Episode15 覚悟の決闘
月島伊吹は書店に足を運んだ。
小説、ライトノベル、新書と、中には様々なジャンルの本が並んでいる。
だが、伊吹の目的は本を読むことではなかった。
気になっていることを確かめるために、本屋に来たのだ。
書店の中で不幸そうな人を探す。
求めている者は、案外、あっさりと見つかった。
ビジネス書コーナーでため息をつきながら本を読んでいるサラリーマン。
表情だけでも毎日あまり充実していない日々を強いられていることが伝わってくる。
「その不幸、俺、いや、私が奪ってあげる。」
伊吹は彼の心の中に入って不幸を奪った。
いつもなら不幸を奪った後はすぐに退散する伊吹だが今回はその場に残った。
というのも前に少年の心から不幸を奪った時、何か違和感を感じたのだ。
言葉にするのは難しいが、少年の心の中にはまだ不幸があるという感覚が確かにあったのだ。
「ほのか、またあの女が現れたよ。」
セイちゃんがほのかに告げる。
ほのかは世界中の人や物の心の中の検索を始めた。
その時、伊吹は不思議な光景を目にしていた。
丁度不幸を奪ったあたりのサラリーマンの心の中で、よどんだ空気が流れていた。
それは一か所に集まり、虫の姿をした怪物へと姿を変えた。
彼女は少し動揺した。
その時、1人の少女が中に入ってきた。
慌てて心の奥に隠れると、伊吹は彼女の様子を観察した。
「マジカルトランスフォーマー!」
そう叫んだかと思うと、彼女の姿は黄色い光に包まれ戦士へと姿を変えた。
伊吹は息を飲んだ。
彼女はいったい何者なんだろう。
さらに遅れてもう1人の少女と少年も心の中に入ってくる。
「マジカルトランスフォーマー!」
「スタイルチェンジ!」
2人もまた掛け声とともに光に包まれ、戦士に変身する。
3人は化け物と闘い始めた。
そっと見守っていると、後ろから声を掛けられた。
「あんた、デストロイアの手先ね! ここで決着をつけさせてもらうわよ。」
振り向くとそこには既に戦士の姿に変身している美少女が立っていた。
彼女は空中から弓の弦を取り出すと伊吹に向かって振りかざした。
伊吹は素早い動きで攻撃をかわすとポケットからお守りのようなものを取り出した。
「仕方ねぇ。こんなところで使う気はなかったが。」
そう言うとそれを天に翳した。
空から雷が舞い降り、伊吹を包み込む。
ライフルを持った戦士が地上に姿を現す。
「まさか。あんたもデューグリュック?」
「デューグリュック、何だそりゃ?」
「とぼけるのもいい加減にしなさいよ!」
月島伊吹と白石梨乃の一騎打ちが始まった。
弓とライフルでお互いを打ち合う。
伊吹はデストロイアに言われたことを思い出していた。
「君が幸福になるプロセスをたどる上でどうしても必要になったらこのアミュレッタスクを使うと良い。これはお守りのようなもので君に必要な力を与えてくれるだろう。だが、これを使用する度に君は何か大切なものを失うことになる。そう、これは欲しい力を与えてくれる反面、危険な代物でもあるんだ。取りあえず5枚君に渡していくから必要になったらまた言ってくれ。」
そう、これを使うと、何か大切なものを失うんだ...
それが何かはまだ分からないけれど...
本当はこれを使わず目の前の少女から逃げれれば一番良かった。
だが、彼女が本気で殺しにかかってきていると判断した伊吹は、ここは戦うしかないだろうと、苦渋の決断をしたのだ。
あの弓が生身の人間の身体に命中すればひとたまりもないだろう。
一方、ほのかたちは不幸の残骸を追い込みつつあった。
今回の不幸の残骸は火花を散らして攻撃をまき散らしたが、そのほとんどは恵理のマジカルバリアによって弾かれた。
それでも弾ききれなかったバリアがほのかの方に向かって飛んでいった。
ほのかはそれを避けようとしたが、あまり運動神経の優れない彼女の足では少し遅かった。
ほのかは目を閉じて覚悟を決めたが、身体には何の衝撃も伝わらない。
目を開けると、望月湊音が剣で不幸の残骸の攻撃を弾き飛ばしてくれたことが分かった。
「ありがとう、湊音くん!」
「いえ、大したことではありませんよ。」
「ったく、危なっかしいな、ほのかは。」
恵理が不幸の残骸の周りに銃を連射する。
湊音が不幸の残骸を剣で切りつけ、ほのかがマジカルスラッシュで攻撃を加えた。
「みんな、今よ。」と恵理。
「うん!」、他の2人も頷く。
「マジカルソードブレイク!」
「マジカルツインレインボー!」
3人の必殺技を受けた不幸の残骸は光となって消え去った。
他方、伊吹と梨乃の方では互角の戦闘が続いていた。
梨乃が弓を何本も放って、それが爆発する。
梨乃は弓を打った煙が立っている場所に近づいて確認したが、人の姿はなかった。
「逃げ足の速い奴。」、彼女は小さく呟いた。
左手の腕時計に目をやって時間を確認する。
未来の世界では結構古い腕時計。
これは梨乃の母がくれたものである。
大切な未来を守るためにも、絶対にデストロイアを倒さなくては、と改めて誓った。
心の中から不幸が完全に消え去ったサラリーマンは、非常に清々しい気持ちで家路に着いた。
今まで何をしても取れなかった疲れがすべて解消されるという不思議な体験をしたように彼には思えた。
最近仕事が上手く行かず、盆休みの間もずっと気分が沈んでいたのだ。
また、彼は不調の時でもプライドだけは異常に高く周りを頼ろうとしなかった。
今なら、素直な気持ちでいろんなことをもう一度やり直してみようと思える。
以前からくだらないプライドを捨てたくても捨てられないという悩みも彼は持ち合わせていた。
伊吹の暗躍とデューグリュックたちの活躍によって、彼の不幸と悩みはすべて解決した格好である。




