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配信をしてみる

 月灯りが薄っすらと照らす真夜中、輝夜はそっとマンションのドアを開けて出て秋葉原のダンジョンに向かう。

 夜であるにもかかわらず、秋葉原のダンジョンは多くの人でごった返していた。


『どうするの?』

「そうだなぁ、秋葉原でもう少し慣らしたかったんだけど……」


 路地裏に身を潜めながら、小声で会話する二人。

 秋葉原のダンジョンは、とてもではないが行ける状態ではない。


「かと言って遠出するにしても時間がなぁ」


 遠出して離れたダンジョンに行くには遅い時間である。


『渋谷のダンジョンしかないわね』

「えぇ……」


 渋谷と聞いて露骨に嫌な顔をする輝夜。

 渋谷のダンジョンはハンターの間でも不人気である。ダンジョン内部は砂漠地帯で昼は茹だるような暑さで、夜は凍えるような寒さ。尚且つ、ダンジョンの中は昼夜の進み方が現実よりも早かったり遅かったりするため、今ダンジョンの中が昼か夜かもわからない。

 さらに何もない砂漠が広がり四方からモンスターが襲ってくる上に、やたらと広く似たような景色が広がるため、地図が役に立たず下の階層に続く道も探しにくい。さらには、一層にはかなり厄介なモンスターが生息しているという噂まである。


『でないと同業のハンターに見つかって、あっという間に大騒ぎになるわよ』

「……わかった。行くよ」


 誰にも見つからないようにこっそりと渋谷のダンジョンには向かう。



◇◆◇◆


 入り口でライセンスを機械にかざしてダンジョンの中に足を踏み入れる。


「うっわ、暑い」

『我慢なさい』


 ダンジョンの中は昼。

 輝夜はジャケットを脱いで腕をまくり、ブラウスのボタンを二つ外す。

 現実の砂漠と違い、ただ暑いだけで紫外線は気にしなくてもいいというのは楽である。

 暫く進むと、遠方に一匹の狼が見えてくる。その近くには狼の巣と思われる穴蔵がある。

 輝夜は物陰に隠れてナイフの刀身を鏡代わりに使って狼の様子を窺う。

 巣穴の外、入口の近くには見張りの狼が一匹、入口から付かず離れずの距離で寝そべり、だるそうに欠伸したり、ボーッと遠くを眺めている。そのためか、輝夜に気付く様子はない。


「サーベルウルフか」


 剣のように鋭い牙と熊のような巨体を併せ持ち、集団で狩りをする狼に似たモンスターであり、全身を覆っている毛皮は、弾丸や刃を通さないほど分厚く、正確に急所を攻撃しなければ有効打にならない。

 輝夜は物陰から銃身を出し、ナイフに映る光景だけを頼りに狙いを定めて引金を引く。

 弾丸は狼の横腹を撃ち抜く。銃声と悲鳴により、蜂の巣をつついたように、巣穴の中からぞろぞろと狼が飛び出してくる。


「おー、大量大量」


 それをナイフの刀身越しに見ながら、輝夜は愉快そうに笑う。


『こうも一方的だと相手が可哀想よねぇ』

「こらこら、顔出さないの」


 物陰からひょっこりと顔を出すナディの頭を指で引っ込ませて、出てきた狼を片っ端から撃っていく。

 銃口から放たれた弾丸は、的確に狼の急所を撃ち抜いて行く。それをナイフの反射によって、狙いを定めてやっており、その技術は凄まじいの一言に尽きる。だが、狼も馬鹿ではない。銃声から隠れている方向を特定すると、一斉に向かってくる。


「ありゃ、バレちゃったか」


 物陰を飛び出すと、向かってくる狼の群れに向かって走りながら、冷静に銃を構えて引き金を引く。

 銃口から発射された六発の弾丸は六匹の狼の額に穴を開ける。

 あまりの正確な射撃に、狼は警戒して足を止める。

 輝夜はその隙を逃すことなく群れの中心に手榴弾を投げ込んで、近くの岩陰に飛び込む。さらにもう一つ手榴弾を放り投げる。

 直後に爆発とともに無数の破片が狼らの体を貫く。


「二個目はいらなかったな」


 輝夜は爆風になびく髪を抑えながら、そう呟く。

 周囲に動いている狼がいない事を確認すると、輝夜は岩陰から出て狼の巣穴へ入っていく。

 懐中電灯で足元を照らしながら奥へ奥へと進んでいくと、やがて開けた空間に出る。固い岩盤で覆われ、天井に空いた隙間から光が尾を引いて差し込んでいる。

 その光芒の先には湖があった。底が見える程に澄んだ綺麗な水。

 輝夜は湖の側で腰を下ろし、鞄から水筒を取り出して湖の水を汲む。そして飲み口の所に携帯用の浄水器をつけてから蓋をしてリュックに戻す。


「よし、それじゃあ行こうか」


 輝夜はおもむろに服を脱ぎ始める。下着姿となり丁寧に畳んだ服を鞄の中に入れると、それを持って湖に飛び込む。

 そのまま泳いで湖の底まで来た輝夜は、横穴へと入っていく。そして横穴を抜けて湖から出ると、岩盤に覆われた空間が存在しており、その真ん中に下の階層へ続く階段があった。


『ここ分かりにくいわよね』

「だから不人気なんだけどね」


 輝夜は鞄から服を取り出すと軽く絞ってからナディの風魔法で乾かし、着替えながら階段を降りていく。


「やっと暑さから抜け出せた」


 二層目以降は洞窟となっており、一層と違い周囲は湿った岩盤で覆われているためひんやりとしていて涼しい。

 輝夜はここら辺で休憩しようと思い、地面に腰を下ろすとコンビニのおにぎりを取り出して、それを頬張りながら拳銃から空薬莢を排出して新しい弾を込める。それから使い終えたスピードローダーにも弾をセットしていく。


『あ』


 ふと、ナディが何か思い付いたように声をあげる。


「どうしたの?」

『今なら配信できるんじゃない? ここのダンジョンは不人気だし、二層に続く場所も見つかりにくいから人も集まってこないでしょ』

「それはそうかもだけど、撮影機材とかないよ?」

『アタシがスマホもって飛べばいいじゃない』


 確かに……と輝夜は思った。

 ナディがスマホを持てば、実質ドローンの代わりになる。ちゃんとしたカメラや機材は持っていないものの、お試しで配信をやってみる分にはそれでも十分である。


「……じゃあ、やってみる?」


 リュックから防水ケースに入れたスマホを取り出し、配信アプリを起動する。その場でアカウントを作成し、ネットで調べながら配信準備をする。


「落とさないようにね」 


 早速配信を開始し、スマホをナディに渡す。


『任せなさい』


 ナディは輝夜から渡されたスマホを両手でしっかりと握る。


「これ、ダンジョン潜りながらコメント見るのムズくない? ……あ、閉じちゃった」


 輝夜はコメント欄を見やすい大きさに変えようとスマホをいじっていると、誤ってコメント欄を閉じてしまう。

 もう一度表示させようにも、操作方法がわからず苦戦する輝夜。


「まぁいいか」


 コメント欄を表示する事を諦めた輝夜は、弾を補充し終わった拳銃をホルスターに収めて先を進む。


《え、間違えて開いちゃったんだけど、うそ、本物?》


 サムネイルも概要欄もタイトルも、何も設定していない配信。本来なら誰一人として見に来る筈のない配信に、何の因果か一人のリスナーが訪れる。

 画面に映る輝夜の姿を見た彼、もしくは彼女は、それをスクショ付きでSNSに投稿。トレンド一位に載っているためか、その投稿は瞬く間に広がっていき、一人、また一人と輝夜の配信の同接は増えていく。


《マジじゃん……》

《ブラックスクリーンだから釣りだと思ったらガチじゃん》


 配信に来た人がさらにそれをSNS投稿。輝夜の配信の同接は加速度的に増えていき、ものの十数分で一万人を越える。


《本物だ!》

《これどこのダンジョン?》

《ライバーだったんだ》

《というより、初配信じゃね?》

《コメントとか全然見てないし、多分初めて配信やるんだろうな》

《トレンドにゲリラ配信って載ってるぞ》


 コメント欄がお祭り状態になっていることなど露知らず、どんどんと先に進む輝夜。


『ねぇ、一応配信してるんだから、何か喋ったら?』


 無言で歩く輝夜に、ナディはそう言う。


「どうせ誰も見てないとおもうけど……百メートルくらい先に、モンスターが三体居るでしょ? あそこと、あそこと、あそこに」


 輝夜は足を止めて洞窟の先を指差してそう言う。


《いや、わからん》

《暗すぎる》

《十メートル先も見えない》

《百メートル先は流石に……》


 輝夜はスマホのカメラに視線をむけたまま、銃口を先に向けて引き金を三度引く。


「昆虫系は弾丸が通りにくいから、ああいう風に頭と胴体の節を狙うと一発で仕留められるんだ」


《は?倒したの?》

《流石に嘘だろ?》

《カメラ見ながら?》

《何やってるかわからん》

《ああいう風にって言われても、何も見えないんだけど》


 先に進むと、そこには巨大な蟻の姿をしたモンスターの死骸が三つ転がっていた。


《マジで倒してる!?》

《嘘だろ!?》

《ジャイアントアントって結構固いのに……》


「僕、虫苦手なんだよね」


 輝夜はジャイアントアントの死骸には手を着けず、素通りして先に進んでいく。


《僕っ娘!》

《ジャイアントアント高く売れるのに!?》

《虫苦手なんだよね、で数万を素通り》

《僕っ娘可愛いけど、ちょっと待ってえええ》

《ここまで強いと金には困らんのやろな……》


「ん」


 順調に進んでいた輝夜は、露骨に嫌そうな顔をしてピタリと足を止める。


『どうしたの?』

「さっきの蟻が大量に湧いてるなって思って」


 暗がりで全く見えないものの、輝夜には十五匹に及ぶジャイアントアントの姿が見えていた。


《モンスターファーム?》

《マジで何も見えない》

《けど見えてんやろなぁ》

《もしかしてジャイアントアントの巣?》

《やばくね?》

《流石に迂回だな》


「弾が勿体ないけど、まぁいいか」


 輝夜は拳銃を撃ちながら群れに向かって歩いていく。

 三発撃ち、弾装から空薬莢を排出して素早く次の弾を装填して全弾撃ち込む。

 暗がりの中から、六匹の巨大な蟻がガサガサと音を立てて輝夜に迫ってくる。


《ぎゃああああああ》

《怖すぎる》

《にげろおおお》

《ヤバイヤバイヤバイ》

《これはトラウマ不可避》

《逃げてえええ》


 輝夜は瞬きをする程の時間でリロードを終えると、拳銃を構えて引き金を引く。六度の銃声が重なり、手前のジャイアントアントから順に倒れていく。


《何? 今の?》

《え?》

《全部倒したの?》

《一瞬すぎてわからなかった……》

《リボルバーって、フルオート出来たっけ?》


 あまりの早業に、何が起こったのか理解できずに困惑するコメント欄。


《気づいたんだけど、ここまで来るまでにスキルとか使ってなくね?》

《いや、流石になにかしらは使ってると思うぞ》

《だよな……流石に……》


 引き気味のコメント欄を余所に、順調にダンジョンを攻略していく輝夜。襲い来るモンスターを危なげなく倒していき、十六層の半ばに差し掛かった頃。


 突然大地が揺れ、壁に皹が入る。


 洞窟の岩盤を砕きながら、人の何十倍も大きい岩の人形の様な生物が姿を現す。


「お、ゴーレム。ということは近くに宝箱もあるかな」


《ゴーレム!?》

《ゴーレムってあのゴーレム?》

《初めて見た!》

《本当に居るんだ》


 ゴーレム。魔力を動力として稼働し、岩石で構成された体を持ち、弾丸や刃を一切通さない鉄壁の防御力を誇るモンスター。その硬い肉体から繰り出される一撃は容易く地面を砕く程の威力を持っている。そして特筆すべき特徴として宝箱を守るという習性を持ち、ゴーレムの近くには必ずお宝が隠されている。

 輝夜はゴーレムの姿を見るや否や、背負っていたリュックを放り投げて拳銃を抜く。


「ブースト」


 魔力を消費してスキルを発動する。

 ブースト。増加させる、押し上げる、引き上げるといった意味の通り、身体能力を向上させたり、他のスキルと組み合わせてスキルの効力を増加させることの出来るスキル。

 だが、このスキルを応用することで、弾丸の威力を底上げすることができ、22口径の弾丸でコンクリートの壁に穴を空けることもできる。

 輝夜は銃口をゴーレムの右肩に向けて引き金を引く。

 火薬の炸裂音と共に発射された弾丸は、岩で出来た体を容易く貫き、剥がれ落ちた岩が輝夜の頭上に降ってくる。


「わわっ」


 慌ててその場から離れながら、立て続けに三発の弾丸を右肩に撃ち込む。合計四発の銃弾を受けた事で、ゴーレムの右肩は完全に砕けて右腕は体から離れて落下する。


《拳銃ってあんな威力だっけ?》

《威力が対物ライフルのそれ》

《対物ライフルじゃ比較にならないだろ》

《流石にスキルで強化してるっぽいけど……》

《ゴーレムってモンスターの中でも最高クラスの防御力って聞いたんだけど》

《最高クラス(拳銃に負ける)》


 ゴーレムが左腕をゆっくりと振り上げるも、それが振り下ろされる前に輝夜はゴーレムの左肩に四発の弾丸を撃ち込む。右腕と同じように、砕かれた肩から左腕が落下する。

 こうなれば後は輝夜のワンサイドゲームだ。

 輝夜はその場に立ち止まると、ゴーレムの左胸の下辺り、人間でいう心臓がある位置に狙いを定めて引き金を引く。

 弾丸はゴーレムの左胸の岩を砕き、その威力に押されてゴーレムは上半身を仰け反らせる。そしてゴーレムが体勢を戻した所でもう一発、寸分違わぬ場所に弾丸を撃ち込む。左胸を覆っていた岩は剥がれ落ち、隙間から灰色に輝く結晶が露出する。

 それがゴーレムの動力源となる核である。

 輝夜はそれを撃つ。銃弾は核の中心を正確に射抜き、核を破損したゴーレムはゆっくりと仰向けに倒れる。

 輝夜は小さく息を吐き、拳銃をしまいながら放り投げたリュックを拾う。


《瞬殺……》

《ゴーレム解体ショー》

《この人なんで拳銃でゴーレム倒せてんの?》


 輝夜はゴーレムが出てきた場所をくまなく探す。


「お、見ーつけたっ」


 小さな岩の窪みの奥に宝箱が見える。輝夜は窪みに両手を突っ込んで宝箱を引きずり出す。 


《宝箱だ》

《ナイス》

《おめ!》


 鍵穴を撃ち、ナイフで宝箱をこじ開ける。


《開け方www》

《ピッキングとかじゃないんだ》

《マスターキー(銃弾)だぞ》


 宝箱を開けると中に入っていたのは、錆びだらけのナイフが一本だけ。

 

《外れ?》

《ハズレとかあるの?》

《宝箱から出たからハズレってことはないと思うけど》


「あー、これあれかな」


 輝夜はナディにそのナイフを見せる。


『魔法がかかってるわね。固定化と現状保存の類いね。要するに壊れないし錆びない』


 ナディはそれを一瞥するだけで、ナイフにかかっている魔法を見抜き輝夜にそう説明する


「めっちゃ錆びてるけど?」

『だってそれ鞘だもの』


 輝夜が刀身を握り両側から引くと、錆びの中から銀色に輝く刀身が姿を表す。


「おぉ、これは使えそう」

『まあ、魔法がかかってるのは刀身だけだから、鞘柄は新調しないといけないけどね』


《すげえ》

《そんなのあるんだ》

《売ったらいくらになるんやろ》

《剣とかだったら前衛の人が欲しがるだろうけど……》


 輝夜はナイフを鞘に戻してそれを鞄の中にしまう。


「ついでにこれも」


 輝夜は倒れたゴーレムによじ登り、ゴーレムの核に手を伸ばす。

 ゴーレムの核は現代にはない、魔力を秘めたミスリル金属であり、ダンジョン産の鉱石の中でも珍しい部類に入る。

 ミスリルを引き剥がして鞄に詰めこむが、ナイフとミスリルがはみ出して蓋を閉めることができない。


「荷物がいっぱいになっちゃった……ナディ、アイテムボックス使わせてくれない?」

『いいわよ』


 ナディは輝夜の魔力を使い、小さなワープホールのようなものを発生させる。


《アイテムボックス!?》

《ちょっと待って、ナニそれ》

《超希少スキルじゃないっけ?》

《この人そんなの持ってるの?》

《使ってるのは妖精の方だろ?》

《ここまで来ると、逆に何を持ちえないのか気になってくる》


 輝夜はその中にゴーレムから採ったミスリルと、宝箱から手に入れたナイフ、そしてこれまで倒したモンスターの素材等をまとめて入れる。


「よし、もう少し奥まで行こうか」


 自身の配信の同接が十万人を越えていることなど露知らず。輝夜は軽くなった鞄を背負い、さらに奥へと進んでいく。


 

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