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G7サミット(6)


 

「……爆炎の魔女」

「あら? 一人漏れて……って、あら? あらあら? あらあらあら久しぶりねぇ、如月夕香」


 女性はゆっくりと地面に降りる途中で夕香の存在に気付くと、口元に笑みを浮かべて、まるで旧知の仲かのように夕香に声をかける。

 

「……ええ、高校以来ですね。宮野火乃香(みやのほのか)さん。再会を祝して食事にでも行きたいところですが、残念ながら無理そうですね。そもそも、そこまで親交があった訳でもないですけど」


 夕香は複雑そうな表情を浮かべた後、大きく深呼吸をしてから返事をする。

 

「まぁ、そうねぇ、三年間同じクラスだったのにフルネームで呼び合う仲だものね。それに、私が何をしたか知ってるんでしょ?」

「ええ、まぁ、そうですね……しかし、まさか百足旅団に入っているとは思いませんでした」


 夕香は四年前に起こった事件を思い出す。ハンターになったばかりの新人が三名のプロハンターを殺害し、装備品や遺物を全て持ち去って姿を消したというもの。

 プロとして活躍し、世間からの知名度もあったハンターが、無名の新人ハンターに殺害されたというニュースに世間は深く悲しんだ。その犯人が宮野火乃香である。

 

「強くなるには手っ取り早かったのよね」


 そう言って彼女が誇らしげに見せびらかす杖は、元は殺されたハンターが愛用していたもの。他にも彼女のローブや身につけている数々の遺物も、全て他者を殺して奪ったものである。

 

「貴女のその、貪欲に強さを追い求める姿勢には、尊敬の念すら抱いていましたが……残念です」

「元クラスメイトのよしみで、一度だけ警告してあげます。大人しく投降してください。減刑されるように力を尽くすと約束します」


 夕香はそう言いながら杖を火乃香に向ける。

 

「聞くだけ無駄よ!」


 火乃香は遺物の力で空中に飛び上がると同時に、空中に無数の炎を出現させる。ぼうぼうと燃え盛る赤い炎はやがて青色へと変わり、しゅるしゅると音を立てて勢いを増していく。

 離れているにも関わらず、肌が焼け付くかのような熱が伝わってくる。


「火力勝負は私の得意とするところ」


 夕香は杖を扇を描くようにして振るい、無数の魔法陣を展開する。

 だが、夕香は魔法を撃つ気はなかった。

 正面で魔法を撃ち合ったとしても、負けないという自信はあるが、まともに戦えば辺りへの被害は避けられない。下手をすれば皇居にまで被害が及ぶ可能性がある。


「(私一人なら、それでもやむなしだったでしょうが)」


 今はナディが居る。

 派手に魔法陣を展開する事で火乃香の注意を夕香に向け、その隙に火乃香の背後に回り込んだナディが彼女を攻撃する。

 

「私、見えるタイプなの」


 ナディの放った風の刃を防ぐかのように、炎がうねりながら火乃香の背後に回り込む。

 熱で風が散らされ、風の刃は火乃香に届かない。


「まさかっ!?」

 

 ナディの姿が見えているという事に夕香は驚く。火乃香自身の特性か、遺物かスキルの効果によるものか、それとも別の何かが原因なのか、様々な考えが頭の中を巡り、彼女の動きが止まる。


「隙だらけよ」


 その隙を見逃さなかった火乃香が、夕香に向かって炎を放つ。青い炎が夕香を包み、地を這い辺りを焼き尽くす。

 それはまるで火を吹く竜のような姿だった。

 咄嗟に魔法で身を守り、上空へと脱出した夕香は、風魔法で自分の体を空中浮かせながら、防御魔法を前面に展開する。

 炎に晒された建物は灼熱しており、周囲の景色がゆらゆらと歪んで見える。


「あら、飛べるのね」

「……」


 頭上を抑えられていては一方的に炎に炙られ続けると思った夕香は、せめて制空権だけでも拮抗させようと上空に留まる事を選ぶ。

 しかし、風魔法で空を飛ぶ事はかなり高度な技量が必要である。

 空中で体を支えてバランスを取りながら、重力に負けない勢いの風を放出し続けなければならない。

 多くのハンターが空を飛ぼうとしては、自分には無理だと諦める。

 そんな、ただでさえ精密なコントロールが必要な魔法を、戦いながら維持しなくてはならない。


「こっちは皇居に被害が及ばないように気を遣ってるっていうのに……」


 冷や汗を流しながら、そう呟く夕香。

 まさか、たった一手でほぼ詰みの状況に追い込まれるとは予想だにしていなかった。


「あら、そうなの? お役人は縛りが多くて大変ねぇ」


 ニヤニヤと小馬鹿にするような笑みを浮かべ、口元に手を当ててわざとらしく驚くふりをする火乃香。


『相手を煽る余裕なんてあるのかしら?』


 火乃香の側面からナディが高圧の水を噴射させる。音速の五倍の速度で打ち出された水は、火乃香が反応する暇すら与えない。しかし、ナディの放った魔法は彼女に触れる直前で消滅する。


『魔力が消された……!?』

「風魔法以外も使えるとは思わなかったわ。私じゃなかったら今ので終わりだったでしょうね。けど残念ながら対策してるのよ」

『まったく、防御系の遺物は本当に厄介だわ』

 

 火乃香の持つ遺物の一つ一つはそこまで強力なものではない。しかし、保有している量が未知数であり、手の内の一端しかわからない。

 今の状態では戦いにすらならない。


「くっ……」

 

 せめて、魔法の操作が安定するまでは時間を稼ぐ方法を考えていると、ふと輝夜の顔が脳裏をよぎる。


「そういえば、さっき反魔力主義者の集団に会いましたが、彼らが持っていた鉄パイプに強化魔法を施したのは貴女なんでしょう?」

 

 夕香はくすりと笑みをこぼし、らしくないと思いながらも火乃香に話を振る。


「……ええ、そうよ」


 見え透いた時間稼ぎだと思った火乃香だったが、かつての級友が、なりふり構わず必死になっている様をもう少し見ていたいと思い、時間稼ぎに付き合う事にした。


「なぜ手を貸すような真似をするんですか?」

「魔力は悪だのハンターは悪だの騒いでおいて、自分が力を得たとたん、自分の力であるかのように振りかざす……その姿が滑稽だからよ。魔力を持たない人間なんて猿と同じ」

「……根本的には貴女自身も、貴女が滑稽だと嘲笑う彼らと大して変わらないじゃないですか」


 少しづつ魔法のコントロールに慣れ、姿勢が安定してくる。


「……はぁ? どこがよ?」


 少し不機嫌そうに眉間に皺を寄せる火乃香。

 

「結局のところ、他人が自分よりも上に行くのが怖いだけなんでしょう? だからわざわざ武器を与えて、力を得たとはしゃいでる一般人を上から見下ろして優越感に浸りたいだけ」

「それが強者の振る舞いよ」

「石を投げられ、後ろ指を刺されて差別され、貴女だって辛い目にあったでしょうに……なぜこんな事をするんですか」

「過去は過去よ。今が楽しければ、未来が楽しくなるならそれでいいわよ」

「自分さえ良ければそれで良いって事ですか、そういえばそういう人でしたね!」


 自分達がされて来た事を思い出し、嫌な気持ちになる。

 もう誰も辛い思いをしないようにと、大勢の人がしてきた努力を踏み躙られたような気がして、ふつふつと怒りが湧いてくる。


「ハンターなんて大体がそんなもんでしょ」


 火乃香はお喋りは終わりだと言わんばかりに、先ほど放った炎と同じ規模の炎を夕香に向けて放射する。

 夕香は自分の眼前に魔法で障壁を張って身を守る。

 飛行魔法の制御に加えて防御魔法の維持。脳のリソースを全て使い、ギリギリ耐えられている状況。あと一手、火乃香に攻め手があれば確実に負ける。

 

「誰も彼も自己中で、他人なんて自分が成り上がる為の道具としか見てない。アンタの先輩も、最近出来た可愛い後輩も、たまたま政府に拾われただけ。たまたま人を殺してないだけでしょう?」

 

 輝夜と氷室の顔が脳裏に浮かぶ。確かに自己中で手を焼く事も多い。


「貴女ほど人の道から外れちゃいませんよ!」


 奥歯を食いしばり、怒りを露わにする夕香は、障壁を前に押し出して、炎を押し返す。

 だが次の瞬間、感情に呑まれたことで魔法の制御を乱し、空中で大きく体勢を崩した夕香は、そのまま真っ逆さまに地面へと落下する。


「……自分から話をふっかけておいて、勝手に足元を掬われるなんて、とんだおマヌケさんだこと」

『まったくね』


 夕香の耳元でナディがそう呟く。

 その瞬間、夕香の体がフワッと浮き上がる。


「ナディさん」

『本当は私がアイツを叩きのめしてやろうと思ってたけど、アンタに死なれるとあの子が何しでかすかわからないからね』


 ナディは夕香の姿勢を安定させ、上空へと引き上げる。

 

『移動は全部私がやってあげるから、アンタはアレに専念しなさい』

「ありがとうございます」


 夕香はナディに礼を言って目の前の火乃香に集中する。

 魔法で自身とナディの身を守りながら、空中に無数の魔法陣を展開する。それに呼応するように、火乃香も出したままにしている炎を膨れ上がらせる。

 一呼吸置いた後に、空中で行われる魔法の応酬。

 火乃香の炎に対抗して大量の水をぶつける夕香だったが、瞬く間に蒸発して白い蒸気へと変わっていく。

 周囲の気温と湿度がみるみると上がり、汗で濡れたシャツがべっとりと張り付く。


「本当に、魔法だけは大した腕だわ」


 滝のような汗を流しながらそう言う火乃香。暑さで顔が赤くなり、少し呼吸が乱れている。

 

「お褒め頂き光栄です」


 夕香はジャケットを脱ぎ捨てて、まだまだ余裕だとばかりに笑みを浮かべる。


 隙を見てヴィサスの使っていた熱線を放つ。触れたものを全て蒸発させる程の熱量を持ったこれならば、火乃香の守りを崩せるのではないかと期待を込めて放ったものの、やはり火乃香に触れる直前で消滅していく。


「これでもダメですか」

『魔力を霧散させる効果を持った遺物ね。あれだけ派手に炎を出してるのに、本人は火傷の一つも負ってない』

「魔法では彼女にダメージを与えられないと?」

『そういう事ね』

「……困りましたね。私、魔法以外の攻撃手段なんてないんですが」

『大丈夫よ。そろそろ来るから』


 ナディの言葉に夕香が聞き返そうとした時、火乃香の耳と肩口が裂け、つけていたピアスが砕け、勢いよく血が吹き出す。


『ほらね?』

「――は?」


 火乃香は何が起こったのか理解できず、肩口から流れる血と、遅れてやってくる激痛でようやく自分が攻撃されたという事に気がつく。

 

「っっあああああっ! なによこれ! なんで痛いのよ!」


 遺物に頼りきりで久しく感じる事の無かった激痛は、火乃香にとっては耐え難い苦痛であり、耳と肩口を押さえてヒステリックに叫ぶ。


「一体何が?」

『狙撃よ。そのために、狙いやすい位置に誘導したんだから』

誤字脱字報告、ありがとうございます。

とても助かります。

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