盛り上がらないうたげ
仕事の務まらない20代の若者が、よく自分自身を作家だと思い込んでいる。そんな勘違いはぼくにもあった。もなかちゃんと知り合って数週間たった。よく、ドラゴン娘との日常を、日記形式で記録したかったが、あっという間に忘れてしまう。普段の僕は、飼われたネコのような生活で、一日中、彼女と会うことがない。たまには異世界でまちの散策をしたが、日本での共にの行動することは、めったにない。よく考えたら、それもありだ。町の人に隣にいたのは彼氏と勘違いされたら、彼女のキャリアにも支障が出るからだ。
「イマー アルタワビ」
目の前の女の子が調味料のビンを僕の前に置いて、指差して、異世界語の単語を教えている。依頼されたではないのに、よく熱心な人だなとしか僕が感じない。恋ごころなんかももちろんない。一応、僕のオシはまだザ・ドラゴンのもなかちゃんだ。
でも、僕は、全く別のことを考えている。
2000億円のあるusbメモリーをどうやってアンロックすること。例え64バイトのパスワードの場合、しらみつぶし法で2の64乗回計算しなければならない。持っているUSBメモリーを異世界で「総当たり攻撃」したら、時間を掛けても、そのハードディスクアドレスを元のインターネットに漏洩しない。だが、スーパーコンピュータをそのまま異世界に持ち込み?例えドラゴン娘に手伝ってまらったとしても、2人だけではパソコンのメンテナンスやサポートができない。
「ガハ イジ ラバンカ」
目の前の女の子が怒って、立ち去った。まあいい、お願いしたわけじゃないから。
人生の交差点に立ても、信号機がないことに、慣れなければならないから。
それに、確かに僕のもろい精神では、一夜で億万長者になる生活には耐えられないだろう。
窓の外は雨が降っている。座るソファもなければ、食べるチョコレートもない。レフ・トルストイだって異世界に居候することがないのだろう。異世界で何もせずにごろごろと無駄に暮らすことはどうだろうか。小説にしても、読み手が見当たらないのだろう。
相手のないレースに、すでに負けていた。
僕がふたたび女の子のいるところに尋ねた。女の子が庭で、ニワトリを殺している。僕が鳥を掴んで、口に入れるフリをして、草むら、ソラ、宿といろんなところを指差してみせた。
「ダジャラ」
女の子が短く返事をしてきた。
生物としてのニワトリなのか、料理としてのチキンなのか、それとも僕が鶏料理を注文したのか。神のみ知るだ。けど、世間のつきあいをしてきて、なんとか安心している。