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G7サミット(7)

◇◆◇◆


「アリア、パク大統領の居場所とか追えないか?」


 アリアから服を受け取った輝夜は、その場で着替えながら彼女に尋ねる。

 

「無理だな。第一、そんな状態で戦うなどやめておけ」

「確かにちょっとしんどいけど」


 一切の防御を捨てた特攻のせいで、ダメージが深刻であり、少し体を休めたいというのが輝夜の本音であった。

 だが、ここで多少の無茶をしておかなければ、被害がどんどん大きくなってしまう。


「夕香さんだって頑張ってるし、他にも大勢が手を尽くしてるんだ。ここで根性見せなきゃ男じゃないよ」

「……」


 女だろお前……と言いかけるアリアだったが、それは無粋だと思い口を(つぐ)む。


「わかった。だが、さっきも言ったように、パク大統領とやらを追うのは無理だ。残念だが、とっくに逃げ(おお)せている」

「逃げ足が速い事で……結局なんの為にマヌケ旅団と手を組んだのか聞けなかったか」


 輝夜はそう言って肩を竦める。


「まぁ、考えられるとすれば僕の身柄とかだけど、リスクとリターンが釣り合ってない気がするんだよね……それに、ここまで用意周到に準備をしておいて、失敗した時の保険を何も用意していない筈がない」


 輝夜は頭を振り絞って考えを巡らせるが、韓国の狙いや策、事態がどう変化していくのか、何一つとして見えてこない。

 

「……ダメだ。さっぱりわかんない。こういうのは僕には向いてない」


 いくら考えたところで、この先どうなるかなど自分の頭では到底わかろう筈もない。そう思った輝夜は考えるのをやめて、体を動かす事に専念する。


「どうするつもりだ契約者?」

「敵を倒しながら、夕香さんを助ける。アリアのアイテムボックスに入れておいたアレ出して」


 アリアがアイテムボックスを開き、中から一丁のライフルを取り出す。

 Mk–22。近年米軍で採用されたスナイパーライフル。形が気に入ったということで、アリアのアイテムボックスに預けていた銃である。

 芹矢に頼み込んで五百万円の大特価で密輸させた純正品。それを個人的にカスタマイズした輝夜のお気に入りのライフル。

 見た目よりも軽く、しかしながらずっしりと重みのあるそれを両手で抱えるようにして持ち、弾倉に弾を込めていく。使用する弾は.338ラプアマグナム。

 弾を込めた弾倉を銃に装填し、それを肩に担いで屋上へ上がる。


「ブーストスクエア」


 ブーストで銃を強化して防音の為のイヤーマフを装着し、スコープを覗く。

 遠くに感じるナディの魔力を頼りに夕香の姿を探すが、パッと見た限りではそれらしい人物は見当たらない。

 代わりに、街中で暴れている者達を見つける。


「久しぶりに撃つし、試し撃ちしとくかな」


 少しでも被害を減らしておく為に、輝夜は暴れている男に狙いを定めて引金を引く。

 銃の発射音とは思えない、大砲を撃ったかのような爆音が鳴り響く。

 極超音速で飛翔した弾は衝撃波を伴い敵の大腿部の側を通過する。弾は皮膚に触れてすらいない。にも関わらず、皮膚が破けて肉が裂ける。

 撃たれた男は痛みのあまり、その場に倒れて悶絶する。


「最っ高。だけどイヤーマフしてても五月蝿いなぁ」


 恍惚とした顔を銃から離し、イヤーマフを外して一息つく。

 一発撃っただけで肩が抜けそうになる程の衝撃が走るため、そう連続しては撃てない。

 

「おい、撃つなら先に言わぬか! びっくりしたではないか!」


 両耳に手を当て、目尻に涙を浮かべながらそう言うアリア。

 

「ごめんごめん。それより夕香さん探してよ」

「了か――あ、居たぞ。飛んでるな」

「空に居たのか、そりゃ見つからない訳だ」


 肩の痛みが引いた辺りで、もう一度スコープを覗いて夕香の姿を探す。


「ああ、あれか」

 

 炎と蒸気で隠れているものの、確かに夕香らしき人が誰かと戦っているのが見える。


「けど、あれじゃ狙えないな」


 姿が確認し辛いので、下手をすれば夕香の方を撃ちかねない。


「――魔法が効いてない。何かの遺物かな? でも汗をかいてるって事は、物理的な影響は受けるっぽい。とすると直接狙うのはまずいから、ソニックブームを当てるのがベターか」

 

 夕香の戦っている相手を観察しながら、撃てるタイミングを見計らっていると、少しづつ夕香が移動し、それに釣られるように戦っている相手も移動する。


「――お、ナディがこっちに気付いたね」

 

 相手の姿が完全に顕になったタイミングで引き金を引く。

 極超音速で放たれた弾丸は、発射した瞬間に夕香達の元を通り過ぎる。

 夕香は魔法で身を守っているので衝撃波の影響は受けないが、相手の方は肩と耳に傷を負う。


「いってぇ……けどやっぱスカッとするな」


 ズキズキと痛む肩を抑えてそう呟く輝夜。だがその表情は痛がっているよりも、威力の高い銃を撃った喜びの方が優っていた。


「とはいえ流石にもう一発は撃てそうにないか」


 肩を軽く動かしながらそう呟く輝夜。多少の痛みはあるものの動かす分には問題ない。とはいえ、もう一発撃てば肩が外れるか、運が悪ければ骨が折れそうだ。

 

「その怪我でそんなものを撃てばそうなる。肩が外れてないだけ幸運だと思うんだな」

「少し休めばもう一、二発は撃てると思うんだけどね。それより行くよアリア」


 輝夜は銃をアリアに投げると、ブーストで身体能力を底上げし、屋上から飛び降りる。落下する途中で壁を強く蹴り一気に加速する。

 

◇◆◇◆


 今ならば攻撃が通るかもしれないと思った夕香は、火乃香に向かって雷撃を放つ。しかし、雷撃は火乃香に届く前に霧散して消えてしまう。


「まだダメですか。ですが物理的な影響は受けるなら」


 攻撃する手をやめて防御に徹する夕香。輝夜からの援護があるとわかった以上は、無理に交戦するよりも時間を稼いで輝夜の狙撃に頼るのが最善手。


「このクソが! 私にこんな怪我を負わせた奴も、アンタも他の何もかも全てまとめて燃やし尽くしてやる!」


 火乃香は怒りに身を任せ、炎を膨れ上がらせると、視界を覆い尽くすように放射状に炎を放つ。

 夕香はそれを押し返すように障壁を貼る。

 炎と障壁が拮抗する中、炎の中から火乃香が飛び出し、いつの間に取り出したのか右手に握った警棒を振り下ろす。


「それは!」


 火乃香が持っているのは夕香と全く同じもの。政府の機関に所属しているハンターに貸与される特注品で警棒としても使える杖。

 火乃香がそれを持っているとは思わず、夕香の動きが一瞬だけ止まる。


「迷ったわね!」


 強化魔法の付与された杖は、夕香の障壁を容易く破壊する。


「くっ!」


 杖が当たる寸前のところで、夕香はマジックブレードで特殊警棒を受け止める。


「そうですよね。貴女の経歴を考えれば、政府関係者の一人や二人殺してたっておかしくない」

「まぁ、役人の初期装備にしちゃ便利な武器よね。丈夫で隠し持てる上に、魔法で強化しやすい」


 夕香と火乃香の使っている杖には魔法の補助をする機能が備わっており、杖自体に強化魔法を付与することで、鉄すら簡単に砕く事ができる程の威力を発揮する。

 

「そういえばチンピラの武器に魔法を付与していたのも貴女でしたっけ……まぁ確かにそれと強化魔法は相性いいんですけどね」

 

 魔法で強化された特殊警棒だが、高速で振動する魔力の刃によってチェーンソーのような音を立てながら少しずつ削れていく。


「普通に魔法で作った方が強いんですよね!」

「そんなもの!」


 火乃香は初めて見る魔法に驚きながらも、空いている手でブレードを掴む。火乃香の触れたところから魔力が霧散していき瞬きする程の僅かな時間で消えてしまう。


「ナディさん距離を!」


 ナディに指示を出して大きく距離を取る。


『ねぇ、ちょっと』


 ナディは夕香の耳元まで飛んでいくと、彼女の髪を軽く引っ張って声をかける。

 

「なんですか? いまそれどころじゃ……」


 ナディは夕香にボソボソと耳打ちをする。

 それを聞いた夕香は炎を押し留め、彼女を捕えるように彼女の周囲に障壁を展開する。


「……は? 何してんの?」


 火乃香は炎を消し、眉を顰める。

 どう考えても明らかな悪手。

 魔法で作られた障壁であれば火乃香のつけている遺物の効果で、触れるだけて簡単に消せる。

 それに、いつ狙撃されるかもわからない状況で、夕香の張った障壁はそのまま狙撃から身を守る盾としても使える。


「何を狙ってるのかわからないけど、まぁ有効に使わせてもらうとするわ」

 

 火乃香は首から十字架のネックレスを取り出して傷口に近づける。十字架に嵌め込まれたエメラルドグリーンの宝石が淡い輝きを放ち、彼女の傷を癒す。

 

「確かに捕らえたは良いですが、ここからどうしましょうね」

「何それ。アンタってそんなに頭悪かったっけ? そもそも捕らえられてないし……まぁ仮にできたとしても、皇居の守りは潰してる。後は数で押し込めばこっちの勝ちに変わりはないわ」


 治療を終えた火乃香はネックレスを首にかけ、勝ち誇ったようにそう言う。そんな火乃香の様子を見た夕香は、不思議そうな顔で彼女に質問を投げかける。

 

「……貴女、このテロを指揮してるんですよね?」

「だったら何よ。また押し問答でもするつもり? 今度はせっかく張った障壁が消えないといいわね」

「いえ、ただ純粋に気になってたんですよね。なぜテロの標的はG7サミットの会場ではなく、天皇陛下が住まわれる皇居なんですか?」


 政治や社会情勢からは大きくかけ離れた存在。余程の思想がなければテロの標的にしようとはならない。

 そもそもテロ自体が自身の主義主張を無理やり他に受け入れさせるための手段であるのだ。そして世界を股にかける犯罪組織に、一国家の情勢など興味があるはずもなければ、テロをしてまで受け入れさせたい主義や主張があるとは思えない。

 

「……ひょっとして、誰かに頼まれましたか?」

「当たり前でしょ。大金を受け取らなきゃ、誰がこんな面倒な事するもんですか」


 聞いても答えないだろうと思っていた夕香だったが、その予想に反してあっさりと認める火乃香。

 

「その依頼を出したのは誰なんですか?」

「そんなの知るわけないし、興味もないわよ」


 とぼけているのではなく、本当に知らない様子である。

 火乃香がそう言った瞬間、銀髪を靡かせた少女が輝夜の障壁を蹴破り火乃香へ肉薄する。


「ん?」


 何が起こったのかと音のした方に目を向ける火乃香だったが、振り返った時には、輝夜の膝蹴りが彼女の腹にめり込んでおり、メキメキと軋む音を上げる。

 

「――あ、ごめん。思いのほかイイトコ入っちゃった」


 口ではそう言いながらも、火乃香を足蹴にして、その反動で夕香の元に跳ぶ。


「ちょっ! 輝夜さん!? タイミング悪すぎるんですけど!?」


 夕香は慌てて輝夜を受け止め、落とさないように体を抱き抱える。


「うっ……おぶぇ」


 血と共に胃液を撒き散らす火乃香。

 内臓、おそらく腎臓あたりが損傷したのか、真っ直ぐ姿勢を維持する事も難しく。脇腹を抑えて前屈みになり、苦しそうに呻き声をあげる。


「クソが………この……」


 全身を小刻みに震わせ、腹を抑えて輝夜を睨みつける火乃香だったが、それも束の間、すぐに白目を剥いて気を失う。


『おっと危ない』


 頭から真っ逆さまに落ちていく火乃香を、ナディが風で落下するスピードを軽減させる。


「もう少し情報を聞き出したかったんですが……ナディさん、彼女に死なれては困りますので、治療をしていただけませんか?」

『……手伝うのはそれが最後よ』


 ナディは輝夜の方を一瞥すると、心底面倒くさそうに頷き、火乃香の治療を始める。

 

「輝夜さんがこちらに向かってきている事は、ナディさんに教えてもらいましたが、まさか空を飛んで現れるとは思いませんでしたよ……っていうか敵の狙いは輝夜さんかもしれないのに、みすみす姿を晒さないでほしいんですけど」


 輝夜を抱えたままゆっくりと地面に降りてきた夕香は、気を失っている火乃香から遺物らしきものを片っ端から剥ぎ取っていく。


「まぁまぁ、そう怒らないでよ。それ全部遺物?」

「いえ、魔力が感じられるのは五つです。それ以外はただの装飾品です……まぁ、鑑定するまでは確定ではないのでそれっぽいものは全て押収します」

「それ持ち歩くの大変でしょ? アイテムボックス入れていいよ」


 輝夜がそう言うと、ナディは無言でアイテムボックスを開いて、勝手に入れろとばかりに指差す。


「あぁ、助かります……って、そうじゃなくて、なんでわざわざ姿を晒したのか聞いてるんです」


 ついつい流されそうになっていたのを踏みとどまり、輝夜に詰め寄る夕香。

 

「別にどこに居ても大して変わらないよ。それより今はテロの鎮圧が最優先なんでしょ?」

「…………はぁ、わかりました。その代わり私から離れないでください」


 何を言っても聞く耳を持つ気がないのだろうと思った夕香は、せめて自分の目の届く範囲に居てくれた方が安心できると思い、ため息混じりに頷く。

 

「わかった。それで僕は何すれば良い?」

「敵の指揮官は潰したので、後は残敵掃討です」


 火乃香が気を失った事で、彼女が一般人に持たせていた武器の魔法も解除される。そうなれば敵の殆どは、ただの暴徒となる。そうなれば大半は逃げ出すか、被害者の振りをしてやり過ごそうとするかのどちらかになるだろう。

 

「状況を確認しますので少し待ってください」


 夕香は無線で現状どうなっているのかを尋ねる。

 かなり苦しい状況だろうと内心で思っていた夕香だったが、無線からの返答が予想外のもので目を見開いて驚く。


「……そうですか、わかりました。引き続き残敵掃討に当たってください」


 無線での通信を終えた夕香は輝夜に向き直り、今聞いた話をそのまま彼女へ伝える。


「魔導科第一魔導群が事の対処に当たっているそうです。残敵掃討はそちらに任せてしまって大丈夫でしょう。それにアメリカとフランス、それと韓国の代表達が護衛として連れて来ていたハンターの中から増援を寄越してくれたとのことです」

「……は?」

「何をそんなに驚かれているんです? まぁ、確かに韓国は意外でしたが、アメリカやフランスとは友好関係にありますし、増援を送ってくれること自体は不思議ではないですよ」

「いや、だって韓国は旅団と結託してテロを起こした側なのに、その鎮圧に手を貸すっておかしいでしょ」


 輝夜の言った内容を理解するのに数秒かかる夕香。

 

「すいませんが、その話詳しく聞かせてもらえませんか?」


 

「――なるほど、こちらもテロは依頼されてやったというのを、そこで気を失っている彼女から聞きました」


 輝夜から話を聞いた夕香は、顎に手を当てて考え込む。

 輝夜の話で全て合点がいった。

 百足旅団にテロを起こすように依頼したのは韓国。

 目的は陽動。

 テロはG7サミットが行われているホテルではなく、皇居を狙うかのように動いていたのも、ホテルを警備している人員をテロの対応に割かせて、守りが薄くなった隙を付いて韓国側は輝夜の身柄を捕えるつもりだったのだろうと夕香は考えた。

 そして、輝夜を奪う事に失敗しても、積極的にテロ鎮圧を支援し、ある程度の活躍をして見せればどこも疑いはしない。


「なるほど、見えてきました」

 

 夕香は急いで無線で韓国の動きを確認する。


「……輝夜さん、本当にヒョンスクハンターは動ける状態ではなかったんですよね?」

「かなりキツイの喰らわせたから、半日は起きてこないと思うよ」

「それが、今確認したところ、韓国が送ってきた援軍の中にはヒョンスクハンターも居るそうです。加えてヒョンスクハンターが単独で幹部を一名、加えて韓国のハンター二名が協力して幹部を一名捕縛したと」

「病み上がりで大した活躍だことで」


 よほど優秀なヒーラーが居るのか、もしくはなんらかのスキルや遺物の効果によるものか、いずれにせよヒョンスクが平然としていれば輝夜と戦って敗れたという話の信憑性は薄くなる。

 もしホテルに戦闘の跡が残っていたとしても、テロのどさくさに紛れてその一角を破壊してしまえば証拠は残らない。


「おそらくは仕込みでしょうが、効果は覿面(てきめん)です。それにパク大統領の行動もテロに対して迅速に対処したと言われればそれ以上の追及は難しい」


 百足旅団と共謀してテロを起こしたなどとは誰も思いもしない。むしろ他国で起こったテロに積極的に力を貸した国に見え、幹部を二人も捕縛した事もあって韓国の株は一気に上昇する。

 そんな中で対外的に見れば韓国に助けられた日本が、手を差し伸べた韓国に文句を言えば、世界から非難されるのは日本の方になりかねない。


「テロが起こった時点で韓国の利になるという事ですか。壮大なマッチポンプですがしてやられました」


 額に手を当ててそう呟く夕香。


「これを崩そうにも、輝夜さんの証言だけでは韓国と旅団が手を組んでいたという証拠として……いや、そもそも妙ですね」

「何が?」

「韓国もかなり周到に準備をしている筈なのに、誰が聞き耳を立てているかもわからないような場所で、ペラペラと計画の話をするとは思えません」


 夕香の話を聞いた輝夜は、言われてみれば確かにその通りだと頷く。


「仮にするとしても『アレどうなってる?』『順調です』みたいに第三者に聞かれても大丈夫なように具体的な内容には触れずにぼかしてやりとりします」

「つまりは、あえて僕に計画をバラしたって事?」

「おそらくそうでしょう。しかし、その意図がよめない」

「僕を捕まえるとかってのも陽動なんじゃない?」


 適当に思った事を口に出す輝夜。

 

「確かにその可能性は高いですが、しかし、他にわざわざ狙うような標的なんて……」


 そこまで言ったとろこで、夕香はハッと気づく。


「あります! ヴィサスですよ! テロを陽動に輝夜さんを捕えると思わせて、本命はヴィサスの確保です」

 

 夕香はすぐさま氷室に電話をかけるが、何コール鳴っても氷室は電話に出ない。


「出遅れました。向こうはすでに始まってるみたいです」

「ヴィサスの場所は?」

「室長と氷室さん、あとは輸送に関わった極一部の人間しかヴィサスの居場所を知りません」


 夕香はそう言いながら室長に電話をかける。

 

「室長! ヴィサスの居場所を教えてください!」


 電話が繋がるや否や、夕香は開口一番にそう言う。

 

『いきなり何だね夕香君。何の説明もなしに教えるわけには……』


 電話越しに聞こえる室長の困惑した声。しかし夕香はそんな事を気にする事なく矢継ぎ早に捲し立てる。

 

「このテロは陽動、本命はヴィサスです。護衛の氷室先輩とも連絡がつきません。事はすでに始まっているかと思われます」


 室長は少しの沈黙の後に短くヴィサスの居場所だけを伝えて電話を切る。


「居場所がわかりました。ここからそう遠くない場所にあります。急いで向かいましょう」


 夕香はそう言いながら周囲を見回す。そして一台の投げ捨てられたバイクを見つけると、車体を起こして鍵穴に杖を当てがい、魔法でエンジンをかける。


「輝夜さん!」


 バイクに跨ると、輝夜に後ろに乗るように促す。

 輝夜は言われるがままに優香の後ろに乗り、腰に手を回す。

 ヘルメットはいいのだろうかと、輝夜が思う間もなく、夕香は一気にアクセルを回す。


「ところで、これ大型ネイキッドだけど免許持ってるの?」

「中型二輪しかないですけど? 大型なんですかコレ?」


 夕香の返答を聞いて輝夜は背筋に悪寒を覚える。


「おい運転代わ……」

 

 輝夜が言い終わる前に、夕香はさらにアクセルを回して一気に加速させると、地面に転がっている瓦礫の合間を縫うように一気に駆け抜ける。


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