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G7サミット(4)

◇◆◇◆


「僕も動くか」


 ナディを夕香の所に向かわせた輝夜は、こっそりと会議室から抜け出す。

 そしてテロが起きたと報告された際に、真っ先に避難した者を探して会場内を適当にうろつく。


「首尾はどうですか?」


 しばらく歩いていると、通路の少し先の曲がり角で話し声が聞こえてくる。

 気配を消して壁に背中を合わせて覗き見る。

 視線の先にはパク・ヘリン大統領と護衛のヒョンスクがエレベーターの前で話をしていた。

 

「順調です」


 輝夜は内心でビンゴと思った。

 夕香はそれどころではなく気づかなかっただろうが、アメリカの牽制を受けてもなお、輝夜と話をしようとする程に情報を欲しているにも関わらず、テロが起こったという報告を受けて、いの一番に会議室から出て行った事に、輝夜は不信感を抱いて居た。


「そうですか」


 韓国が何を企んでいるのか、聞けないだろうかと限界まで壁に体を寄せて二人の会話に集中する。


「この為に手を組んだのですから、失敗は許しませんよ」

「勿論です」


 手を組んだ? 一体どこと?

 

 輝夜は夢中になるあまり壁に体を寄せすぎて、踵が壁に触れてコツと小さな物音を立ててしまう。

 微かな音だが、歴戦のハンターであるヒョンスクがそれを聞き逃すはずはなかった。


「どうやら話を聞かれてしまった様です。すぐに片付けますので少々お待ちを」

「……ありゃりゃ、バレちゃったか」


 バレてしまっては仕方がないかと思った輝夜は、両手をあげて姿を晒す。


「よりによってあなたに聞かれてしまいましたか。それとも怪しんで追いかけてきたというところでしょう。会議室から出るのが早すぎましたかね」


 輝夜の姿を見たパク大統領は小さく肩を竦めると、微笑みながらそう言う。全く悪びれる様子はなく、むしろテロが起こっている状況を楽しんでいる様にも見える。


「優しそうな見た目の割に、随分と腹黒いことで。で、手を組んだって誰と?」

「ヒョンスク。予定よりも早いですが頼みましたよ」


 パク大統領は輝夜の質問を無視してそう言うと、ちょうど到着したエレベーターに乗り込む。


「まだ聞きたい事あるんだから逃げないでよ」

 

 服の下にこっそりと隠し持って居た拳銃を抜き、ヒョンスクの足に銃口を向けて引金を引く。しかし、放たれた弾丸はヒョンスクの槍によって弾かれ、明後日の方向飛んでいく。


「お前の相手は俺だ」

「まぁ、話してくれるならどっちでもいいけど」


 パク大統領は逃したが、ヒョンスクも韓国の企みについて、かなり深い所まで知っている筈だと思った輝夜は狙いを彼に切り替える。

 とはいえ、ハンターの多い韓国のハンターでありながら名が知られ、大統領の警護に選ばれる程の実力。自分の強さに自信を持っている言動からも、一筋縄では行かないだろう。

 それに輝夜の方も準備が万全ではない。

 拳銃とナイフだけならなんとかなったが、予備の弾までは隠し持つ事が出来なかったので、弾倉に残っている五発が全てである。加えてナディとアリアのサポートもなく、かなりのハンデを負った状態。


 「ブーストスクエア」


 長引けば不利になる。輝夜は拳銃をしまうと、先手必勝とばかりにヒョンスクに殴りかかる。

 輝夜の拳を槍で受け止めるヒョンスク。しかし輝夜の予想以上の膂力に、このまま受ければ槍が折れると思い、輝夜の拳を受け流す。


「ちっ」


 軽く槍を振り回して異常がない事を確認したヒョンスクは、舌打ちをして露骨に悪態をつく。


「噂が一人歩きしてるのかと思ったが、どうやら違うらしい」

「僕は君の噂とか聞いた事ないけど」


 戦いながらナチュラルに煽る輝夜。本人煽っている自覚はなく、何も考えずに適当に言葉を返しているだけなのだが……。


「調子に乗るなよ女ァ!」


 ヒョンスクの最も嫌いな事は他者より下に見られる事。そして他者にナメられる事。

 輝夜の言葉はヒョンスクの地雷をものの見事に踏み抜き、一瞬で彼を激昂させた。

 ヒョンスクは怒りに任せて槍を振り回す。壁や天井、床にいくつもの傷をつくり出しながら輝夜に攻めかかる。

 しかし、怒りに任せた攻撃はどれも単調。輝夜は最小限の動きで避け続ける。それにより、ヒョンスクのフラストレーションはさらに溜まっていき、怒りのボルテージはますます高まっていく。

 槍ではなく感情を振り回していてはいくらやったところで輝夜に届く事はない。


「そーれっ」


 軽い掛け声と共に、輝夜は一歩踏み込んでヒョンスクの顎を下から軽く叩く。

 一瞬だけ怯んだ様子を見せるヒョンスクだったが、すぐに輝夜に襲いかかる。

 輝夜はそれに合わせて、何度もカウンターを喰らわせる。小気味の良い音が何度も響き、その度にヒョンスクの足が一瞬だけ止まる。


「ちょこまかと目障りなんだよ!」

 

 それでもヒョンスクは攻める手を止めず、むしろより苛烈さを増していく。そしてそれに呼応するかのように、輝夜の拳にも力が入る。


「なんか……思った割には……」

 

 ……弱い。

 戦いの最中、輝夜は思った。

 最初に会った時は自信に溢れていた割には弱い。ヴィサスや氷室、中国の飛龍(フェイロン)とは比ぶべくもない。

 現に戦況は終始輝夜が優勢。ヒョンスクの攻撃は輝夜に届かず、輝夜は容易くヒョンスクに攻撃を当てる事ができる。

 余力を残して戦っているという感じではない。間違いなくヒョンスクは全力で戦っている。輝夜とフェイロンとの間には明確に差がある。

 

「なのに倒れない」


 ブーストスクエアの膂力に加えて、ヒョンスクの攻撃に対するカウンターの威力も上乗せされている。生半可な威力ではない。それを何度も喰らっても膝すら付かない。

 骨は折れ、大半の臓器が損傷していてもおかしくない程に殴られているにも関わらず、ヒョンスクは一滴の血も流していない。


「この程度の拳、効かねぇなァ」


 ヒョンスクのスキル【我慢】。

 周りの人間から使えないスキルの落ちこぼれだと後ろ指を刺されながらも鍛え続けることで開花したヒョンスクの才能(スキル)

 その全容はただ耐えるという事。

 皮膚は裂けず、骨は折れず、筋肉は千切れず、毒や窒息、果ては飢餓すらも我慢で耐え抜く事ができる。

 しかし、我慢にも限界はある。

 死に至る攻撃は我慢ではどうにもならない。


「どんなカラクリがあるかはわからないけど、何にせよ限界はあるんでしょ?」


 輝夜は腰を落とし、足から腰、そして肩へと回転力を伝えて、渾身の右ストレートを放つ。相手を殺すつもりで放ったそれは、ヒョンスクの頭蓋を正確に捉える。


「ぐっ」


 ヒョンスクは頭をバットで殴られたかのような衝撃を受け、今までとは違い明確に苦悶の表情を浮かべる。


「お、今のはちょっと効いたんじゃない?」


 スキルで耐えきれない分のダメージはそのままヒョンスクへと伝わり、彼の額から一筋の血が流れる。


「効いてねぇよ!」


 ヒョンスクがそう叫ぶと、突如として彼の体が青白く光り、バチバチと音を立て、まるで雷を纏ったかのような姿へと変貌する。

 スーパーサイヤ人みたいで格好いいなと羨望の眼差しを向ける輝夜をよそに、ヒョンスクが槍を振るう。今までとは比べ物にならない速さ。


「っぶね」


 輝夜はギリギリ所で上体を逸らして回避する。直後、槍の穂先から放たれる稲妻が輝夜の腹を直撃する。


「いっ……つぅ」

 鋭い痛みが全身を駆け巡り、反射的に大きく後ろに飛んで距離を取る。


「今のは効いたんじゃないか?」

 

 槍を振り回しながらゆっくりと近づくヒョンスク。一振りする度に槍の穂先から電流が走り、バチバチと豪快に音を立てる。


「言ってくれるね。確かに今のは痛かったよ。それに綺麗なおべべも台無しだ」


 輝夜は電撃で穴の空いたドレスを抑えながら答える。


「フレアボム」


 ヒョンスクは手を上に掲げて魔法を放つ。魔法による攻撃を警戒していた輝夜だったが、手のひらの上で爆発が起こるだけで輝夜に向けての攻撃ではなかった。

 ヒョンスクの狙いは頭上のスプリンクラー。爆発の炎煙にスプリンクラーが反応し、火災警報器のけたたましい音と共にスプリンクラーが放水を始める。

 床壁が一瞬で水浸しになり、ヒョンスクから発せられる雷が周囲に伝播していく。

 強化プラスチックで作られたヒールを履いているため、感電する事はないものの膝をつく事も、壁に手を触れる事もできない。


「まるでデスマッチだ。しかも僕がめっちゃ不利……弾数少ないけど仕方ないか」


 輝夜は拳銃を抜くと、ヒョンスクを撃つ。

 しかし、弾丸が彼に届く事なく、明後日の方向へと逸れてしまう。

 ヒョンスクから発せられた電気によって弾丸に電荷が付与され、彼が纏っている電気から発生する磁界により、フレミングの法則に従って弾丸が逸れたのである。


「まだ何か持ってるのか」


 しかし、弾丸が逸れた原理など輝夜が知る筈もなく、ヒョンスクの持つスキルか遺物の効果だと考える。


「……ちょっと不味いな」


 輝夜は周囲状況を確認して、小さく息を吐く。

 雷を纏っているヒョンスクに近づけば否応なしに電撃を受ける事になる。遠距離から攻撃しようにも、銃は残り四発しか残っていない上にそもそも通用しない。ナディは夕香に付け、アリアは会議中であるため、他に遠距離攻撃をする手段がない。

 完全にヒョンスクの独壇場。


「となれば、肉を斬らせて骨を断つ!」


 輝夜は肺に目一杯空気を取り込んで息を止める。そしてまっすぐとヒョンスクに向かって走り出す。

 即座に無数の電撃が輝夜に襲いかかる。全身に何度も電流が走る。筋肉が強張り、激痛に身がよじれそうになる。

 奥歯を噛み締めて激痛に耐え、気合いだけで強張る四肢を無理やり動かす。

 一切の防御を捨て、電撃を浴び続けながらヒョンスク肉薄する輝夜。その鬼気迫る表情に悪寒を感じるヒョンスクは、彼女を近づけまいとして槍を薙ぐ。

 輝夜はしゃがんで槍を避け、ガラ空きの脇腹を狙う。

 槍を振るった隙を埋めるように、ヒョンスクは空いている手を輝夜に向けてフレアボムを放つ。

 至近距離で爆発を喰らいながらも、一瞬の怯みすら見せることなく、全力の拳をヒョンスク脇腹に叩き込む。


「ぐっ……くうっ」


 体勢を崩して大きくよろめくヒョンスク。倒れないように、槍を杖代わりにして無理やり体勢を整える。


「……?」


 全力で殴っても、せいぜいバットで殴られる程度のダメージであった筈だが、明らかにそれ以上のダメージが入っている。

 ヒョンスクの纏う雷は身体能力を大幅に上げ、周囲に電撃を撒き散らす攻防に長けたスキルではあるものの、デメリットとして発動者にもダメージを与える。だが、ヒョンスクはそのデメリットを我慢のスキルで打ち消していた。

 故に、我慢で耐えられる上限値は下がり、そして我慢による防御が崩れれば、電気によるダメージも受ける。


「よくわからないけど、これで対等に殴り合えるなァ!」


 輝夜の体には尋常ならざる負荷がかかっている。普通なら動けなくなっている。運が悪ければ死んでいるほどの電撃。しかし輝夜は動いている。

 ブーストは単に身体能力や銃の威力を上げるだけではない。いくら身体能力を上げようとも素手でゴーレムを殴れば皮膚は裂ける。銃の威力を上げても銃本体が耐えられなければ暴発する。しかし、そうはならない。ブーストは威力だけでなく、それに耐えられるように強度も強化される。ゆえに、ギリギリの所で耐える事ができていた。


「なんなんだお前ぇ!」


 電撃を浴びながらも迫り来る、狂気すら感じさせる行動に恐怖を覚えるヒョンスク。

 自分のやっていた事を、自分がやられることになるなど夢にも思っていなかった。


「なんで倒れねぇ!」


 槍を振るいながら魔法を放ち、輝夜を仕留めようとするヒョンスク。

 闇雲に突き出した槍が輝夜の左脇腹を抉る。それでも輝夜は止まらず、逆にヒョンスクの腕を掴む。


「逃げられると思うなよ」


 至近距離で放たれる輝夜の拳。一撃、二撃、三撃とヒョンスクの顔面に拳が突き刺さり、その度に辺りに血が飛び散り、電流がヒョンスクの全身を駆け巡る。

 ヒョンスクの膝がガクガクと震え、やがて力が抜けて膝から崩れ落ちる。それと同時に彼が纏っていた雷が消える。


「……痛ぇなクソが」


 輝夜は肩で息をしながら壁に寄りかかる。


「随分と扇情的な格好になったな。大丈夫か?」


 肩を抱くようにして輝夜を支えるアリア。

 

「会議はもういいの?」

「話す事は全て話した。そしたらジリリリと煩い音が鳴り、大慌てで全員が逃げ出した」


 火災警報器が鳴って事で、テロの被害がこの建物にまで及んだと思ったのか、会議を中止にして避難を始めたらしい。


「それなら良かった。話の続きを聞きたいとか言って、また呼び出されるのは面倒だからね」

「心配するところが違うぞ契約者。今は自分の身を安じるべきだ。ナディが離れているのにこんな大怪我するでない」


 アリアは自分のアイテムボックスから、ジャケットを取り出して輝夜の肩に掛ける。そして赤い液体の入った小瓶を取り出して輝夜に飲ませる。


「僕なら大丈夫。それよりもそこで寝てる半裸の男を拘束して。知ってることを洗いざらい喋らせ……」


 輝夜が倒れているヒョンスクに視線を向けた時、ヒョンスクの影から泥ような粘性のある液体が溢れ出し、彼の体を包み込む。


「アリア!」

「わかっている」


 無数の血の槍が、泥に覆われたヒョンスクを串刺しにする。泥が飛び散り、地面へと広がっていくが、ヒョンスクの姿はどこにも見当たらない。


「すまない契約者。逃げられたようだ」

「まぁ、仕方ないよ。僕も気づくのが遅れた」


 どういうスキルかはわからないが、ヒョンスクは完全に気絶しており、スキルを使える状態ではない。という事は、他にも仲間が居る可能性が高い。


「もしくはパク大統領の仕業か……なんにせよ面倒だ……」


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ナディは本当に輝夜さんが大好きで大事なのですね。尊い
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