G7サミット(5)
◇◆◇◆
「へぇ、面白い事を言うねぇ」
大男は余裕のある笑みを浮かべる。何をしようが無駄だとタカを括って、大っぴらに両手を広げて見せる。
「随分と余裕をかましてますね。未来が見えるのは凄いですけど……でも、それだけです。大した攻撃手段を持ってないんでしょう?」
今度は夕香が攻撃してみろと言わんばかりに、両手を広げて挑発する。
「ほら、こうして私が隙だらけで喋っているのに、全く攻撃してこない」
大男はナイフを投げようと懐に手を伸ばすが、ここでそれをしてしまえば、夕香の言葉を肯定する事になると思い、ぐっと我慢する。
事実、攻撃に利用できるスキルや遺物など持ってはおらず、魔法も使えない。
「宝の持ち腐れですね。もし私がそのスキルを持ってたら、きっと輝夜さんや氷室先輩くらい強くなれるのに」
「言ってくれるねぇ、まるで僕が無能みたいに聞こえるね!」
大男は煽りに耐えかね、ナイフを取り出して夕香へと向かっていく。
所詮は犯罪者の半グレもどき。自分中心で生きているだけあって、馬鹿にされれば後先考えずに暴力に訴えようとする……夕香は大男の事を心の中で侮蔑する。
「少し任せます」
ナディに視線を向け、そう言うと、後ろに飛んで距離をとる。
『今回だけよ』
ナディは渋々といった感じで頷くと、前に出て魔法を放つ。
広範囲に突風を吹かせて大男の足を止め、無数の風の刃を風に紛らせて飛ばす。
ナディの姿も風の刃も大男には見えず、その場に立っていれば、攻撃を喰らうという未来を見て避けている。
どの方向に避ければ良いのか、未来視で見えた映像から決める。
攻撃の量が増えるほど未来視の情報量は増え、それだけ頭での処理は遅れ、すべての攻撃を避けるのは不可能になる。
『さっきから気になってるんだけど、なんで避けるの?』
ナディは大男にそう尋ねる。
「……姿を見せてくれるなんて、サービス精神に溢れてるねぇ。悪いけど人形遊びしてる暇はないんだよね!」
手に持ったナイフをナディと夕香に向けて投擲する。しかし、大男の手から離れた瞬間に、横から吹いた突風によりナイフは明後日の方向へと飛ばされる。
『ダメージを未来の自分に肩代わりさせられるなら、そもそも避けなくて良いじゃない』
「……服が破けて全裸になるのは嫌だろう?」
ほんの一瞬、言い淀む。それを見てナディは確信した。
『そう……そのスキル、手に入れて間もないのね』
ダメージを押し付けられるとはいえ、まだ痛みに対する忌避感が拭いきれていないから避けようとする。
『それじゃあ、まだスキルの全容も把握してないでしょ』
「ほんと、君らイラつくね」
大男は図星を指され、不機嫌さを露わにする。
押し付けられるダメージに上限があるかもしれない。
もし上限があるとすれば、それはどの程度なのか。
スキルの限界がどこかわからない以上は無闇に攻撃を受けるわけにはいかない。
「まったく、姿も消せて、無尽蔵みたいな魔力に加えて勘もいいって……そりゃこんなのが側にいたら有名にもなるよねぇ!」
『……は?』
大男の言葉にナディの動きが止まる。
「ん?」
攻撃が止み、大男は何のつもりかと思い、ナディの方に目を向ける。
『アンタ、ウチの輝夜の事、バカにした?』
ナディは冷たい視線を大男に向ける。表情には一切の感情がないが、怒りに満ちていることはわかる。
「おっと……」
少し言い返しただけのつもりが、思いもよらぬ地雷を踏んでしまったと、大男は内心で焦る。
『跪いて首を垂れろ』
ナディが手を振り下ろす。
大気が凝縮し、巨大な手のひらとなって大男を押しつぶす。
「ぐおっ」
起き上がる事は愚か、身動き一つ取ることが出来ない程の力で押さえつけられる。重力でも増えたのかとすら錯覚する。
「お待たせしましたナディさん」
杖を高く掲げて、足元に巨大な魔法陣を展開した夕香が声を張る。
その瞬間、大男は地面が口を開く未来を見た。
夕香の足元から地面に亀裂が入る。亀裂はどんどんと大きくなりながら大男の方へ伸びていく。
「おいおい何それ聞いてないんだけど」
回避しようと四肢に力を込めるが、指一本すら動かすことが出来ない。焦燥から、なりふり構わず暴れようとするが、身じろぎするのがやっと。
地面が割れ、大男はなす術もなく、その裂け目に真っ逆さまに落ちていく。
そして大男を飲み込んだ地面が、ゆっくりと閉じていく。
「窒息や餓えでも人は死にます。まぁ、これで死ななかったとしても、今のあなたにできる事は暗い地の底で死を待つ事だけです」
魔力をほとんど使い切った夕香は、膝に手を置いて息を整える。本当はこのまま横になって一眠りしたいところだが、それが許される状況ではない。
有楽町で暴れている百足旅団がこれだけの筈がない。まだ近くに大勢居る。現に、今も近くから爆発音が響き、黒煙が上がり続けている。
「もう一頑張りしますか」
一人で全てを対応するのは難しいと判断した夕香は、マナポーションを二瓶飲み干す。
「一本十万円のマナポーションを気兼ねなく使えるのは公務員の役得ですけど……労力と見合ってないですよこれ」
空になった瓶をしまい、魔力を回復させてから皇居へと向かう。
「ナディさん。私はこのまま皇居に向かいながら、敵の数を減らします」
先回りをして、顔を出した敵を倒していく方が手っ取り早い。
『あの男、このままでいいの?』
夕香の後ろを付いて行きながらそう尋ねるナディ。
「後で回収します。情報も聞き出したいですから」
とはいえ、あまり期待はしてないですけど……と心の中で呟く夕香。
大男の持っていた未来視は確かに厄介なスキルではあったが、それ以外は特に警戒しなければならない程のものは持ち合わせていない。氷室や輝夜が戦った百足旅団のメンバーと比べても見劣りする。
百足旅団の中でも雑魚。大した情報を持っているとは思えない。
「それよりも、私に付いてきて平気ですか? 輝夜さんの方でも何かあったのではないですか?」
『……あの子なら平気よ。それに手を貸してやれって頼まれてるし、もう少しだけ付き合ったげるわよ』
「ありがとうございます」
皇居に向かう途中、建物や道路を鉄パイプで破壊している若者ら数名と出くわす。先ほどの学生らとは違い、彼らからは魔力を感じない。
彼らは夕香を見るや否や、手に持っている鉄パイプを振り回して夕香に襲いかかる。
「また学生ですか」
彼らもSNSで騙されて加担させられてしまったのだろうと思った夕香は、空中に魔法陣を展開して、弱めの魔法を放つ。しかし、直撃したにも関わらず、彼らは倒れることなく夕香に襲いかかる。
「この病人が!」
「魔力を持った人間なんて、モンスターと同じなんだよ!」
あからさまな差別的な発言を口にしながら、むやみやたらに鉄パイプを振り回す。
「……反魔力主義者ですか」
そう言う夕香の表情には苛立ちの色が見て取れる。
ダンジョンが現れ、魔力を持つ人が現れるようになってすぐ、モンスターが人間に化けているという噂が発端となり、魔力を持つ人間を弾圧しようという風潮が広まった。
とはいえ、ダンジョン産業が発展するにつれ、それ自体はすぐに収まったものの、いまだにそういった考えに賛同する者は居る。魔力を持つ者への嫉妬や羨望。自己顕示欲の拗れから来るような利己的な理由からだ。
「ハンターばかりが注目を浴び、魔力を持った者ばかりが優遇される社会を壊してやろうとか、そんな理由からテロに加担したといったところでしょう」
「だとしたら、私が何を言っても、きっと、あなた方には響かないでしょう」
会話をするだけ時間の無駄だと思った夕香は、周囲に電撃を放つ。目を覆いたくなる程の光と共に、周囲に居た全員の体が硬直し、白目を剥いて倒れる。
「思うところはありますが、死なない程度で済ませました」
『アンタって意外と容赦ないわね』
「多少の私怨もありますから。私も彼らの掲げる主義のせいで嫌な思いもしたので……しかし、魔力を持たない一般人がこんな事をしても、ハンターや警察にすぐ取り押さえられるとは思わなかったんでしょうか」
『武器があるからじゃないの?』
「……武器ですか?」
夕香は足元に転がっている鉄パイプを拾い上げる。
『それ魔法で強化されてるから、軽く振るだけでコンクリートなんて簡単に割れちゃうわよ』
夕香は瓦礫の破片に向かって鉄パイプを軽く振る。たったそれだけで硬いコンクリートが、まるで豆腐のように簡単に砕ける。
「……要するに身の丈以上の力を与えられて、ハイになってるって事ですか」
『そういうことね』
「魔力に差別的なのに、自分達は魔法で強化された武器を使うって、一体どういう思考回路をしてるのやら」
夕香は鉄パイプをそっと地面に置きながら、ため息混じりにそう呟く。
『結局は自分よりも優れてるのが気に入らないとか、自分にも力が欲しいって事でしょ』
ハンターにならずとも、魔力があるというだけで引く手数多である。給料や待遇も、魔力がある者とそうでない者との間では大きな差がある。だから、反魔力主義という考えに惹かれてしまう。
しかし、そういった人間ほど力を与えられると、簡単に溺れてしまう。
「彼らのコンプレックスに思うところがない訳ではありませんが、私から哀れみや同情を向けられても、火に油を注ぐようなものなのでしょうね」
夕香はそう言って倒れている者達を一瞥だけして、そのまま皇居へ向かう。
「とはいえ、なんとなく相手の戦力が読めてきました」
金や力を餌に集めたゴロつきが大半。
後はそれらを管理する百足旅団員が数名。
最後にこのテロ全体を指揮する幹部、もしくはそれに近しい立場の人間が一人か二人といったところだろう。
「リーダー的な存在以外の団員がさっき戦った相手程度だとすれば、テロ自体の鎮圧はそう難しい事じゃないでしょう」
『まあ、さっきの奴も一芸だけだったものね』
未来視が厄介だっただけで、戦闘力自体は警戒する程のものではなかった。人数をかけて各個撃破を狙っていけば、あとは有象無象の素人集団。鎮圧にさほど時間はかからないだろう。
「問題は主犯格ですが……っと、見えてきましたね」
考え事をしている間に皇居が見えてくる。
皇居の前には青色の特型警備車がバリケードのように並び、その前に完全武装をした警察が守りを堅めていた。
テロに対する怒り、これ以上は思い通りにさせないという強い意識から、一糸乱れぬ統率力で行動する様は、近寄る事すらままならない威圧感を放っていた。
これならば、皇居が占領されるような事態はまず起こらないと見て良い。
「これだけ守りを堅めていればそう簡単に突破される事も……」
夕香の言葉を遮るかのように、突如として桜田門の前が爆炎に包まれる。
「ないでしょうから、桜田門の手前でテロを叩きましょう……と、言おうとしたのですが」
現実から目を逸らしたい気分になりながらも、夕香は上空を見上げて桜田門を爆破させた人物を探す。
「集団で居てくれて助かったわぁ。おかげで楽に殲滅できたもの」
燃えるように赤い髪をなびかせる、勝気な顔つきをした一人の女性。
「……爆炎の魔女」




