ダンジョン配信10
取引を結んだ輝夜と凛華は、ダンジョンの上層部で待っていたアリアと合流し、ダンジョンから出る。
外にはすでにかなりの人数の政府の人間と、遠巻きにカメラを向けてフラッシュを焚く報道陣の数々。
お目当ては間違いなくドワーフだろう。
その光景に驚いて固まるドワーフ達をあまり刺激をしないよう、報道陣から守るように黒服を着た役人達が盾になって道を作る。
「お前という奴は、毎度のこと派手にやらな気ぃがすまんのか?」
その先に待っていた氷室が、輝夜の顔を見るや否や、何とも言えない表情で声をかける。
「そっちがドワーフの諸君やな? ダンジョンの外に出てきて不安やら、戸惑いやら、猜疑心やら色々あると思うが、一先ず場所を移したい。ゆっくり休める場所を用意したさかい、ここはこっちの指示に従ってくれんか?」
口調は普段と大して変わらないものの、片膝を付き丁寧な姿勢でドワーフに語りかける氷室。
ドワーフ達も氷室達に敵意はないと知り、ゆっくりと頷く。
輝夜の入手した魔検鉱と、凛華が撮影したアイスエルフの情報は政府に引き渡され、そして保護したドワーフ達は公用車へと案内される。
「お前らはこっちや、色々と聞きたいこともある」
輝夜と凛華は氷室と同じ公用車の後部座席に乗せられる。全員が乗り込むと、彼らを乗せた公用車はゆっくりと出発する。
「んで、そっちの密猟者の嬢ちゃん。やったの密猟だけとちゃうやろ?」
報道陣の姿が見えなくなってか暫くして、氷室がおもむろに口を開く。
「密猟だけだよ」
輝夜は窓の縁に肘を付き、外の景色を見ながら淡々と答える。
「こういう時、普通は何が? って答えるもんや」
「……本当に密猟だけだよ」
「まぁええわ。んで、処遇はどないすんねん」
余計な口出しをする気はないのか、単に興味がないだけか、氷室はそれ以上深くは聞かず、凛華の処遇について尋ねる。
「ドワーフとの交渉の仲介役をしてもらう代わりに、無罪放免。それから交渉役としての報酬もしっかり払う」
「……まぁ、現状、仲介役が出来るんは直接面識があるお前らだけやろしな。それを買って出てくれる言うんやったら、上も無罪放免の条件は快諾するやろな」
そもそも、輝夜の要望であれば、余程の無理難題でもなければ、そうそう上は断らない。無理言って輝夜を政府に引き入れ、彼女の能力と名声を利用している手前、輝夜の望みを断って、彼女の協力を得られなくなる事を恐れているからだ。
「悪いが嬢ちゃん、名前は凛華いうたか? 凛華は去年付けで、政府のハンターやった事にする。ダンジョンの密猟は政府の極秘調査。それがたまたま輝夜とブッキングした。ええな?」
「え?」
いきなり何の話をしているのか、凛華は理解できずにキョトンとする。
「こっちも犯罪者を仲介役にするわけにはいかんねん」
「……あぁ、建前が必要ということですか。はい。わかりました」
かなりの数の報道陣がドワーフ目当てに集まっていた。すでに世間はその話題で持ちきりになっている。そうなれば政府も今後の対応についての声明を出さざるを得ない。
そこで密猟していたハンターにドワーフとの橋渡しをしてもらうなど言ってしまうと、世間からの印象はよくない。密猟が出世できるチャンスになるかもしれないと、同じことをする者も出てくるだろう。
そういったことを防ぐためにも、凛華に社会的信用を与えておく必要がある。
「ものわかりがええな。とは言え、ドワーフとの交渉が終わるまでの間だけの措置や。そんでもって、早速一仕事してもらいたい」
氷室は座席の下に付いている冷蔵庫からペットボトルの水を三本取り出し、輝夜と凛華に一本づつ渡す。
「具体的には何をすれば?」
水を受け取った凛華は蓋を開け、一口飲んでから聞いた。
「せやな……説明すると少し長くなるが、あの魔検鉱? いうやつを使えるようにしたいんや」
「随分と急ぐね」
「少し前に言うとった、人材発掘プロジェクトあるやろ」
「……あれでしょ? ハンターの……トーナメント的な?」
「まぁ、ざっくり言うとそれや。無名のハンターの中から、強いハンターを発掘するためのイベント。あれの予選で使う」
ハンターであれば誰でも参加でき、協会所有の遺物やスキルを餌にしているため、全国からかなりの人数が集まることが予想される。一々審査をしていられないので、魔検鉱を利用して手っ取り早く振るいにかけようという腹だ。
「ドラゴンボールであった、天下一武道会のパンチングマシーンだね」
「例え上手いなお前。まぁ早い話がそれや」
「けど、いきなり導入して平気? 色々不具合とか起きないの? ベジータが殴ったら壊れない?」
「まぁ、ぶっちゃけ不具合に関しちゃあるやろな。ただ、そこは合格ラインを甘めに設定して対処する」
「ふーん。で、それっていつやるの?」
「再来月」
「できるの?」
規模的にもかなり大掛かりのものになる。それを二ヶ月後に開催というだけでも難しいように思えるのに、そこに魔検鉱の利用を組み込むのは無理ではないかと輝夜は思った。
「前々から企画は進めとったんや。予選で魔検鉱の使用を組み込むだけ……せやけど、時間がないんは確かや。そこで、ドワーフに魔検鉱の加工を手伝ってもらいたい。配信で言うとったやろ、ドワーフが自分の力を誇示するためにも使うとるて」
ドワーフ達は魔検鉱を使ったことがあるという事だ。
知識がある人物の助力が得られるのであれば、一から模索するよりもずっと早い。
「そのお願いを聞いてもらえるようにしろと言うことですか。わかりました。正直、どう転ぶかは予想がつきませんが、出来る限りのことはします」
「おう、期待しとる」
氷室はそう言うと、公用車に備え付けられているテレビを付ける。ニュース番組が報道されており、やはり話題はドワーフの事で持ちきりであった。
ヴィサスに続いて、コミュニケーションが取れるダンジョン側の生物。それも友好的な関係を結べるかもしれないとあれば、世間の注目度が高いのは必然。
「すごい反応ですね」
「まぁせやろな。こっちは頭抱えとるわ。うちの課長も暫くは徹夜で会議や」
「それは悪いことをしちゃったな」
「かまへん。それ以上に功績がデカいからな」
「ところで夕香さんは?」
夕香が輝夜との窓口的な役割もとい、世話係を担っているため、この場に居ないのが珍しいと思った輝夜は氷室に夕香の居場所を尋ねる。
「あいつは今別件で動いとる。G7サミットの実行犯の尋問と、日本に居るムカデ旅団の拿捕や」
「へぇ」
旅団の拿捕と聞いた輝夜の目つきが鋭いものへと変わる。
「お前が動くと警戒される。心配せんでもカチコミには呼んだるさかい、これ以上旅団に首は突っ込むな」
「……約束だからね。凛華さんも一緒に呼んでね」
「ん? なんや強いんか?」
輝夜がわざわざ推薦するほどならば、さぞ腕が立つのかと期待する氷室。
「うん。まぁ、それなりに」
「それなり……」
それなりという良いか悪いかわからない評価に、何とも言えない表情で呟く。
「それなりか……まぁええやろ。そんときは呼んだるわ」
暫く車を走らせて着いた先は都内にある五つ星の最高級ホテル。ドワーフ達はそこの最高級スイートルームに案内され、輝夜達もワンランク下のスイートルームへと通される。
「お前ら今日はここに泊まれ。明日は色々と手伝ってもらいたい事があんねん」
部屋に入るや否やアリアが姿を現し、無言のままベッドの方まで歩いていくと、そのままダイブする。最高級品質のベッドを堪能しているのか、満悦な表情で四肢を放り出している。
「氷室は?」
「ワイは別室を抑えとる。明日、時間になったら呼びにくる。ドワーフの件、頼んだで」
◇◆◇◆
翌朝、輝夜と凛華は、ドワーフ達が泊まっている最高級スイートルームの様子を見に行く。
「やっほー、随分と満喫してるみたいだね」
「すご……ここって普段は国の賓客が泊まるような所ですよね」
二人の泊まった部屋よりも一層高級感に溢れ、品を感じさせる内装に、凛華は思わず息を飲む。
「おお! ここは寝床がフッカフカじゃぁ!」
「酒も飯も美味い」
「それにあの自動車とかいう魔道具、随分と便利じゃの」
「あれからは魔力を感じんかった。一体何で動いとるんじゃ」
「いや、それよりもこのテレビ? だの、シャワー? だのいう魔道具も面白いわい」
ドワーフ達は各々、好きに楽しんでいるように見える。彼らにとっては目新しいものが多いのか、様々な家電を興味深そうに眺めている。
「色々と興味を持っていただいているようでなによりです」
最高級スイートルームの内装に見惚れていた凛華が、ようやく我に返り、咳払いをしてドワーフ達に話しかける。
「で、もてなしてくれるのはありがたいが、ワシらはこれからどうなる?」
「ここじゃワシらは余所者。テレビとやらを見る限り、かなり目立っとるようじゃが」
「皆さんの処遇というか、身の振り方については、おいおい話し合いの場を儲けるとして……手始めに、私たちに力を貸してはくれませんか? 仕事をして報酬として対価を得る、そしてその対価で食事をしたり物を買ったりと、ここでの生活を体験してみません?」
夕香はドワーフ達の機嫌を損ねないよう、丁寧な言葉遣いで、あくまでも文化交流という体で、ドワーフ達の協力を得ようとする。
「構わんぞ。何をすればいいんじゃ?」
「そうですね。魔検鉱の加工などはいかがでしょう。私たちにとっては見るのも初めてなので、どう取り扱っていいかわからないものでして」
二つ返事で承諾をもらえたことに少し驚く凛華。
アイスエルフに利用されていた事もあり、ここへ来て直ぐに仕事を依頼しては、彼らの機嫌を損ねるかと思っていた。
肩を並べて戦ったからか、ドワーフの凛華達への信頼は思ったよりも厚いのかもしれない。
「なんじゃ、そんなことか」
「子供でもできる簡単な仕事じゃ」
「簡単じゃから直ぐに誰でもできるようになるわい」
思ったよりもスムーズに事が運び、凛華は輝夜の方に視線を向けて片目を瞑る。
「おう、ここに居ったか」
部屋のドアから氷室が顔を覗かせる。
「氷室」
「ドワーフとの交渉は上手くいったみたいやな。場所を用意しとるさかい、こっちで用意した交渉人に引き継いでもろて構わんが、一応、話合いの席には同席してくれ」
ドワーフ達の様子を伺い、昨晩凛華に話した頼み事を引き受けてもらえたのだろうと察した氷室は、部屋の中に入り凛華に次の指示を出す。
「僕も?」
「いや、お前はワイと一緒に来てもらう」
「何するの?」
「移動しながら説明する」
◇◆◇◆
「で、僕は何を?」
車に乗り込んだ輝夜は単刀直入に聞く。
「沖縄に出向いてイベントの広告塔」
「……帰って良い?」
配信ならまだしも、アイドルの真似事は恥ずかしいからやりたくない。
「そう言う思たで。まぁ、ホンマに嫌ならやらんでもええ。強制する権限はないさかいな……ただ」
「ただ?」
「今回、スキルやら遺物やら色々と餌を用意しとる。それを欲しがるのは真っ当なハンターだけやない」
「百足旅団も参加するだろうね」
「夕香の方も、三ヶ月から半年は準備が必要や。イベントは二ヶ月後。それまでは旅団が好き勝手やるのを指咥えて見とくしかない」
旅団が仕掛けてくる分には迎え撃つが、こちらから旅団に手を出す事はしない。下手に刺激して夕香の作戦がバレたら元も子もないからだ。
なので夕香の準備が整うまでは、旅団を放置せざるを得ない。
「それに、旅団だけとは限らん。旅団に所属してない犯罪者やら、日本人に金を握らせて買収する海外勢力。色々と敵は多い」
「前者はともかく、後者に関しては相手にならないと思うけど」
徒党を組むなり談合するなり、ある程度勝ち残る方法はあるだろうが、最終的には本人の実力がなければ勝ち残る事は出来ない。
買収される程度のハンターが抜きん出て強いとはかんがえにくい。
「手っ取り早く強くする方法くらいあるやろ。例の……キモイやつ」
「アルラウネ? あれは使い捨てにしかならないけどね」
アルラウネの卵は使えば最後、長くは生きられない。それで大会を勝ち抜くのは無理だ。
「そういう類のもんを他の国が持っとる可能性はある」
「まぁ、確かに」
アルラウネの卵のような、使用者の生命を代償にしないパワーアップ方法を隠し持っている国があっても不思議ではない。
「せやから今回の目的は二つ。一つは有望そうなハンターは先に唾をつけとく。二つ目はそういった邪魔者を予選段階で落とすために必要な遺物を取りに行く。正直、宣伝は表向きや」
「そういう話なら引き受けるけど……沖縄なら、何年か前に拠点にしてたから、多少は案内できるし」
「それは初耳やな。なんで沖縄なんや」
「まぁ、色々とあってね。ところでさっき言ってたのは、どんな遺物?」
そんな都合の良い遺物があるのかと、輝夜は懐疑的な視線を氷室に向ける。
「真実の瞳や」
「んー? どっかで聞いたことあるな?」
聞き覚えはあるが、どこで聞いたかが思い出せず、必死に思い出そうと腕を組んで首を捻る。
「ラスベガスのオークションに出品されとった」
「ああ、あの……なんか、観音像みたいなやつ出してたおじいちゃんが落札してたやつ」
「それや。せやけど、本人が捕まって支払えず、遺物は出品者の手元に返却されとる。そしてその出品者は日本人や」
「はえー、じゃあその人に貸してもらいに行くわけだ?」
すごい偶然があったもんだと、輝夜は感嘆の声を上げる。
「のつもりやねんけど、どういうわけか貸し出しには応じてくれへんくてな。ただ、向こうが出した条件が一つだけある」
「条件?」
「ヨハネの予言書となら交換してもええってな」
ヨハネの予言書はラスベガスでオークションで競売に出されていた遺物。未来を知る事ができると言われており、元は中国のものだったが、盗み出され、今は輝夜の手元にある。
理由は不明だが百足旅団が欲しがっている遺物でもあり、それを要求するという事は……。
「百足旅団なの?」
「いや、違う。かなり厳しく身辺調査をしたが、白やった。日本有数の富豪でな、ハンターでもあらへんのに、趣味で遺物を集めとるんや。んで、お前が予言書を持っとるって知っとんのも、あの日オークションに参加しとったかららしい」
「変な趣味だね。ハンター以外からすれば、ただのガラクタなのに」
「で、ヨハネの予言書、実際どうや? 使うたんやろ?」
「使おうとした事はあるけど、使えなかった。アレはニコイチの遺物だよ。単体じゃ使えない」
氷室の問いに輝夜は首を横に振る。
「対になる遺物と合わせて初めて効力を発揮するいう事か」
「そう。それがない限り、ただの白紙の本だね。だから、他人の手に渡ろうが惜しくはないよ」
「……だが最悪、百足旅団の手に落ちれば、どうなるかわからんな。対の遺物は旅団が持っとる可能性もあるわけやし」
輝夜の手元から離れれば、それ以降の行方には関与できない。遺物の持ち主が手放せばそれが巡って旅団の手に渡るという事も、最悪の場合は考えられる。
『それはないわよ。もし対になる遺物を旅団が持ってるなら、もっと本腰を入れて予言書を狙うはずよ』
氷室と輝夜の会話に、輝夜の胸元から顔を出したナディが割って入る。
「ナディ、そんな所から出てこないでほしいんだけど」
『そうしないって事は、先に対の遺物を探す方に注力してるって事でしょ。そして、対の遺物はそう簡単には見つからない。予言書を通じて感じる魔力がかなり微弱だから、海の底とか、地面の奥深くとか、そういったところに沈んでる可能性がかなり高い』
ナディは輝夜の言葉を無視し、彼女の頭の上まで飛んでいき、頭頂部に横たわりながら説明を続ける。
「そんな事までわかるんか。ほな、渡したとて大して問題はないっちゅう事か」
「……でも良いの? 僕が持ってるから手出ししてこないだけで、下手をすればその人殺されるんじゃない?」
もし、ヨハネの予言書を持っていると知られれば、間違いなく旅団に狙われる。ハンターでもない一般人など、彼らからすれば赤子同然。
そして、相手は使いもしない遺物を集める物好きだ。飽きるまでは手元に置いて愛でる事をするかもしれない。そこを誰かに見られれば、その情報は直ぐに旅団の耳に入る。
むしろ、個人で遺物を集めていながら、これまで百足旅団に殺されていないのが不思議なくらいだと輝夜は思った。
「そこはあんまり心配はしとらん。金を積んで優秀なボディガードを複数人雇っとる。かなり厳重な警備網や。レベルで言えば総理大臣の警護並に厳重や」
さしもの百足旅団とはいえ、G7サミットの一件でかなりの戦力を削られている。入国審査を厳しくしているため海外から新たに戦力を送るのも容易ではない。
国内にいる旅団だけでは、その警備を突破して予言書を手に入れるのは流石に難しいだろうと、氷室は考えていた。
そして、ナディの話によれば、リスクを冒してまで予言書を狙う必要は今の旅団にはない。予言書の場所さえわかっていれば、無闇に手を出してはこない。
「ああ、そういう事ね。それなら異論はないよ……で、遺物の入手は理解できたけど、一つ目の方は具体的にどうするの?」
「その地域で有名なハンターであったり、世間では知られてなくとも、そこのコミュニティでは多少は名前が知られてるハンター。そういう連中と一緒に潜って実力を見る。事前の調査である程度目星はついとる」
「その辺の連中、あんまり好きじゃないタイプなんだけど」
下手に名前が知られているからか、自分は強いと思い、求めてもいないアドバイスをしたり、自分を持ち上げる人で周りを固めて、自分以外のコミュニティをナチュラルに見下したりと、天狗になっている人の割合が多いのだ。
当然、全員が全員そうというわけではないが、ハンターが少なく、ハンターのコミュニティが狭い所ほどそういう類の人が居る確率が高い。
「実力でわからせたらええやんけ」
氷室は鼻で笑い飛ばしながらそう答える。
氷室にも周りから馬鹿にされたり見下されたりした事はある。が、その度に相手との圧倒的な実力差を見せて黙らせてきた。輝夜なら自分と同じ事が出来るだろうと思っている。
「それはそれで、プライドが傷つけられたからって、こっちは悪くもないのに敵視されちゃうんだよねぇ」
「なんや、面倒になった実体験があんのか」
「まぁね」
輝夜は嫌な記憶を思い出し、少しイラつきながら窓枠に肘をつき、窓の外を眺めて心を落ち着かせる。
「せやけど、今回はその辺は上手い事受け流してくれ」
『この子もアンタも有名なんだし、そういう類のトラブルは起きないんじゃない?』
「当然、変装していくで。このまま行ったかて誰も一緒にダンジョンに潜ろうとはせぇへん。夕香からもらった遺物、まだ持っとんやろ?」
「あるよ。髪と目の色変えるやつ」
輝夜はアイテムボックスから、以前に夕香からもらったネックレスの遺物を取り出して首にかける。
日の光に当たってキラキラと輝く銀髪も、吸い込まれそうなほど澄んだ黄金の瞳も黒く染まる。
「それで変装してダンジョンに潜る。ワイも効果は弱いが認識置換の遺物を持ってきたさかい、刀使わんかったらそうそう正体はバレへん」
「認識置換ってなんかエロい事に使えそうだね」
輝夜は認識置換の遺物に目を向けながら、ふと思ったことをそのまま口走る。
「胸揉むくらいまでならいけるんちゃうかな」
「それ後でちょうだ「嫌や」」
◇◆◇◆
「ここのまま待ってろと言われましたが……」
氷室にスイートルームで待機している様に言われた凛華だったが、一時間ほど待っても誰も来る気配がなく、少しづつ不安になってくる。
「このテレビとかいうやつ、電気で動いとるらしいぞ」
「あのビリビリするやつか? なんでそんなもんを動力源にしたんじゃ」
「というかどうやって動力にしとるんじゃ」
ドワーフ達はテレビに群がってああでもないこうでもないと議論を繰り広げている。
「失礼します」
待ち合わせ場所を確認した方がいいのではないかと凛華が思い始めた頃、メガネをかけた黒服の若い男性がドアを開けて入ってくる。
「貴方が氷室さんが言っていた交渉人ですか?」
「ええ、黒瀬と申します。ドワーフの方々との交渉役として参りました。さて、いきなりで申し訳ございませんが、今はどこまで話をしていますか?」
黒瀬と名乗った男は、凛華にドワーフ達との交渉の進捗具合について尋ねる。
「人間社会の生活を体験するという事で、手始めに魔検鉱を加工を仕事として引き受けてもらった次第です」
「左様でございますか。それは嬉しい知らせです。輝夜様からお譲りしていただいた魔検鉱は、大学の研究施設に保管してあります。加工に必要な道具や設備があれば、お申し付けください」
「だそうですけど、何が必要ですか?」
いつの間にかドワーフ達が二人の側に立って話を聞いている事に気づいた凛華は、ドワーフにそう尋ねる。
「炉じゃな。それから金床じゃ」
「炉ですか……では、ハンター協会の工房を使わせてもらえませんか?」
ハンター協会運営管理している工房。そこではダンジョンから得た素材を使って、武具を生産し販売している。そこであれば、鍛治道具も一通り揃っている上に、協会の許可がなければ立ち入る事ができないので、マスコミや野次馬が集まって目立つ事もない。
「承知しました。話はつけておきます。それでですが、もしよければ、協会所属の鍛治師に作業を見学させていただけませんか?」
「構わん。その代わり技術は見て盗むことじゃ」
「丁寧に教えたりは性に合わん」
「ええ、それで構いません。話をつけて来ますので少々お待ちください」
黒瀬はそう言うと、スマホを片手にその場を離れる。
「そのハンターキョウカイカンリの工房とは、どんな規模の工房じゃ?」
「私も詳しくはわかりませんが、少なくともこの国では一番の設備が整っている筈です」
ドワーフの問いにそう答える凛華。
日本の鍛治技術は世界でも有数である。
工房の設立には政府の資金だけでなく、ハンターからの融資で多額の資金が注ぎ込まれ、常に最新設備にアップデートを繰り返している。
そこに日本人の職人気質も相まってか、生産効率は高くないものの、非常に品質が高い。
「ほお、この国の鍛治のレベルがわかるな」
「はは、怖いですね」
ドワーフ達の言葉に、輝夜はもし協会の工房が彼らのお眼鏡にかなわなかったらどうしようかと、冷や汗を流す。
それから五分ほどだろうか、電話を終えた黒瀬が戻ってくる。
「話はつきました。工房の職人方がぜひドワーフの方々の技術を見せていただきたいとの事で、今からでも来て欲しいとの事です」
「てっきり数日後になるかと思っていました」
「ええ、私もです。日程の調整をしようと思っていたのですが。まさか即日とは思いませんでした。車をご用意致しますので、それで移動致しましょう」
そこから更に三十分後、車の用意ができたとの事で、ドワーフ達を連れてハンター協会の工房へと向かう。
ハンター協会本部。
協会のホールにある武具販売店。そこの裏に繋がっている工房。
正面から入ると協会に居るハンターの目に止まり、騒ぎになってしまうため、職員の案内で裏口から工房にはいる。
「ほお、随分と立派な工房を持っとるの」
「ワシらが見てきた工房の中でも一番じゃ」
ハンター協会管理の工房を見たドワーフ達は、見るからに興奮した様子で工房内を駆け回る。
「あれが。実際に見ると思ったよりも小さいんだな」
「ドワーフの手みたか?」
「熟練の職人の手だった。きっとかなりの技術を持ってるぞ」
そしてその様子を興味深そうに見ている工房の職人達。
「で、魔検鉱の加工じゃったか? どういう形にすればええんじゃ」
一通り見て周り、満足したのか凛華達の所に戻って来る。
「ガワはすでに作ってありまして、この内部の型にハマるサイズに整えて頂きたいのです」
「ふむ、ええじゃろう。ちょっと待っとれ」
手首まですっぽりと覆えるほどの筒状の液晶が付いた測定器。一見すると、病院に置いてある血圧測定器にも見えなくもないそれを受け取ったドワーフ達は、そう言って作業に入る。
それから二十分程だろうか、小さく加工された魔検鉱を持ってくると、型に嵌め込み蓋をする。
「ほれ、出来たぞ」
「……すごい」
ドワーフからぶっきらぼうに渡された完成品見て、黒瀬は息を呑む。
早さもそうだが、目測だけで寸分のズレもなくピッタリと型にハマる正確さ。
「これがドワーフですか……」
「しかし、そんなもの何に使うんじゃ」
「そうですね。凛華様、こちらの穴に手を入れてください」
凛華は言われた通りに空いている穴に手を入れる。指先が魔検鉱に触れ、魔検鉱が反応して強い光を放つ。とはいえ、内部はほぼ完全に密閉されているため、凛華の触れている部分以外から光が漏れることはない。
「7200ですか。輝夜様が強いと評されるだけ、数値も高いですね」
「強さを数値で測っているわけですか」
「はい。魔検鉱の特製を利用して、光の強さでハンターの強さを数値化しています」
「7200というのは高いんですか?」
「データが少ないのでなんとも言えませんが、加工前の魔検鉱で試した際は、一般人が100前後、ハンターで2000前後と言ったところでしたので、かなり高いかと思います」
ハンター基準で三倍以上の数値。
スキルを集め始める数ヵ月前までは、おそらくは自分の数値も2000程度だっただろう事を考えると、短期間でかなり強くなったものだと、凛華は自分の成長を実感する。
「ほお、面白い事を考えるわい。ワシらにも試させてくれ」
ドワーフ達も二人の話を聞いて興味が湧いたのか、順番に計測していく。数値は4000から5000の間で収まる。
「まあ、この嬢ちゃんの数値から考えればこんなもんじゃろ」
凛華に比べて数値が低いからといって、怒ったり拗ねたりする事なく、淡々とそう言うドワーフ達。
「正確性は高いという事ですか。それはよかったです」
「で、あと幾つ必要なんじゃ?」
「二百ほどですね」
「二百か。ま、一週間もあれば十分じゃろ」
ドワーフはそれだけ言うと黙って作業に戻る。
遠巻きに見ている職人達の方を一瞥すると、手招きをして、もっと近くで見ろと合図を送る。
それに気付いた職人達は、最初は戸惑っていたが、おずおずとドワーフ達の元へ歩いて行き、近くで彼らの作業する姿を熱心に眺める。
「どうやら、我々はお邪魔の様ですね」
「ええ、お陰様で、暫くは暇になりそうです」
「では、凛華様の報酬の話でもしましょうか」
「……良いですね」




