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ダンジョン配信6

「冥府の番人? ケルベロスじゃないのに?」

「重要なのはそこじゃない。アレは面倒だぞ契約者」


 アリアは心底嫌そうな表情でそう言う。

 アリアがそこまで毛嫌いするのは珍しいなと思いながら、輝夜は天に届くほど巨大な大蛇を見上げる。

 

「なら、アリアは凛華さんとドワーフを連れてダンジョンの外に。あと、ドローンも持ってって」


 輝夜はナディの魔法で透明になっているドローンを指差してそう言う。

 アリアが忠告するほどの相手だ。おそらく、ブースト以外のスキルや、ナディの奥の手も使わなければならないだろうと思っての指示だ。

 ブースト以外のスキルを大っぴらに見せびらかすつもりはない。ナディの奥の手は特にだ。配信を止めなければ、それが全世界に公開されてしまう。

 コメントは見えないが、今頃は阿鼻叫喚だろう。配信を止めれば、夕香あたりに後で文句を言われるかもしれないが、戦闘中に気が散るよりは、後で小言を言われる方がマシである。


「……アレの吐息にだけは触れるな」


 アリアは少し迷う素振りを見せるも、足手纏いを撤収させた方が戦闘に集中できると思い、凛華達を連れてその場を離れる。


「しっかし、まさか薮を突いたら本当に蛇が出てくるとは……まぁ、おかげで分かりやすくはなったけどさ」

 

 悪い事ばかりではない。警戒していた援軍の心配はなくなった。凛華とドワーフはアリアが連れて離脱した事で、概ね目的は達成。

 あとはボスを倒して悠々とダンジョンから出るだけで良い。

 余計な事を考える必要がなくなったおかげで、何も考えず目の前の戦いに集中できる。


「ブーストスクエア」


 スクエアで身体強化をした輝夜は、銃をホルスターに納め、ナイフをしっかりと握る。

 深く深呼吸をした後に、何度かその場で軽くジャンプをしながら大蛇を見上げる。

 いつの間にか、三頭の喉がボコボコと音を立てながら大きく膨れ上がり、口から黒い影のようなものが溢れている。

 そして次の瞬間、三頭の口から一斉に黒い影が炎のようにうねりを上げながら一斉に放たれる。

 炎が燃え広がるかのように、影は一瞬で大地を覆い尽くす。地面一体が漆黒に染まる。

 影に触れたものは全て、強酸に触れたかのように溶け、漆黒へと沈んでいく。

 底のない暗闇に引き摺り込まれていくかのような様から、冥府の番人という異名が付けられたのだとわかる。


「クハハハハハハハ! これが神の力!」


 その光景を見たアイスエルフの王は、自身の手にした圧倒的な力を前に高らかに笑う。

 あれだけ実力に差のあった相手すらも、一瞬にして影に飲まれた。もはや自分に適う者など居ないのだと思った。このままダンジョンの外の世界を手中に収め、世界の支配者となる。

 アイスエルフの王は、高揚感を抱きながら悦に浸る。


「確かに凄いとは思うけど」

「な!?」

 

 アイスエルフの王の視界が手のひらで覆われる。

 突如として現れた輝夜が、三頭蛇の額から生えている王の顔を掴み、反動を利用して背後を取る。


「相手を見失うのはダメじゃない?」

 

 ナイフを首に当てがい、一気に切り裂く。さらに背中から突き刺して刃を捻る。それと同時にナイフから手を離し、全身の力を抜いて、倒れる様に蛇の背中から飛び降りる。


「バンダースナッチ」


 輝夜の手首から細く白い鎖に繋がれた鉤爪が伸び、三頭蛇の鱗に引っかかる。

 輝夜のスキルの一つであるバンダースナッチ。手首から無数の鉤爪がついた白いワイヤーを飛ばすスキル。

 洞窟では狭すぎて、平地では鉤爪を引っ掛ける場所がなく、森林では木を足場にして飛び回った方が速く、移動目的では殆ど使う事がないが、今のような状況では非常に便利である。

 輝夜は鎖を巧みに操り、遠心力を利用して、大きな半円を描くようにして移動する。


「小癪な……だがそんなもの効かぬ!」


 輝夜に斬られたはずの首は一瞬で再生し、何事もなかったかのように無数の氷塊を生成して全方位に放つ。

 しかし、それは輝夜には当たらない。


「……?」

 

 一体どこに消えたのだと王が考える間もなく、後頭部に強い衝撃が走る。

 スキルを使って死角に回った輝夜に蹴られたのだ。

 ブーストで強化された膂力に加えて遠心力が上乗せされた蹴りは、高速で走るトラックに追突される何倍もの破壊力を生み出す。

 三頭蛇と繋がっているため、その衝撃を逃す事なく全て受けた王の表情が苦痛に歪む。


「ぐぅ……おぉ……」


 王は呻き声を上げながらも、歯を食いしばって耐える。

 後ろを振り返ると、すでに輝夜の姿はない。


「この……化け物がっ!」

 

 三頭蛇の左右の頭が上を向く。ゴボゴボと音を立てて膨れ上がる喉。

 黒い影を上に向かって吐き、自分の周りを影で覆ってしまえば、いくら化け物のように強かろうとも近づく事すら出来ないと王は考えた。

 大蛇が大きな口を開け、先ほどの黒い影を吐こうとした。

 その瞬間、左の首の鼻先に輝夜が現れ、両手に抱えた手榴弾をばら撒く。

 鼻先を蹴って真ん中の首に飛び移ると同時に、バンダースナッチでばら撒いた手榴弾の半分ほどを鉤爪にひっかけ、鞭の要領で右の首に巻きつける。


「貴様ッ!」

「即席チェーンマイン」


 王が輝夜に攻撃するよりも先に、鼓膜が裂けるかと思いような轟音と共に、左右の首が爆散する。アイスエルフの王は爆発の衝撃波に体が煽られそうになり、両腕で顔を覆い体勢を整える。

 左右の首は血と肉片を撒き散らせ、頭を失った首が力なく垂れ下がり、黒いモヤを垂れ流す。


「……は?」


 爆発の衝撃波によって乱れた髪を直すこともできず、何が起こったのか理解できずその場で固まる王。


「厄介って聞いたから、火力で押し切らせてもらったよ」


 手のひらいっぱいにある手榴弾のピンを、無造作に投げ捨て、ゆっくりと王に近づいて行く輝夜。


「おかげで手榴弾三十個も使っちゃったよ。もうすっからかん」


 後ずさるように腰が引ける王。しかし、三頭蛇と融合しているためその場から動くことが出来ず、焦りと恐怖で顔が歪む。


「これ、便利なスキルでしょ。本来は移動だったり捕縛用で、スキル自体には大した攻撃力はないんだけどね」


 バンダースナッチを振り回しながらゆっくりと近づいていく輝夜。

 

「ば……化け物め……」


 王の目には、輝夜が暴力の化身であるかのように映る。

 ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべる表情すら、恐ろしく思えてしまう。


「化け物? それは君の方でしょ? この程度の力欲しさにたくさんの同族を犠牲にしちゃってさ……いやまぁ、確かにスペックはすごいけどさ」


 バンダースナッチをアイスエルフの王に巻きつけて動きを封じた輝夜は、銃を手に取り、撃鉄を起こす。


「この化け物が!」


 動けない状態でありながらも、大小様々な氷柱を無数に輝夜に向けて放つ。

 雨のように降りそそぐ氷柱の合間を縫うようにして、ゆっくりと近づいていく輝夜。


「使い方が下手っていうか、絶望的なまでに戦い方が下手っていうか。なんでそのスペックでそんなに弱いのかわかんないレベルだよ」


 後一歩踏み込めば手が届く所まで近づいた輝夜は、スクエアで銃を強化し、一切の躊躇なく引き金を引く。轟音と共に発射された弾丸は、王の胸を貫き、胸に大きな風穴を開ける。

 胸から上は繋がっているものの、皮と肉だけで辛うじて持ち堪えているだけ。そんな状態であるにも関わらず、アイスエルフの王は震える腕を前に突き出し、ゆっくりと氷の礫を生成していく。


「本当、化け物はどっちだって話だよ。ねぇ、ナディ?」

『ウィンドカッター』


 輝夜の右肩に足を組んで座っているナディが風の刃を放ち、辛うじて繋がっていた胸から上を切断する。

  支えが無くなった王の体は重力に従って大蛇の鱗の上に落ちる。

 

『神風斬首』


 ナディがポツリと呟くと、少しの静寂の後、大蛇の首がずれ、胴から離れた頭が地面へと落ちる。細い糸で切断されたかの様な綺麗な切り口から血が噴水のように吹き出す。


「おー、すっげー」


 輝夜は大蛇の上から飛び降りながら、楽しげに笑う。

 全ての頭を失った大蛇はゆっくりと地面に倒れ込む。

 大蛇の体から滑り落ち、無様に地面へと転げ落ちるアイスエルフの王。

 王は胸から上だけになったにも関わらず生きており、ぴくりとも動かない大蛇を唖然とした顔で見つめる。


「そんな状態でまだ生きてるなんて」


 輝夜はその驚異的な生命力を見て、嫌悪感から顔を歪める。


『けど、もうあまり長くはないわよ』


 ナディが言った通り、生きてはいるものの、徐々に動きが弱々しくなっていく。


「みたいだね……」


 輝夜は少しの間、弱っていくアイスエルフの王を眺めながら、ポーションを飲んで魔力を回復させる。

 その後、ゆっくりと銃口をアイスエルフの王に向ける。

 

『最後まで見ないの?』

「そんな悪趣味じゃないよ」


 輝夜がそう言って銃の引き金に指をかけようとした時、風を切る音と共に、何者かが輝夜に襲いかかる。


「生きてるやつが居たのか」


 視界の端に映る青い肌。輝夜は襲撃者に目を向けることもせず、手に持ったナイフで攻撃を捌く。


「強いな。だから生きて……」


 襲撃者の方に目を向けた輝夜は言葉を失う。そこに居たのが自分自身だったからだ。

 攻撃してきたのは確かにアイスエルフだった。しかし、目の前に居るのは自分自身。輝夜はその正体に心当たりがあった。


「……もしかして、凛華さん?」


 

前回の投稿からもう半年近く経ってたなんて

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