伝を斬りに来たのだった。

 塚原卜伝は「武蔵以前」にもっとも剣客として有名で、つまり武蔵として見れば憧れの伝説的剣豪でもある。

 彼の羽振りを示す事例として、安中軍後記という書物(これは歴史資料のうちでもっとも信頼性が高い部類の、藩の公文書である)に、塚原卜伝の武者修行は八十人の供と三羽の鷹を連れて、とある。この規模なら、ちょっとした軍行だ。

 武者修行というより、一門を引き連れて歩いていた、さすらう傭兵団というところか。

 まあ今やただ粥を食っている老人だ。

 途中の民家で、塚原卜伝の草庵はそこの夏草の藪の中と武蔵はきいた。

 ふもとの屋敷で、唯一卜伝を診ているという、孫の嫁の話も聞いてきた。

 その嫁は京都の裕福な家の娘ということだったが、卜伝の話に及ぶと途端に育ちの良さがかき消え、耄碌した卜伝の不気味さとその恐怖、不潔さ、毎日の世話の愚痴を金切り声でまくし立てるようになった。

『唯一接触のある身内に、こうも厭われておるか。卜伝老いたりや』

 若い武蔵であったが、それら周囲の評価に、いささか憐憫の情を催した。

『もはや誰かの糧となるには、刀の錆と変えるよりない。いやさ、剣客として、このおれが斬り伏せてやることこそ、格好の引導ではないか』

 血気に逸る武蔵である。しかも相手は、高名とはいえ耄碌老人ひとり。もはや武蔵は相手を討ち取ったつもりでいた。

 おお! 宮本武蔵が塚原卜伝を斬った! それは何という輝かしい栄冠ブルーリボンであろうか。

 吉岡家を叩き潰し、その血によってみずからに勲章を彩ったこの兵法者は、こうして次なる標的として選んだ卜伝の草庵にまかり越した。

 興味もあった。

 あの伝説的剣豪は、じっさいどのように老いているのだろうか。

 背の丈ある勢いの良い夏すすきをかきわけ、見つけた掘立小屋。

 悪臭芬々(あくしゅうふんぷん)としている。腐った残飯であろうか、それとも老人の排泄物か。

 悪臭に自己免疫のある武蔵は、かまわずズカズカと草庵に進入する。

 広い土間から一段上がった、四畳半の囲炉裏組の部屋。そこに卜伝はいた。

 卜伝はこちらに顔も向けず、黙々と蝿のたかった粥を食うだけ。なくなれば傍の鍋から異臭のする粥を注ぎ足している。

「頼もう」三和土から武蔵は呼ばった「卜伝どの。武蔵である」

 『武蔵の兵法』ならば、いきなり叩っ斬るところだが、この場合、相手が「武蔵」に斬られたと把握させたい、という欲があった。

 だが呼ばっても碗から顔をも上げない。

 老人独特の松脂のような体臭と、温気に生き腐れた粥の腐臭がぷうんと混じる。

 不思議に外に漂っていた悪臭とは感じが違い、ややマシとも言える程度だ。

 武蔵はその無反応さに、かえって剣客の感覚が猜疑心を告げるのをおぼえる。

(塚原卜伝は無手勝むてかつ流…無手勝流の極意とは、相手の心理を突き、その裏をかいて勝負を流してしまう…すでにオレを受け流す欺瞞を仕掛けているのか?)

 卜伝は粥を食っている。

(その手には乗らぬ)

 武蔵は囲炉を挟んで卜伝の寝床の向かいに座し、大音声で用向きを告げた。

「剣の道についてご高説を賜りに参った。播州美作村の浪人、宮本無二が一子、新免宮本武蔵である」

 もちろん、方便だ。武蔵は卜伝をどう斬るかしか考えていない。

 卜伝は粥を舐めるようにすすっている。

 こちらを、ちらとも見ず、ボンヤリと

 卜伝は粥を食っている。

(しからば)

「おん、だきに、さばらぎゃーてい、そばか!」

 はったり真言を唱えて様子を見るが、卜伝は相変わらず粥を食っている。

(耳が聞こえぬのか? それでも、動かしてみせる)

 武蔵は次はありったけの殺意と憎悪を込めて卜伝を睨みつけたが、相変わらず

 卜伝は粥を食っている。

(飢えた獅子くらいの気迫を背負ったつもりであったが。まさしく無言の行、というわけか)

「火事だ!」やおら武蔵は叫んだ。

 面白くなってきた。しかし

 卜伝は粥を食っている、

 だけ。

(次はどうしてやろう)

 兵法四十八計を脳裏に巡らせる。

(この男、しかし本当に塚原卜伝なのか。これが卜伝の無手勝の『仕込み』だとすれば、今までの話すべてこのオレを謀るもの。そうであれば。)

 この頃の講談で、卜伝と同時代の、これも剣聖と呼ばれた上泉伊勢信綱は、子どもを人質に立て篭もった強盗に対し、にわかに頭を丸めて道中着を墨で染め、刀を置き、僧形に変じて来て現場に立ち入り、握り飯を渡して、人質を抱えた強盗の両手が塞がった隙に取り押さえるという、これも『無手勝流』をつかったと、武蔵は聴いてそだった。

 無手勝とは、『手なくして勝つ』つまり、武術も武器もつかわず勝負を奪う、という意味である。

 では、この場合、戦わずして勝ってしまう方法とは何であるか。

(別人を差し向けて恥をかかせようとする?)

 老人はだまって粥を食っている。

(たしかに。なんの関係もない耄碌じじいを斬ったとあっては武蔵の名折れだ、つまり負けだ。さような粗忽漢をどこの武将が召し抱えるだろう)

 彼は揺さぶりをやめ、卜伝を観察することにした。

 が、卜伝は相変わらず粥を食っている。青菜や肉片を箸ですくいながら、いまわしい出汁のきいた雑炊を、舐めるように、ただ、

 ひちゃ

 ひちゃ。

 ひちゃ

 ひちゃ。

 つまらない動物を観察しているようで、武蔵は音を上げかけていたが、ふと、彼は卜伝の箸を持つ手に目を止めた。

 粥を食っている卜伝の手元の碗には、前述したとおり、この初夏の陽気に誘われ小蝿がうるさくたかっている。

 その中でも碗の粥を狙い飛び回るものを、卜伝は箸で掴み取り、囲炉の灰に投げ捨てているのだ。

 空中の小蝿を掴むーー簡単なことを言うようで、誰がこれを真似できようか。

 しかも卜伝は、目線も動かさず、蝿を追う無駄な動きもなく、置いてある胡麻つぶをつまむような最小限の動作でそれを為している。だから武蔵が観察を始めるまで目立たなかったのだ。

 武蔵は瞠目し、自分でも箸を探して、大きな肉バエを虚空に追ってみたが、より愚鈍で鈍重な肉バエをすら彼の箸に捕らえることはできなかった。

(このくそ)武蔵は切歯した(このおいぼれ。やはり卜伝か)

 あいも変わらず、卜伝は粥を食っている。

 考察する。

(このじじい、オレが目に入らんのに、小蝿を精密につまみ取っている。そうだ、この武蔵は相手を焦らすとき、わざと我の手元に集中することで自分の動揺を防ぎ、相手の動揺を増幅させる。卜伝は動揺していて、オレを動揺させるためにこうしているのではないか)

 卜伝は粥を食っている。

「生憎だ。卜伝どの。武蔵は動揺などせぬ」

 武蔵は宣言すると、懐から藍染の薄汚れた手拭いを取り出した。彼はそれを丁寧に、細長く引き裂くと、落ち着いたしぐさで、それを紙縒こよりいはじめた。一本完成すれば、また一本。

 卜伝は粥を食っている。

 粥をすする音が、静かな夏すすきの草むらを吹き渡っていく。

 ひちゃ

 ひちゃ

 ひちゃ。

 なんとも長閑だが武蔵にとってそれは死闘だった。

 いくつか紙縒ができると、今度はそれを長くつないでゆく。

 なにをしているかというと、これは「紙縒こよりたすき」をこしらえているのである。

 たすきとは着物の袖や裾を絡げて、手足にまといつかないようにするための細長い補助衣料品の類であり、着流しの姿で運動や作業、そして戦闘をしなければならないときに使用するものだ。

 このように即席で拵えることもある。

 この動作をして見せることが、たすきが完成し、それで身繕いを済ませたら戦闘開始である、という示威効果も幾ばくかはあるのだろう。

 これは後年の話になるが、武蔵は有名な佐々木小次郎との決闘に際し、決闘場所の舟島(のちに巌流島)へと、わざと遅れて船で向かう。

 すでに島で待つ佐々木小次郎を、船の上から眺めながら、おもむろに船上で武器の木刀を削り出し、さらにこの「紙縒たすき」までこしらえて悠々と身支度をした。

 潮目が変わり、島の浜に潮が満ち、太陽が西に傾く頃、やっと島に降り立った武蔵に、小次郎が逆上して「遅いぞ!」と刀の鞘を払って投げ捨てて叫んだとき、武蔵はしてやったりと「小次郎、やぶれたり」と返したという。

 卜伝は粥を食っている。

 ひちゃ

 ひちゃ。

 武蔵がたすきを半分ほど綯いあげたころ。

 ぽりん

 微かな音が卜伝の方から響いた。

(む。動くか?)武蔵は最大限の注意を払いながら卜伝の方を盗み見た。

 卜伝は、粥を食ってはいなかった。

 そう。

 卜伝は。

 …大根の香子を噛んだのだ。

(大根か。驚かすな)

 また卜伝が粥を食いはじめ武蔵はたすき綯いに手を戻す。

 その手が脂汗にまみれていた。

(この…オレが、動揺している…だと?)

 異常な発見だった。

 卜伝は粥を食っている。…


 襷を綯いあげ、ごそごそと身にまとって戦支度をして見せているのに、粥を食い続ける卜伝をみて、武蔵は気を変えた。

 そうだ。ここにいるのはもはや塚原卜伝ではなく、ただ粥を食う耄碌じじいに過ぎない。ただその抜け殻が、塚原卜伝の名誉をまとっているだけなのだ。

 卜伝は粥を食っている。

(この、耄碌ものを、オレはなぜ恐れている?)

 卜伝の箸がハッシと小蝿をつまみ捨てた。

(精密だ…だから、どうだというのだ? この相手は、伝説を信じるなら齢百歳をとうに越している。それがいくら精密であると言っても、オレの豪刀で斬り伏せて仕舞えば、それが如何なるものでもあるまい!)

 武蔵は先ほどとは違った、鈍器のような重い気迫を放っていた。若いとはいえ修羅場を潜った武蔵である。先ほどの威圧とは違って、猫が尻尾で重心を取り、ねずみを仕留めるような――

 そう、獣が獲物を獲るときに発する、攻撃前段階の発作的な気迫、それが本当の殺気というものだ。

 卜伝は…粥を食っている。

 勝負ではなく、もはや殺害を決意するに至って、却って宮本武蔵はいっそうに冷静かつ慎重になった。

 粥を食っている卜伝。

(見ていて気づいた…卜伝は粥を食っているが、必ずしも常に一定の動きをしているわけではない。蝿をつまみ、粥が無くなれば、継ぎ足す。では、その継ぎ足す動作はどうであったか?)

 武蔵は自問した。

(卜伝は煎餅布団に胡座のかたちで座っていて、この姿勢は腰が『死んで』いる。そうして、重心を腰にかけたまま、粥椀を持って鍋に振り返っている。つまり、鍋に上体が向かうとき、腰が回りきっている状態だ。このとき、彼は武蔵を正視できず、しかもその体は『死に体』にある。しかるに。)

 解を得た武蔵は一人うなずいた。

(この瞬間ならば、武蔵の剣を、武神摩利支天でも躱せぬ)

 卜伝は粥を食っている。

 その碗の底のしずくを、卜伝が飲み干すのがわかった。

 不思議な一致である。

 武蔵が解を得たことと、卜伝が粥を飲み干したこと、時はほとんど同期した。

 垢じみた煎餅布団。シワのよったうぐいす色の着流し。蝿のたかった汁椀。

 松脂のような老人臭。失禁のアンモニア臭。

 いつのまにか陽は深く暮れなずみ、西陽が草庵の空間を紅く照らした。

 囲炉の自在鉤をはさんで、卜伝が上体をゆっくりと回しはじめる。

(今ーー気取られてはならない。卜伝がこちらから完全に視線を切るまで動かん)

 武蔵の呼吸が深く早くなった。

 卜伝は、まことにゆったりと鍋に振り向いた。


 視線が完全に切れた。


 武蔵はたちどころに抜刀し、神速の身のこなしで巨軀を躍らせた!

『塚原卜伝やぶれたり!』

 速く重く強い武蔵の豪剣が、藁人形のように無防備な卜伝におちてゆく。


 戛然


 武蔵の豪剣が宙に止まった。

 塚原卜伝は腰を捻って後ろを向いたままだ。

 が、碗を置き、鍋の蓋を取った左手が、かろく差し上げられていた。

 鍋蓋…小さな木の蓋の、その割れ目に、武蔵の豪剣の切ッ先が食い込んでいた!

 武蔵の刀の力点は外れ、鍋の蓋越しに、老人の肘を強めに押す程度の力に変換された。しかもそれは、影でも押すようにまるで手ごたえを返さず、武蔵の残心を吸い取った。

 …武蔵はじぶんの額に米粒をつけて、その米粒を真っ二つに斬らせる演武、刹那の見切りを得意とするが、その彼をして、完全に視線を切りながら、このような卓越した精密さで防御できるかどうか。

 そして、その刀が、鍋の蓋の割れ目に妙に引っかかって

(抜けん!)

 武蔵は愛刀備前長船を一瞬力を込めてついッと引いた。

 刀は鍋蓋から抜けたが、その勢いで、紙のように軽い卜伝の体がふわりと立ち上がり、武蔵の方に倒れ込んできた。

 はじめて武蔵は塚原卜伝の顔を見た。

 嘔吐をこらえているような、そして能面のように不思議につるりとした、意志の感じられない青白い老人の顔が、武蔵の前にぐうっと突き出される。

(こやつ!)

 剣戟どころではなく、嫌悪感から反射的に拳で殴りつけようとしたとき!

 卜伝がそのときぼうっと霞む声で言った。

「…はえ…」

「なに」

 次の瞬間、武蔵の体が宙に浮いた。


 武蔵は蝿になった。

(なんだこれはオレはハエだったのかするとオレは粥にたかっている蝿に過ぎないのかいったいなぜ。オレはなんなのだオレはなんなのだ)

(粥を食いたい)


 武蔵の体が宙を回った。

 それは、白扇を使う護身術の技の要領であったのか。

(これは!)

 箸で襟首を引っ掛けられて、武蔵は一回転し囲炉裏の灰に顔を埋めることになった。

 力――卜伝に武蔵の巨体を投げる力はない。これは相手の体勢を利用して遠心力で転倒させる、塚原卜伝の得意のわざ――

(無刀どり――双ツぐるま⁉︎)

 その通り、武蔵の体はもう一度宙を舞い、同じところにもう一度叩きつけられた。


 コブを二つ作った頭を、朦朧とおこした武蔵の眼前に、これも朦朧と廃人そのものの老人の顔が、ふたたび、ぬうと、せまった。

 覗き込むように、卜伝は、かすれた声で

「…けん。」

 卜伝は、武蔵の手の剛刀備前長船に、うつろな目を落とす。

 その目が、しずかな、昏い法悦にひかった。

 武蔵は、その意味するところをさとり、怯えた猫のように総毛立てる。

(それだけは絶対にダメだ! )

「まけた! 武蔵の負けじゃ! 堪忍してくれろ! 」

 武蔵は灰まみれになってめちゃくちゃに暴れて、長船にぬらりと手を伸ばした卜伝から体をにじらせて逃れた。

 視界から剣がなくなった卜伝は、紙風船のようにふわりと下がり、へたんと腰を元の煎餅布団の上に下ろすと、粥碗に再び異臭のする粥を継ぎ足した。

 そして。

 卜伝は粥を食っている。

 もう完全に戦闘の体制ではない。いや、彼はこの場で戦闘を行うという「意思」が、かけらでもあったのかどうか。

 ひちゃ

 ひちゃ。


(剣鬼だ。…これは剣鬼だ)

 武蔵はこの場における最終考察を無意識のうちに動かしていた。

 卜伝は粥を食っている。

 もうこちらを見向きもしない。

(こいつには何もない、塚原卜伝の形骸だとは認識していた…)

 ひちゃ

(やはりこの症状は老耄【アルツハイマー症】に疑いはない…)

 ひちゃ

(そうだ、卜伝はもはや、自分を持たない、死んでいるに等しい状態だ。だが、無手勝に無刀どりは、半自動的というべきか、いずれも生きていた!)

 ひちゃ。ぽりん

(それはなぜか。一意専心、これまで剣の道を追い続けてきたからではないのか。剣聖塚原卜伝の、文字通り骨の髄にまで、剣への執念が染み込んでいたということだろう)

 ひちゃ

(そして老耄症により、卜伝の脳から人間らしい感情や思い出がひとつひとつ失われてゆき、骨の髄まで染みた『剣理』だけが残った…)

 ひちゃ

 武蔵の直観は大脳生理学として理にかなっていた。

 達人の洞察というものだろうか。

 現代の用語を使用して考察すると、剣術は突き詰めれば戦闘技術であり、スポーツと同じで、剣理を鍛えることは反射神経や闘争心、直観など、本能の活用を最大限に促すものとなる。

 そうして、理性をつかさどる大脳新皮質に障害が発生した場合、肉体を管理するのは本能ということになるが、この『きたえられた本能』が存在する場合、大脳基底核のニューロン回路が強固に形成されているため、特定の行為に関しては影響が出ないことがあるという。

 わかりやすい例が『自転車の記憶を失っていても、自転車を乗りこなすことができる』などという事例だ。

 ひちゃ

(ゆえに、長船を奪われようものなら、ほんものの夢想剣で、奥義一之太刀が飛んでくる)

 ひちゃ。ハッシ

(そのときの夢想剣こそ、秘剣一之太刀の真髄だろう。そんなものをオレは絶対に受けきれん)

 ふたたび武蔵は総毛立てた。

 卜伝は粥を食っている。

(この男がどれだけひとを斬ってきたかしらない…だがわかる。強くなければ生き残れないが、生き残るとオレたちはこうなる。そしてこうなったとき、少なくとも自身の剣技の要素ーーこの場合卜伝の香取流夢想剣と無刀どりと無手勝の機能メカニズムーーは、天然自然に老耄と組み合わさる)

 卜伝はただ粥を食っている。

 口の端からよだれが長々と糸を引いていた。

(オレは、こうなるのか…いや、こうなるとは、どうなるのだ?)

 武蔵はそこまで考えると、本能的な恐怖に駆られた。


 なんでさっきオレはハエになったと思ったのだ?

 なんでオレはさっきあの腐れ粥の味をさえ思い浮かべて、それを食いたくなったのだ?

 卜伝は粥を食っている。

 わからない

 卜伝は粥を食っている。


 武蔵は卜伝の昏い草庵から、よろめきながら脱出した。

 悪臭がいっそう濃いものになり、鈍重な肉バエが舞い立った。

 そして武蔵は見た、その悪臭の発生源を。

 ススキの陰に、無数の、しゃれこうべが、

 無数の、唐竹割りになったしゃれこうべが、その落ち窪んだ眼窩から、腐肉と悪臭、そしてハエを噴き出しているのを。

 卜伝の、被害者だ。

 逃げた。

 逃げた。

 武蔵は、逃げた。

 あたかも魔軍に追われるように。

 ひちゃ

 ひちゃと、粥をなめる音が、どこまでも追ってきた。

 初夏の陽気は消え失せ、夜のとばりに包まれて辺りはうそ寒かった。


 その漆黒に包まれた藪の中の

 忌まわしき草庵の闇のまた中

 卜伝は粥を食っている。

 卜伝は、おそらく、まだ、いまでも、粥を食って、いる。


 西暦2025年現在、日本においてコホート式検査による認知症患者群は、1万人の試検調査で6.4%、つまり総数にして約700万人とみられると、厚生労働省の資料にある。

 このうち30%にあたる200万人は、症状が経年悪化していくことが統計から予測されている。――


『卜伝は粥を食っている』 了

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