ベジタリアン軍との接触
翌朝。
モーテルの外は濃い霧に包まれていた。火薬と腐敗と、かすかなラズベリーグミの匂いが混ざる。
周囲の静けさが逆に不安を誘った。
「……今のとこ、敵の動きはなし。夜間のドローンも飛んでこなかったな」
梶原雷蔵はスコープで周囲を見渡しながら呟いた。
「ふむ。南西方向の農村地帯が静かすぎる。昨日まで小競り合いがあったはずなんだけど」
佐藤千代がノートPCで盗聴していた周波数を閉じる。
「嵐の前の静けさってやつよ」
由紀は昨夜仕上げた高濃度ウォッカを舐めながら、頬を火照らせていた。
「飲む? 今日のやつは特にキくわよ。“エタノール神の祝福”って名付けたの」
「名前やばくない?」雷蔵が引きつった。
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午前9時。
ラジオを通じて、奇妙な通信が入った。
『こちら、南カリフォルニア・動植物連合軍。農地帯立入禁止。ベジタリアン軍が通過中。非敵対者は畑を踏まないでください』
『繰り返す――畑を、踏むな』
「……畑を踏むな、って何?」由紀が眉をひそめる。
「たぶん……文字通りだろうな」雷蔵がラジオのつまみをいじる。「こっち来るぞ」
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彼らは慌てて荷をまとめ、北西へと退避した。
が、途中でトウモロコシ畑に囲まれた一本道に差しかかったところで――それは現れた。
「……来た」
霧の向こうから、旗を掲げた集団が歩いてくる。
旗には、大きく描かれた**「アボカド」と「キヌア」**のマーク。
そしてその下に、こう書かれていた。
“PLANT-BASED OR DEATH”
「出たな、ベジタリアン軍……!」雷蔵が身構える。
先頭に立つのは、長髪の筋肉質な男。タンクトップには“GO VEGAN OR GO HOME”と書かれていた。
背中に背負ったロケットランチャーは、弾頭が人参の形をしている。
「話が……通じる相手かしら」千代が呟いた。
「任せて」由紀がふらつきながら前に出る。「こっちは“完全発酵系”よ。あんたらの有機農法には興味あるわ」
「いや酒造ってる時点で敵視されるだろ」雷蔵が止めに入るも遅かった。
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「そこの者たち! 肉を食ったか!? 牛を殺したか!? 卵を茹でたか!!!」
ベジタリアン軍のリーダーが声を張り上げた。
「落ち着いて。私たちは旅の学生です」千代が前へ。「宗教的には……中立、ですね」
「……この者、肉汁の匂いはない。体内PH値も植物性だ」
リーダーが手をかざし、由紀を睨んだ。
「お前は……若干、麦の発酵臭がするな」
「それは麦ジュース。植物よ」由紀がさらりと返す。
「ふむ……悪くない答えだ。だが一つ、試練を与える」
「試練?」
リーダーが取り出したのは――巨大なブロッコリーだった。
「これを、火を通さず、そのまま食せ。口に入れ、笑顔で“おいしい”と言えたら、通してやる」
「何この拷問」雷蔵がぼそり。
「やるわよ。任せなさい」由紀は涼しい顔でブロッコリーをかじる。
「……くっそ青臭っ……ッ」
顔をひきつらせながらも、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「おいひい……!!」
「通れ!」
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晴れて通過許可が出た3人は、ベジタリアン軍の拠点へ招かれる。
そこはかつてのオーガニックスーパーを改造した臨時司令部だった。
中には、発電機、貯蔵庫、風呂、ソーラーWi-Fi、そして……大量のケール。
「ここ、普通に住めるな……」雷蔵が呟いた。
「むしろ今までで一番安全な場所かもしれない」千代がノートを取りながら歩く。
「酒、バレたら殺されそうだけど」由紀がフラスコを隠す。
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夕方、司令官の部屋でリーダーが言った。
「君たちは、ただの学生ではなかろう。銃に詳しい者、医療の知識を持つ者、そして……密造の匂いがする女。これは偶然ではない」
3人は黙っていた。
「我々には情報が必要だ。政府軍の動き、カルト神政州の計画、そして……メキシコとの密輸ルート」
「密輸……?」由紀が反応した。
「君たち、日本人だな。外から来た者ならば、我々と違って“国境の向こう側”に希望をつなげることができる」
「……その希望って、何?」
「“国外脱出の道”さ。選ばれた者しか通れない。南の密林地帯に、カナダ軍が極秘に作った“抜け道”がある。だが、それを知るには、カルト神政州の地下礼拝所に潜入する必要がある」
「潜入任務ってことかよ……」雷蔵が顔をしかめる。
「君たちにしかできん。報酬は、“脱出の座標”だ」
3人は顔を見合わせた。
逃げるか、戦うか――
どちらにせよ、動かなければ終わる。
「……やるか」
雷蔵が言った。
「引き受けましょう。私たち、命かかってますから」
千代が続けた。
「ちょっと待って。酒造設備、持ち運べないんだけど」
由紀が言った。
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こうして3人は、次なる目的地――カルト神政州へと向かうことになった。
それは、理性が消え、信仰が武器となる地獄だった。
だがこの時はまだ、誰も知らなかった。
彼らの名前が、数週間後に**“アジアの三悪神”**として全米指名手配されることになるとは。