ダンジョン配信(5)
◇◆◇◆
「ドワーフ、なんか強くない?」
アイスエルフを相手に、片っ端から制圧していくドワーフを見ながら輝夜は呟く。
アイスエルフもグレゴリオやその部下程は強くないにしろ、街の警備を任された正規の兵士の筈だが、近接戦ではドワーフ達にまるで歯が立たない。
『腕っぷしで言えば、ドワーフがそこいらのエルフに負ける筈ないわ。エルフが得意なのは魔法だもの。ただ、街中で女子供が居るから魔法が使えないだけよ』
「じゃあ避難が終わった今なら」
『状況は一気に傾くわね』
周囲に民間人が居なくなったことで、アイスエルフが魔法を使い始める。
「おのれ、魔法なんぞ使いよって!」
「男なら拳で戦わんか!」
破竹の勢いで進んでいたドワーフ達の足が止まり、さらに足が止まった事で集中砲火で狙い撃ちにされる。
耐久力のドワーフといえど、それにはたまらず、一箇所に集まり防御を固める。
「おお、見事なまでの形勢逆転。これも即落ち二コマに含まれる?」
軽々と魔法の雨を避けながらケラケラと笑う輝夜。
『言ってる場合? どうすんのよ』
そうこうしている間にも次々とアイスエルフが集まり、魔法の砲撃へと加わっていき、あっという間に四方を包囲されてしまう。
「こうする」
輝夜は銃を手に取ると、包囲網の一角に向けて全弾発射する。六発の弾丸で八人のアイスエルフが倒れ、包囲網に穴が空く。
「ほら君達! 一気に切り抜けるよ!」
輝夜は大声でドワーフにそう言うと、包囲網に空いた穴に向かって突っ込んでいき、周囲のアイスエルフを蹴飛ばして穴を広げる。
輝夜を抑えなければ包囲網を破られる。しかし輝夜を狙えば味方に当たる。アイスエルフ達の中に迷いが生じ、それによりドワーフへの攻撃の手が緩む。
「ムッ! お前ら! 今はあの女に続けぇ!」
その一瞬の隙に、ドワーフ達が固まったまま一斉に輝夜の空けた穴に向かって突っ込んでいく。行きがけの駄賃とばかりにアイスエルフにラリアットを喰らわせ、一気に包囲網から脱出する。
「ナディ、アイテムボックス」
ドワーフ達が包囲網を抜けたのを確認した輝夜は、追いかけようとするアイスエルフ達を倒していきながら、アイテムボックスから手榴弾を一つと、発煙弾を二つ取り出す。発煙弾のピンを口で抜き、足元に転がす。
白煙が勢いよく吹き出し、瞬く間に周囲を覆い尽くす。
アイスエルフが怯んだ隙に白煙から飛び出し、ブーストで強化された手榴弾を白煙の中に放り込むと、踵を返してドワーフの後を追いかける。
「ねぇねぇ、君ら何処に向かってるの?」
後方で爆発音とアイスエルフの悲鳴を聞きながら、ドワーフに話しかける。
「決まっとる! コイツらのボスのところじゃ!」
「ボスを人質にするんじゃ!」
ボスを人質に取ればアイスエルフも手出しはできない。そうすれば安全に外まで脱出できるとドワーフ達は考えていた。
「あ、意外と考えてたんだ」
何も考えず、ただ単に暴れているだけかと思っていた輝夜だったが、ちゃんと考えがある事に驚く。
「意外とってなんじゃ! いちいち勘に触る女じゃな!」
「ワシらはいつだって冷静沈着じゃろうが!」
「どの口が……まぁいいや。っていうか、ボスの居場所なんて知ってるの?」
「そんなもん、一番立派な建物に決まっとろう!」
輝夜の質問に即答するドワーフ。
「それは違いないけど……」
周囲を見回す輝夜だったが、どれも同じような建物ばかりで見分けがつかない。ただ闇雲に走り回っていては効率が悪い。それにいつまたアイスエルフに囲まれるかもわからない。
「パッと見じゃわかんなくない?」
「安心せい! アイスエルフ共が寄って来よった。正しい方向に進んどる証拠じゃ!」
正面から向かってくるアイスエルフ達を見ながらそう言うドワーフ。
「ゲームじゃないんだからさ」
『アンタ、前に全く同じセリフを自分で言ってたわよ』
「……うぐっ」
ナディに痛いところを突かれ、何も言い返せない輝夜は気まずそうに目を背ける。
「今度はさっきみたいにはいかんぞ」
魔法を撃たれる前に、近くの石を拾い全力で投げつける。
その投石は一人のアイスエルフの頬を掠める。頬に一筋の赤い線が刻まれ、じわりと血が滲む。
ドワーフの並外れた膂力から放たれる投石は、そこらの魔法よりも遥かに威力があり、アイスエルフは面を喰らったような表情で腰を抜かし、その場にへたり込む。
「ちっ、外れたか」
ドワーフ達は小さく舌打ちをすると、今度は当てると言わんばかりに近くの石に手を伸ばす。
アイスエルフ達はドワーフの投石を警戒して散開する。的を小さくして当たる確率を減らそうとしているのだろうが、それは悪手である。
集団で囲み、雨のように魔法を撃つならともかく、遮蔽物にコソコソと隠れながらチマチマと魔法を撃ったところで、ドワーフからすれば子供が石を投げてくる程度にしか感じない。
「うおりゃあああ!」
大槌を片手に、隠れているアイスエルフ達に向かって突っ込んで行き、大槌で遮蔽物を破壊してアイスエルフを引き摺り出すと、地面に押し倒してそのまま大槌で殴りつける。
鉄でも撃ったかのような音が周囲に響きわたる。首から上が地面に埋まり、小刻みに痙攣するアイスエルフ。
そんな光景を見たアイスエルフ達は、次は自分がああなるのではないかと恐怖し、ジリジリと後退りする。
「なんじゃ、腰抜け共め」
および腰で様子を伺うアイスエルフを鼻で笑い、悠々と彼等の間を抜けていくドワーフ達。
「グレゴリオと一緒にいた奴らはともかくとして、さっきのアイスエルフ達と比べても強さも練度もメンタルも、まるでなってない」
『新兵ってとこかしら。アンタがあしらったのが街の警備を担当してる部隊だとして、コイツらはその予備兵みたいなものじゃない?』
予備部隊どころか、まだ訓練も終わっていないヒヨッコ程度。ほとんど一般人と変わらない。
「となると、また別に本隊がいるわけだ。さっきの連中も追いかけてきてるだろうし……先に凛華さんと合流した方がいいね。ナディ案内して」
凛華が何か情報を掴んでいるかもしれないと思った輝夜は、ドワーフの前に飛び出してナディにそう言う。
『人質作戦に乗っかるわけ?』
「それが一番手っ取り早そうだからね」
『そう上手く行くかしらね』
ナディは肩を竦めると、凛華の魔力を探知し、彼女が居る方向へと飛んでいく。
「君たち、心当たりがあるから着いて来て」
輝夜はドワーフに声をかけると、飛んでいったナディの後を追う。
ドワーフ達は一瞬どうするか迷ったが、輝夜に着いて行くのも、闇雲に走り回るのも大した違いはないと思い、黙って輝夜を追いかける。
しばらく走っていると、周りと比べて一回り大きい建物が見えてくる。
『あの中よ』
ナディはその建物を指差してそう言う。
中から強い気配を感じる。おそらくドワーフ達が言っていたアイスエルフのボスが居る建物で間違いなさそうだ輝夜は思った。
そして良くか悪くか凛華も一緒に居る。
このまま突入して良いものか、凛華が何か策を弄しているならば、その邪魔にならないかと逡巡し、その建物に踏み込む事を躊躇う。
しかし、後ろに続くドワーフ達がそんな事を気にするはずもない。
「あれじゃああああ!」
「行くぞお前らああああ!」
目当てを見つけたとばかりに興奮気味に建物の扉を蹴破って中に突入するドワーフ達。
「君ら猪突猛進すぎない?」
輝夜はドワーフ達の考えなしな突撃に呆れながらも、仕方なく彼らの後へ続いて中に入る。
中には部屋の中央に置かれた椅子に腰掛け、ドワーフと輝夜達を見ている老齢のアイスエルフと、その前に跪いたまま、絶望したような表情で輝夜を見るグレゴリオ扮した凛華が居た。
「……はぁ、仕方ない」
凛華は嫌そうな顔をしながらも、腰に下げている短剣を抜いて輝夜に襲いかかる。
「お?」
輝夜はナイフを抜いて凛華の短剣を受け止める。短剣が纏う冷気により、徐々にナイフが凍りついていく。
「このまま聞いてください。地下に八千人の兵士が居ます。それから、さらに地中深くに、アイスエルフが神と恐る化け物が封印されているみたいです」
凛華は短剣を押し込む振りをしながら輝夜に顔を近づけ、小声で必要最低限の情報だけを伝える。
「そりゃごめん、タイミングが悪かったね」
輝夜はナイフを引きながら後ろに大きく飛び、刀身の半分ほどを覆う氷を素手で握って砕く。
「こっちの情報も伝えるよ」
輝夜はそう言うと一瞬で凛華の目の前まで距離を詰めると、凛華の短剣をもつ手を掴み、空いている手に自分の腕を掴ませて膠着状態を演じながら小声で会話を続ける。
「ドワーフをダンジョンの外に連れ出したいけど、敵が多い。だからアイスエルフの王を人質にして安全に逃げ出すつもりなんだけど」
「けどアレ、多分グレゴリオって人より強いと思うんですけど。絶対バケモノです」
輝夜は鎮座したまま、ドワーフや自分に冷ややかな視線を向ける王を一瞥する。
人質にするぞと意気込んで突入しらドワーフ達も、アイスエルフの王が放つ威圧感を前に、一箇所に固まったまま迂闊に動けないでいる。
「……そうかな?」
しかし、輝夜はアイスエルフの王からは脅威を感じない。戦えば確実に勝てると確信できる。
「それより、このまま私を人質にして逃げるのはどうですか?」
「それでもいいけど、多分ドワーフにボコボコにされるよ?」
ドワーフの脳筋具合を考えれば、骨の一本や二本では済まない。それこそ、辛うじて生きている程度にまで痛めつけられるだろう。
それを聞いた凛華は、今に後ろから襲われやしないかと不安になり、引き攣った顔でドワーフを一瞥する。
幸い、彼らはアイスエルフの王にしか興味がないのか、ただ単に余所見をしている余裕がないにか、凛華の方は見向きもしていない。
「それに、僕としても諸共殺しに来られても困るから、向こうが確実に手を出してこれないのを人質にしたいかな。大丈夫、考えはあるから」
「……それ、多分ろくでもないからやめた方が」
輝夜は凛華から距離を取ると、アイスエルフの王にも聞き取れる声量で言う。
「演技は終わりでいい。王を人質にして逃げるよグレゴリオ!」
輝夜の言葉を聞いたアイスエルフの王が一瞬だけ逡巡する。
グレゴリオが裏切っている可能性、外の世界の少女が口から出まかせを言っている可能性。様々な考えが一瞬で脳裏を過ぎる。
一秒にも満たない、ほんの僅かな隙。
「ブースト」
輝夜はその僅かな隙の間に拳銃を抜いてブーストで強化すると、王へ向けて発砲する。
弾丸は王の左肩を貫き、鮮血が噴き出る。
「おぉ」
「加減しすぎたか」
感嘆の声を上げる凛華とは裏腹に、輝夜は眉を顰めてそう呟く。
「……人質にするならあれくらいで十分では?」
「あれくらいは軽傷だよ。というか、そんな馴れ馴れしく話しかけて平気?」
「え? なんでですか?」
アイスエルフの王を前にして、敵である筈の輝夜と仲良さげにしていれば当然、怒りの矛先は真っ先に凛華へと向かう。
「……貴様、裏切りよったな」
アイスエルフの王は肩の傷口を氷で覆って止血すると、手を上に伸ばす。
空中に無数の氷柱が形成され、一斉に凛華へと襲いかかる。
「ーーっ!」
声にならない悲鳴をあげながら一目散に逃げ出した凛華は、スキルによる変装を解き、輝夜の後ろへと飛び込む。
「こうなるからね。けど、ドワーフにぶん殴られなくてよかったんじゃない?」
輝夜はブーストで身体強化をし、飛んできた氷塊を殴って砕きながらそう言う。
「そうか、裏切ったわけではなくスパイだったか。見事な変装……いや、変身だ」
アイスエルフの王はそう言いながらゆっくりと椅子から立ち上がる。
「何をごちゃごちゃごちゃ話とるんじゃ。黙って人質になれ」
王の意識が凛華と輝夜に向いた隙を突いて、ドワーフ達が王を捕まえようと一斉に襲いかかる。
「あ! コラ!」
輝夜が止めようとするも、時すでに遅し。
王が冷気を纏ったかと思った矢先、足元から氷が伸び、一瞬にしてドワーフを氷で覆う。
「なんじゃこの氷は」
「ダメじゃ、硬すぎて砕けん」
氷捉えられたドワーフ達は必死に脱出しようと試みるも、鉱物の様に硬い氷をどうすることもできず、氷に覆われていない部位をジタバタさせる。
「あーもー、言わんこっちゃない……まぁ別にいいけどさ」
人質をとるつもりが、逆にドワーフを人質取られてしまった形である。
だが、輝夜はドワーフを助けようとする素振りを見せず、むしろ戦いの邪魔をされなくてラッキーとすら思っていた。
「……貴様だな。グレゴリオを殺ったのは」
王は輝夜に冷たい眼差しを向け、威圧するような声色で問いかける。
「殺してないよ。ボロボロではあるけど……あ、いやでも、放置してるから危ないかな?」
輝夜は飄々とした態度でそう返す。
「ならば、貴様を殺し、早急に助けるまでだ」
「残念ながら居場所は僕しか知らないよ。僕を殺しちゃったら居場所もわからないけど、いーのかなー?」
輝夜はニヤニヤと笑みを浮かべてアイスエルフの王を嘲笑う。
「場所を吐かねばこのドワーフ共を全員殺す」
「なんでそれが通用すると思ってんのさ。今日会ったばかりだし、情とかあるわけないでしょ」
輝夜は鼻で笑い、肩を竦める。
アイスエルフの王はドワーフを殺せない事は知っている。
「それにさぁ、ドワーフが死んで困るのは君らでしょ? もう武器作らせられなくなるんだし」
輝夜の言葉に、アイスエルフの王は眉を微かに動かす。
兵の大半に武器が行き渡ったとはいえ、それでもまだ足りない。予備も含めてドワーフにはもっと多くの武器を作らせねばならない。
輝夜はアイスエルフの内状を知っている。
対してアイスエルフの王は輝夜達の事を知らない。
わかっているのは、自分の家臣に扮した密偵が敵を誘き入れ、ドワーフを煽って反乱を起こさせたという事実のみ。
情報で輝夜達には大きなアドバンテージがある。
それだけのお膳立てがあれば、輝夜の頭でも駆け引きを制するのは難しくない。
「へぇ、そんなにドワーフが大事なんだ」
輝夜はニヤリと笑みを浮かべると氷で動けないドワーフに銃口を向ける。
その瞬間、アイスエルフの王は苦虫を噛み潰したような顔で指を鳴らし、ドワーフを囲うように氷の壁を作る。
その様子を見た輝夜は、口元を大きく歪ませ、人を馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「舐めた真似を」
輝夜に軽くあしらわれ、余程頭に来たのか怒りを露わにしたアイスエルフの王は無数の氷塊を作り出すと、輝夜に向かって一斉に放つ。
「夏場は重宝しそうだね。夏とかないだろうけど」
無数に向かってくる氷塊。輝夜は軽やかな足取りで飛んでくる氷塊の合間をすり抜けながら王へと近づいていく。
「ブースト」
ブーストで身体強化をし、一挙に距離を詰める。
王は迎え撃つかの様に手を振り上げる。足元から鋭い氷柱が輝夜目掛けて伸びる。
氷が肌に触れる寸前で一瞬だけ止まった輝夜は、僅かな重心移動だけで氷柱を掻い潜り、速度を落とさず王の眼前まで迫る。
軽く飛び上がると同時に、瞬きする間もない速さで大腿、横腹、側頭部に蹴りを入れる。
全身を身の丈ほどの大木で殴られたかのような衝撃に、王はバランスを崩してよろめく。
輝夜は着地と同時に体を深く沈め、地面に手をついて足を折り畳み、勢いと反動を利用して王の顎を蹴り上げる。
アイスエルフの王の体が大きく仰け反り、足が宙に浮く。顎から脳天にかけて衝撃が電流の様に駆け抜け、視界が真っ白に染まる。
『パンツ見えるわよ』
「いやーんえっちー」
ナディの軽口に、感情のこもってない棒読みで返しながら、距離を詰めて足を開いて腰を落とす。そして小さく息を吐いて拳に魔力を纏わせる。
右足を捻って腰を回転させ、その力を胸、肩と伝え、拳を放つ。
ブーストにより強化された肉体と、魔力を纏わせて衝撃を増加させた渾身のストレートは、アイスエルフの王の腹に深く突き刺さり、勢いよく吹っ飛ばす。
氷で覆われた壁に当たり、ドワーフの膂力ですらびくともしなかった氷に亀裂が入る。
「近接戦はからっきしだったな」
白目を剥き、壁に体を預ける様にして地面に倒れるアイスエルフの王の姿を見て呟く。
「なんじゃ、つ、強いな」
輝夜の戦いを見ていたドワーフ達は、あまりの強さにドン引きしながら輝夜に話しかける。
「まーね」
輝夜は適当に返事をしながら、ドワーフ達を助ける為に氷を割ろうと拳を軽く握る。その瞬間、彼女の背後で巨大な魔力が溢れる。
「んー?」
ふと後ろを振り向くと、アイスエルフの王が立ち上がり、冷たい眼差しを輝夜に向けていた。
激しく殴打して気絶させたにも関わらず、怪我もなく、むしろ戦う前よりも元気になっている様に見える。
「心なしか、ちょっと若返ってない?」
『エルフの霊薬……奥歯か何処かに仕込んでたんでしょうね』
「エルフの霊薬? なにそれ、エリクサーみたいなやつ?」
『みたいなというか、上位互換ね。わかりやすく言えば、HPMP全回復の上、全ステータスにバフがかかる感じ。若返りは気のせいね。ただ力が溢れてそう見えるだけ』
「なるほど、どおりで。さっきと比べて魔力量が跳ね上がってるわけだ」
輝夜はそう言うと、再びアイスエルフの王へと突っ込んで行く。
王は先ほどの様に迎え撃つ素振りを見せず、ニヤリと笑みを浮かべて棒立ちのまま動かない。
「お、なんか余裕ぶっこいてんな?」
輝夜は容赦なくアイスエルフの王の顔に蹴りを放つ。しかし、輝夜の蹴りは王に当たる事はなく、片手で容易く足を掴まれる。
掴まれた足を軸にして体を回転させ、もう片方の足でもう一度蹴りを放つ。王は上体を反らして輝夜の蹴りを避けると、片手で輝夜を放り投げる。さらに無数の氷塊を放って追撃する。
「反応速度とパワーが桁違いに上がってる」
輝夜は壁に着地し、衝撃を膝で逃しながら、ナイフを壁に突き立てて滑り落ちながら銃を抜く。スクエアの効果を銃に移して氷塊を撃ち落とす。六発で全ての氷塊を砕き、ナイフを口に咥えて素早くリロードをするとアイスエルフ王に狙いを定めて引金を三度引き、続けて明後日の方向に三発の弾丸を放つ。
明後日の方向に撃った弾丸は、ナディが風で軌道を変え、曲線を描く様にして王へと飛んでいく。
足元から生えた分厚い氷がアイスエルフの王を覆い、全方位から攻撃を遮断する。弾丸は氷の半分程までめり込んだものの、貫通するまではいかず、氷に空いた穴から滑り落ちて床に転がる。
「あいえうふぉっふふ」
輝夜はナイフを口に咥えたままナディにアイテムボックスを開かせると、中からカスタムの施されたアサルトライフルを取り出す。HK417。全長約一メートル、重量にして六キログラムを越えるライフルを、輝夜は片手で軽々と持ち上げる。
「ブーストスクエア」
ナイフをしまい、ライフルにスキルをかけると、駆け出すと同時に銃口を氷の中に引きこもった王に向けて引金を引く。
スキルによって強化された7.62mmNATO弾のフルオート射撃は、分厚い氷を障子紙のように容易く貫き、瞬く間に氷を削りとっていく。
「……居ない?」
氷のドームを破壊したものの、中に王の姿は無かった。
輝夜が立ち止まった瞬間、彼女の足元から腕が伸びる。反射的にその場から飛び退きながら、その腕を撃つ。しかしそれは氷で形造られただけの腕だった。
「氷の中を自在に移動できるのかな……?」
着地した先の氷が尖っており、輝夜の足を突き刺す。
ブーストで強化していない肉体は容易く貫かれ、床に血が広がる。
「いたっ……!」
痛みに顔を歪めるも、すぐに足を引いてナディに治療をさせる。
その隙を狙って、アイスエルフの王は天井に張ってある氷の中から飛び出す。その勢いのまま、氷の剣を両手に持ち、的確に輝夜の首と胴を狙って斬り払う。
「パワーは上がっても、近接戦のセンスまでは上がらなかったみたいだね」
輝夜は銃を杖代わりにして、片足だけで踏ん張りを効かせて、上体を地面すれすれまで仰け反らせ、王の攻撃を避ける。
銃床を床に押し付ける様にして銃を安定させ、引金を引く。銃口から発射された無数の弾丸がアイスエルフの王体を貫くが、体からは一滴の血も流れない。
「これもダミーか。そりゃ本体が出てくるはずはないよね」
ガラガラと音を立てて崩れるアイスエルフの王。しかし、やはりそれも氷で作られた偽物。
本物は氷の中に潜んで様子を伺っているのだろう。
「あまり時間がないんだけど」
視界の端で背後の様子を一瞬だけ伺う輝夜。
氷に覆われて動けないドワーフ達と、追いかけてきたアイスエルフを一方的に嬲っているアリア。そしてその影に隠れている凛華。
警備兵はアリアが抑えているが、モタモタしているとアイスエルフの兵士が大軍で押し寄せてくるだろう。そうなれば、ドワーフを連れ出すのが一気に難しくなる。
「ナディ、もう一度アイテムボックス」
輝夜は再びアイテムボックスを開くと、中からミニガンを取り出す。背丈に似つかない重厚なそれを、難なく持ち上げた輝夜は躊躇う事なくトリガーに手をかける。
六本の銃身が回転を始め、けたたましい音と共に毎秒百発の弾丸が発射される。
高圧洗浄機で汚れを落とすかの様に、瞬く間に氷が砕けていく。氷だけではなく、床や柱、壁、建物もろとも破壊されていく。
「ナディ、あいつの正確な場所を探して。あれだけの魔力だ。隠れてても見つけれるでしょ?」
氷を破壊して燻り出すと同時に、ナディにアイスエルフの王の位置を探らせる。
『……アンタから見て十一時の方向』
ナディの言葉に、輝夜はミニガンの銃口をナディの言った通り方向に向ける。けたたましい音と共に視界を埋め尽くすほどの弾丸がばら撒かれる。
十数秒程で全ての弾丸を撃ち尽くした輝夜は、ミニガンを地面に置くと、ナイフに手を添えながらスクエアの効果を身体強化に回して、周囲を警戒しながらゆっくりと進む。
「あの弾幕で生きてたら奇跡だけど」
『ピンピンしてるみたいよ』
地面に転がっている氷の欠片から勢いよく飛び出してきたアイスエルフの王が、輝夜の背後から奇襲をしかける。
「ずっと隠れてれば良いのに」
輝夜はその場で体を勢いよく反転させ、その勢いを利用して回し蹴りを放つ。脛が王の横腹を捉え、骨が軋む音と共に王の体を軽々と弾き飛ばす。
王は地面に激しく体を打ちつけながらも受け身を取り、ゆっくりと立ち上がる。
ミニガンの一斉掃射が堪えていたのか、王の足取りは弱々しく、軽く小突くだけで倒れてしまいそうに見える。
「ぐっ……霊薬を使って……手も足も出ないとは……恐るべき外の世界の武器……」
「お喋りに付き合うつもりはないんだ。大人しくしてればこれ以上痛い目見る事はないよ」
「……この下に何があるかも知らずに、もう勝ったつもりでいるのか?」
「君らの神なんでしょ? それは今なんの脅しにも……」
「教えてやろう。神の解放に必要なのは、莫大な魔力と大量のアイスエルフの魂」
王の顔が大きく歪む。同時に彼から凄まじい魔力が溢れ、地面が大きく揺れる。
それを聞いた輝夜は凛華の言葉を思い出す。
地下にアイスエルフの本隊が居る。それもかなりの数。
そこで輝夜はアイスエルフの王が何をしようとしていたのか気づいた。
「地下に居るっていう兵は初めから封印を解除するために……って事?」
地面の揺れはどんどんと大きくなっていき、外で戦っているアイスエルフ達は初めての出来事に戸惑いの声をあげる。
ドワーフ達を覆っている氷に亀裂が入り、建物もろとも音を立てて崩れる。力任せに瓦礫を投げ飛ばしながら這い出てきたドワーフは、アイスエルフの王から放たれる威圧感と魔力に驚き、腰を抜かせて尻餅をつく。
「そうだ。そして神を私に宿すためだ……」
他の種族に邪魔されないために、ダンジョンタワーから切り離し、地上へ落ちてきた。そして適当な理由で兵士を募り生贄を集めた。大方そういう流れなのだろうと輝夜は思った。
地下では封印を解く生贄とされたアイスエルフ達が、断末魔をあげながら一人また一人と息絶えていく。同時に、彼らが装備しているドワーフ製の弓が少しずつ分解されるように魔力へと変換し、地面へと吸い込まれていく。
それを見た他のアイスエルフは恐怖し、一瞬にしてパニックが広がり我先にとその場から逃げ出そうとするが、まるで一人も逃すまいという意志でも働いているかのように、逃げ出そうとした者から断末魔あげて息絶えていき、あっという間に全ての兵士がその場に倒れる。
「足りない分の魔力は、魂で補うとしよう」
アリアが戦っているアイスエルフ達が、次々と悲鳴を上げて倒れていく。
「これは……まさか……」
その様子を見ていたアリアは、何か知っているのか驚いた表情を浮かべる。
「今、封印は解かれる。そして我が身に神が降臨せん」
「契約者! 今すぐそやつを殺しな!」
アリアの切羽詰まった声に反応した輝夜が銃口を王に向けて引金を引こうとした瞬間、王の体が紫の光に包まれる。そしてその光は周囲のものを飲み込みながら、みるみると大きくなっていく。
「部下想いの良い王様だと思ってたのに、株の急降下えぐすぎでしょ。リーマンショック並だよ」
『あんたよくリーマンショックなんて知ってたわね』
「最近、授業で習った」
『意外と真面目に勉強してんのね』
輝夜は迫ってくる光に触れない様に後ろに下がりながら、天にも届かんと巨大化する光を見上げる。
「間に合わなかったか」
「アリア、これが何か知ってるの?」
「ああ」
光が弾け、中から三又の首を持つ巨大な蛇が現れる。
真ん中の頭には、アイスエルフの王の上半身が結合されており、下卑た笑みを浮かべて輝夜を見下ろしていた。
「あれは、冥府の番人だ」
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