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何かを捨てる時に惜しむ気持ちが無かった。
例えば、高校で着ていたジャージとか、部活で使っていたユニフォームとか、部活で新調したエナメルバックとか、ボールとかシューズとか…。
誰もが思い出として残す様な物を捨てても、特に何も思わなかった。
憧れで始めて、楽しくて続けて…怪我で終わって…。
苦楽を共にする仲間と思っていた皆に、見捨てられて…。
何の気持ちも残らなかった。
妬みとか…相手に対する感情がまるで湧かなかった。
僕に残ったのは…やるせない感情だけだった。
必ず、どこかで報われなくなると勝手に思い込んでいた。
だから仕事も続かないのだろうと思い込む…馬鹿な前世だった。
スポーツ選手はモテる。
野球とかサッカーとかのメジャー的なスポーツで、それは間違いじゃないと思う。
例外もあるだろうけど、デキる選手に限るって文言もあると思うんだ。
ラグビーってさ、この頃の僕らの周りではマイナースポーツ扱いだったんだ。
「…」
勿論、ラグビー専門のスポーツ雑誌はある。
ただ、近場の本屋じゃ部数が少なすぎるんだよね…。
ここ田舎だし…。
「ありがとうございました」
家の近くに本屋が無いし、というかお店自体少ない。
近くでも自転車で30分ほど走った所に何かしらある程度の田舎なんです。
もう少ししたら家の近くの道路が整備されて、ショッピングモールが出来るんだけど…。
確か高校生の終わり頃だったかな…って記憶しかない。
それまでは、田舎と誇っても良い感じ。
「引き摺ってるなぁ…」
悩んでると言った方が正しいんだけど。
まだ、ラグビーに執着心があったんだな…って。
前世とは結果の変わる人生を歩みつつも、変わらない部分もあるからか…戸惑いもある。
また怪我をして…またあの惨めな思いをしなくちゃいけないのか…って考えてしまう。
「まぁ、これ買ってるから…なぁ…」
雑誌一冊の入った袋を自転車のかごに放り込む。
わざわざ真夏の糞暑い季節に、汗かきながら30分自転車こいで買いに来た。
流行りの漫画とかじゃなくて、稀な専門誌を買っている。
この前の練習で再燃しかけたので未練たらたらだってのは…自分でも薄々感じていた。
もやもやしている気持ちで自転車に乗る。
「どっかで読んで…捨てようかな…」
物を捨てる事に特別未練とか持っていない。
ただ、学生時分のお小遣いで捨てるには惜しいとは思う。
買う事すら…もう少し躊躇っても良かったんじゃ無いかな?
約2ヶ月分の値段だしなぁ~勿体ない…。
「また始めるにしても…まだ気乗りしないのは確かやねんなぁ…」
右膝の裂傷は免れたけども、今から始めれば未確定でも怪我をする可能性はある。
肩の脱臼癖に左膝の半月板断裂に頸椎の亜脱臼、最後の方で腰痛も追加か…。
生活に支障をきたす日もあったからか…中々、足を踏み出せない。
「…かえろ」
煮え切らない気持ちは運動で晴らそう。
まだ昼にもなってなくて日焼けしそうだけども…まぁ、いいか。
思いっきり走りまくって体力を戻そう…いや、つけよう。
慣れってのも大きいけど、あの短時間の練習でへばってたら駄目だよなぁ…。
自転車で風を切りながら家路につく中で、すれ違うのは同世代に近い子が多い。
自転車か公共交通機関かの違いはあるけれど、だいたい遊びに行く場所は決まって来るのだろう。
そも、前世はどこで遊んでいたのだろうか…家の周りくらいか?
お小遣いが少なかったからか、お金を使う様な遊びをあまりしていない。
もっぱら家でゲームか…そういや今世はゲーム買ってないな。
外では何して遊んでたっけ?
「今頃は…何してたっけ?」
中学2年生、思春期真っ盛りと言っても過言ではない。
なんだけど…それほど記憶に残ってないのは何故だろう?
そもそも誰と遊んでいたのだろう?
あかん、全く覚えてない。
「…まぁ、ええか」
昔は昔、今は今ということで今の事を考えようか。
さて、今日の夜で宿題の大半を終わらせて後はまぁ、自由研究という何故か不具合が生じてるものだな。
今回は何作るの?って聞いてきた先生方には一言物申したい。
「ん?」
からからと年季の入った自転車は若干悲鳴をあげているが、完全に壊れるまでは使うぞ。
そう思いながら歩道の広い道路を進むと気になった人影があった。
自転車の傍で何してるんだろうか…と見てみるとどうやらチェーンが外れたんだろう。
からからと手でペダルを回してはどうしようかと悩んでいる様子。
なんだかいてもたってもいられなかったので声を掛けてみる。
「どうしたん?」
「え?あの…」
急に知らない人に声を掛けられたお嬢さん、怖がらないで。
ただの心はおっさんの中学生だから…。
「直そか?」
「え?出来るんですか?」
「任しぃ」
自分の自転車を傍に立て、チェーンの外れた自転車に向かう。
素手でやると汚れるんだけど、まぁいいかの精神でやっちゃおう。
チェーンの一部を歯車にはめて後は回すだけ、ほら簡単だね。
「出来たよ」
「ありがとう。お兄ちゃん」
「どういたしまして。車に気ぃ付けて行きや」
「うん」
笑顔になった女の子は直った自転車に乗っていってしまった。
おじさん呼ばわりされなくて良かった…と何故かホッとした。
「そういや、近くに公園あったな」
とりあえず手を洗いたかったので公園の水場に向かう事に決めた。
その公園は小さいけれど、水場とトイレは何故かあるのだ。
昔聞いたことのある噂話では、何やらそのトイレであれこれとあったそうな…。
覚えてはいないけど、幽霊が出た警察沙汰とかそんなんじゃ無かったと思う。
「確か…うめき声だっけ?」
いつ頃出てきた噂話なのかすらも分からない。
まぁ、いっかと、到着した公園には誰もいなかった。
それはそう、だってクソ暑いもん。
この辺は結構豪華な住宅街なので、子供は家でクーラーで涼んでるんじゃないかな。
いいなぁ。
「お、結構冷えてるじゃん」
洗い場の水は最初は熱かったけど、意外にも冷たい水を吐き出してきた。
油汚れだから綺麗には取れないけど、まだマシにはなった。
シャツで濡れた手を拭くのもアレなので水を払いつつ自然乾燥。
「アッツいなぁ…鉄棒持てへんやん」
鉄棒、ジャングルジム、ブランコ、砂場の四種類くらいしかない公園。
子供じゃ、金属製の三つは触る事すら無理だろう。
「そりゃ来ぃひんわな」
今世は、前世の独り言が多い癖は残ったまま。
誰もいないと確認してからにはしてるけど…どうしても出てしまう。
「…」
なんだか無性に悲しくなってきたので、気分転換がてらに木陰で本を読む。
暑いし、汗も出てくるけど…今はそんなに気にならない。
若いって良いねと考えながら、雑誌を読んだ。
この雑誌で一番好きだったのは、ちょっとしたラグビーのテクニックの紹介集だ。
ボールの扱い方や体の動かし方鍛え方と色々載っていた。
「…」
ちょっとした懐かしさで悲しい感情は薄れた。
速読では無いがそれなりに速く読める方なので読み終えるのに時間も掛からなかった。
さて、読み終えたこの雑誌をどうしようか…。
「…」
捨てる事を勿体ないとは思うけれども…必要かと言われれば要らないとは言える。
執着心が薄れているのも、今世では引き継がれている。
このままじゃ、前世と何ら変わらないのではと…考えてしまう。
けれども、全てを変えたいかと言われれば僕は黙るだろう。
前世も、今世も、僕なわけで。
どう変わりたかったのだろう…。
お腹が空いて気が付けば、日が暮れるまでその公園で雑誌を持っていた。
こんな時間まで考えこむことが出来るのはおかしいと自嘲してしまう。
どう考えても、未練があるんだろう。
そうしか考えられない。
ただ、ここは僕にとって分水嶺でも有るような気がしてならない。
今世で関わるか否か。
幸い…と言っていいとは思えないけど公園にはゴミ箱もある。
「女々しいなぁ…」
独り言を一つ、もう少しだけ考えた。
人生に最良の選択肢なんて無いんだと思うのは、僕だけだろうか。