Episode36 罪深き出生
片山春樹は朦朧とする瞳の中で暗闇の中ただ1点を見つめていた。
ここはまさにこの世の闇が集約されているような場所だ。
ただ無駄に空っぽな時間だけがそこを流れていく。
犯罪歴がある人間など、世間では無用の産物に過ぎない。
過ちを犯した人間に彼らは思う存分に制裁を加える。
誰一人同情する人がいない孤独感。
だが、悪人には誰も手を差し伸べることはない。
自分がしたことは自分の元に帰ってい来るという因果応報の原理の元にあって、彼らは世間から除外される。
毛嫌いされる。場合によっては、殺意を持たれる。
しかしながら、彼らも人間である以上過ちを犯す前に善行の1つや2つは行っていたかもしれぬ。
あるいは良心の思想に基づいて行った行動が結果として犯罪になった可能性もある。
だが、世間の誰も彼も自分たちの生活に実害を与えかねない存在である彼らの善行の部分には興味を示さない。
ここは暗くて、無だ。何もない、空虚な空間。
幼いころから非行を繰り返してきた片山は気づけばいつの間にかこの世の地獄とも取れる狭い空間に身を置く結果となった。
数々の非行の中でも彼が最も多く行ったものは窃盗であった。
窃盗とは文字通り、人の物を盗む行為だ、と書いてみると当たり前のようだが、まるでインターネットに依存するかのように彼は狂ったようにこの行為を繰り返した。
親や友人はもちろんのこと、警察やカウンセラーに至るまで彼は「自分には人の物を盗みたいという強烈な欲求がある。いつか実行に起こしてしまうかもしれない。」という峰の相談を幼少期の頃から繰り返していた。
しかしながら、まだ実害を犯していなかった彼の話にまともに取り合おうとする者は誰1人としていなかったのだ。
彼は頭の中で思う。
「犯罪者としてこの世を生きるというのは、まさに爆弾を背負いながら生きるようなものだ」と。
そんな彼には、最早僅かな気力も残されていなかった。
それでも最後の気力を振り絞って、彼は死という救済を求めた。
今までの人生が走馬灯のように蘇る。
彼は親を恨んだ。この世を憎んだ。
生まれてさえ来なければ、人に害を与えることも無かった。
自分自身が苦しむことも無かった。
無駄な人生を過ごさずに済んだ。
だが、それももう終わりだ。
一方、檻の外のいわば一般の大衆の世界で、豊かな暮らしと社会的地位を確立したのにも関わらず彼と同じ運命をたどったものがいた。
人気俳優の高坂啓太郎が脈がない状態で自宅で亡き人となっている状態で発見された。
人気俳優としての地位を確立し、名声も金銭も手に入れた成功者。
というイメージは世間一般からの無意識の偏見に過ぎないが、そのような人物であっても内面の弱さはだれにもわからないものである。
彼が死について思いを巡らせたのは丁度1年ほど前のことであった。
次第に無気力感に包まれていった彼は、遂には闇に覆いつつわれる形となった。
迫り狂う闇に1人で打ち勝つのはどんな人間でも難しいのだ。
この事実は国民的スターであっても、政治家であっても、犯罪者であっても揺るぎがない。
この広い宇宙という空間において一個人の人間は塵のようなものだ。
にも拘らず人生の最期の時に対する世間の反応は対極に位置していた。
生涯を終えて悲しまれる国民的スターと誰にも認知されずに静かに散りゆく犯罪者。
だが、どちらも心の中に多くの不幸を抱えているという点には変わりがない。
デストロイアーの目に彼らが映るのは時間の問題だった。
「ソノフコウ、キュウシュウスル、ソノフコウ、キュウシュウスル」
5人はまず高坂啓太郎の心の中に駆け付けたが、驚異が他にもあることにはすぐに気づいた。
ほのか、恵理、湊音はこの場に留まり、梨乃と海翔は刑務所にいる男の心の中に行くことが一瞬の話し合いにおいて決定した。
だがしかし、今回の事態はこれだけに留まらなかった。
デストロイアーは更なる不幸を別の場所から感知した。
それは幸福の戦士たちにとって、更なる試練、大いなる驚異の始まりだった。
とある障碍者施設に1人の男が乗り込んだ。
目的は端的に言うとこの世から不幸な残骸を抹消するためであった。
最もこれはその男の言い分である。
彼は言葉を発せない人間を最初から選別して狙うことを心に決めていた。
強烈な不幸の存在を読み取ったデストロイアーは現場に向かった。
彼は直後に起こる不幸の総量を察知することもできるのだ。
残念ながら、彼の予想は何1つ間違ってはいなかった。
松村清という男がこの後起こした戦後最悪の事件は、人間に対する強烈な問題提起と共に日本社会に大きな衝撃を与えることになるのだ...




