配信やってみる《とんでもない騒ぎになった》
「で、どうする? スケルトンはともかくあの影は厄介だよ」
隙間を狙っても弾丸より早く動いて飲み込まれる。
完全な死角から狙撃したにも関わらず影で防がれた。尚且つ、リッパーは撃たれた後に輝夜の存在に気がついたことから、あの影は持ち主の意思とは関係なく、危険があるもの全てに反応して自動で防御するものだろう。
スケルトンが影から出てきたことと、弾丸を撃ち返してきたことから、影の中には独自の空間があり、影に取り込んだものを保存でき、自在に出し入れができると見て間違いない。
「決まっとるやろそんなもん」
氷室は腰に下げた刀の柄に手を伸ばしながら答える。
「直接叩っ斬ってふん捕まえて、企み全部、白日のもとに晒したるわ」
「それしかないか」
輝夜はホルダーからナイフを抜く。
『アンタら何言ってんのよ。リアルタイムで全世界に公開中よ?』
「「えっ」」
氷室とリッパーの声が重なる。
「……あ、そういえばそうだった」
ナディの言葉に配信をしているということを思いだし、手を叩きながらそう言う輝夜。
《あ、気付いた》
《やっぱり配信してる事自体忘れてたか》
「ふっ、だからなんだというのだ。そんなスマホで直撮りの映像を垂れ流すだけの配信を、一体誰が見ているというのだ」
額に汗を滲ませながら、自分に言い聞かせるようにそう言うリッパー。
《全世界が見てます》
《百万人以上が見てますね》
《まぁスマホで直撮りな上、サムネもタイトルも概要欄すら設定されてない》
《挙げ句にユーザーネームは『ああああ』だしな》
「ちなみに今何人見とんの?」
「それどこで見るの?」
配信を今日始めたばかりの輝夜には、配信画面のユーザーインターフェースはさっぱり分からないため、氷室にそう聞き返す。
「画面のどっかに視聴者数書かれてへんか?」
「配信も素人同然、視聴者などいる筈も……」
『これかしら? えーと、百二十万人くらいね』
「「えっ」」
ナディの言葉に再び氷室とリッパーの声が重なる。
「はえー、そんなに見てるんだ」
普通の配信がどれくらいの人を集めるのかわからないものの、二人の反応を見てなんとなく凄いことであるという事は察する輝夜。しかし、実感が湧かず、口を開けてぼんやりとする。
「いやいや待てや、流石に嘘やろ。ちょっと見せてみぃ」
ナディからスマホを受け取った氷室は、画面に表示されている視聴者数を確認に、桁を一つづつ数える。
「ガチやん……えぇ……嘘ぉ……」
本当に百万人以上が見ていると知り、その多さに引きつった表情を浮かべて、スマホをナディに返す。
「なんか、あの……そんな大人気な方とはしらず、失礼な事言ってすんませんした……」
そして輝夜の方を振り向くと、目を泳がせながら腰を直角に折り曲げて頭を下げる。
「いきなり手のひら返すのやめてくれない?」
「プロはイメージも大事やねん。炎上とか怖いねんて」
人気ライバーをこき下ろしたプロのハンターが、そのファンによって炎上させられてスポンサーに降りられ、しばらくハンター活動を自粛せざるを得なくなったという話を思い浮かべる氷室。
《実際に女性のライバーと男性のプロハンターコラボして、男の方がボロクソ叩かれるのってあるしな》
《特にプロハンとか嫉妬の対象だから、ちょっとボロ見せるとすぐに叩かれる》
「プロも大変だね」
プロとして企業と契約してなくてよかったと、輝夜は心の底から思った。
「せやねん……ん? っていうか、あれか?」
氷室は何かに気がついたかのように顎に手を当てる。
「あいつ、百万人も見とる中で秘密裏にとか、いずれは全世界にとか言ってたん?」
「……そう……だね」
二人はしばらくの間、顔を見合わせる。
そして、同時に吹き出す。これまでのリッパーの言動を振り返り、それが百万人もの人間に見られていた事がツボに入り、腹を抱えてゲラゲラと笑う。
「傑作やのぉ! 秘密裏もなにも、百万人見とるっちゅーねん!」
「そんな笑っちゃ可哀想だよ。いずれって今だったんだねぇ!」
『水を差すようで悪いんだけど、氷室は人の事笑えるのかしら?』
ゲラゲラと大口を開けて笑う氷室に、ナディは言う。
『百足旅団だっけ? それって言っちゃダメな話なんじゃないの?』
「……あっ」
氷室は百足旅団について喋ってしまった事を思い出し、一気に青ざめる。
百足旅団はその危険性と思想から、危険性が高いと判断され、表向きは存在を否定している。そのため、百足旅団が実在する事は一部の政府、警察関係者とプロハンターしか知らない。
それを百万人もの人間が見ている配信で堂々と言ってしまった。
「アカン、ホンマや。ワイ、機密情報漏らしてしもたわ」
戦いの流れで相手の方から百足旅団だと名乗るならまだしも、氷室の方から喋ってしまった。
それは政府が百足旅団の存在を知りながらも、それを隠匿していたという事になる。そして、それは政府が嘘をついていたという事になる。
《とんでもない事が起こり過ぎてて、機密喋ったくらいは可愛いものだけどな》
《よくわからないんだけど、どれくらいヤバいの?》
《下手したら政権変わるくらい?》
《それはヤバいな》
氷室の顔はみるみる内に青ざめていき、震える手でポケットからスマホを取り出す。
着信履歴を確認すると、同じ人物から三十六件。
氷室は内心で終わったと思いながらも、震える手で折り返し電話をかける。
「……あのぉ……課長? いや、あの、ちゃうんすよ……いやあの、事故みたいなもんなんすよ……はい。確かに配信してなくても同行者に機密を話したのは浅はかですけど、何も知らずに一戦交えるのも……はい、すいません」
『一応、まだ戦闘中なのに、悠長に電話なんかしてて平気なの?』
電話越しにひたすら頭を下げ続ける氷室を見て、ナディは呟くようにそう言う。
「大丈夫でしょ。だってほら」
「はい。すいません……まさか配信しているとは思わず……はい。ですのでどうか命だけは……任務だけはしっかりと果たさせて頂きますので」
輝夜が指差す先には、氷室と同様にスマホを耳に当てて何度も頭を下げるリッパーの姿があった。
《犯罪組織にも上司と部下の関係ってあるんだな》
《社会の縮図を見てる気分》
「なんか、凄い騒ぎになってるね」
大の男が電話越しに謝る姿を見て、すごい絵面だな……などと呑気に考える輝夜。
『そうねぇ、でもこれ私達もヤバいんじゃない?』
「……え?」
『配信してなかったらここまでの面倒にはならなかったし、賠償金とか請求されないかしら』
「……賠……償……金?」
その言葉に輝夜の頭は真っ白になる。
「……い、今からでも配信を止めよう」
ナディからスマホを奪って配信を終了させようとするも、輝夜も配信の止め方がわからないため、スマホを持ったまま固まる。
《政府の者です。迅速な対応の為にも現状の配信は閉じないで頂けると助かります。なお、今回の件は事故として処理されますので、輝夜様に刑事責任等は発生いたしません》
《政府関係者来たwww》
《コメント欄閉じてるっぽいから、ここに書いても意味ないですよ》
『というか、ここまで来たら止めない方が良いんじゃないかしら』
《ナイスアシスト!》
《流石はナディちゃん》
「どうして?」
『きっと偉い人も見てるだろうし、リアルタイムで情報を得られた方が色々と動きやすいでしょ。知らないけど』
「知らないけどって言うのやめてくれない!? すごく不安になる!」
輝夜はどうすれば良いのか分からず、駄々をこねる子供のように頭を抱えて地面を転がる。
《なにこの地獄絵図……》
《ついさっきまで戦ってた筈なんだけど……》
《ダンジョン攻略配信が、リーマンの日常みたいな配信に……》
「……あいつ、犯罪者なんだよね。捕まえたら恩賞とかあるよね」
賠償金で頭が一杯の輝夜は、電話越しに弁明するリッパーを見てそう呟く。
仮に賠償金を科せられたとしても、彼を捕まえた恩賞でチャラになるかもしれない。そうでなくとも報償金が出れば、少しは賠償金を賄う事ができる。
ネクロマンス・ザ・リッパーを捕まえる。自らの生活の為に、輝夜は強く決意した。
「はい、なんたらリッパーとか言う奴は必ず捕まえますんで、それで手打ちでお願いします」
氷室は言い訳と謝罪を重ねて、自分の失態をネクロマンス・ザ・リッパーを捕まえる事で帳消しにするように取り付けた。
減給と始末書を逃れる為に、氷室はリッパーを捕まえると決意する。
「遺物は回収いたします。無論、配信をしていた者らは粛清いたします。何卒、それでご勘弁ください」
リッパーの犯した失態は、到底彼の命一つで賄えるものではない。このまま帰れば間違いなく首が飛ぶ。
しかし、任務を達成し元凶の首を持ち帰れば、僅かばかりの猶予が与えられる可能性はある。リッパーは自らの命を懸けて彼ら二人を殺そうと誓う。
これにより、三者の思惑が見事に一致した。
「俺は右から、輝夜は左から、同時に行くで」
「オーケー」
目配せでタイミングを合わせて、二人は同時に走り出す。とはいえ身体能力は氷室のほうが遥かに上。輝夜が走り始めた時点で氷室はすでにリッパーに迫っていた。
「私はまだ死にたくないのだあぁぁぁぁ!」
リッパーはそう叫びながら、影から無数のスケルトンを出す。しかし、影からスケルトンが現れた瞬間に、銃声と共に次々と背骨を撃ち抜かれて崩れていく。
「何っ!?」
リッパーが驚きながら弾の飛んできた方向を見ると、輝夜が走りながら拳銃を構えていた。
「その影、スケルトンまでは守ってくれないみたいだね」
「邪魔な娘め!」
「余所見しとんとちゃうぞ!」
氷室は渾身の力を込めて刀を振り下ろす。しかし、刀身が影に飲み込まれて刃は届かず、振り下ろした刀は地面を割る。
足場が崩れた事でリッパーはよろめいてバランスを崩しそうになる。氷室はその隙を見逃さずに刀を軸にして体をひねり、蹴りを入れる。
確かな手応えが氷室に伝わり、それと共にリッパーの体が宙を舞う。
「お?」
蹴りも影によって防がれると思っていた氷室は、予想外の展開に少し驚く。
「なるほど、それなら」
一連の流れをみて影の性質に気がついた輝夜は、ナイフを口に加えるとそのまま走り込んで影に飛び込む。
輝夜の体は影に飲み込まれることなく影をすり抜ける。
「生きてる物は影に入れないんでしょ」
その勢いのまま、輝夜はリッパーに体を密着させ、口に加えたナイフを手に取り、スタッフを持っている腕を斬りつける。
「ぐぅっ」
リッパーはたまらずスタッフを落とす。それと同時に彼の周りを漂うようにしていた影も消えさる。
「どけ小娘! 私は生きるのだ!」
リッパーは輝夜を突き飛ばす。
輝夜はバランスを崩し、岩肌に頭をぶつける。ゴンという鈍い音が鳴り、思わず頭を押さえてうずくまる輝夜。
その隙にリッパーがスタッフを拾おうと手を伸ばすも、氷室がスタッフを蹴り飛ばし、切っ先を首にあてがう。
「詰みや」
両手を挙げてゆっくりと立ち上がるリッパー。
「まだだ、まだ終わらぬ……スタッフが私の手元から離れた以上、影の効果は消える」
不適な笑みを浮かべて語り始めるリッパー。
「ならば、影の中に居たものはどうなると思う?」
リッパーがそう言った瞬間、彼の影が床全体に広がりその中から無数のスケルトンが這い出してくる。
「ちっ、コレ壊さんでもそうなるんか」
「ハハハハ! 形成逆転だな! このスケルトンは我が魔法により操らればっ!」
リッパーの言葉を遮るように、輝夜の拳が彼の横っ面を捉える。
倒れるリッパーに馬乗りになって胸ぐらを掴むと、無理やり上体を引き起こして、鼻の先が触れる程の距離まで顔を近づける。
「痛ぇだろうが! ぶち殺すぞテメェ!」
そして、有らん限りの声量で怒鳴り付けてから、リッパーの顔を殴る。
実際に配信やってるからわかるけど、同接って100人越えたら凄い部類だし、現実だと800万人とかが最大だった気がする。