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ダンジョン配信8


「凛華さんさぁ、僕の姿じゃないと僕を殺してもスキルを奪えないんでしょ?」

「……!」


 輝夜は拳銃で肩を軽く叩きながら呟く。その言葉に。凛華がぴくりと反応する。


「ナイフでの攻撃は急所を狙って確実に殺しにきてたのに、グレゴリオに変身した後のスキルはすぐ死ぬような攻撃はしてこない」


 光刃も、軽く体を反らすだけで、体の軸は動かさずとも避けることができた。

 ハンドバーナーで攻撃しようとした時も、肩ではなく頭を掴んでいれば、致命傷を狙えた。

 致命傷になる攻撃ではなく、怪我を負わせて動けなくする事が目的の攻撃であると輝夜は感じていた。

 

「というか、僕の姿でスキル使えばいいじゃん。それとも、使わないんじゃなくて使えないのかな?」


 普段とぼけた様でいて、いらない所で勘が鋭い。凛華は内心でそう呟く。


「身体能力は僕よりも少し上だ。多分ブースト以外にも幾つか身体能力を併用してる。加えて、思考加速辺りも使ってるよね」

「……」


 なんでわかるんですか……と、凛華は内心で悪態をつく。

 輝夜の言う通り、ブーストの重ねがけは使えない。やり方がわからないからだ。

 だから代わりに身体強化系のスキルを四つ併用し、思考加速も使っている。だが、合計六つのスキルを維持するので精一杯で、他のスキルに魔力を回せない。

 

「だから、スキルを使う時はグレゴリオに変身した……でもグレゴリオの姿ではブーストが使えないから、身体能力で負けるから、僕が距離をとった時しか使わない」

「戦闘時だけ、よく回る頭ですね」


 凛華は内心で悪態をつきながらそう吐き捨てる。

 最初は輝夜を襲うつもりはなかった。輝夜に取り入り、仲を深めて油断したところで寝首をかくつもりでいた。

 だが、奥の手を早々に使い、グレゴリオ、アイスエルフの王と連戦。

 配信もしておらず目撃者はほぼ居ない。ダンジョン内での出来事ならば、殺人の隠蔽も容易い。仕掛けるなら絶好の機会だと思った。

 しかし、凛華にとって誤算が二つあった。

 一つは輝夜の魔力量が予想より低かったこと。

 グレゴリオに変身すれば、魔力の心配は必要ないが、身体能力で及ばないと読まれている今、変身した瞬間、輝夜に銃で撃たれるか、懐に潜られて近接戦で制圧される。もう迂闊に変身はできない。

 そしてもう一つの誤算は、ナディが戦闘に参加してこない事。魔法の対策をしてきた。魔法を吸収し、自身の魔力に変換する遺物。

 輝夜は一本十万以上もするポーションを気軽に使う。長期戦になれば不利になるのは明白。吸収できる量に上限があるものの、ナディの攻撃を無効にしながら魔力を回復できる遺物は切り札だった。

 しかし、ナディが戦闘に参加してこないため、魔力を回復する手段がない。そして、平凡な魔力量のせいで、長期戦ができない。

 

「またそうやって強がる。多分だけど、もう勝負ついてるよね? 大人しく降参しない?」


 輝夜も実力は自分の方が上だと確信し、降伏を促す。

 

「降参すれば見逃してくれるんですか?」


 輝夜の言う通り、速攻を仕掛けて仕留めきれず、虎の子のスキルを使ってもなお仕留めきれず、寧ろ手傷を負わされてしまった。魔力も殆ど残っていない。

 殆ど詰みである。だが、まだ勝算が無いわけではない。

 喋るばかりで攻撃してくる気がない輝夜を前に、凛華は肩をゆっくりと動かしながら状態を確認する。多少の痛みはあるものの、動きに支障はない。

 油断している輝夜の一瞬の虚をつき、ナディが手を出す間も与えずに輝夜を殺した後、グレゴリオに変身して全力で離脱する。それが凛華が思い浮かべる唯一の勝ち筋。


「んー、それは無理かな」

「なら私も無理です」


 凛華は肩の力を抜き、覚悟を決めて輝夜に襲いかかる。

 片腕を負傷している状態でありながらも、絶え間ない攻撃を続ける。

 輝夜はそれを余裕を持ってナイフで受け続ける。

 持ち主の魔力量に応じて凍結速度が変わるのか、グレゴリオが持っていた時とは違い、数合打ち合うだけで手まで氷が覆うほどではない。

 それでも何度も打ち合っていくうちに、徐々にナイフが凍りついていき、刀身の半分以上が氷で覆われる。

 

「……ナディ、アイテムボックス」


 使い物にならなくなったナイフを交換するために、アイテムボックスボックスを開かせる。

 その瞬間を待っていましたと言わんばかりに、凛華は一気に踏み込み、アイテムボックスに手を伸ばす。


「っ……!」

「貰いますよ」


 指先からザラザラとした鉄の感覚が伝わる。

 凛華は直感的にこれだと重い、指先に触れたそれを掴み取り、勢いよくアイテムボックスから手を引き抜く。

 凛華の手に握られていたのは自動拳銃。


「あッ! それはダメ!」


 それを目にした輝夜から悲鳴が漏れる。

 凛華が手にしているのはブレン・テンという拳銃。1984年から1986年までのわずか2年間しか販売されず、生産数も1,500丁ほどしかない、謂わばマニア垂涎の超貴重なものだからだ。

 実戦で使うためのものではなく、コレクションのために保管してあるもの。

 謂わば人質ならぬ物質を取られたようなもの。


 しかし、凛華はそんな事など露知らず、なんの躊躇いもなく輝夜に銃口を向ける。そして勝ちを確信し、引金を引く。

 しかし発射された弾丸は輝夜には当たらない。


「ウソ……」

 

 凛華が引金を引く瞬間に輝夜は上体を逸らして、射線上から体を退かしたからだ。

 思考加速により反射神経が十倍以上になっている凛華でさえ、至近距離からの発砲は完全に避ける事はできなかったというのに、輝夜はさも当然かのように避けて見せる。


「くっ」

 

 ほとんどゼロ距離で撃ったにも関わらず、避けられると思っていなかった凛華は、驚きのあまり一瞬だけ戸惑うも、立て続けに撃ち続ける。輝夜はその全てをさも当然のように回避するが、その表情はどんどんと青ざめていく。

 ブレンテンは発射の衝撃で、フレームがひび割れる事があるくらいにフレームの強度が脆いと言われている。

 アイテムボックスに入れておけば、入れた時の状態のまま保存されるが、銃自体は何十年以上も前に生産されたものであり、輝夜の手元に来るまでに経年劣化は進んでいる。

 つまり、いつフレームにヒビが入ってもおかしくない。

 そしてパキン……と、小さな音が鳴る。

 全弾撃ち尽くしたタイミングで銃のフレームに小さな亀裂が入ったのだ。


「あっ……」


 それを見た輝夜の脳内に走馬灯が駆け巡る。

 手に入れるために苦労をした日々、手に入れた日の喜び、枕元に置いて寝たりもした。その思い出が崩れていく。


「ちっ」


 凛華は引金を引いても何の反応もしなくなった銃を無造作に放り投げる。そして撃つ手がなくなり、ヤケクソ気味にナイフを振り上げる。

 その瞬間、雪が巻き上がる勢いで地面を踏み込み、一気に加速した輝夜は、放り投げられた拳銃が地面に落ちる前に受け止める。


「あぁ……ヒビ入ってる……せっかく超美麗品を手に入れたのに……」


 ブレンテンをそっと持ち上げ、フレームに入っているヒビを確認した輝夜は、その場に崩れ落ち、深く項垂れる。


「……は?」


 凛華は理解できないといった表情で輝夜の方を振り返る。

 一瞬で輝夜を完全に見失っていた。スペックの差は殆どない筈なのに、輝夜の動きを目で追えなかった。


「(なんですか今の速さ……いや、動き……今まで手を抜いていたとでも? いや、そんなあり得ないでしょ)」


 手を抜いて戦っていたとは思えない。凛華は常に全力で攻めていた。スペックで僅かに優っている以上、輝夜にだって余力があるはずがないのだ。そもそも、自分が死ぬかもしれない状況で手を抜いて戦うバカなんて居るわけがないと、凛華は自分に言い聞かせる。

 

「(落ち着け、相手は隙だらけ、今なら確実にやれる。けど魔力が足りるか? 近接で……いや時間がない。一か八かここで!)」


 動揺と焦り。そして予期せず訪れた最大級のチャンスを前に、凛華は残り僅かな魔力を振り絞り、使わずにいたスキルで輝夜を仕留めにかかる。

 が、しかし。


「ハンドバー……っ」

 

 スキルを発動させようとした瞬間、酷い倦怠感に襲われ、足の力が抜けて膝から崩れ落ちる。上から押さえつけられているかのように全身が重たく、指一本と動かす気力が湧いてこない。


「魔力切れだよ。ブーストに加えて他にいくつも強化系のスキルを併用してた。補給もなしに保つわけがない」


 輝夜はブレンテンをそっとアイテムボックスに戻し、予備のナイフを取り出しながら凛華の方を振り向く。

 凛華の倦怠感は、全ての魔力を使い果たした事による魔力切れ。魔力が少なければ、それだけ魔力管理はシビアになる。


「魔力少なすぎでしょ……」


 凛華は冷や汗をかきながらそう呟く。

 体を動かそうにも指一本と動かせない。ただ地面に這いつくばる以外に何もできない。

 力を込める事さえできず、負けを悟った凛華は諦めて深く息を吐く。


「いや、平均よりは少し多いよ……多分……他の人の知らないけどさ……けどナディがそう言ってたからね……」


 痛いところを突かれたのか、輝夜は目を逸らしながらもにょもにょと言う。


「……まぁ、そんな事はどうでもいいんだ。そんな事よりも僕のコレクションを台無しにした穴埋めはしてもらわないと」

「……煮るなり焼くなり好きにしてください」


 輝夜の力を手に入れるために、命懸けの勝負に出て盛り上がっていたところに冷や水をかけられた気分だ。

 凛華は元の姿に変身して、四肢を投げ出してそう言う。


「輝夜さんの推察通り、輝夜さんに変身した状態で輝夜さんが死ななければスキルを奪えません。ですが、もう輝夜さんに変身した状態では戦えない。私の負けです」

「他の姿にはなれるんなら、そのまま逃げれば?」


 他の者に変身すれば、魔力切れで動けなくなるわけではない。ならば、そのまま逃げれば良いのに何故それをしないのかと輝夜は尋ねる。

 

「私が変身できる中で一番強いのがグレゴリオですが、それでは逃げ切れない。それに殺そうとして負けたんですから、自分が殺される事くらい受け入れますよ」

「変なところで覚悟決まってんのね」


 死生観が戦国時代なんよ……と輝夜は心の中で呟く。


「ちなみに、元気になったらまた僕を殺しにくる?」

「もう狙いませんよ。輝夜さんの魔力量ではこれ以上の強化ができませんから」


 輝夜の魔力量ではこれ以上スキルで強くなる事はできない。

 仮に身体強化系のスキルをかき集め、輝夜以外の姿でも近接戦で輝夜を圧倒できるようになるくらいでなければ倒せない。だが、それができるならば、わざわざ危険を犯してまでブーストを手に入れる必要がない。輝夜を狙うだけ損をする。

 

「潔いんだね。ま、とりあえず安心してよ。凛華さんには多少なりとも情が湧いてるから、殺したりはしないよ……あ、ちなみに凛華さんって百足旅団とかだったりする?」

「違いますよ。殺しの証拠とか残さないですし、指名手配とかされるわけないでしょう。容疑すらかかってませんよ」


 凛華はターゲットに変身し、本人を殺してしばらくの間、殺した本人として過ごす。つまり、死んだと気づかれない。その後、ダンジョンに潜って行方をくらませれば、ダンジョン内での死亡事故として扱われるため、凛華に足がつくことはない。


「そっか、よかったぁ。じゃあ僕が黙っていればバレないね」

「……なにを企んでるんです?」


 てっきりこのまま殺されるか、もしくは警察に突き出されるかのどちらかだろうと思っていた凛華は、輝夜の安堵したような表情を見て眉を顰める。

 

「取引しようよ」

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― 新着の感想 ―
旅団が釣れたと思ったらまさかの別件w そして思ったよりヤベー奴っぽいですね。
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