プロローグ:日本の天界はブラック体質!?
天界の主神、太陽神・アマテルの苦悩……
< 天界の朝は早い >
天空の雲を掻き分け、ビルがそびえる高天原界隈。
その中心にたたずむ「暁の神殿」は、まさに天界の「皇居」と呼ぶべき場所だっだった。
──早朝4時50分/天界・暁の神殿──
その神殿の最奥、最高機密(聖域)とされる一室に静寂が広がっていた。これから始まる一日の喧騒を前に、まるで、神が息を潜めているかのように静かだった。
部屋の片隅には、金糸で『太陽神専用』と刺繍された布団にくるまった影がひとつ──いや、ただ眠っているだけだ。
「……あと、五分……」
布団の中で呻くように呟いたのは、この部屋の主・アマテル。天界の主神であり、太陽を司る「天照大神」である。
「定時の日の出って……日曜くらい、曇り設定の自動処理でよくない?」
デバイス(スマホ)を片手に、天界の勤務管理アプリ「ヒノカミ」の通知を冷静に確認している。これがいわゆる「神の業務」だというのだから、神々の労働環境も変わったものである。
《照射開始:5時25分 ・東の空》
《日照時間:8h・関東優先》
《演出モード:夕暮れ・赤グラデ・SNS映え……設定中》
「またグラデーション設定か……私は、演出家じゃないのに」
アマテルは、通知をスワイプしながら深くため息を吐いた。今の彼女に神々しさはひとかけらもなかった。
かつては祈り一つで世界が動いた天界も、今ではAIが導入され、日照管理も自動化。神々は「感謝」ではなく「システム」として扱われる時代になっていた。太陽神はとくには、その象徴的存在だ。日の出・日照・雲制御・夕暮れの色調整、さらにはSNS映えまで。数百件の業務通知が毎朝届く。
「昔はちょっと寝坊しても"天の気まぐれ"で済んでたのに……今は始末書なんて、ほんと社畜よね」
鏡台の前で、アマテルは深いクマを見つめてため息をついた。
「クマ取り30パーセント、光エフェクト最大、AIスピーチモードON……」女神専用フィルターを起動して、今日も"主神っぽい"姿が完成した。鏡の中に映る姿は、まるで別人のように輝いていた。
彼女の胸中には、言葉にならない疑問が静かに沈んでいた。
「何のために太陽神を続けているのか」──その答えは、見つかっていない。
特注の勝負服……専用巫女装束に身を包み、重い足取りで、神殿の出口へと向かう。その姿には、宿るはずの「光」が、どこか抜け落ちている。
──5時/出勤──
アマテルの姿に通りすがりの神々が、いっせいに深くお辞儀する。インターン天狗に、新卒の風神、現場の雷神たち──天界は朝からフル稼働だ。「あっ、太陽神様だ!」
「今日も早朝出勤、お疲れ様です!」
彼女は主神らくし手を挙げて応じたが、内心にはずっと、引っかかるものがあった。
(みんな、笑顔で働いてるけど……本当に楽しいの?)
(惰性でやってる神も……いっぱいいるんじゃない?)
だが、誰も口にしない。それが、「神の役割」だった。
──5時25分/天候庁・雲海上空──
デバイスのスピーカーから、定例のAIアナウンスが響く。
……アマテル様、照射準備完了。
《曇り率:40パーセント・関東》
《演出モード:明暗交差型C・設定済》
《注意喚起:昨日、父島の優先照射忘れ、ご注意を……》
「……AI天気アプリ、ほんと細かすぎ」
時代が進むたびに、神業務も精密になっていく……もはや反論する気力もなく、黙って空へ舞い上がる。
オレンジとピンクの光が、ゆるやかに東の空を染めていく。その光は、世界を優しく照らし始め、人々を目覚めさせる。けれど、彼女の目は、その朝焼けをただの「演出」としか映っていなかった。
「昔は、朝日が昇るたびにみんなが拝んでくれたのに……」
こうして、今日も虚無の時間がはじまる。デバイスにはまたも業務通知。日照成功率、演色評価、照射分布スコア──数字ばかりが並ぶ。
──13時/天候庁・ラウンジ──
庁舎のラウンジ内に管内アナウンスが響く。
「この後、曇天100パーセント演出中のため、アマテル様は30分休憩です」
アマテルは、ソファに沈みながら缶コーヒーを握る。
「毎朝、頑張って全力で照らしてるのに、感謝どころか文句ばかり……」虚空に向けて放たれるその言葉は、ただの神の独り言。
そっと相談アプリを開き、AIに尋ねる。
「太陽神が仕事を放棄したらどうなる?」
《世界システムが混沌に陥り、禍を招きます》
「それ……困るのは"システム"でしょ?」……もう誰も、彼女を見ていないのかもしれない。古から、どんな神も「役割」から逃れられない運命を背負い生まれてきた。そして、今の天界はその役割の「最適化」で成り立っている。
< 太陽神の決意 ─ 天界脱出 >
──17時45分/夕日の演出──
黄金に染まる空の中心でアマテルが囁く。
「じゃあ、これでラストね」
今日も全力で照らし続けた彼女は、すでに限界だった。
「……もうムリ。続けたら、私、壊れちゃう」
心の奥底から、こぼれる本音。
──20時/神政庁・会議室──
夜の会議は、いつも通りスサノオ(=須佐之男)の暴走から始まった。もう一人の弟、ツクヨミ(=月詠・通称ツッキー)はリモートで寝落ち中。アマテルは部屋の上座で、神たちの言い争いを無言で見つめていた。
「……スサノオ様の件ですが。天の海でシャチの首領にマウントした動画が問題視されています。海神族との協定に違反する可能性があると──」
「えー、あれバズったんでしょ? 八百万再生でしょ? 神バズってんじゃん!」(……また自分で言ってる)
「バズれば何をしてもいいわけではありません!」(誰かが言うの、もう五百回くらい聞いた気がする)
アマテルは目を伏せて、天井を見上げた。もうこの会議に、何かを期待する気力はなかった。(この騒ぎ、あと何千年続けるつもりなんだろう……)
ふと、窓から下界へ目を向けた時、幼い日の記憶がよぎる──『困った時は、いつでも相談して。息抜きできる場所もあるんだから』
「あっ……おばさん……」
その瞬間、彼女の中に、確かな決意が宿った。
──深夜0時20分/暁の神殿──
会議を終え、部屋に戻ったアマテル。モニターには「本日の日光による影響報告」のリマインダーが無数に並ぶ。それを無視して、ベッドに身を投げる。そして意識は闇へと沈む……
……目が覚める……4時20分。
寝落ちしていた。もう、朝が近づいていることに気づく。
ベッドの下から、そっと「金色の鍵」を取り出した。「Mk-VIII」と刻印されたそれは、アマテルが密かに作り上げた転移装置のキー。
世界危機のために、500年かけてコツコツと魔改造してきた「太陽神専用ベッド」は、今や転移装置と化していた。
「私、太陽やめる。役割を降りる。私は、もう……照らさない」
ベッド脇の「EMERGENCY・コウリン」(緊急降臨)の鍵穴に差し込む。
……カチッ。
空中ディスプレイが浮かび上がる。
《強制降下作戦を実行しますか?》
「はい」
《本当に実行しますか?》
「今日、ついに使うからね……私、限界なの」
ピィッ!
次の瞬間、光が弾け、視界から部屋の景色が徐々に消えていく。
* * *
彼女の姿はベッドごと消えていた、天界とのリンクも途絶した。ついに、太陽神は──天界から姿を消したのだ。
主人なき暁の神殿に、今日も朝の静寂が訪れる。
そしてまた、天界に「いつもの朝」が来る。
── つづく ──
最後までお読み頂き有難うございました。
ぜひ、続きのエピソード「第1話」をご覧ください。
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