第9話:追憶の吾屋〜最後の別れ・復活の奇跡〜
封じられた太陽神の存在。そこにはアマテルとアヤカ、其々の兄が関係する……
< 最後の別れ、復活の奇跡 >
「……封印したのよ」
アヤカが静かに語った……真実。
崩れゆく小さな太陽神の魂が黄泉へ堕ちぬよう、イザナギの手によって封じられた。名も姿も知られぬ、失われた太陽神──すべてを引き受けた「アマテルの兄」の存在。
アマテルの頬を伝った"涙"が、アヤカの「何か」を揺り動かす。
「……じゃあ、もう……お兄ちゃんには会えないのね……」
アマテルの寂しげな声。
その震えの奥に、アヤカは受け入れる覚悟を感じ取ったような気がした。
アヤカは表情を崩さぬまま、立ち上がると静かに言った。
「小さな太陽神……あなたの兄は、今もこの世界にいるわ」
アマテルはその言葉をどう受け止めればいいのか分からず、眉をひそめたまま俯いた。
「ついてきて……あなたに見せたいものがあるの」
アヤカはゆっくりと廊下の奥へと歩き出した。アマテルがすぐ後ろに続く。
シェアハウスの裏庭。そこに趣がある蔵がある。
アヤカは鉄扉の何重もの鍵を静かに外す。
扉の向こうは、時さえ凍りついたような静寂。蔵は祈りのように厳かで、何かを守り続けている。
最奥には、蓮の装飾があしらわれた寝台。
そしてその上に、静かに横たわる"人の形"──静かに目を閉じ、時が止まったかのような静謐な姿だった。
アヤカとアマテルはその前で立ち止まった。
白い肌。整った顔立ち。精緻な神像のように美しいが、どこか人間味もあるその姿は、ただ黙してそこにあった。
「……オモダル……」アヤカがぽつりと呟いた。
初めて聞く名に、アマテルは目を上げた。
「そう、あなたとは面識がなかったわね。神世七代の、六代目の男神……私の兄、オモダルよ」──美しい人の形を持つ最初の神であり、アヤカのパートナーでもある。
アヤカは優しく、オモダルの頬に手を当てた。
「オモダルが……イザナギに言ったのよ……『太陽神の魂は、私の器が引き受ける』とね……」
アヤカはオモダルとの最後を懐かしく思い出しながら、顔を上げた。
「魂を封印したあと、オモダルの意識はなかったわ……深い眠りについたのね」
「でも、私はオモダルと離れたくなかったの……どうしても……」
この蔵は……アヤカのわがままで造らせたものだった。
アマテルはゆっくりと瞬きをした。
「この中に眠ってるの?」
アマテルの右手が器の胸元へ伸びていた。
ただ、その存在に近づいた──ただ、それだけだった。
胸元に手を添えた──
……次の瞬間、器が淡く光を放った。
ふわりと咲くような光。
かつて見た、あの蓮の光と同じ──いや、それ以上に温かく、深い光に周囲が包まれた。
──そして
「……吾屋……?」光の中心から、声がする。
アヤカが目を見開いた。
懐かしさと優しさと、幾千年の孤独を超えた呼びかけが、静かに響いた。その声を聞いた瞬間、アヤカは息を飲んだ。
「……オモダル?」
光の中、確かにその声は、オモダルのものだった。それは現実か幻か、判断もつかないほど静かで、穏やかだった。
アヤカは、思わず一歩踏み出しかけて──立ち尽くした。胸の奥から、張り詰めていた何かが崩れかけるのを、必死で抑える。
光の中で、声が続いた。
「長い間……この器の中で……ずっと"太陽の子"を守っていた。崩れないように、消えないように……」「そして、語り続けていた。神の系譜を……」
「そうなの……」アヤカは感情を抑えながら、アマテルの肩に手を置いた。
「ねぇ……ここに、もう一人の太陽の娘"天照"がいるのよ……」
光の中から、オモダルが穏やかに応えた。
「そうか……、彼が目覚めるようだ……太陽の双神(つがい)が繋がるのだな」
アヤカは"何か"を察した。
「泣くな、吾屋。私は"器の役目"を果たしたようだ……」
感情が抑えられなくなり、大粒の涙がこぼれ落ちた。
そして、オモダルが最後に言った。
「吾屋よ……泣くお前も美しい……。お前はこれからも"美しく"生きよ」
アヤカは唇を強く噛んだ。
「ありがとう……私にはもったいない言葉よ」
堪えきれず、膝をついた。もう、言葉にならなかった。
光が、すっと収束していく。
静かに、音もなく──消えた。
そして、残された"人の形"が、ゆっくりと動いた。
閉じられていた瞳が、ゆっくりと開かれる。
その中に宿っていたのは、もう"オモダル"ではなかった。
「……ここは……」
低く落ち着いた声。少し驚いたようにあたりを見渡す彼──
アマテルが駆け寄っていく。
「……お兄ちゃん……?」
彼はゆっくりとアマテルに視線を向けた。
アヤカは、そのやりとりを見つめながら目を伏せた。
(オモダルの姿……でも中にいるのは、太陽の子なのね……)
アマテルが優しく言葉をかけた。
「ありがとう、わたしを守ってくれて……」
アヤカは、その言葉に彼のまなざしが少しだけやわらいだのを見た。
何かが届いたのかもしれないと感じた。
──それから数時間後
アヤカとアマテルは天界の大臣たちに事の顛末を報告した。
太陽神は、双神でひとつ──いま、ふたたびこの世に現れたのだと。
そしてアマテルとその兄は、主神が持つ本来の「力」を取り戻していた。結果──彼らは、完全な「転移能力」を得たらしい。科学を超えた"超科学"、まさしく「神の力」だ。
そんな会話をしながら、ウカノミ特性の手料理を囲みながら時間を過ごした。「皆で、ご飯を食べる日が来るなんて……」
そう呟いたアヤカの声には、胸の奥からこみ上げる安堵がにじんでいた。──なぜなら、オモダルの姿にアマテルの兄が宿っているからだ。
アマテルが、彼とアヤカの顔を交互に見ながら、無邪気に問いかけてきた。「ねぇ、お兄ちゃんの名前、どうしよう?」
彼は、目線をさげ悩んでいる様子を見せた。
「……私と同じ文字……『テル』ってどう?……アマテルのテル!」
アマテルが勢いよくいった。
アヤカはそっと微笑んだ。
「テル……いい名前ね。これからの未来を照らしてくれる」
彼が、少しだけ間を置いてから、静かにうなずいた。
アマテルの笑顔が、これまでで一番明るく見えた。
「お兄ちゃんもできたし……できれば……お姉ちゃんも欲しいな♡」
「よしなさいよ……そんな冗談は」
アヤカは苦笑しながら言ったが、その声はどこか嬉しそうだった。
笑い声が、シェアハウス全体を優しく包み込んだ。
* * *
その夜、アマテルとテルは、揃って天界へ帰っていった。
二人を見届けながら、アヤカはそっと目を閉じた。
「ありがとう……」
それは、兄──オモダルへ。
そして、双神の太陽へ贈られた、最後の祈りだった。
── つづく ──
最後までお読み頂き有難うございました。
ぜひ、続きのエピソード「第10話」をご覧ください。
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