神の名のもとに
南へ向かう道路は、舗装が崩れ、地図にない検問が点在していた。
どの検問も、政府軍のものではなかった。旗には銃を抱えた天使、そして「Repent or Burn(悔い改めよ、さもなくば燃えろ)」の文字。
「……ここが“カルト神政州”か」
雷蔵が車窓の外を見ながら低く言う。
「現地の正式名称は、“主の統治における自由合衆自治福音再建連盟”だそうよ。略して“GodCo”」
千代が端末をスクロールする。
「センスがどうかしてる」由紀がため息をつく。「……水くさい土地って、酒が作りにくいのよね」
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三人は、ベジタリアン軍から提供された偽造身分証と中古のピックアップトラックを使い、
郊外の「信者専用エリア」へと足を踏み入れた。
不自然な静けさ。
整然と並んだ木造の家々。
玄関には“神の祝福がこの家にありますように”と書かれた木札と、ショットガンが吊るされていた。
「ここ、すげぇ……教会と銃が同居してる」雷蔵がつぶやく。
「信仰と武装はセットみたいね」千代が周囲を記録しながら歩く。「“堕落者”を排除するため、国民に“福音的軍事訓練”を課しているって書いてあるわ」
「意味がわからん。ていうかアル中ってだけで焼かれそう」
「確かに由紀は“宗教的には完全にアウト”だな」雷蔵が真顔で言う。
「神より酒を信じてるからね」
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数ブロック進むと、広場に集まる群衆の姿が見えた。
中央には壇があり、神父服を着た男がマイクを持ち、何かを語っている。
「……この者は、怠惰と淫らな思想に染まり、酒を口にし、親に逆らい、投票に行かなかった!」
ざわざわとした怒りの声。
壇の上には、若い男が縛られ、泣きながら首を振っている。
「主の名のもとに、この魂を“浄化”せねばならん!」
神父が天に手を掲げた瞬間――
火炎放射器を構えた兵士が一歩前に出た。
「……まずい、止めないと」雷蔵が一歩前へ出ようとしたとき、
「待って」千代が肩を掴む。「今はまだ動けない。ここは観察の段階よ。まずは中に入り込む」
「中って?」
千代は小さく息を吐いた。
「この“GodCo”には、神の声を聴く“巫女”が存在する。全ての儀式、裁定、政策は彼女を通して決まる。そしてその巫女の住む礼拝所に、密輸ルートの情報がある可能性が高い」
「どうやって近づくのよ?」由紀が訊いた。
「方法は一つ――信者になること」
「は?」
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三人はその日、“短期献身者プログラム”に登録した。
IDを偽り、簡単な信仰告白と奉仕誓約書にサインするだけで、神政州の中核部に出入りできるという。
もちろん監視はあるが、潜入には最適だった。
「自己紹介と志望動機を一人ずつどうぞ」
担当の青年信徒がノートを構えた。
「佐藤千代です。医療と救済活動に興味があります。信仰心は最近芽生えました」
「梶原雷蔵です。軍事を通して神の正義を実現したいです」
「二宮由紀です。……飲酒は、悔い改めました(棒)」
青年は少し眉をひそめたが、問題ないというように笑った。
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彼らが配属されたのは、中央礼拝所の補助奉仕班。
そこは巫女が居住する“神域”の隣接区画だった。
だが、当然ながら警備は厳重だった。
「ここから先は、神に選ばれし者しか入れません」
ゲートの前で、鋼鉄製のドアを背にした兵士が言った。
「巫女は今、黙想の最中です。騒音や汚れた魂は立ち入り禁止です」
「汚れた魂……」由紀がポケットに入れてたフラスコをさりげなく地面に蹴り飛ばした。
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その夜。
三人は、廃棄された講堂の裏手に身を潜めて、地図と警備ルートを確認していた。
「やっぱり正面からは無理。礼拝所の裏に“洗礼用の地下通路”がある」千代が指差す。
「夜なら潜れるかもな。スナイパーはいない。距離30メートル、地上からの視線も少ない」雷蔵が追加した。
「問題は、この“巫女”が敵か味方かってことよ」由紀が言った。
「それは、会ってみないとわからない。でも一つ確かなのは……」
千代は手元のラジオを手に取った。
「彼女は、1日2時間だけ政府軍の暗号通信を盗聴してる。それが、密輸ルートを握っている証拠」
「……潜入は、今夜?」雷蔵が訊いた。
千代は静かにうなずいた。
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闇の中、礼拝所の裏手に、3つの影が忍び寄る。
ミッションの名前は――“エデン計画”。
それは、神の園に忍び込み、禁断の知識を手に入れる行為だった。
だが誰も、気づいていなかった。
この先にある“巫女”が、彼らの運命を大きく揺るがす存在になることを――。