第1話:アマテラス、勝手に降臨で大迷惑!
地上生活の神、アヤカとウカノミが、アマテルの降臨に巻き込まれる……
< 始まりは突如の休暇宣言 >
アヤカは夢の中で、幼い頃の太陽神・天照を抱き上げていた。──天界で過ごした日々。懐かしくも切ない記憶……
21XX年……
天界と地上、神話と文明が交差する世界。
ここは、地上の神たちが拠り所にする施設「天神シェアハウス」。
──早朝5時30分ごろ/地上──
朝食のいい匂いで、アヤカ(=吾屋惶根)は目がさめた。
キッチンでは、同居をしているウカノミ(=食の神・倉稲魂命)が、いつもの朝食を作っているようだ。
その時、「ドカンッ!」と大きな物音が、玄関から響いた。
アヤカの部屋に、ウカノミの柔らかい声が届いた。
「あれぇ〜?……玄関先に何か落ちてきたみたいですぅ〜」
彼女は寝起きでまだ頭がぼんやりしている。
「えぇ、また野良神様? 最近はもういないはずだけど……」
ウカノミが慌てた様子で、彼女を呼んでいた。
「アヤカさ〜ん! アマテルちゃんが……玄関マットの上で倒れてますぅぅ〜!」
アヤカは聞き間違いだと思いながら、ウカノミの言葉に反応した。
「はぁ? アマテル!?……なにそれ、どういう意味よ!」
ウカノミは信じられない言葉を叫んでいた。
「ほんとですぅ〜! リアル太陽神が、わたしのカツサンド食べてるんですぅ〜!」
彼女は寝巻き姿のまま、急いで部屋を飛び出した。玄関先を覗くと、髪を少し乱した一人の女性が、カツサンドを齧っていた。
アヤカはその姿に、目を疑った。ウカノミの手の中のサンドイッチに齧りついていたのは、他でもない、天照大神・アマテルだった。
「ふふっ……来ちゃった、えへへ」
(あの天下の太陽神が、朝からここに……? しかもベッドごと!?)
玄関先に転がった巨大なベッドを見て、アヤカの思考は一瞬で凍りついた。
「ちょ、ちょっと待って? アマテル? 朝だよ!?」
アマテルの能天気さに、アヤカは胸騒ぎを覚えた。
「か……帰れぇ!!」
アヤカの声が玄関に響いた。
──6時ごろ/シェアハウスの居間──
アマテルがお茶をすすりながら、ふわっと笑う。
「やっぱり、ウカノミのお茶って落ち着く〜。天界の自販機って、不味いのよ〜」
アヤカは額に手を当て、ため息をついた。
「どうやって地上に降りてきたの? 誰の許可で!?」
彼女の声が裏返るのも無理はなかった。相手は、天界の主神・太陽神なのだ。朝がはじまってるのに、勝手に地上降臨なんてありえないのだから。
「仕事ばっかりで、ほんとブラック……もう魂が疲れちゃったのよ〜」
アヤカは、ますます頭を抱えてしまった。
「でさぁ、昔、アヤカおばさんにいっぱい話を聞いてもらったよね。だから、ここならまた元気になれるかなって思ったんだ♡」
アヤカは、アマテルの言葉に懐かしい記憶を思い出した。
泣き虫で、いつも全力で頑張っていたアマテル。仕事の愚痴を何度もこぼしてきた、あの頃のアマテル。幼い神が、やがて一人前の主神になっていく過程を、誰より近くで見守ってきた……そんな記憶。
──それに対して、私は何かを成した神じゃない。この世界で初めて容姿鍛錬で生まれただけの存在。「役割」なんて無かった。だからせめて、みんなの話し相手くらいはしようと思った。
しかし今のアヤカは、非常勤嘱託で地上暮らし。天界の相談役はとっくに引退している。
今の私に、何ができるっていうの……
彼女は思わず両手を広げて、アマテルに詰め寄る。
「勝手に降りて来ても、私に対応できるわけないでしょ!?」
アマテルのどこか得意げな笑みを見て、アヤカはぞっとした。
「緊急降臨のベッドを開発しちゃって、誰にもバレてないんだ〜☆」
やっぱり、あのベッド……彼女は嫌な予感が的中したことに戦慄した。
「しかもログも残らないのよ〜、神格が高すぎて♪」
アヤカは心の中で舌打ちした。やったな、この女神……完全にバックれじゃないの。天界の神たちに相談もせずに、勝手に地上に降臨してきたと言うアマテルに、彼女は膝から崩れ落ちる。
「……でもね、アヤカおばさん。ここだけの話、ほんとに限界だったのよ、わたし」──この感じ、"愚痴モード"の始まりだ。
アマテルの愚痴は、アヤカにとって何度も聞いたおなじみのものだった。
「まずね、ツッキー。『闇属性の尊さ〜』って言いながら、もう夜とネットの住人よ?」
「最近なんて、『もう僕には現実は重い』って、魂ごと仮想空間に引きこもろうとしてたんだから。夜の神がメタバースに引きこもりとか、もうギャグよ!」
アヤカは、ツクヨミの顔を思い浮かべていた。(素直だったあの子が……今や完全に"こどおじ"ってわけね)
怒りがヒートアップして、語気が強まるアマテル。
「あと、あいつよ、スサノオ! 再生数さえ回ればいいと思って(怒)」
アヤカはふと昔のアマテルの顔を思い出した。(昔からこの子は、私の前では特に感情が激しかったね)
「昨日もまた、海の神族からクレームよ。ほんと、やってられない!」
「何やっても『神バズったからOK、OK!』って!」
アマテルの語尾に、彼女は内心でツッコんだ。(今のは、絶対にモノマネ)
「クシーちゃんも『もう慰謝料って言葉しか……』ってボロ泣きだったのよ〜」アヤカは、話を聞きながら思わず顔をしかめた。(あのしっかり者のクシナダヒメが、泣いた?……あぁ、今の天界はほんとに地獄なんだ)
バンッ!──アマテルが湯呑みを机に叩きつけていた。
「それでね、毎日毎日アラートとトラブルばっかりで地獄よ」
「もう、同じことの繰り返し……」
どこか本気で疲れているアマテルの声だった。
「でも……代わりは、誰もいない。わたしは、太陽神だから……」
アヤカは、その言葉に胸がざわついた。
──アマテルは、産まれたときから"太陽神"としての「役割」を与えられていた。適役と言えばそれまでだけど、一部の人に「役割」が集中してしまう。いまのアヤカは、昔と違い相談役として守ってやれる立場じゃない。けど……このままじゃ、世界にまで影響が及ぶかもしれない。
ひと息入れてアヤカは、アマテルを見据えた。
「で……あなた、帰るんだよね?」
「え〜♡」
アマテルは首を傾けて、まるで子どものように笑った。
その態度に、彼女は理解した──これは確信犯だ。
「だからね、ここでのんびり長期バカンスってことで☆」
「今日からしばらく、ヨロシクね。アヤカおばさ〜ん♡」
アヤカは声を裏返しながら絶叫した。
「やめてぇ! 本当に仕事放棄なんて……世界が滅ぶってばぁ!!」
その瞬間、彼女は確信した──これは、太陽神による"勝手に降臨"騒動の始まりだった。
── つづく ──
最後までお読み頂き有難うございました。
ぜひ、続きのエピソード「第2話」をご覧ください。
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