ヒドインに転生したので体力に極振りしてみました
ヒロインが乙女ゲームに転生したらどうなるのかちょっと書いてみました。
ゲームなのですが、登場人物たちにとっては現実です。
同時に各種パラメータも生きています。
さて。
私は乙女ゲームのヒロインに転生した。
いや、またかよとか言わないで欲しい。
私も生前、某小説サイトでそういう話を嫌というほど読んでいるから、もうみんな飽き飽きしていることはわかっている。
だが今私の陥っている状況は少し違う。
くり返すが、私は「乙女ゲーム」のヒロインに転生したのだ。
乙女ゲーム小説の世界でも、乙女ゲームに酷似したり下敷きにしたりした世界でもない。
なぜ判るのかというと「ステータスオープン!」と言わなくても眼前に常にウィンドウが開いていて各種パラメータが表示されているからだ。
もちろん私が生きているのは現実であってゲーム画面ではないので私も周りも3次元である。
自由に行動出来るし両親やメイドもNPCとは思えないはっきりとした意思で行動している。
だがステータスウィンドウがすべてを証明している。
ここはゲームの中だ。
ちなみに私はどうやら前世で死んだらしいが個人情報はまったく覚えていない。
ついでに言えば乙女ゲームをやったとか、この世界を熟知しているとかもない。
某小説サイトにおける膨大な乙女ゲーム小説を読んだという記憶だけはあるが、あまりにも多すぎてごちゃまぜになっていて役に立たない。
それでもここが乙女ゲームの中であるということは明らかだった。
仕様も判った。
なぜかというとステータスウィンドウの「ヘルプ」ボタンを押すと詳細な説明文が出てきたからだ。
それによればこの世界というかゲームは育成型のシミュレーションということだった。
ヒロインは男爵家に引き取られた孤児。
プレイヤーはヒロインとなって学園に入学して努力して各種パラメータを上げ、さまざまな特性を持つ攻略対象とのハッピーエンドを目指す。
例えば王太子を攻略するためには礼儀や広範な知識、頭の良さ、社交性などが必要だ。
宰相嫡男や騎士団長の甥、魔法院院長の息子など色々な攻略対象がいて、それぞれ特性か違う。
つまり玉の輿に乗るためには攻略対象に合った魅力を磨く必要がある。
大昔のゲームにそんなのがあった気がする。
「○リンセスメーカー」だったっけ。
ちなみに逆ハーとかは無理だ。
何だ簡単じゃんか、と最初は思った。
だがご丁寧にもしっかり載っていた裏情報によれば。
これは恋愛シミュレーションではなくサバイバルゲームだった。
攻略対象には漏れなく婚約者として悪役令嬢がついているのだが、これは大したことはない。
問題は攻略対象たちが全員、もの凄くプライドが高い上に嫉妬深いことで、ヒロインが誰か一人を選ぶと他の攻略対象が断罪してくる。
元平民であるヒロインが王族や貴族である自分を振って自分以外の攻略対象を選ぶことが我慢出来ないらしい。
なので、生き残りたければ命に替えても君を守るよ、と攻略対象に言わせる必要があるのだが、これがもの凄く難しい。
チュートリアルによれば、それぞれの攻略対象に気に入れられるためには各パラメータが高すぎても低すぎてもいけない。
しかもそのパラメータが攻略対象ごとに下手すると2桁ある。
さらに、ある攻略対象の攻略に必要な特性は別の誰かの怒りを買う可能性があり、そこら辺をギリギリ見定めてレベル上げをする必要がある。
そして、そういった特性が3桁近くあるのだ。
しかもパラメータ同士が連動していて、あるパラメータを上げると他が下がったりする。
私だったらこんな面倒くさいゲーム、絶対にやらない。
ならば逃げるとか誰も選ばなければ良いかというと、それも駄目だ。
孤児を引き取った男爵は自分の栄達のためにヒロインを貴族令嬢に仕立て上げて学園に送り込む。
誰か貴族を捕まえてこいというわけだ。
王子が望ましいが高位貴族ならまあいいと言われている。
つまり、誰にも選ばれずに無事解放されたとしても保護者である男爵が断罪してくる。
修道院のような金のかかる施設には送られない。
縁を切られて平民として追放されれば良い方で、場合によっては50も年上の成金老人の妾にされたり娼館送りになったりする。
どうなるかは攻略対象たちの意向次第。
説明を読んでチュートリアルで疑似体験した私はとりあえず礼儀を頑張ってみた。
ケチな男爵が家庭教師などつけてくれるわけもなく、教本を見ながら独学で一日中練習して1週間頑張ったが礼儀のパラメータは1しか上がらなかった。
礼儀だけやったのにである。
パラメータの最大値は99だ。
これではとても間に合わない。
八方塞がりの中で考えてみた。
イケメンの攻略は無理。
頑張って何とか気に入られたとしても、まず間違いなく他の攻略対象の機嫌を損ねる。
結果は断罪だ。
ゲームならリセットして最初からやり直せるけど、ここはゲームの中であっても3次元。
登場人物にとっては現実なのよ。
死んだら多分、それまで。
次に転生できるかどうか判らないし、そもそもまた乙女ゲームだったら嫌だ。
だったら攻略しようなどと思わずバッドエンドの中で一番マシな結果を目指すしかない。
断罪される前に男爵邸から逃げればいいと思って夜中にこっそり抜け出して王都を脱出し、郊外の木陰で眠って起きたら自分の部屋だった。
色々試した結果、ヒロインは自由に行動出来るけど眠って起きたらどこにいようが自分の部屋に戻されることが判った。
くり返すがこれはゲームなのだ。
3次元だけど。
どんな選択肢を選んでもストーリーに従って一日ごとに拠点から始まる。
プレイヤーの自由意志とか強制力とかとは別の絶対的な規則らしい。
学園に入学しても私の行動に制限はかからなかった、
授業を受けても受けなくてもいい。
何なら登校しなくても問題はない。
攻略対象は見るのも嫌だったので、一度も近寄っていない。
育成シミュレーションだからプレイヤーの意思で行動出来るらしい。
もうこうなったら仕方がない。
断罪された後の生活のために何をすればいいのか。
何百個もあるパラメータはそのほとんどが貴族に必要なスキルで、平民にはクソの役にも立ちそうにも無いものだった。
刺繍とかダンスとかが何になるというんだろう。
礼儀など一番いらない。
探しまくって、やっとひとつだけ平民にも有用なスキルが見つかった。
「体力」はどんな状況になっても必要だ。
上手く放逐された場合、体力さえ有れば生きていける。
私は不登校になり、一日中体力作りに励んだ。
男爵もメイドも何も言わないのをいいことに毎日朝から晩まで走り込みや体操、腕立て伏せやヒンズースクワットに明け暮れる。
木刀があったので振ってもいる。
しばらくすると体力の数値が上がったが、不思議なことに特に力が強くなったとか腹筋が割れたとかはなかった。
細身、小柄でツルペタのままだ。
そういう仕様らしい。
そういえばプ○ンセスメーカーでもどんな方向に行こうが絵は変わらなかったっけ。
不登校のまま3年が過ぎた。
体力のパラメータはずいぶん前に99に達していたが、他にやることもないので相変わらず鍛え続けている。
他のパラメータはほぼ初期値のまま。
学園は3年制なので普通なら卒業だが、まったく授業や試験に出てないので関係ないと思っていたら卒業パーティが王城で行われるという。
それに出ろと。
「頑張ってこい」
1年ぶりくらいに会った男爵に言われたけど、まったく登校してないのに何を頑張れと。
攻略対象の顔や名前も朧気だ。
でもそういうストーリーなんだろうな。
3年ぶりくらいに制服を着て登校したら卒業証書を貰った。
保健室登校すらしていないのにいいのか?
聞いたら「皆勤賞ですよ」と。
私は毎日真面目に学校に通っていたことになっているらしい。
物語がそうなっているから。
その後、卒業生たちの門出を祝すということで何とお城の広間でパーティがあった。
嫌な予感がする。
「○○○、出てこい!」
キラキラの王子様の怒声が響いた。
ちなみに○○○が私の名前らしい。
ゲームではプレイヤーがヒロインの名前を自由に設定出来る事になっていて、私はそんなの忘れていたから○○○のままなのか。
そういえば私の名前って何だったっけ。
仕方なく進み出る。
「……はい」
「○○○! 報告は受けている! 御前は男爵令嬢であるにもかかわらず身分を無視して私や私の側近候補にまとわりつき、あまつさえ貴族令嬢とは思えないような態度をとり続けた!」
いや全然。
不登校だったのにそんなこと出来るはずないでしょう。
「しかも影で私たちの婚約者を貶める噂を流していた! 今まではある意味治外法権であった学園内だから見逃していたが、卒業した今は容赦しない!」
そういう展開なんですね。
誰かを攻略していたらここで庇って貰えるのだろうけど。
「だが我々も鬼ではない。御前を庇う者がいれば処罰について考慮しよう! 誰かいないか?」
シーン。
サバイバル失敗。
「いないな? よし、では王家の権限によって断罪する!」
展開が早い。
近衛兵が拘束してきたので逃げようとしたけど駄目だった。
あれだけ体力のパラメータを上げたのに力が出ない。
そういうストーリーなんだろう。
そのままなぜかパーティ会場から連れ出される。
するとそこはお城の前の広場だった。
ワープした?
もうどうでもいいや。
広場の中央には断頭台が設置されていた。
バッドエンドってそれかよ!
手足を縛られて首をギロチンに固定される。
ちらっと見上げると凶悪な刃がぶら下がっていた。
叫ぼうとしたけど声が出ない。
そういうストーリーなのか。
やがて目の前に攻略対象とこの婚約者の悪役令嬢たちが並び、その後ろには国王陛下や重鎮たちが見物席に座っているのが見えた。
その向こうには大群衆。
見世物かよ!
むしろ娯楽か。
「ではこれより希代の悪女の死刑を執行する!」
なぜか王子殿下が腕をさっと上げて振り下ろすと刃が墜ちてくるのが見えた。
終わった。
「BAD END」
と思ったらガキン! という音と共に刃が折れて転がるのが見えた。
「え?」
まだ首は繋がっている。
思わず振り向いたら首枷がはじけ飛んだ。
手足を拘束していたロープもかすかな抵抗と共に千切れ飛ぶ。
起き上がってみたら身体が軽い。
「こやつ! 抵抗するか!!」
近衛兵が私の胴体に槍を突き立ててきたが弾かれる。
「殺せ」
王子が叫ぶのが聞こえたので、私は断頭台を掴んで投げつけた。
握った所からバラバラに弾け飛んで、それでも破片が攻略対象たちに降り注ぐ。
「何だこいつは!」
「悪魔だ! 悪魔が出たぞ!」
「押し包んで討ち取れ!」
近衛兵が押し寄せてきたけど、私がちょっと踏み出すとボーリングの球がピンを弾き飛ばすように手足を千切れ飛ばしながら撥ね飛ばされた。
拙い。
身体の制御が出来ない。
普通に歩いても一歩で30メートルくらい進んでしまう。
私はそのまま攻略対象たちに突っ込んで肉片をばらまきながらお城の壁に激突した。
と思ったらあっさり突き抜ける。
見た目は石造りの堅固な壁なんだけど、私が触れたらカーテンみたいな感触だ。
なんで?
逃げようと思って踏み出したらまた壁を突き破って国王陛下たちが並んでいるひな壇を粉砕してしまった。
ちょっと手を振り回しただけで凄まじい風が起こって群衆をなぎ倒す。
足が触れただけで重装騎士の楯ごと突き抜けて馬もろとも真っ二つにする。
どうなってるんだ?
そこで思い当たった。
体力だ!
私の体力パラメータは99。
表示が2桁しかないからMAXに見えるが、実際にはどれくらいなのか判らない。
つまりこの世界のあらゆる物より強い。
身体はその強さに耐えられるように強化されているたみたい。
道理で断頭台を投げようとしたらバラバラになったわけだ。
掴んだつもりで握りつぶしてしまったらしい。
でも何で?
今まではいくら体力のパラメータを上げても何も起こらなかったのに。
ああ、そういうことか。
乙女ゲームがENDを迎えたためにストーリーが終わったのか。
それに伴って私は自由になった。
ゲームは終わっても現実は続いていて、パラメータも引き継がれたと。
私の体力は、くり返すがMAX。
最強だ。
死ななくて済むみたい。
私はボロボロのドレスのままお城を見上げた。
いくら堅固に見えても今の私にとっては豆腐の塊みたいなものだ。
大混乱の王家や高位貴族連中。
我先に逃げようとして折り重なる群衆。
あいつらは敵だ。
私はニヤリと笑った。
王国の滅亡原因については二百年たった現在でも諸説が乱立しているが、今のところ天変地異に襲われたという説が有力である。
世界一堅固で難攻不落と評判だった王城が跡形もなく粉砕され、それだけではなく周囲の離宮や騎士団、軍の施設などもことごとく瓦礫の山と化していて、未だに再建されていない。
王都内の主立った建造物はほとんど全て完膚なきまでに均されている。
王都に居た王家を初めとする王国の高位貴族がほぼ全員死亡もしくは行方不明になり、王都の行政機構自体も建物ごと粉砕されて職員の大半が戻らぬ者となったことで、王国は国家としての機能を喪失した。
その後、数十年を経て隣国の調査団が周囲の安全を確認し、新たな領土として接収しようとしたところ、進駐した二個軍団が原因不明の襲撃を受けて指揮官の第二王子およびその幕僚もろとも壊滅したことからもと王国王都は悪魔の棲む土地として忌避されることとなった。
現在はどこの国にも属さない空白地帯として立ち入り禁止措置がとられている。
(HAPPY END)
無限の体力があれば防御力も攻撃力もそれに伴って強化されるよね?