ダンジョン配信(4)
「入れ」
背中を押されて、洞窟の中に入れられる輝夜。あちらこちらが不自然に抉れていたり、破壊されたような跡が残っていたりと、歪な形をした洞窟内部。
その中央で、鍛治作業をしてる七人のドワーフ達。
ドワーフがいる場所は、輝夜の想像とは大きく異なっていた。
てっきり、牢屋に鎖で繋がれているものだとばかり思っていたが、ドワーフ達は自由気ままといった様子で鍛治に打ち込んでいた。
周囲を見回しても鉄格子はなく、ドワーフには枷の一つもない。
「……ん、なんじゃお主」
一人のドワーフが輝夜の存在に気付き、不思議そうに話しかけてくる。
「お主もアイスエルフに助けられた口か?」
「助けられた?」
「そうじゃよ。ワシらドワーフは寒さに弱い。より良い鉱石を求めて階層を下っている途中でで猛吹雪に遭い、仲間とはぐれ、もうダメかと思った時、あやつらはワシらを助けてくれた」
「おかげでこうして寒さを凌げる洞窟で、鍛治に専念できる場所まで貸してくれた」
「そういう事か」
アイスエルフ達の話を盗み聞きした限り、彼らはドワーフを見下しており、完全に奴隷として扱われているという認識を持っていた。
しかし、ドワーフ達はアイスエルフの事を恩人だと思っている口ぶりで話す。
輝夜は反乱が起きていない理由に納得した。彼らは自分がアイスエルフに飼われていると気付いていない。
アイスエルフは表面上はドワーフと対等に接しながらも、武器を作らせて着々と自分たちの武力増強に利用していたのだろう。
「困ったな」
ドワーフはアイスエルフに恨みどころか恩義を感じている。輝夜がアイスエルフを殺し、グレゴリオを瀕死にまで追いやった事を知れば、里のアイスエルフだけではない、ドワーフまでもが敵に回る。
『もうドワーフごとやるしかないわね』
アイスエルフの多くは殺してしまった。その上、彼らの長であるグレゴリオも痛めつけてその辺に捨ててきている。アイスエルフらがそれを知れば、武器を手に取り仇討ちに来るだろう。そして間違いなくそこにドワーフ加わる。
「まぁまぁ、とりあえず話してみてからでしょ……ねぇねぇ、ここに居るドワーフって君たちで全員なの?」
「そうじゃ。ワシら七人だけじゃ」
「そうなんだ」
連れて逃げるにしては数が多い。それに寒さに弱いと言う彼らを連れて、いつ猛吹雪に見舞われるかわからない雪の中を行くのはリスクが大きい。かと言って、反乱を起こすにはあまりにも少なすぎる。
「仲間に会いたいとは思わないの?」
「全く思わんと言えば嘘になるが、ワシらはここでの暮らしを気に入っとる」
「鍛治の材料はアイスエルフが用意してくれるから、ワシらは鍛治だけに専念できる」
「今の暮らしを捨てて、危険を犯してまで会いに行こうとは思わんよ」
仲間への未練も殆どない。現状に満足している。そういった手合いを誘惑するのはかなり難しい。
『ほら無理よ』
「いや、諦めないよ。とりあえず物で釣る作戦で行こう」
輝夜は服の下から銃を取り出してドワーフに見せる。
『それはやめた方が……』
ナディが止めるよりも先に、ドワーフが輝夜の持つ銃に興味を持ち近づいてくる。
「なんじゃそれ」
「これは、銃って言って火薬を使って鉛の弾を発射する武器だよ」
「ちょっと見せてくれんか?」
初めて見る銃に興味津々といった様子で、輝夜から銃を受け取り、マジマジと構造を眺める。
その様子に気付いたドワーフ達が次々と集まり、あーでもないこうでもないと、銃の構造について議論を始める。
創作物ではドワーフに銃を与えれば興味津々で、そこから彼らとの交流が始まる事が多い。輝夜もそれに倣って、ドワーフに銃を見せる事で彼らの興味を引き、そこから彼らを味方に引き入れるよう交渉をしようと思っていた。
「なるほど、ここのハンマーで火薬のケツを叩いて衝撃を与え、その威力で弾を撃ち出すカラクリか」
「単純じゃのぉ。それに、そんな少量の火薬じゃ大した威力にはならんじゃろ」
「玩具じゃな」
「玩具じゃ」
しかし、輝夜の思惑に反して、銃を一頻り眺めたドワーフ達は、それが大したものではないと結論付けると、すぐに興味を失い、銃を投げ返すと鍛治作業に戻っていく。
「あれぇ?」
輝夜はドワーフの投げ捨てた銃をキャッチし、予想外の手応えの無さに首を傾げる。
ブーストがあってこそ、銃は武器として成立している。それがない銃単体を見たドワーフ達が威力不足の玩具だと結論付けるのは当然と言えば当然である。
『ほらこうなった。アイスエルフの使ってた弓もドワーフが作ったのに、今更銃に惹かれるわけないでしょ。もう諦めなさいよ』
ナディはいい加減付き合うのも面倒くさいのか、投げやりな様子でそう言う。
「ふっふっふ、それはどうかなナディちゃん」
『何? どうしたの急に? すごいむかつくわよ?』
「今何万人という人がこの配信を見てるんだよ? 三人よれば文殊の知恵。万人よれば全知全能……と言うわけで君たち、この状況をなんとかする案、出せ」
ナディの魔法で姿を見えなくしている配信ドローンに向かってそう言う輝夜。
〈酒とか好きそうなイメージあるし、美味い酒で釣る〉
〈未成年が酒なんて持ってるわけないだろ〉
〈プライド高いなら、実はアイスエルフに奴隷と思われてるってバラすとか〉
〈今の輝夜ちゃんの言葉を信じるとは思えんな〉
〈むしろ、さらにドワーフを怒らせる結果になる〉
〈いっそ、全部薙ぎ倒せば?〉
〈論外すぎるだろ。誰かもっとマシな案はないのか?〉
〈お前が出せ定期〉
〈言い出しっぺの法則って知ってる?〉
〈俺バカだからよくわかんねぇけどよ。よくわかんねぇわ〉
〈頼む。頭いい奴、なんか考えてくれ〉
コメント欄では次々と案が出てくるが、どれも使えそうなものは見当たらない。どころか、だんだんと他力本願になっていき、自分で考えようとしなくなる。
『万人よると無知無能ね。インターネットの悪いところだわ』
「ていうかさ、銃が玩具だって言うけどさ、あの弓だってちょっと矢が冷たいだけの玩具じゃん」
自分の相棒を玩具呼ばわりされた事を思い出し、少し腹が立った輝夜は、拗ねるように唇を尖らせ、悪態をついてそっぽを向く。
『あっ、ちょっとバカッ! ドワーフの前で……』
「なんじゃと! ワシらの作った武器が玩具じゃと!?」
「もういっぺん言ってみろ!」
「女子供といえど、ただじゃおかんぞ」
ナディの言葉を遮るように、大声を張り上げてズカズカと輝夜の元に向かって来るドワーフ達。
「はえ?」
『ドワーフは自分たちの作った武具に絶対の自信を持ってるんだから、バカにされたら怒るわよ』
「そう言う事は早く言ってよ」
ドワーフ達に聞こえないように、小声で会話するナディと輝夜。
「というか、人の武器を玩具呼ばわりしといて、自分たちがされたら怒るって、自分勝手すぎない?」
『それだけものづくりに関してプライドを持ってるって事なんじゃないの?』
「そう言うのを自分勝手って……いや待てよ?」
それはそれで使えるな。と、輝夜はふと思いつく。
「今の言葉、訂正せんか!」
輝夜の目の前まで来たドワーフは、鬼の形相で輝夜を怒鳴りつける。
「訂正ぃ?」
輝夜は背の低いドワーフを見下ろし、ヘラヘラと笑みを浮かべて彼らを小馬鹿にするように言う。
「君らの作った弓なんて所詮ちょっと冷たい矢が射てるだけじゃん。射った獲物を凍らせて動きを封じるとか考えてるんだろうけど、薄皮一枚凍らせた程度で動けなくなる程度の相手なら、普通の矢を射っただけでも動けなくなるよ。全くの無駄だね。戦った事もないような素人が考えたのが丸わかりって感じでダッサーい」
ドワーフが何か言うよりも先に、矢継ぎ早にドワーフの作った武器を貶して彼らを煽る。
「言わせておけば言い放題……貴様の持っとるそれも」
ドワーフが反論しようとした瞬間、銃口を明後日の方向に向けて撃つ。ブーストスクエアで強化された弾丸は、爆音を洞窟内に響かせ、壁面を粉砕する。
それを見たドワーフ達は目を丸くする。自分達の見立てでは、ただの玩具程度の威力しかないと思っていた物が、予想を遥かに超える威力を見せたのだ。
「僕の相棒がなんだって? 君達って、その程度なの?」
「な、なんじゃと!」
「ドワーフはものづくりに精通してるって聞いてたから期待したんだけど、これの凄さも見極められない程度の技術しか持ってないなんて、ガッカリだ。僕の国の職人の方が遥かに上だよ」
武具に関する目利きには絶対の自信を持っていたドワーフ。しかし、玩具だと鼻で笑って武器の威力を見せつけられ、あげく見る目がないと小馬鹿にまでされ、プライドを甚く傷つけられる。
無論、スキルによるインチキだが、初めて銃を撃つところを目撃したドワーフはすぐにはそれに気付けない。
よく考えれば、気付ける事ではあるが、これまで散々馬鹿にされたことでドワーフの頭に血が上り、そんな事にまで考えが回らない。
「おのれ……言わせておけば……ワシらの技術が他の種族に劣っているじゃと?」
「そんな事、あるわけ無かろう! 武器を作る事において、ワシらドワーフの右に出る者は居らん!」
「ホラなんぞ吹きおって! そこまで言うなら、貴様の国の職人と勝負したるわ!」
そして感情的になったドワーフは、売り言葉に買い言葉で言ってしまう。
「ま、好きにしたら? どうせ勝てなくて吠え面かくだけだろうけど。そこまで言うなら僕の国に連れてってあげるよ」
「上等じゃ、ワシらが勝ったら今までの発言、全て撤回して謝罪しろ!」
「君らが勝てたらね」
「フン、今に吠え面かかせたるわい。お前ら、荷物をまとめて準備しろ!」
ドワーフはそう言うと、大槌や吹子などの鍛治道具を鞄に詰め込み準備を始める。
ドワーフを味方につける事は出来ないが、これで少なくともダンジョンの外に連れ出す事はできる。
これだけ言い争った挙句、洞窟内が抉れるほどの騒動を起こしたにも関わらず、アイスエルフは誰一人として様子を見に来ない。
歪な形の洞窟内部から見て、あの程度は日常茶飯事なのだろうと輝夜は思った。
「よし、準備は出来た。早う案内しろ」
「……ん? 今から行くつもり?」
いや、僕一応捕まってる体なんだけど……と輝夜は内心で呟いた。
「うるさい、貴様が吹っ掛けた喧嘩じゃ、当の本人が居らんでどうする」
「そもそも貴様の国は貴様しか知らんじゃろうが」
しかし、ドワーフは輝夜の事情など気にする事なく、彼女の腕を両側から抱え込み、無理矢理引き摺って牢の扉を破壊して、牢から出て行く。
「……は? ちょ、何をしている!?」
見張りをしていたアイスエルフは、堂々と牢から出て行こうとするドワーフを見て、一瞬キョトンとした表情を浮かべるも、すぐに状況を飲み込み、ドワーフを止めようとする。
「やる事が出来た故、ワシらはここを出ていく事にした」
「これまで世話になった!」
そんなアイスエルフに、ドワーフ達は深々と頭を下げて感謝の意を示し、何事もなかったかのように行こうとする。
「奴隷の分際で何を勝手に! ふ、ふざけるな! 今すぐ牢へ戻れ! さもないと、この場で叩き斬るぞ」
しかし、アイスエルフがそれを許す筈もなく、剣を抜いてドワーフを威嚇する。
「奴隷……?」
その言葉にドワーフの表情がひりつく。
「……っ」
アイスエルフの表情が一気に青ざめる。
ドワーフを奴隷として扱ってはならないとでも言われていたのだろうが、普段から内心で見下していたからか、反射的に言ってしまったのだろう。
上司にこっ酷く叱られるとでも思っているのだろうが、彼にはそれよりもキツい制裁が待っている。
ドワーフは勢いよく拳を振りかぶり、大木のような腕をアイスエルフの鳩尾に叩き込む。
アイスエルフは口から泡を吹き、白目を剥いて倒れる。
「なんじゃ。ワシら今までただ武器を作るだけの奴隷じゃと思っとったんか」
「気のいい連中だと思っておったのに」
「だが、そうとわかればもうここに用はない。出ていくついでに、派手に暴れてやろうじゃないか」
ドワーフ達は拳を天に突き上げ、高らかに叫ぶと大槌を手に取り、街の中心へと走っていく。
「ちょっ、そっちは出口じゃないよ」
それを見た輝夜が慌てて止めようとするが、ドワーフは聞く耳を持たない。兵士を見つければ問答無用で襲いかかり、建物手当たり次第に大槌で殴りつけて破壊していく。
悲鳴をあげて逃げる女子供には目もくれず、建物と兵士のみを狙って襲いかかる。
「……面倒な事になっちゃったな」
敵の規模もわからない、どこに何があるのかもわからない。いつどこから敵が襲ってきてもおかしくない状況で、好き勝手に暴れまわるドワーフを守りながら、彼らを逃さなければならない。
ただアイスエルフ全員を相手にするよりも難易度が高い。
「しかし、さっきまで恩があるとか言っといて、ちょっと奴隷呼ばわりされただけでこの手の翻し様……どう思う?」
輝夜はドワーフの後を追いながら、ため息混じりにナディに尋ねる。
「別に本気でアイスエルフを殺そうとはしてないわよ」
ナディはそう言うと、ドワーフ達を指差す。
アイスエルフの兵士にタックルし、馬乗りになって気絶するまで殴りつけているが、気絶させるだけで殺してはいない。建物も外壁を破壊するだけで柱には触れておらず、女子供には指一本触れていない。変なところで理性が働いているように見える。
「自分たちの知らないところで奴隷と見下されていた事は気に入らないが、アイスエルフは命の恩人。本来ならば殺しているところを半殺しで勘弁してやろう……大体そんなところじゃない?」
やってる事が喧嘩っ早い不良と同じだ……と輝夜は内心で思った。
「……これ、連れて帰っても平気か?」
輝夜はドワーフ達の荒々しい気質を前に、本当にダンジョンの外に連れ出しても良いのか悩み始める。
このドワーフ達が大人しくしている筈がない。何かしらの問題事を引き起こす未来が容易に想像できる。
◇◆◇◆
「アイツはホンマ、行く先々で何かしら引き起こしとんな」
プロハンターでありながら、自らも会社を経営している新見明。その会社の社長室にあるソファに深く腰掛け、壁にかかった巨大モニターでコーラ片手に輝夜の配信を見る氷室。
ヘラヘラと掴みどころのない口調で言う氷室だが、その目は笑っては居ない。
ドワーフにアイスエルフ。ダンジョン側の勢力がこちら側に接触してくるのは予想されていたが、あまりにも早すぎる。G7サミット中のテロからそれほど日が経っておらず、各方面で事後処理に追われている中でのこれだ。しかも全世界に生配信。これを見た百足旅団がどう動くかも、他国がどう動くかもわからない。もし次に何か起こった場合、それに対応出来るだけの余力が、日本にはあまり残されていない。呑気に笑っていられる状況ではないというのが氷室本音である。
「まぁ、ええわ……しかしドワーフか。ええなぁ、ワイの刀打ってくれへんかな……なぁどう思う?」
とはいえ、それは今考える事ではないと、輝夜の件を頭の隅に追いやる。
「急に来て何かと思えば、暇なんですか? そろそろ帰ってくれません? 私、本当に忙しいんですが」
新見は自分のデスクで溜まった書類を片付けながら、ため息混じりにそう言う。
「そう堅いこと言いなや」
「マジで何しに来たんです? というか、氷室さんだけならともかく、なぜ周防さんまで居るんです? 貴方も自分の会社があるでしょう?」
氷室の隣に腰掛け、輝夜の配信を食い入るように見つめる周防多々良。
「俺はオーナーで経営には口出ししてない。だからといって暇ではないんだがな……高松市での一件以来、ダンジョンに篭り鍛え直しているんだ、あまり時間を無駄にしたくない」
周防は横に座る氷室を見ながら皮肉を込めてそう言う。
「まぁエエやん。実際に用があるんはホンマや」
「ならその用を早く済ませてください」
「俺も聞きたいな。わざわざ俺達を集めるだけの用件とはなんだ?」
また以前のようなダンジョンブレイクでも起こるのだろうかと、少し身構える周防。
「まだアカンわ。役者が揃うとらんさかい、もう少し待っとれ」
そうやって先延ばしにし続けてずっと居座るつもりじゃないだろうなと疑い、どうやったら二人が帰ってくれるだろうかと考える。
その時、新見のデスクの内線が鳴る。
受話器を取り、少し会話をした新見は驚いた表情で受話器を戻す。
「どうしたんです? そんな驚いた表情で?」
新見の様子を不思議に思った周防は、新見にそう尋ねる。
「すぐにわかりますよ」
新見はそう言って立ち上がる。
少しして、社長室の扉がノックされる。どうぞと一言声をかけると、扉が開かれ、鮫島清臣と藤堂慶一郎の二人がゆっくりと入ってくる。
「鮫島会長! それに……たしか、藤堂さんでしたか?」
予期せぬ大物二人の登場に、驚きのあまり立ち上がる周防。
「ええ、以前に一度だけお話ししましたね」
「座ったままで構わないよ。忙しい中時間を作ってもらってありがとう」
「いえ、そんなとんでもない」
「ご足労頂かずとも、そうとおっしゃってくださればこちらから出向きましたのに」
周防と新見は鮫島と藤堂に深々と頭を下げる。
「いや、良いんだ。用があるのはこちらなのだから、こちらから出向くのが礼儀というもの……我々も座って良いかな?」
「して、単刀直入にお伺いしますが、我々を呼んだ理由についてお伺いしても?」
「ああ、まずは前々から計画していたポイント制以によらないハンターランク制度の実装だ」
モンスターを倒して得られるポイント制では、ハンターの正確な強さは測れない事は輝夜や芹矢によって証明されている。モンスターを倒しても、それを協会に報告しないハンターは他にも居るだろうし、弱いモンスターばかりを狩り続けていてもポイントは得られる。
実際、最近では確実かつ安全に倒せるモンスターばかりを狩り、ポイントを得るだけで満足しているハンターも少なくない。
ポイント制でわかるのは、あくまでも協会や社会への貢献度。それも勿論大事だが、今の日本に求められるのは強いハンターだと鮫島は熱く語る。
それについては同意するとばかりに、周防と新見の二人は頷く。
「どの国でも同じ意見は上がっていたが、強さという曖昧なものを数値化する事は難しいと、どの国でも実装までは至らなかった……しかし、先ほど、朱月輝夜ハンターの働きにより、その問題は解決した」
「魔検鉱のことですね……なるほど、我々は二人ともハンターであると同時に経営者でもある。そのハンターランク制度の実装を急ぐ為に、魔検鉱を集め、加工し、使えるようにして欲しいという事ですか」
現在行われている配信で輝夜が見つけた魔検鉱。それを使えば強さを光の強さとして数値化できる。新見と周防の会社が合同で取り組めば、一ヶ月もあれば試験機を作れるだろう。そこから試用期間を経て本格的な量産。一年程度あれば実装の目処をつけられる。
「その通りです。当然、報酬はお支払いします」
「話はわかりました……しかし、ハンターランク制度の導入は、あまり良いとは思えないのですが」
だが、新見はハンターランク制度に対して、あまり良い顔はしない。
「もし仮に自分が低いランクだったらと不安に思う者も多いでしょう。特にプロとして活動しているハンターであれば尚更、仮に低いランクに認定されれば、プロとしてやっていけなくなってしまうかもしれません」
「新見さんの言う通りです。それに、低いランクのハンターは引退を選んでしまう者も多いでしょう」
ハンターの数が足りなくなってしまいかねない。そうなれば本末転倒ではないかと周防は思った。
「そないなもん、鍛えたらエエやろ」
「氷室さん、そう単純な話ではないんですよ。人はそう単純じゃない。どうしても、他者と比べて劣っていると感じ、自分には才能がないと心折れてしまう者は少なくない」
氷室の強さはプロの中でも別格である。
同じプロハンターである新見と周防から見ても雲の上だと感じる程に。おおよそ挫折というものなど経験した事がない氷室には一般的なハンターの感覚なんてわからないだろうな……新見はそう思いながら説明する。
「……残念ですが私は協力できません」
「私も、同じ考えです。今いるハンターを秤にかけ、弱い者を見捨てる政策に手を貸す事はできない」
新見と周防は首を横に振る。
「それは少し誤解があります。弱いハンターを見捨てようというわけではありません。従来のポイント制度も続けるつもりですし、むしろ弱いハンターにこそメリットがある」
藤堂は淡々とそう言う。
自分の強さがわかれば、実力に見合ったダンジョンに挑める。無謀な挑戦が減ればそれだけハンターの生存率は上がる。
ハンターランク制度でハンターの強さを、ポイント制度で社会への貢献度を測る。例えランクの低いハンターであっても、実力の見合ったダンジョンで腕を磨き、社会貢献ができ、金が稼げる。
ハンター自身が段階を経て鍛えられる。そして日本全体のハンターの水準を引き上げる。それこそがハンターランク制度の目的だ。
「ハンター協会でも、手厚くサポートをするつもりです」
「そういう事でしたらお引き受けしましょう……しかし、どうしてそこまで急ぐのです? それこそ時間をかけて段階的にやっていった方が良いと思うのですが」
藤堂の話を聞いた周防は納得する。同時に純粋な疑問を藤堂と鮫島の二人に投げかける。
「氷室ハンターや朱月ハンターを筆頭に一部の突出したハンターに引っ張られて居ますが、全体として見れば日本のハンターは弱い。何万人と居るハンターの中で、世界でも通用するのは数える程しか居ません。今、日本には一人でも多くの強いハンターが必要なのです」
そう答える藤堂。
そして鮫島も、少し考える素振りを見せた後に、新見と周防の二人に問いかける。
「……もし、またダンジョンブレイクが起こった時、お二人は弱いハンターを守りながら戦えますか? 逃げ出したハンターの背中を守りながら戦えますか? いつ逃げ出すかもわからない者に背中を預けられますか?」
「……それは、正直無理ですね」
「私も同意見です」
鮫島の問いに、新見と周防は言葉に詰まる。
「先ほども言いましたが……今、日本に必要なのは強いハンターです。力だけではない、たとえ低いランクだったとしても、折れずにただ直向きに己を鍛え続ける事ができる、心の強さを持つハンターです」
高松市に攻めてきたジャイアントオーガの群。ハンターと自衛隊が協力して防衛戦を繰り広げた裏では、恐怖に負けて戦場から逃亡した者も居る。そしてその殆どが弱いモンスターばかりを倒してポイントを稼ぎ、少しでも強いモンスターには決して挑まないようにしているハンターばかりだった。そして逃げ出したハンターの半分程はすでにハンターをやめ、普通の職についてる。
ゲーム感覚なのだと鮫直は言う。
モンスターを倒してお金を得る。RPGゲームをやるような感覚でハンターをしている。ダンジョン配信がその最たる例だ。
「ハンターランクが低いからとやめる者は、ランク云々関係なく、遅かれ早かれやめるでしょう……人のため、社会のため、金のため、理由はなんでも構いません。己の意思で戦い続けられる者、ダンジョンこそ自分がいるべき場所だと言える者だけがハンターを続けていけると私は考えます」
「……確かに、それはその通りですね。納得しました。ありがとうございます」
鮫島の話を聞いた周防は頭を下げてそう言う。
「それで、今日の本題はなんですか?」
魔検鉱やハンターランクの話はついでだろう。
朱月輝夜が魔検鉱を見つけてから、それほど時間は経っていない。いくらなんでも魔検鉱やハンターランク制度の話だけをしに来たとは考えにくい。本来は何か別の要件があるのではないかと新見は考えた。
「話が早い。以前から話をしていた、ハンタートーナメント(仮)の正式な日程が決まりました。開催は丁度一ヶ月後です」
「おぉ! そうですか! 私の会社からも何名かピックアップして参加させるつもりです。プロになって日は浅いですが、我が社きっての新人達ですから、きっと良い線行くでしょうね」
新見の表情が明るくなり、意気揚々と自分の会社の新人について語る。
「それで、大会の内容は?」
周防が鮫島に尋ねる。
「まず予選は制限時間内にどれだけダンジョンの奥へと進めたか、どれだけモンスターを討伐出来たを競います。そして上位128名に残った者でトーナメント形式で戦って頂きます」
「そして決勝に残った二人には、ハンター協会が管理しているスキルシードか遺物を一つ、贈呈します」
そう言って鮫島は協会が保管してあるスキルシードと遺物のリストをテーブルの上に置く。
「……これは中々」
「運営する立場になければ、自分が参加したいくらいですね」
リストに目を通した二人は、リストに記された内容の豪華さに驚く。
当然、悪用されても危険性の低い、言ってしまえば他人の手に渡っても構わない物だけをピックアップしているが、それでも一個人からすれば垂涎物の物ばかり。
「それでもかなり絞りました。とはいえ、あまり絞りすぎても、折角の景品に魅力がなければ、参加してくれないかもしれませんからね」
「氷室さんは参加されるのですか?」
「するわけないやろ。そもそもの目的自体が優秀な人材発掘やのにワイが参加しても意味あらへん。同じ理由で輝夜も不参加や。夕香は……まぁ、手ェが合いとれば参加させたってもええけどな」
それを聞いた新見と周防はホッとする。氷室や輝夜が参加すれば優勝するのは無理だ。しかし、そうでないならば自分のところのハンターにも優勝の可能性がある。
「ただ、参加者は予想している以上に多くなると思います。そこで、あまりにも参加者が多かった場合、予選の前段階として参加するハンターの数を絞りたいと考えています」
「なるほど、魔検鉱を使った測定器をそれまでに間に合わせろという事ですね」
最初にハンターランク制度の話を持ってきたのはこの為かと、新見は思った。
多くのハンターからデータが取れれば、それだけ測定器の完成は早められる。
「ええ、時間はありませんが、どうにかお願いします」
「わかりました。なんとかしてみましょう……最も、全て朱月ハンターが魔検鉱を持ち帰ってくれればの話ですが」
新見はそう言ってモニターに映されている輝夜の配信に目を向ける。
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