ふすま
親の帰りはいつも遅く、決まって零時を過ぎてからだ。
鍵のかかった家、閉め切った部屋にいると、ひとりきりの静けさに息苦しさを覚えた。
だから、いつも押し入れをわずかに開け、眠りにつく。
ある夏の夜、豪雨が窓を叩いたあと、停電になり冷房も止まる。
暑さで寝付けず、幾度も寝返りを打ち瞼が重くなるのを待っていると、ふと遠くから「おーい、おーい」と誰かを呼ぶ声が聞こえた気がした。
気になって起き上がり、耳を澄ませると、その声は聞こえる。どうやら押し入れの中からのようだ。
立ち上がり、押し入れの前に立つ。すると、僅かな隙間からこちらを覗く視線と重なった。暗闇の中、その白目だけはくっきりと見え、胸の奥が凍えた。
親のいたずらだと思い、押し入れを開け放つ。そこにいつもの荷物はなく、潰れかけの蛍光灯のような淡く青白く照らされた空間があった。墓場のように鄙びた墓標が幾重にも続いている。人影はない。だが、その遥か彼方から、「おーい、おーい」と低い男の声が、響いてくる。
顔見知りの声だ。それに誘われるかのように足を踏み出しかけたが、空間の凍えるような空気に触れ、我に返って踏みとどまった。
声はまだ心を揺さぶろうとしている。しかし声の主を捜してそこに踏み込むことなど、もうできなかった。
そっと襖を閉めようとした、その時、誰かに強く背中を押された。