列車に乗るには資格がいる
午前5時。神政州の中心駅「聖エゼキエル中央」には、黒塗りの列車が一両ずつ、ゆっくりと入線していた。
“神の箱舟”――神に選ばれた者しか乗れない聖域。
その内部では、祈り、審問、洗礼、そして粛清が行われる。
列車のドアが開く音すら、聖歌のようにエコーがかかっていた。
だがその裏手、駅構内の物陰に、まるでそれを台無しにするかのような格好の3人と1人がいた。
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「……おい、なんで私が修道女の格好しなきゃいけないのよ」由紀が不機嫌そうにベールを引っ張った。
「お前の顔、真面目にしてれば説得力あるからだ」雷蔵は兵士の制服を着込み、真面目な顔で言う。
「いや真面目にしてないときはどうなんのよ」
「……普通に未成年のアル中に見える」
「殺すぞ」
「やめなさい。仮にも聖職者の姿で殺す発言はアウトです」千代は医師の格好にロザリオを下げていた。
「あと、雷蔵が軍服って誰が決めたの?向いてるの?」由紀が振り返る。
「向いてるよ?すでに5人から敬礼された。中には**“あの伝説のマジック大尉か”って言ってた奴もいた**」
「いや誰だよマジック大尉……」
「知らない。でもかっこよかった」
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今回の作戦はこうだ。
ミナミ=教主の娘を“脱走者”として捕縛したと偽り、彼女を箱舟に乗せて要塞へ潜入。
偽装書類、遺伝子サンプルの照合データは千代が作成済。
問題はただ一つ――誰も“神政州のマナー”を知らないことだった。
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列車に向かう通路の途中、礼拝スペースで待機する検問兵が彼らを見つめた。
「止まりなさい。『創世記第八章第六節』の合言葉を述べよ」
由紀が一瞬固まる。
が、咄嗟に手を上げて答える。
「はい、えー……“洪水の後、ノアはまず……えっと、アヒルを放った”!」
「ハトな」
千代が小声で突っ込む。
「……違うぞ。正答は“ノアは七日待った”だ」兵士が銃を構えかけた瞬間――
雷蔵が前に出た。
「この者は“特別礼拝式”を担当しており、旧約ではなく黙示録重視派だ!今期の教理で認可された!」
「……ああ、あの“終末系派閥”か」
「ええ、最近流行りですよ。原理派でも保守でもありません。“神は時に矛盾を許す”」千代が真顔で乗っかる。
「なるほど、なら通れ」
3人はギリギリの芝居を制して通過。
その後ろで、ミナミは笑いをこらえていた。
「あなたたち、普通に神学でテスト受かるわよ……」
「もう宗教というよりRPGの職業選択みたいだわ……」
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列車の内部は、想像以上に静かだった。
通路には“神に選ばれし者”の信者たちが座り込み、微動だにせず祈っている。
「これ……動いたらだめなタイプ?」
「いや違う、アクション起こすと処刑されるやつだ。千代、俺の左にいるやつ、人工肘関節入ってる?」
「Yes。ついでに心臓はペースメーカー。あと目は義眼、スキャンに注意」
「どこからが“神の創造”でどこからが“サイボーグ”なんだこの世界」
由紀が疲れたように笑う。
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彼らが乗った車両は、いわゆる“礼拝処理車両”。
途中で“異端審問”が始まる可能性もあり、気を抜けない。
10分後。
前方の車両から、金属の靴音が近づいてくる。
「……来るぞ。あれが“牧師兵”だ」ミナミが緊張した声で言う。
やってきたのは、黒いヘルメットと十字架のついたマントを着た巨漢。
手には聖書とショットガン。
「異端はおらんか~~~?」
車内に沈黙が落ちる。
「この中に、『聖体の定義』を間違えた者がいたら、今すぐ挙手しろ~~~。さもなくば、全員……」
由紀がパッと手を挙げた。
「はい!」
「……何?」
「“聖体”ってパンですよね?」
「そうだ」
「でも私、米粉パンでも大丈夫ですか?グルテンで腹壊すので……」
沈黙。
雷蔵と千代が硬直。
だが次の瞬間、牧師兵がうなずいた。
「お前……神の慈悲を信じるのか?」
「グルテンフリーの恵みを信じてます」
「ならば祝福しよう。汝、真の病者なり!」
雷蔵
千代(この世界、なんでも神学的に処理できるのね……)
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列車は静かに終点へと近づいていた。
車窓の外には、巨大な壁がそびえている。
「……着いた。あれが、箱舟要塞」ミナミが呟く。
「本当に……あの中に入るのか」由紀がつぶやく。
「この列車は出たら戻れないわ。逃げるなら今」
誰も返事はしなかった。
「……グルテンフリーの神よ、どうか今日だけは私にパンを……」由紀の祈りだけが響いていた。