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そして日常へ

 G7サミットから二週間後。

 テロは大きな傷を残したものの、政府が総力を上げて復旧に取り組んだ事で、瓦礫や壊れた建物はまだ多く残っているもののインフラは回復し、なんとかいつも通りの日常生活が戻り始めてきた頃。


「ようやく一人で羽を伸ばしてダラけてたっていうのに、なんでまた学校に行ってダンジョン配信しろなんて言い出すんだろうね。偉い人はさ」


 輝夜は自室に置いてあるソファーに体を預け、テレビでニュースを観ながらそうぼやく。


「旅団への手がかりが輝夜さんしか居ないんですよね」


 輝夜の髪をとかしながら夕香は答える。


『G7サミットの最中に起こったテロについてですが、そのどさくさで例のヴィサスというモンスターが中国ロシアに連れ去られたという噂が流れていますが』

『噂でしょう。今回テロの主犯である百足旅団との繋がりを示す証拠はありません。それよりはむしろ百足旅団の偽装工作と考える方が自然でしょう』

『死亡したロシア人と思わしき男性も、体に百足の刺青があり、旅団の一員だったとの事ですし、ヴィサスを連れ去ったのは百足旅団の仕業と見て間違いないでしょう』

 

 テレビではG7サミットについての話題で持ちきりである。連日コメンテーターや芸人、研究者や評論家が好き勝手に自論を展開したり、知ったような顔で議論を展開している。


「本当に百足旅団が全部悪いみたいな空気になってるよ」

 

 そして世間を騒がしている話題の渦中であるはずの輝夜は、素知らぬ顔で日常を送っていた。


「蚊帳の外から見れば、誰しもそう思うでしょうね。実際のところ、各国は百足旅団の対策に本腰を入れています」

「当の旅団はあちらさんに匿われてるから、いくら探したって見つからないと」

「そういう事になりますね」

「あ、もしかして僕を餌に旅団を釣ろうってこと?」


 ヴィサスを確保した以上、中国やロシアが輝夜を襲う可能性は低いが、百足旅団は輝夜の命を狙ったままである。

 学校に通っていれば、必ず人の目に留まる。配信に関してはどこで何をしているのかがリアルタイムで分かる。襲撃する側からすれば、これ以上ないくらい楽だろう。

 百足旅団を誘き出すには絶好の餌というわけだ。

 

「……平たく言えばそうです」


 夕香は気まずそうに口籠もりながらも、小さく頷く。


「ロシア、中国、韓国……地理的に北朝鮮もでしょうか、彼らは旅団のパトロンであると同時に、彼らにとっても旅団はある意味パトロンです」

「政治的な理由で国の方に手が出せないなら、ここは世界共通の敵である旅団を叩く……それが今打てる最善手です」

「理屈としてはわかるけど、学生さんを巻き込むのはどうかと思うよ」


 自分が囮になる分には一向に構わないが、何も知らない学生が巻き込まれて怪我をする事は許容できないと、輝夜は夕香を責めるような目で見る。


「他に打てる手は何かないの?」

「一つ、考えている手はあります。ただ、上に提案しても許可は降りないので、今は打つ手がない状況なんですよね」

「他の国に協力してもらうとかは?」

「それはできません。私も学生を巻き込むのは不本意ですが……今はどの国も自分達の利益を優先していますから、下手に出るわけにはいきません」


 ダンジョンの情報をどれだけ得られるか、ダンジョンからどれだけ多くの利益を得られるか、一つでも多くのダンジョンを自国内に出現するのかわからない中、他国のダンジョンを手に入れるための策を練る。自国の繁栄と威信をかけたゼロサムゲームが水面下で行われている。

 先のテロで、そのゲームに日本は出遅れた。今、他国に協力を要請すれば足元を見られかねない。


「結局は僕らも利益優先って事か」

「それは仕方ないです」


 ヴィサスが放った言葉が真実であれば、世界中にダンジョンが出現する事になる。

 ダンジョンは経済の根幹だが、ダンジョンを管理できなければダンジョンブレイクが起こり、多大な被害を被る事になる。そうならないようにするには、少しでも多くの情報を集め、ダンジョンの出現に備えなければならない。

 ダンジョンの出現が利益となるか害となるか、繁栄か衰退かの瀬戸際にあるのだから、どこも自分達の事を優先して考えるのは当然の事である。


「とはいえ、無関係の学生を巻き込むっていうのは良い気分はしないね」

「それについては、氷室先輩が学生を守るそうです。私も、基本的には学校側の対応にあたる予定ですし、最大限、学生の安全に配慮します」

「氷室と夕香さんが? 他に色々とやる事があるんじゃないの?」


 ただでさえ忙しくあちこち飛び回っているというのに、テロが起こった後ともなれば、家に帰る暇も無いほど忙しいのでは無いかと思った輝夜は、今更ながら大丈夫なのかと心配になる。

 

「氷室先輩と私は、今は百足旅団の特別対策本部に回されています。テロの後処理や他国との交渉は他に出来る人がいくらでも居ますが、政府所属で旅団の相手を出来るのが先輩と私しか居ませんから」


 雑務が無くなった分、仕事量としては、むしろ以前よりも減って楽になっている。大っぴらには言えないが、ある意味、怪我の功名だと夕香は思っていた。


「なら良いんだけど……ところで、その氷室はどこなの? そろそろ登校する時間なのに、一向に姿が見えないんだけど」

「あ、氷室先輩なら先に学校の方に向かってます。なんでも、これから世話になる人らにしっかり挨拶しとかんとなって言ってました」

「世話になるって、別に直接関わる訳でもないだろうに……そんな律儀な奴だっけ?」



◇◆◇◆


「……えー、というわけで、これから暫くの間、臨時講師として主に戦闘やダンジョン内での心構えについて教えてくださる氷室透先生だ」

「まぁ、なんや。聞きたい事とか教えて欲しい事があったら遠慮せんと、気軽に聞いてええからな」


 ヘラヘラと笑いながら挨拶をする氷室を、何やってんだコイツという眼差しで見つめる輝夜と、教室の外で頭を抱える夕香。


「氷室透ってあの?」

「魔葬屋だよ。本物だよ!」

「きゃああああああああ!」

「本物!? マジ!? なんで!?」


 突然の有名人の登場で、一気に盛り上がる教室内。興奮のあまり、あちこちで悲鳴のような歓声が上がり、もはや手がつけられない程の騒がしさとなる。

 彼らにとって氷室は憧れの対象であり、大スターのような存在。それがいきなり目の前に現れて、しかも自分達に教鞭を取ってくれるというのだから、高校生になったばかりの彼らのはしゃぎ様も当然の事だろう。


「なんや、えらい歓迎されとるみたいやな」


 氷室ははしゃぐ学生達に軽く手を振りながら、ゆっくりと輝夜の所へと近づく。

 

「水と食糧なくなって救助要請出すような奴が、一体何を教えるんだ?」


 輝夜は氷室を見上げながら、からかうような楽しげな笑みを浮かべてそう言う。

 

「感覚だけのお前よりは上手く教えられるで?」

「……」


 確かに自分よりは氷室の方が理論的に物事を教える事ができると思った輝夜は、何も言い返せず言葉に詰まり、ムッとした表情で氷室を睨みつける。

 

「銀の弾丸と魔葬屋ってやっぱ仲良いんだな」

「一緒にダンジョンで共闘して旅団メンバー捕まえてたしね」

「最強の二人って感じ」


「ほら、なんか噂されてるから、もうあっち行ってよ。というか、後で夕香さんに怒られても知らないよ?」


 ヒソヒソと噂話をされる事に耐えかねた輝夜は、手を払うような仕草をする。

 

「別にワイが講師しとったかて、何の問題もあらへんやろ。それよか、朝来てからずっと一人で居るな?」


 ボッチなんウケるわと言いながら、ケラケラと笑う氷室。


「見てたのかよ……」

 

 輝夜が喰ってかかるだろうと思い、からかうつもりで言った氷室だったが、彼の予想に反して輝夜はバツが悪そうに目を逸らす。


「仕方ないよ。下手に僕と関わって危ない目に遭いたくないんだよ」


 百足旅団や外国から狙われており、輝夜の首に賭けられた賞金も消えてはいない。下手に関われば巻き込まれてしまうため、自分が避けられるのは仕方がない事だと、輝夜は氷室に言う。


「……いや、別にそういう事やない思うけどな」


 氷室は教室内の学生達に目を向けてそう呟く。

 周囲の学生の眼差しは、恐怖の対象や腫れ物扱いというよりは、憧れの対象や高嶺の花を見つめるような眼差しである。

 むしろ避けているのは輝夜の方なのかもしれないと、氷室は思った。だから彼らも、壁を感じて話かけに行けないのだろう。


「ま、別にええわ。あんまり長話してHRの邪魔するんもアレやし、ワイは学園内を見て回るで、また昼にな」


 氷室はそう言って手をひらひらと振りながら教室を出て行く。そして教室を出てすぐに夕香に捕まり、ぐちぐちと小言を言われていた。

 

◇◆◇◆

 

「生徒を守るって話なのに講師になったら、いざと言う時にすぐ動けないですよね?」


 昼食時、食事をとりながら、夕香は輝夜にそう言う。


「僕に聞かれても困るよ。別に好きにやれば良いんじゃ無いの? いざという時にちゃんと守れるなら文句はないよ」


 デザート代わりに売店で買ったグミをちまちまと食べながら、興味なさげにそう答える輝夜。

 

「輝夜さんは氷室先輩に甘いです!」


 立ち上がり、声を大にしてそう言う夕香。

 

「夕香さんにはもっと甘いよ」


 グミに夢中なまま、さらっとそう言う輝夜。


「まぁ、落ち着きや。そもそもの考案者はワイやのうて鮫島会長や」

「……鮫島会長が? どうしてまたそんな事を」


 それならそうと最初に言えよと思いながら、夕香は氷室にそう聞く。

 

「例のカリキュラムの導入が予定よりも遅れとるさかいな。せやけど、日本のハンターの質を上げるんは喫緊の課題やっちゅう事で、ワイに学生を指導したってくれゆう話が来たわけや」

「事情はわかりました。鮫島会長のお願いであれば無碍にはできませんし……」


 渋々ながらも、それならば仕方がないと、夕香はゆっくりと座り直す。


「それに、ぶっちゃけ旅団が釣れる可能性は低い思っとる」


「輝夜の命を狙っとる言いながら、向こうからのアクションは暫くない」


「ですが、今度からそういうのは先に言っておいてください」


 夕香は机に身を乗り出し、氷室の方に顔を近づけながら念を押す。

 

「わかったわかった。それよか、ワイになんかお願いしたい事でもあるんとちゃうんか?」


 氷室は水の入ったコップを手に取り、グイッと一気に飲み干してからそう尋ねる。


「……なんでわかったんですか?」

「顔見りゃわかるわ。なんや言うてみい」


 氷室は、手に持っていたコップを夕香の額に押し当て、グイッと顔を遠ざけながらそう尋ねる。


「……今回のテロの実行犯である宮野火乃香の身柄を私に預けてください」


 言うかどうか少し迷った夕香だったが、意を決したように深く息を吐き出し、単刀直入にそう言う。

 

「ほら来た。無茶振りや。彼女の身柄は国連に引き渡す事に決まっとる。韓国が捕らえた言う旅団幹部も含めてな。日本に任せたままやと、また暗殺されるから言うんが国連の言い分やし、今の日本には、それに異議を唱えるだけの実力も信頼もない」


 当然、無理だと断る氷室。

 

「引き渡すまでの数日、話をさせてくれるだけで良いんです」

「理由はなんや?」

「私は彼女を知っています。強さに貪欲でプライドが高い。ただ利用され、捨て駒として切られたと知って、ただ黙っているような人間じゃない。それを利用したいと思います」


 夕香は自身の考えを氷室に打ち明ける。

 引き渡す前に情報を吹き込み、引き渡した先で韓国もテロに関わっていると証言をさせる。いわばトロイの木馬である。

 テロを実際に率いて指揮していた人間の言葉であれば、妄言や虚言だとあしらう訳にはいかない。


「リスクに対してリターンが少なすぎる」


 夕香の話を聞いた氷室は首を横に振る。

 仮に事前に吹き込まれた事だとバレれば、日本は立場を失う事になる。下手をすればテロは自作自演だと思われかねない。まさに諸刃の剣である。

 

「取り調べでこちらが情報を聞き出す体で、彼女に断片的な情報を与えるだけです。それで宮野火乃香が何を思い、何を言おうと私たちには関係のない事です」


 仮に虚偽だと切り捨てられても、宮野火乃香が私怨からそうしているという状況にすれば、日本に火の粉が飛んでくる事はない。

 何にせよ、韓国や中国ロシアへの牽制になるのならやるべきだと、夕香は強く訴える。

 

「……とは言え、百足旅団から切り捨てられた女や。場合によっちゃ、旅団が直接、その女は幹部でもメンバーでもないなんて声明を出すかもしれへんぞ?」


 氷室の言葉に、夕香はすぐさま首を横に振って答える。

 

「それはありません。旅団がわざわざ韓国を助けるような動きをするはずがないですから。言えば繋がりがあると公言するようなものです」


 それはそうだと、氷室は頷く。

 

「……わーったわ。そこまで言うんやったら上に話はつけといたる」

「ありがとうございます先輩!」


 夕香は立ち上がり、深々と頭を下げて礼を言う。

 

「……話は終わった?」

「はい。すみません、長々と」

「別に構わないけど、昼休みは終わっちゃったね」


 昼休みの終わりを知らせるチャイムを聞きながら、輝夜はそう言う。


「午後の授業は戦闘訓練やんな。ワイが教えるんやけど、ぶっちゃけお前のクラスの実力ってどんなもんや?」

「出たことないから知らない」

「ほな、今回はお前も参加せぇ」

今回は少なめですが、次の話もほとんど書けているので早めにアップします

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