Episode18 悲劇のプレリュード
その背の高い男を初めて見たのは何日前のことだろうか。
その男を見てから随分時が経つ気がする。
学校の帰り道、奇声をあげながら道を走っている男。
道の途中まで走っては中途半端なところでUターンを繰り返す。
多分、何らかの障害を抱えていたんだと思う...
私たちは、その男の人を少し怖がっていた。
大声をあげていても、勢い良く走り回っていても、彼が私たちに何かをしてくるということはなかったんだ...
そう、あの日までは...
あの日、私たちはいつものように下校していた。
その途中で、あの男が突然目の前に現れたんだ。
彼は私たちの正面に近づいてくると、突然ほのかの腕をつかんで歩き出した。
「ちょっ。何するのよ。」
男の力が強いのか、ほのかが驚いて力が抜けてしまったのか、男はどんどん進んでいった。
「ほのかに何をする気?」という私の叫び声も無視して...
当時中学生だった私はまだ携帯電話も持っていなかった。
よって、私は近くの大人に助けを求めた。
その人は事情を理解して、警察に通報してくれた。
すぐに警察が駆けつけて、男の家の中に入ると、そこにはほのかと男が並んで立っていた。
2人の目線の先には年を取った女性が倒れていた。
それは、男の母親だったらしい。
男は倒れている母親を見つめながら、獣のような唸り声をあげていたらしい。
次の日、ほのかはいつも通り学校に来た。
登校中、私があんなことがあったけど大丈夫なのかと尋ねると、彼女はあっけらかんとした口調で「平気平気」と言った。
「きっと、あの人は自分なりの方法で母親を助けようとしたんだよ...」
私がそう言うと、ほのかは黙って頷いた。
警察の話によれば、あの男は重度の知的障害を抱えていたらしい。
普通に意思疎通ができれば、誤解を生むことも無かったし、周りから怖がられることも無かった...
そう思うと、なんだかとても報われない気持ちになった...
一方、ほのかは晴也のことを鮮明に思い出していた。
南瀬晴也... 私の唯一の弟...
晴也はダウン症を抱えて生まれてきた...
ダウン症は、余分な21番染色体によって引き起こされる染色体異常症の一種で、知的障害と様々な身体的異常が見られる。
晴也もまた例外ではなかった...
ダウン症だけ抱えていたのなら、といつも想像して胸が張り裂けそうになる...
先天奇形や心疾患をも併発していた晴也はわずか3歳という若さで旅立った...
初めて晴也を目にしたときはとても可愛いと思うと同時に、「ついに私もお姉ちゃんになるんだ」という意識が芽生えたことをよく覚えている。
なぜ、これほどまでに過酷な運命を晴也が背負わなければならなかったんだろう...
頭の中で試行が巡回する。
「ほのか、デストロイアの手先が現れたよ。」
セイちゃんの声を聞いてふと我に返る。
恵理と顔を見合わせ頷くと、人々の心の中の検索を始める。
1つだけ、真っ黒に染まっている心を発見した。
上条たくとはあの男から不幸を奪ったのだ...
心の中に入ると、そこには既に望月湊音が立っていた。
「みんな、行きますよ!」
彼の掛け声で、私たちはデューグリュックに変身する。
「スタイルチェンジ!」
「マジカルトランスフォーマー!」
今度の不幸の残骸はまるでクワガタのような体つきだ。
「気をつけてください、今までの奴らとはわけが違う。」と湊音。
「マジカルスラッシュ!」
「マジカルフラッシュ!」
ほのかや恵理の攻撃にはびくともしない。
「みんな、こうなったら、合体技です。」
「マジカルソードブレイク!」
「マジカルツインレインボー!」
だが、その攻撃を受けても不幸の残骸はびくともしなかった。
そして、顎の先から強力なビームを放つ。
3人の身体は攻撃を正面から受けて地面に叩きつけられた。
「フフッ。バカ、アホ、死ね、ブス、これで、死ね、死ね、俺の幸せが手に入る。おま、お前らの、ブス、悲劇のプレリュードが聞こえるぜ。」
様子を陰から見ていた上条たくとは薄ら笑いを浮かべながらそう言った。




