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第一章(3)

 3



「何じゃ何じゃ、朝っぱらから騒々しい――」


 マオは寝ぼけ眼をこすり、くぁぁー、とおもむろに大きなあくびをしてみせた。

 戦死者を弔うべく、夜明けまで神に祈りを捧げ、ようやく寝入ったところだった。その矢先にたたき起こされて、不満に思う彼女の気持ちもまあ分からなくはない。


「そんなこと言ったって、急用なんですよ。ささ、早く着替えてください」


 急かしてくるイチコに、マオは「分かった分かった…」と、その場で両腕を横に広げた。


「寝巻きを脱がせろー。よそ行きの服を着せれー」


 やれやれ――とイチコはマオの着物を脱がせにかかった。


 ちなみに、ここは祈祷場からほど近くの場所にある、マオとイチコが寝床として使っている小屋である。小屋の中にはふたつの部屋があり、大きい方はマオ、小さい方はイチコの寝床だ。ふたりとも、会合などの用事がない限り、大抵は祈祷場とこの小屋との往復となる。


 つい先ほどまでだらしない姿をさらしていたマオだが、身だしなみを整え、顔に化粧を施し、巫女装束を身に纏って、髪や衣服に装飾品を飾ると、いかにも威厳のある美しさをたたえた女性へと変身した。

 がらりと小屋の戸を開けると、外には迎えの者たちが控えていた。


「お迎えご苦労。さあ、参ろうか」


 マオは凛とした振る舞いで籠に乗り込んだ。さっきまでの姿とは似ても似つかない。その変貌ぶりには、イチコも感心してしまう。




 マオが連れてこられたのは、ムラのなかでもひときわ大きい、まつりごとを決める時の会合場所などに使われる建物だ。

 戸を開けると、長をはじめ、すでにムラの要人たちは揃っていた。他に見慣れない格好をした者たちが3人ほど座っている。


「おお、マオ様、来なすったか。さあ、座られよ」


 マオはお辞儀をして、室内に入った。長に促されるまま、ちょうど客人たちに向かい合う形で座らされる。マオはひとりひとりを見渡した。まず目についたのは、一番前方にいるのが、精悍な顔つきをした青年男性。顔の両端を角髪みずらに結わえ、白地の衣服に身を包んでいた。その右斜め後ろ側に控えるのは、長い髪を伸ばし頭に金の輪っかを付けた若い女性。そしてさらに控えるのは、少年からようやく大人になろうかというくらいの年代の男性。歳の頃でいえば、マオより少し上ぐらいだろうか。

 前に座る角髪みずらの青年が切り出した。


「朝早くから、申し訳ありません。この辺りに来るのははじめてで、なにぶん勝手が分からず……。時間を見誤ってしまい、ムラに到着したのが深夜になってしまったものですから」


 彼の言葉に、マオは返した。


「構わぬ、ヒノイリノクニからの使者とのことじゃが、はるばる山を越え、森の中を通り、こんな辺鄙な場所まで来るのは大変だったじゃろう」


 昨夜の宴会の最中、ムラを仕切る門の外に、数十名ほどの団体が立っていると報告があった。隣のムラからの報復かと一瞬緊張が走ったが、実は彼らこそ、今ここにいるヒノイリノクニの使者とその従者たちであった。

 しかし、夜もすっかり更けた時間帯だったので、すぐに詳しい話を聞くことはできず、とりあえず使者たちはムラの中に招き、朝を待ってから会合の場を設けることにしたのだった。


「私は、ヒノイリノクニの第三王子・シラヌイといいます。こちらにいるのが、私の妹でわがクニの第一王女・シラナミ、軍事関係の将を担うヒブリ。何卒、よろしくお願いいたします」


 シラヌイと名乗る男性が丁寧に頭を下げる。あとの2名もそれに続いた。


「わらわはこのムラで祈祷師をしているマオじゃ」


 マオも頭を下げた。


「それにしても、あなた様が随分お若いことに驚きました」


「頼りない代表者だとでも?」


 凛としたマオの返答に、シラヌイは慌てたような声を出した。


「滅相もない。ただ、あなた様のような年頃で、すでにムラの要職に就かれているのが、素晴らしいことだと思ったのです。悪い意味ではなかったとはいえ、お気分を害されたのであれば、申し訳ありません」


 マオは笑って応えた。


「いや、気にしてはおらぬ。それに、そなたたちも、比較的歳は若いように見受けるが」


「ええ、わがクニも祖父である先代の王が崩御し、父上が新たな王として即位したところでして。クニの政治を司る閣僚たちがいっせいに入れ替えになったのです。その際、若いうちから重要な仕事を任せた方が良いという父上の提言から、比較的若い面子が多く登用されたのですよ。私どもは、その代表例というわけです」


「なるほど、さすが大国は、発想が柔軟で、素晴らしいことじゃ」


 マオは呟くように言った。心からの発言だった。このムラでは、マオこそまだ若いが、他の要人たちは中年や老人ばかりであった。


「いえ、及ばぬことだらけで。まだまだ勉強です。なお、この場にはおりませんが、ヒブリの弟であるトワリも、今回の使節に同行しております。まだ幼いですが、なかなか好奇心の強い子でしてね。本来、使者の一員ではなかったのですが、このムラの文化や技術を見たいという本人の強い希望があって、連れてくることになりました」


 ヒブリの年格好を考えると、彼の弟の年齢はイチコとさほど変わらないくらいだろうか。そのくらいの年齢で、はるばる遠く離れた地を見たいと思うなど、よっぽど学びへの意欲が強いのだろう。そんな彼の思いを汲み、使者に同行させるヒノイリノクニの寛容さにも驚きだ。大国の余裕のようなものを感じさせられる。


「――して、此度、わがムラにやって来た要件は?」


 挨拶と自己紹介をまじえた雑談がひと段落したところで、マオは本題を切り出した。シラヌイは居ずまいを正して言った。


「はい、実は我々は、このムラの皆様にお願いがあってやって来たのです」


「お願いとな?」


「ぜひ、このムラの人々に、わがクニの一員となっていただきたい」


 シラヌイの言葉に、ムラの要人たちからどよめきが起こる。マオはゆっくりと言葉を区切りながら訊いた。


「それは、このムラを、ヒノイリノクニの領地にする、という意味か?」


「そうなります」


「それはどういう理由じゃ」


「わがヒノイリノクニは、現在に至るまで9代にわたって栄えてきました。大きな自然と発達した文化文明、秩序ある政治の中で、人々は平和に暮らし、他には類を見ない恵まれたクニだと自負しております。とはいえ、私どものクニに追随するような大国は、各地にたくさんあります。特に、近年では日の出ずる方角に領地を構えるヒノデノクニが勢力を伸ばしてきており、その成長は目を見張るものがあります。それらの大国が、今後我々の領地を奪いに襲ってこないとも限りません。もし、そのようなことになっても、無事に相手を退けクニを守れるよう、国力を高めておきたいのです」


「なるほど、それでクニの領土を拡げるため、わがムラを取り込みたいと」


「そうです。もちろん、こちらのムラだけでなく、さまざまな地域を訪れては、同様のお願いをして回っているところなのです」


「仮に、この地をそなたたちに明け渡したとして、ここに暮らす人々はどうなる」


「基本的には、この地で変わらず暮らしていただくことになると思います。もちろん、体制が変わったり、わがクニの文化やしきたりを学び、それに従ってもらったりすることもあるかとは思いますが――」


「もし断った場合は?」


「――我々に諦めるという選択肢はないと思ってください」


「…………」


 マオはしばし黙った。ムラの要人たちも戸惑いを隠せない。緊迫した雰囲気を察してか、シラヌイが少し表情を緩めた。


「安心してください。これはわがクニの発展のためだけではなく、皆さんがこれからも安定して繁栄できるようにと考えてのことでもあるのです。それに、わがクニの一員となっていただいた暁には、より皆さんが幸せに暮らせるよう、我々も手を尽くしたいと思っています。あと、能力のある者は、中央の政権に来ていただこうとも考えています。特にマオ様、あなたにはぜひ来ていただきたい」


「わらわに?」


「あなた様の大いなる力は、かねてよりわがクニにも伝わっておりました。ぜひ、今後はわがクニの進路を決める重要な役割を担っていただきたい。そして、あなたに子ができれば、代々その役職に就いていただきたい」


「――子じゃと? じゃが、巫女は子を成すことができぬ……」


「巫女はまぐわうと、聖なる力を失ってしまう――などという言い伝えはありますが、我々はそれは迷信だと思っています。人のもつ才能や個性というものは、代々親から子に受け継がれ、体内に宿る魂の一部のようなものであると考えているのです」


「では、子孫を遺すのは」


「どんどん行って欲しいと考えています。せっかくの能力が子孫に受け継がれず、一代で終わってしまうなど、勿体ないではありませんか」


「それは、素晴らしいことじゃな……!!」


 思わず身を乗り出して、大きな声を出してしまった。見渡すと、一同あっけにとられた様子でこちらを見ている。マオは、しまった、とただちに居ずまいを直して、コホンとひとつ咳をした。


「話は分かった。じゃが、このムラの未来にかかわる重要な話につき、わらわの一存で決めることはできぬ。皆でしばし話し合わせてもらいたい」


「分かりました。いい返事を期待していますよ」


 シラヌイはにこりと笑った。しかし、朗らかな笑みとは裏腹に、その目の奥は笑っておらず、鋭い眼光を放っていた。

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