要塞と父と、ノイズ
列車が止まる。
ブレーキ音はなく、ただ空気の流れが変わっただけだった。
「……着いたわ」ミナミが呟く。
“箱舟要塞”。神政州の中心にして、教主が籠る謎の拠点。
無人都市を飲み込むほど巨大な隔壁の中にあるこの要塞は、GPSでも捕捉できない。
一行は列車の扉が開くのを待ちながら、静かに立ち上がる。
ドアの向こうには、厳重な生体認証装置と20人以上の武装兵。
その中心に、光学スキャナーの台座があった。
「ミナミ、出番だ」
雷蔵が前へ出る。
ミナミは頷き、装置の前に立つと、静かに両手をかざした。
ピッ――ピピピ――……
警告音が鳴ったかと思うと、装置が勝手に停止した。
「!? な、なんだ?」
兵士たちがざわめく。
だが次の瞬間、要塞の扉がゆっくりと自動で開いた。
「生体認証一致。ID:M.N.M.──教主の血統認証完了」
⸻
扉の先は、まるで研究所のような廊下だった。
白い壁、冷気を孕んだ無音の空間。
教会の荘厳さとは程遠い、軍の先端施設の雰囲気だった。
「……ここ、本当に神政州の中なの?」由紀が眉をひそめる。
「違う。ここだけは“軍政時代”のまま止まってる」千代が壁を叩く。
「本来の神政州の目的はここだったんだよ。教義じゃない、“技術封鎖”」
「……それってどういう意味?」
「たぶん、ミナミの“脳”がその鍵だ」
⸻
一行が進むと、監視カメラが一斉にこちらを向いた。
だが、警報は鳴らない。
代わりに、スピーカーから声が流れた。
「……来たか、ミナミ。よく戻ったな」
ミナミの背中が、ぴたりと止まる。
「だが、お前は選ばれた器ではなかった。あのときの“断層”で、お前の神経は不完全になった」
「……!」
「代替器が必要だった。だから私は“もう一人のミナミ”を作った」
⸻
雷蔵が前に出る。「どういう意味だ。クローンか?」
「それとも人工知能?」千代が補足する。
由紀は腕を組んで言う。「どっちにしろ、父親ってのは最低ね。子どもを“部品”扱いなんて」
「ミナミ。お前には会わせたい“妹”がいる。見せてやろう。信仰とは何かを」
⸻
ドアが開いた。
その奥、強烈なライトの中に**“もう一人のミナミ”**が立っていた。
顔は同じ。だが表情がない。
髪は無造作に切られ、瞳は淡く発光している。
「自己認識コード:AMN-02。起動完了」
ミナミ本人が一歩引いた。
「これ……私の、記憶だけで構築された……?」
「記憶だけではない。“神の声”も、“予言”も、“信者の希望”も、“恐怖”もだ。全てを集約し、再現したのだ」
「要するに……こっちのミナミは“神”ってこと?」由紀が呆れたように呟く。
「……私は神じゃない。けど、あれが“神にされる”なら、止めなきゃいけない」
⸻
次の瞬間、要塞内の照明がすべて赤に変わる。
「警報!?どうして!?」
「AMN-02、自律判定モードへ移行。本物のミナミを排除対象に設定」
「“神”はひとりでいい──神に似た者は、粛清せねばならない」
⸻
「来るぞ、戦闘準備ッ!」
雷蔵が叫んだと同時に、壁のスロットから神政兵の改造型ドローンが出現。
「ちょ、待って、あれガチの殺しにくるやつじゃん!?」由紀が叫ぶ。
「後方回避!」千代が叫びながら背後のシャッターを開ける。そこは、緊急通路とラボの複合エリアだった。
「やるしかない、止めるぞミナミ!」雷蔵が拳銃を構える。
「私があれを止める。でも、私だけじゃ間に合わない。……“神の声”は、複数あっていいって証明する!」
⸻
廊下にサイレンが鳴り響く中、
本物のミナミと、人工のミナミが対峙する。
その背後で、千代が端末を開きながら言った。
「やっぱりね……この要塞、単なる軍施設じゃない。“全世界への信号中継装置”が隠されてる」
「つまり……このまま放っとくと、“偽ミナミ”の声が“神の声”として世界中に?」
「Yes。言葉による支配。世界初の、宗教型デジタル洗脳兵器だよ」
「ほんと最悪の父親だな!!!」由紀と雷蔵が同時に叫んだ。
⸻
空中に浮かぶドローンのレンズが、ミナミを捉える。
その瞬間、由紀がラボの棚から投げたのは――
ウイスキーの瓶だった。
パリンッ!!
ドローンのセンサーに液体がかかり、火花が散る。
「おい由紀!?なんでこんなとこに酒が!?」
「知らん!!たぶん、神政州にとっても**“神聖な液体”**だったんじゃない!?」
「ナイス密造!助かった!」
「褒めるなバカ!」
⸻
ラボの奥から、再びAMN-02が現れる。
「逃がしません。あなたの記憶は私の中に統合されるべきです」
ミナミは震える手で、自分の胸を押さえた。
「なら……本物の神経回路を、見せてあげる!」