Episode22 年に一度の特別な日
季節は秋。心地よく涼しい風が吹き抜ける。
空は曇り雲1つもない快晴... と言いたいところだけれど実際にはそんなことはない。
けれど、秋にしては暖かく、今日という1日が楽しい日になることを象徴しているかのようだった。
そう、何てったって、今日は年に一度の特別な日なんだから...
南瀬ほのかは軽い足取りで家を飛び出した。
慣れ親しんだ通りを歩き、いつもの場所で足を止める。
恵理の家の前。私にとってかけがえのない存在だ。
何分待っただろうか。彼女を待っている時間が永遠のように感じられた。
いつもなら、もうとっくに恵理が出てくる時間。
でも、今日はなかなか姿を現さない。
不吉な予感がほのかを襲う。
何かあったのだろうか。
1分、2分、3分... 次第に時が過ぎていく。
気が付けばもうこんな時間... もう学校に行かなければ間に合わない時間。
その時、玄関のドアがゆっくりと開いた。見慣れた姿が視界に映る。
「ごめん。待たせたね。」
そう言ったのはいつもの恵理。でも、普段とは何かが違う。
表情や仕草からも、それが見て取れる。
長い付き合いだから、それくらいはお手の物だ。
何か、こう、ちょっと距離を感じる。普段は気の置けない間柄なのに、今日は、私と会うことを躊躇っている感じ。
恵理が遠くに行ってしまうみたいで、少し切ない気持ちになる。
それに、違うのは表情とか仕草だけじゃない。
顔に、殴られたような跡がある。
私の大切な友達の身体に傷がついているなんて、嫌だ。
いつも綺麗なままでいて欲しい。
それに、心も元気でいて欲しい。
目の前の彼女を見て、いろいろ言いたいことはあるけれど、言葉には出さない。
遅刻する。急がなきゃ。
今は学校に向かうことの方が優先だ。
恵理に視線を送る。彼女も私の思いをくみ取る。
言葉を交わさなくても、お互いの想っていることは大体わかる。
私たちは、学校に向かって全速力で駆け出した。
こんなに急いだのはいったいいつぶりだろうか。風が全身を駆け抜けていく。
毎朝の早朝ランニングでもこんなに速く走ったことは、多分、ない。
早朝ランニングでももっと速く走らなきゃな、と思う。
学校にはどうにか間に合った。
お互い別々のクラスに向かう。
朝もっと恵理と話したかったな、と思う。
いつものようにくだらない話をして笑い合いたかった。
クラスの友達の話で盛り上がりたかった。
それに、伝えたいこともあったし、渡したいものもあったのに...
放課後... 放課後にしよう。
気持ちを伝えるのも、プレゼントを渡すのも放課後にしよう。
ほのかは心の中で決意を固めた。
田中恵理は曇った空のようにどんよりとした気分で一日を過ごした。
「何で、何で私がこんな目に合わなきゃいけないんだろう。」
恵理の父親は最近仕事が上手く行っておらず、機嫌が悪い。
酒とたばこに溺れる毎日だ。
派遣会社で働いており、前々からストレスを溜めていたが最近は特に酷い。
ちょっとしたことで母親と口論になる。
アル中で喧嘩っ早い父はすぐに手が出る。
昨日も、母親を殴りつけた。
いつもに増して暴れる彼を止めようとした恵理まで殴られる羽目になった。
家庭が恵まれていなくても良い。たまには母親と喧嘩することがあっても良い。
でも、家族だけは大切にしてほしい...
すぐに暴力に身を任せるんじゃなくて、他の手段での解決を試みて欲しい。
家族仲が悪いのは胸が痛むし、こんな見た目で1日を過ごすなんてやだよ、私...
放課後、1人で帰ろうとすると、後ろから来た誰かに急に擽られた。
「あはは、誰!? 急になにすんのよ。てか誰?」
後を見ると南瀬ほのかの姿がそこにあった。
視線を下に落とす。
「ったく、私を置いて1人で帰らないでよね。」
「ごめん、ほのか...」
「私、恵理に渡したいものがあるの。」
「渡したいもの!?」
「ちょっと待っててね、これ。」
そう言うとほのかは鞄の中からラッピングされた袋を取り出す。
「お誕生日おめでとう!」
「あ、ありがと。」
恵理がちょっと困ったような嬉しそうな顔をしてはにかむ。
「私ね、恵理がいつも傍にいてくれて嬉しいよ...」
ほのかがそう言った時、セイちゃんが飛び出してきて言った。
「デストロイアの手先が現れた。それもかなり近く。」
私たちは、すぐに近くの心の検索を始めた。
異変のある心はすぐに見つかった。
2人で手を繋いでその心の中に飛び込む。
「マジカルトランスフォーマー!」
声をそろえて幸福の戦士に変身する。
変身する途中に身体を包む光がいつもに増して輝きを放っていた。
「恵理!」
「うん。」
「一気に決めるわよ。私たちの友情はだれにも負けないんだから。」
「マジカルツインバースト!」
2人がハイタッチするとその真ん中の時空に穴が開き、オレンジ色の火花のような光が降り注ぐ。
不幸の残骸が一瞬で光となって消え去る。
2人は、他のデューグリュックたちが来る前に短時間で不幸の残骸を倒したのだ。
「バ、バカ、バカな。友情の力がこれほどのものとは...」
2人の様子を見ていた上条たくとはそう言うと姿を消した。
帰り道の空には鮮やかな夕日があった。ほのかと恵理はいつものようにくだらない話をして帰った。
ほのかの恵理に対する想い。
恵理のほのかに対する感謝。
言葉に出さずとも、お互いに分かっている。
登校時に感じたような距離感は、もうない。
これから沈もうとしている夕日が2人を照らしていた...
恵理は家に帰ると早速袋を開けてみた。中にはピンク色のペンケースが入っている。それと、もう1つ、ほのかからの手紙。
恵理へ
お誕生日おめでとう!
初めて出会ったのはいつ頃だったかな。あの時からだいぶ時が経つよね。
いつも私を支えてくれてありがとう。そんなに高いものは買えなかった。
ほんの気持ちだけだけど、大切にしてくれたら嬉しい。
他にもいっぱい伝えたいことあったんだけど、上手く言葉に表せなかった。
これからも仲良くしてくれると嬉しいな。
ほのかより
何だか、この手紙、とってもほのからしくて読んでいるだけで元気が出る。
もちろんプレゼントは大切にしようと思う。それにこの手紙も...
恵理はティッシュで涙を拭うと静かに呟いた。
「まったく、ほのかは語彙力がないんだから...」




