第一章(4)
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今ごろ、マオ様たちはどんな話をしているのだろう――。
その辺をぶらつきながら、イチコはぼんやりと思った。
ヒノイリノクニから来たという使者との話し合いに参加できるのは、ムラでもトップの地位にいる人たちのみである。マオの付き人であるイチコなど、到底同席できるはずもなく、彼女はマオが話し合いを終えるまで、ずっと待っていなくてはならないのだ。
あてもなく歩いて、農具などが保管されている小屋の付近まで来た。建物の角を曲がろうとした時、偶然向こうから歩いてきた誰かとぶつかりそうになった。
「あ、ご、ごめんなさい!」
びっくりしつつも謝って、目の前の人物を見る。見た目、イチコと同い年くらいの少年だった。麻製の簡素な衣類を身にまとい、短く刈られた髪をぼさぼさに生やしている。はじめて見る顔だった。風貌からしても、このムラの人間ではないように思える。
「……もしかして、ヒノイリノクニから来た人?」
イチコが尋ねた。少年はぎろりと鋭い視線をイチコに向けた。
「そうだ。俺の名はトワリ」
「そうなんだ。私はイチコ。いま、会合に参加してるマオ様の付き人をしているの。あなたは、こんな所で何をしているの?」
「兄貴たちが話し合いをしてる間、この辺をぶらついてたんだ」
「お兄さん? あなたのお兄さんは、ヒノイリノクニの使者なの?」
「そうだ」
トワリと名乗る少年はビシッとした様子で言った。兄たちが会合を終えるまで暇をしているのだろう。お互い、待たされている同士か――と、イチコは彼に親近感を覚えかけた。
ところが――。
「しっかし、わざわざ来てみたが、ここはチンケなムラだなぁ」
トワリは吐き捨てるように言ってきた。
「えっ?」
イチコは耳を疑った。突然、自分の住むムラのことをそんな風に言われるなど、想像もしていなかったのである。
「恵まれた環境で、文化や文明も進んだムラだって聞いてたから、俺も同行したけどさ、技術も環境も原始的でぜんぜん目を見張るところがねえ。俺たちのクニも大したもんじゃないが、ここよりはマシさ」
イチコはムッとした。確かに、ヒノイリノクニに比べれば、自分たちのムラの文化や文明は遅れているのかもしれない。でも、そんな言い方をしなくても良いではないか。イチコは顔を引きつらせながらも、負けじと返した。
「私たちのムラの人々はね、この大地の恵みにをくださる神様に感謝しながら暮らしているの。雄大な自然のなかで、神様の思し召しのままに生きようとする心が、このムラには息づいているんだよ」
それは、このムラに通じるスピリットだった。人間の知恵や技術ばかりに頼るのではなく、自然のなかでありのままに生きることを自分たちは美徳としているのだ――と、イチコは彼に言いたかったのだ。しかし、トワリはさらに馬鹿にしたように言ってくる。
「お前、神なんか、本当にいると思ってんのか?」
「えっ……!?」
「俺はあんなものが実在するわけがないって思ってるぜ。俺のクニでも神を信じてる奴は多いが、馬鹿だなぁと思ってみてる」
「そんなこと言ったらダメだよ。神様は偉大なんだから。マオ様だって、神様の声を聴いて、このムラの政治を動かしてるんだよ……!」
「どうせインチキ祈祷だろ。それで皆を騙せるんだから、楽なもんだぜ」
「なっ…………!?」
何と失礼な口を聞く奴なんだろう。ムラを見下しているばかりでなく、神様やマオのことまでも馬鹿するなんて。イチコの顔は紅潮し、全身は怒りで硬直してゆく。
「おい、こんなところで何をしているんだ!」
そこへ、向こうの方から声が聴こえてきた。見れば、イチコたちよりいくばくか年上である青年がこちらに近づいてくる。ムラの要人たちとの話し合いを終え、外に出てきたヒブリであった。もちろん、イチコはその顔に覚えはないが、身なりや雰囲気からヒノイリノクニの使者の一人で、おそらくはこの少年の兄にあたる人なのだろう、とは思った。
「あんまりウロチョロするなと言っておいただろう」
ヒブリはトワリの衣服の背後首すじ側を掴み、むんずと引き上げた。
「別にそんなにウロチョロしてたわけじゃねーよ」
トワリは吊り上げられかけているような格好で、ヒブリに対して、反抗的な視線を向ける。ヒブリは呆れたように言った。
「まったく、お前には手を焼かされる。――あっ、うちの弟がどうもすみません」
ヒブリはイチコに申し訳程度の言葉をかけた後、トワリの首根っこを掴んだまま、歩き去っていった。その様子を、イチコは呆気にとられた顔で眺めていた。
「もう、本っ当にムカつく!!」
甲高い声が青空に向かって吸い込まれてゆく。怒るイチコの横顔を、ミノカは木の幹にもたれかかりながら眺めていた。
「確かに、ソイツ、すっごく失礼な奴だよね」
「そうなの! もう最悪って感じ。いま思い出しただけでも、きぃーっ!」
奇声を上げるくらい感情をを露わにするなど、イチコにしては珍しい。しかし、そうなってしまう気持ちは分からないではなかった。ミノカ自身は、神様に対してイチコほどの思い入れはないが、それでもムラを護ると信じられている存在として、いくばくかの愛着心はある。まして、イチコにとっては、神もマオも敬愛して止まない存在なのだ。それをよそから来た人間に一方的に否定されては、怒り心頭になるのも当然の話だ。
「分かった。いまからソイツのところに行って、ガツンと言ってきてあげる」
「大丈夫?」
「任せてよ。私、イチコより口が回るから」
確かに――とイチコは思った。ミノカはおませな性格で、口八丁手八丁で自分の都合のいいように周りを動かしたり、大人たちに媚を売ったりするのも得意だった。逆に、許せないと思った相手には、これでもかというほど罵詈雑言を浴びせてやり込めてしまうという、容赦ないところもある。
「分かった。頼むね」
イチコはいたずらっぽい笑みを浮かべた。ミノカなら、あのにっくきトワリをギャフンといわせられるかもしれない。そんなちょっぴりあくどい考えが、彼女の頭の中に生まれていた。
「うん。行ってくるよ」
ミノカも悪っぽい笑顔をイチコに向けた。