ダンジョン配信(1)
「なんかすっごい久しぶりに配信するような気がするよ」
授業を抜け出し、ダンジョンへ来た輝夜は、配信用ドローンを飛ばして軽くストレッチをする。
『この間、ヴィサスの言葉を配信で垂れ流したおかげで、面倒な事になったじゃない』
「そういえばそうだった……じゃ、行きますか」
輝夜はそう言うと配信開始のボタンを押して、ゆっくりとゲートをくぐってダンジョンに入る。
《待ってた!》
《久しぶりのダンジョン配信!》
《今回は何もトラブルが起きませんように!》
配信を開始してすぐに続々と書き込まれていくコメント。
「いやぁ、いつ見ても凄いね。僕の配信なんて観ても面白くないでしょ」
《むしろここより面白い配信がないくらい》
《輝夜ちゃんが配信する=何かしらとんでもない事が起こる の公式が成り立ってるからね》
《各国のトップや国際機関がリアタイで観てるって言われるくらいだし》
「トラブルメーカー呼ばわりされてるみたいで腑に落ちないんだけど……残念ながら今回は本当に普通にダンジョン攻略するだけだから」
《今日は何処のダンジョンに来てるの?》
「この間、ヴィサスが出たダンジョン。しばらく封鎖されてたけど、氷室に調査ついでに配信してこいって言われたんだよね」
《それって、まだ誰も潜った事ないダンジョンってこと?》
《ちょっとズルいな。お宝取り放題じゃん》
《まぁ、政府所属の特権ってやつじゃね? 実際、新しいダンジョンも政府が調査してから一般公開って流れだし》
《……それって、ある意味公開調査ってこと?》
《さっそく普通の配信じゃなくなってて草》
「相変わらず賑やかだよね。じゃあ、早速ダンジョン攻略していきます」
輝夜はそう言って愛銃を手に取り、足早にダンジョンの奥へと進んでいく。
「前回来た時は一層目しか見てないんだよね。あ、ナディ、帰り道覚えといて」
枝分かれし、複雑に入り組んだ洞窟内を気の向くまま適当に突き進んでいく輝夜。マッピングをしないので、ナディが居なければ帰り道すらわからない。
『良い加減マッピング覚えなさいよ』
「やだめんどい」
《え、輝夜ちゃんマッピングできないの?》
《ハンター試験で必須技能じゃない?よく受かったね》
《そりゃアレだけ強けりゃ受かるやろなぁ》
《それはそう》
コメントを尻目に先に進んでいると、先の方からカラカラという音が聞こえてくる。
「スケルトンか、弾使うのは勿体無いな」
輝夜は銃をホルスターに仕舞うと、拳の骨をポキポキと鳴らして先に進む。やがて暗がりから一体のスケルトンが輝夜の方へと向かって走ってくる。
輝夜は一切動じる事なく軽く腕を払い、スケルトンの体勢を崩すと、そのまま足で踏みつけて骨盤を砕く。
「骨盤がないと立ち上がれないからね。スケルトンは最初に骨盤を狙うと楽に倒せる」
輝夜はそう言うと、上半身だけになったスケルトンを蹴り飛ばして骨をバラバラにする。
その音を聞きつけてか、集まってくる無数のスケルトン。軽く二十体は超える数が、わらわらと輝夜の方へと向かってくる。
輝夜はブーストで身体能力を強化すると、一気にスケルトンの骨をバラバラに解体する。
「前に来た時も一層はスケルトンばっかりだったな。ダンジョンの難易度自体はそこまで高くないね。腕に自信がなくても行けるんじゃない?」
ミノタウロスも出たが、それはヴィサスが追い詰めた結果、一層まで上がってきたのであって、基本は一層はスケルトンしか居ない。とすると、中層辺りまでは大したモンスターは出ないだろうと考える輝夜。
《スケルトンとはいえ、数が多いんだよな》
《ほぼ逃げ場のない場所で大量のスケルトンに襲われるのは厄介そうだよな》
「これくらいの数に何言ってんのさ。知能もないんだし、ハンターなら余裕で倒せるよ」
《輝夜ちゃん基準の余裕はアテにならない定期》
《俺もハンターやってまぁ長いけど、まぁスケルトンくらいなら余裕かな》
《ダンジョンもそこまで難易度高くなさそうだし、一般開放されたら行ってみようかな》
「ナディ、下への道探して」
『はいはい』
ナディは風の流れに魔力を乗せて、ダンジョン内の地形を把握する。
『こっちね』
暫くして、下の階層へ続く道を見つけたナディは輝夜をそこまで案内する。
その道中、何度かスケルトンの群れと遭遇するも、銃を使わずに難なくあしらい、ダンジョン探索は順調に進んでいく。
《ダンジョンの地形把握できるとか、便利どころの騒ぎじゃないぞ》
《初見のダンジョンでもナビゲートしてくれるとか、ハンターなら誰でも欲しいな》
《けど、今までそんなの使ってたようには見えなかったけど、なんで?》
「……魔力を結構喰うんだよね、このやり方ってさ」
輝夜はマナポーションを飲み、コメントに答える。
広いダンジョンの隅まで魔力を行き渡らせるのは、かなりの魔力を消費する。そして、ナディが使う魔力は輝夜のものであるため、この方法は輝夜の魔力をゴリゴリと消費していく。
「だから普段は地図とか記憶頼りに探索してるってわけ。それに洞窟とか閉鎖的な場所じゃないと地形把握がしにくいんだよね」
輝夜がそう話していると、彼女の先を進んでいたナディが止まる。
『ここよ』
ナディが指差す先には下の階層へと続く石段があった。
輝夜は少しは手応えのあるモンスターが出てくれると良いんだけど……と思いながら石段を降りる。
二層目も一層と変わらずどこまで続くかわからない洞窟だったが、一層目と違ってかなり開けており、人の足首あたりの高さまで水が浸っていた。
「靴下濡れるの嫌いなんだよね」
輝夜はアイテムボックスからレザーのロングブーツを取り出し、その場で履き替える。それからゆっくりと水の中に足を踏み入れる。
チャプンという音と共にゆっくりと波紋が広がっていく。その様子が綺麗だと思った輝夜は、一歩一歩ゆっくりと、チャプチャプとわざと水面に波紋を立たせるように歩く。
《遊んでるwww》
《近所のちびっ子みたいで可愛い》
《真面目にやれ定期》
《そんな事してたらモンスターが寄ってくるぞwww》
《逆に誘き寄せてんじゃねwww》
コメントで書かれている通り、輝夜の立てる音に何処からかモンスターが集まってくる。
「ギギギ」
耳障りな声を出しながらやってきたのは、緑色の肌をした子鬼、ゴブリンである。
「なんだゴブリンか。本当、何処にでも居るね君らって」
輝夜はゴブリンに話しかけながら腰の鞘からナイフを抜く。
現れたゴブリンは全部で五体。
「ブースト」
ブーストで身体能力を強化し、軽く踏み込んで、ゴブリンたちとすれ違う。
そしてその刹那にナイフを五回振るい、五体のゴブリンたちの首を切り裂いて見せる。
「ギャ?」
ゴブリンたちは何が起きたのかも分からず、その場に崩れ落ちる。
《おいおい瞬殺だよ》
《この前、配信でルーキーがゴブリン五匹に苦戦してたけど、やっぱ格が違うわ》
《今何やったの? 早すぎてわからない》
《相変わらずエグい動き》
「うーん……」
盛り上がるコメント欄とは打って変わって、輝夜の表情は渋い。
「銃使いたいけど、これじゃあな……よしナディ、アレやろうか」
輝夜はそう言うと、大きく息を吸って魔力のパスを切り替える。
『は? ちょっと、何言って……』
ナディの制止に耳を傾けず、輝夜はナディから受け取った魔力を一気に解放させる。空間が歪んで見える程の魔力量。
「じゃ、探索よろー」
そう言ってナディにダンジョンの構造を把握するように言う輝夜。彼女にとって奥の手であるはずの技を、そんなことのためだけに使ったのだ。
『アンタって子は……はぁ、もういいわ……』
ナディはもはや呆れて物も言えず、黙って魔力をダンジョン全体に行き渡らせる。輝夜の魔力量ではダンジョン全体の構造を把握するには足りないが、無尽蔵にあるナディの魔力であればそれも容易い。問題は十秒の制限時間内にどこまで魔力を行き渡らせる事ができるか。
『……十層辺りまでは何となくわかったわ』
十秒後、制限時間一杯使い、ナディは中層途中までの構造を把握する。
『ただちょっと』
「お、じゃあそこまで案内して」
ナディが何か言いかけたが、輝夜はそれに気付かずナディに十階層までの道のりを尋ねる。
『……わかったわよ』
先の探索でスケルトンしか出ないにしては、ダンジョン内の魔力の濃度が濃い事に気付いたナディ。だが、それを言ったところで輝夜は面白がるだけだろうと思ったナディは、あえて何も言わずに輝夜を下の階層へと案内する。
《いやいやいやいや》
《なんか空間歪んでなかった? 魔力量やばくない?》
《そりゃ輝夜ちゃんの切り札だからな。空間も歪むさ》
《空間が歪む意味がわからないんだが……っていうか楽するためだけに、切り札使ったの?》
《まえーに制限時間あるとか言ってなかったっけ?》
《十秒。ちなみに今ので十秒全部使った》
《流石に舐めプしすぎでは? ダンジョンは油断が命取りになるし》
「油断? これは余裕と……you揉んだ」
輝夜はナディに案内されるままに、凄まじい早さでモンスターを蹴散らしながらダンジョンを駆け抜けて行く。
《突然のCCOで草》
《凄まじい攻略速度、俺でなきゃ見逃しちゃうね》
《フタエノキワミ、アッー!》
《実際に余裕だから反応に困る》
「しっかし、スケルトンやらゴブリンやら、ヴィサスが出てきた割には雑魚ばかりだね。初心者でもパーティー組めば割と楽なんじゃない?」
《ガチの初心者は洞窟で連携取れないんだよな》
「マジ? へぇ、じゃあうちの学校って意外とレベル高いんだ?」
引率で学生と潜った際に、洞窟内という狭い空間でありながらも、ある程度の連携が取れていた事を思い出す。
《ダンジョン高専の事を言ってるなら、レベル高いと思う》
《独学だと、戦闘経験ってほとんど得られないから》
「そうなんだ。今のハンターは大変だね。さて、ここから先が十層……あれ?」
九層まで難なく突破し、そろそろ十層へと差し掛かろうとする頃、輝夜は急に足を止めてその場に立ち止まる。
「今……あれ?」
視界の端人影が映ったような気がして立ち止まる輝夜。
しかし、まだ一般開放されていない為、誰か居る筈もない。入口は警察が厳重に見張っており、勝手に入ろうものならその場で即逮捕である。
「見間違いかな?」
輝夜は、気のせいだろうと思いながら人影が見えた方に向かって行く。周囲を見渡すが、誰も居ない。
『どうかしたの?』
「いや、なんでもない。ただの気のせい」
輝夜はそう言うと石段を降りて十層へと向かった。
十層に足を踏み入れると、中層の手前である事もあってか、これまでの洞窟とは異なり、人が居なくなり管理がされなくなり、廃墟となってしまった石造りの建物に似た構造になっていた。
「ちょっと文明的な感じだな。もしかして、ヴィサスってこの辺りを根城にしてた……わけないか」
仮にそうだとするなら、中層あたりからミノタウロスが出てくる事になる。しかし、上層にはゴブリンやスケルトン程度しか居ないレベルの低いモンスターしか居なかった。それが急にミノタウロスのような強いモンスターが出てくるとは思えない。
「ゾンビ、グール、ミイラ辺りが関の山、良くてもレイスってところか」
輝夜は周囲への警戒を怠らず、ゆっくりと先へ進む。
しばらくして現れたのは、悪魔を模した石像。まるで生物であるかのように滑らかに動き、輝夜に敵意を向けている。
輝夜はなんだガーゴイルか……とでも言いたげに、ガーゴイルを一瞥するも、すぐに興味なさげに視線を外す。
「ブースト」
強化した拳銃の銃口をガーゴイルに向けて向けて撃つ。
一発の弾丸でガーゴイルの頭が砕け、その場に力なく倒れる。
《ガーゴイルだ! ってコメント打とうとしたらもう終わった……》
《確かに、こういう人工物っぽいところは出るよなガーゴイル》
「ナディ、そう言えばこういう人工物っぽいダンジョンとかたまに見るけど、ダンジョンタワーってところにも人間って居るの?」
『居るには居るけど、アンタらで言うところのドワーフやエルフ、獣人とかそういう感じよ。この遺跡もドワーフ辺りの種族が作ったんじゃない?』
「ふーん。そこに他のモンスターが住み着いたわけか。と言う事は、ここまま下に進めばドワーフに会えるかもしれないってこと?」
『ゴブリンが出てくる程度じゃまず無いわね。もっと下の階層へ引越しでもしたんでしょ』
「そっか、残念」
エルフやドワーフには、一度で良いから会ってみたいものだと思いながら先へ進む輝夜。
さらに奥へと進むと、視界を埋め尽くすほどの巨大な水晶群が現れる。まるで水晶の洞窟と言えるほど、壁も天井も全てが水晶で覆い尽くされている。
「凄いな」
輝夜が水晶に手を触れると、その部分から強い光が放たれる。
「うわっ、眩し!」
輝夜は咄嗟に水晶から手を離して腕で顔を覆う。
水晶から手が離れると、水晶から発せられた光も消える。
『あら、魔検鉱ね。珍しい』
「まけんこう? なにそれ」
『触れた者の魔力や生命力によって光る鉱石よ。端的に言えば触れた者が強ければ強いほど、より強い光を発するの。オーガなんかは種族内の序列を決める時とかに使ってるわ。他にもドワーフなんかもよく強さ比べで使ったりしてるわね。まぁ技術だ武術だなんてものは含まれないけどね』
「もう少し短い説明でお願い」
『わかるのはハードウェアの性能だけで、ソフトウェアまではわからないってこと』
「なるほど」
《強ければ強いほど光るってことは》
《ハンターがどれくらい強いのか簡単にわかるって事?》
《それってめちゃめちゃ凄い発見じゃね!?》
「光の強さなんて曖昧じゃない? 正確な数値が出るわけでもあるまいしさ」
未知の発見に盛り上がるコメントに対して、輝夜はそう答える。
《ルーメンというものをご存知ない?》
《大学くらいで習うから知らなくてもしょうがない》
「ルーメン? 何それ。ラーメンの亜種?」
《光の強さを現す指標。どれくらい強い光か数値化できるってこと》
「って事は、強さが数値でわかるってこと?」
《そういうこと》
「ふーん。じゃあ、お土産で少し持って帰るか」
輝夜はそう言うと素手で魔検鉱を殴りつける。
ガンという鈍い音と共に、魔検鉱の一部が折れて床に転がる。両腕で抱えるほどの大きさの魔検鉱を拾おうと手を触れると、途端に眩い光を発する。
眩しさに目を細めながら魔検鉱を持ち上げてアイテムボックスの中へと放り込む。
その後、砕けた魔検鉱の破片の中から比較的大きいものを選んで拾い集めて、それらもまとめてアイテムボックスの中に入れる。
《I want it as research material(研究資料として送ってほしい)》
《The history of hunters changes(ハンターの歴史を変える)》
《海外コメが一気に増えたなwww》
《やっぱり興味を唆るよな》
「さて、こんなもんか」
一通り集め終わった輝夜は、手を叩いて手についた砂を落とすと、再び先に進み始める。
「……ん、やっぱ見間違いじゃなかったか」
輝夜はそう呟くと、ゆっくりと銃を抜いて後ろを振り返る。
「気配でバレバレだよ。少しは隠れる努力をしたらどう? マヌケ旅団さん?」
輝夜は声を張るが、返事はなく、いくら待っても一向に姿を見せる様子はない。
「ま、そりゃ配信してるってわかってるのに自分から姿は見せないよね」
輝夜は拳銃を抜いて周囲の気配を探りながら、魔検鉱に体を寄せて周囲を照らす。
「そこか」
輝夜は人の気配がする方へ銃口を向ける。
それでも反応はなく、気配は輝夜の右手から左側へと岩場を盾にして回り込むように移動する。
「……あれ? もしかして百足旅団じゃない?」
百足旅団もしくは賞金稼ぎであれば、気配も隠さず素人のような立ち回りをする筈がないと思った輝夜は、肩を落とし、足元に転がっている小さな石を拾いあげる。
「だからバレバレだってば」
気配のする方へ振り向き、石を投げる。
「う゛」
鈍い音と共に、少女の声で短い悲鳴が上がる。
「……ん? もしかして女の子?」
まさか少女だったとは思わず、慌てて駆け寄る輝夜。
市販のスポーツウェアに、サイズの大きいジャージを羽織った少女が、鳩尾を抑えて蹲っていた。
《鳩尾に入っちゃったか》
《かわいそうだけど、こればかりは自業自得としか》
《こういう調査前のダンジョンに入ったらどうなるの?》
《人による。貢献度が高いハンターならハンターライセンスの一時停止と罰金くらいで済む》
「ねぇ君」
輝夜が声をかけると、少女はビクリと体を震わせ、慌ててフードを被ってその場から逃げ出そうとする。
「あ、待って」
輝夜は少女の腕を掴んで引き留める。
しかし、勢いで引き留めたはいいものの、そこからどうすれば良いかわからず、彼女の腕を掴んだまま固まる。
「えっと……」
「み、見逃してください……お願いします……」
輝夜が固まっていると、少女はか細い声でそうお願いする。
「それは無理。配信に映っちゃったから」
輝夜の言葉を聞き、少女の顔色はみるみる青ざめていき、もうダメだとばかりに力なくその場にへたり込む。
「でこ、どうして密猟なんて?」
「どうしてもお金が要るんです……弟を助けるために……」
「怪我か病気?」
「先週、永睡症に……」
《あぁ、永睡症か……》
《それはお気の毒に》
《身内は辛いよな》
永睡症と聞き、少女に同情するコメントが流れる。
魔力は普通、人の害にはならないが、稀に肉体が拒絶反応を起こす事がある。いわば魔力アレルギーのようなものだ。そして、魔力に拒絶反応を起こした場合、急激に生命力が失われていく。
極度の睡魔に襲われ、活動時間が短くなり、やがては永遠の眠りに落ちる。それが永睡症である。
治療法はなく、延命措置を続けながら肉体が魔力を受け入れることを祈るしかない。そしてその延命には少なくない金額が必要になる。
「ウチは母子家庭で家にお金がないから、私が稼がなきゃ、弟の治療が……」
目に涙を浮かべてそう言う少女。
『嘘ね』
ナディが輝夜にこっそりと耳打ちする。
『ダンジョンの入口は厳重に警備されてる。なのに、あんな素人丸出しな気配の消し方で忍び込めるわけないでしょ。きっと罠よ』
ドローンを最初に狙ったのも、面が割れたくないからだろう。
仕方なく密猟に手を出したという感じで話をしているが、厳重な警備を潜り抜けた事といい、明らかに手慣れているとナディは指摘する。
「どうかなぁ? ……君、名前は?」
素人かどうか試してみるかと思った輝夜は、アイテムボックスに片手を突っ込んで物色しながらしゃがみ込み、へたり込んだままの少女に目線を合わせるようにして名前を尋ねる。
「……凛華」
「凛華さんかぁ。可愛い名前だね」
輝夜はアイテムボックスからオートマチックの拳銃を取り出すと、凛華のこめかみに銃口を当てがい、ノータイムで引金を引く。
耳を劈くような炸裂音。しかし、凛華に怪我はない。
「大丈夫、これ空砲だから」
驚いて腰を抜かして空砲を撃たれた箇所を抑え、小刻みに体を震わす凛華に、輝夜は空砲弾の入った銃をアイテムボックスに戻し、にこやかに語りかける。
「なんだ、やっぱり本当にただのハンターなんだね。でも、金が必要とはいえ、わざわざリスクがある方法なんて?」
輝夜は両手をあげて敵意がない事をアピールしながら、そう尋ねる。
「……大したスキルも装備もないし、魔力も多い訳じゃないから、一人でダンジョンを攻略なんて出来ないし、弱いからパーティに拾ってもらえなくて」
余程の実力がなければ、一人でダンジョンを攻略するには限界がある。ハンターになったばかりの頃は一人でも、続けていくにつれて誰かとパーティを組むか、すでにあるパーティに入れてもらうのが鉄則である。
だが、パーティを組むにしても相応の実力か実績がなければ相手にされない。
「このダンジョンなら、スケルトンばかりって聞いて、それなら一人でも行けるかもと思って……それに、誰の手も入っていないなら、大金を稼げるチャンスかもしれないし」
ヴィサスが居た事に関連する情報は口止めされているため、下に進めばミノタウロスが出てくる事は知らないのだろう。人づてに又聞きした情報で、夢を見ても仕方がない。
「なるほどね。けど、思ったより手強くて苦戦したから僕の後をついてきたって?」
輝夜の質問に凛華は首を縦に振る。
「……ちなみに、どうやって厳重な警備を?」
輝夜は彼女の気持ちもわからなくはないと思いながらも、凛華に問いかける。
「私、スキルで幾らでも顔を変えられるので」
そう言った凛華の顔が変わる。少女のようなあどけなさの抜けない顔から、妖艶さのある大人びた顔。顔だけで無く体型もそれに応じて変化している。
厳重な警備を潜り抜けてこれた理由がわかる。政府か警察の関係者にでもなりすませば、怪しまれる事なく堂々とダンジョンに入ることができる。
そして、それを見た輝夜は衝撃を受けた。
そのスキルがあれば男に戻れるかもしれない。
これまでなんの手がかりもなかったところに、突如湧いて出た機会にふつふつと嬉しさが込み上げてくる。
「すごいよ! 大したスキル持ってるじゃん!」
「でも、姿が変わるだけで、戦闘や探索には全然使えないんですよ」
そう言って、元の顔と体型に戻す凛華。
「いやすごいスキルだよ!」
輝夜にとっては喉から手が出るほど欲しいスキルだ。
「えっ……そ、そうですか?」
「そうだよ。ちなみに、それ他人に使ったりとかってできる?」
「いや、姿を変えられるのは自分だけです」
「そっかぁ」
そう簡単にはいかないかと、少し落胆する輝夜だったが、スキルを鍛えれば他人にも使用できるようになるかもしれないと考えを改める。
そして、どうやってスキルを鍛えるか考える。
「よし、凛華さん。僕が戦い方を教えてあげる」
そして、本人を鍛えるのが手っ取り早いと思った輝夜は、右手を差し出して凛華にそう言う。
「え?」
『ちょっと何言い出すのよ!?』
「だって、またとない機会だし。ここで棒に振るのは勿体無いよ」
『またとない機会って……あぁ』
輝夜の言葉に、何を考えているのかを察したナディは、彼女の耳元に近づき小声で話す。
『アンタ、この女のスキル使って男に戻ろうとしてる?』
「うん。そうだけど」
『あのねぇ、目先の利益に飛びついて、もし罠だったらどうするつもりよ。第一、女の子でいた方が得してるんだしいいじゃない』
「いや、戻れるなら戻りたいよ。それに罠だとしてもアリアも居るし」
『無論、契約者に何かあっては私が困るからな。あの女の警戒は私に任せておけ』
輝夜の指輪の中から、アリアの声が聞こえてくる。
「だってさ」
『わかったわよ。好きにしなさい』
何を言っても無駄だと思ったナディは、大きくため息をついて輝夜の髪の内側に隠れる。
「あの、でも私本当に弱いんです。貴女のような有名人に教えを乞う資格なんて、とても……」
「けど、配信に映っちゃってるから、このままだと罰せられるけど、僕に弟子入りすれば見逃してもらえるよ。それに、凛華さんがゲットした資源も全部凛華さんのものでいいよ。お金必要なんでしょ?」
「やります。必死に頑張ります!」
恐れ多いと遠慮していた凛華だったが、輝夜の提示した餌に釣られて反射的にそう返事をしてしまう。
「じゃあ、中層、一人で攻略してみよっか?」
「……え?」
今月分が遅くなりました。




