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G7サミット(3)

「あなた学生ですか?」


 夕香はそう言うと、杖を軽く振って慌てて逃げようとする少女の手足に枷をはめる。

 バランスを崩して倒れる少女に夕香がゆっくりと近づく。

 少女の首元に入っている百足の刺青が目に入る。だが、よく見ればタトゥーシールであり、実際に入れているわけではないとわかる。


「なんだタトゥーシールですか」

「なんで……」

「私もたまの休日にやるので、見ればわかります」

 

 なんでわかるのかと言いたげな少女の視線に気づいた夕香は、少女の首元を掴むようにして手を添えて、親指でそっと刺青を撫でる。


「それより質問に答えてください。あなた学生ですよね?」

 

 少女は枷を外そうと腕に力を込めるが手枷はびくともせず、逃げる事を諦めた少女は怯えた表情で夕香を見ると、ゆっくりと頷く。


「仲間の数は? あなたを含めて何人居ますか?」

「な、七人。私らは外で見張りをしろって言われて……」

 

 六人はすでに無力化しているため、残りは一人。

 

「その人もですか?」


 夕香の質問に、少女は首を横に振る。


「大人の人だった……」

「そうですか。ところで、なぜ旅団メンバーでもないあなた方がこのような事を?」

「儲かるバイトがあるから、一緒にやろうって、友達が」


 少女はそう言って、先ほど夕香の手によって失神させられた少年に目を向ける。

 SNSで無知な学生を集めて、バイトと称して違法な行いに加担させる、いわゆる闇バイトである。大学生や若い社会人が主なターゲットであったが、その魔の手は高校生にまで伸びていた。


「それで、一体いくら貰っ……!」


 いくら貰ったのかと聞こうとした時、少女の背後から飛んできたナイフが少女の胸を貫く。


「え……あ……」


 口から血が溢れ、白目を剥いて横たわる少女。確認するまでもなく息絶えている。

 駅の方からゆっくりと出てくる、身長二メートルあるであろう大柄な男。服がはちきれんばかりに鍛え上げられた岩のような筋肉。襟の伸びたシャツの上に所々ほつれたジャージを羽織り、無精髭を生やして、裸足にビーチサンダルというだらしない格好。そして首筋には百足の刺青。


「知らない顔……」


 顔つきは日本人に見えるが、夕香の頭に入っている指名手配犯の中に彼の様な大男はない。しかし、何の躊躇いもなく少女を手にかけた事からも、犯罪歴がないという事はないだろう。


「困るんだよねぇ、そうペラペラと喋られるとさぁ」


 間伸びした軽い口調でそう言う大男。

 夕香は間髪入れずに杖を振るい、空中に魔法陣を展開する。そしてそこから即座に放たれる熱閃。それはまさにヴィサスが使っていたものと同じ魔法である。


「へぇー、それ配信で見たよ。君も使えるの? すごいねぇー」


 大男は夕香の放った熱閃を難なく避けると、興味深そうに彼女の展開している魔法陣に目を向ける。


「けど、一本だけかぁ。確かに凄い熱そうだけど、配信でやってたみたいに、もっと雨みたくたくさん打たなきゃ意味ないねぇ」


 魔法陣を展開するという予備動作があるとはいえ、熱閃の速度は恐ろしく速い。とてもではないが見てから避けるなど、常人の反射神経では到底無理である。

 

「(卓越した反射神経と言う事ですか)」


 それならば避けられない攻撃をしかければいい。

 夕香は大量の魔法陣を一度に展開する。その数およそ三十。そこから断続的に放たれる光の矢は、五月雨のごとく断続的に大男に降り注ぐ。


「すごいねぇ、天才ってやつ?」


 降り注ぐ矢の雨の中、大男は表情ひとつ変える事なく、むしろ楽しげな笑みさえ浮かべて最小限の動きで避け続ける。

 しかし、夕香にとってそれは読み通り。そもそも彼女が放っている魔法は魔力をほとんど込めてはおらず、当たっても多少の衝撃があるくらい。避けられるのを前提に、男の意識を一方向に集中させるための弾幕に過ぎない。

 本命は男の背後。そこに展開した魔法陣から放たれるヴィサスの魔法。

 いくら反射神経が良かろうとも、意識外からの攻撃を避ける事は不可能。


「悪いけど、見えてるんだよねぇ」


 大男の背後から放たれた熱閃。しかし、彼は後ろを見向きもせずに、その場から飛び退いて回避する。


「なっ……!」


 後ろに目でもついているのかと驚く夕香。


『面倒だからさっさと終わらせるわよ』


 大男が飛び退いた先、そこに待ち構える小さな妖精。

 大男には彼女の姿は見えていない。至近距離位で放たれるナディの風魔法。空間を裂くかのような重く、鋭い鎌鼬。

 しかし、それすらも男には当たらない。ナディが魔法を放つ直前で体を捻って回避したのだ。


「そんなまさか」


 ナディの姿は大男には見えてはいない。現に何もないところから突然魔法が飛んできた事に驚いた様子である。


「今のが噂のナディちゃんって妖精のしわざかな? 姿は見えないけど、とすると朱月輝夜も居るのかなぁ?」


 大男はそう言いながら周囲をキョロキョロと見回す。

 

「さあ、どうでしょう?」

「その様子じゃ来てないみたいだねぇ。まぁ、別に構わないんだけどさ」


 間延びした様子でそう言う大男。

 

『面白い目、持ってるわね』

「どういう事ですか?」

『未来視のスキルよ。ほんの少し先の未来が見えるのよ。未来と言っても、ほんの数秒程度だけど』


 一時期は輝夜が欲しがっていたなと思いながら、ナディは夕香に説明する。

 日常生活では無用の長物だが、戦闘では大いに役に立つ。攻撃の軌道が読めるから回避も容易い、相手の避ける先に攻撃を置いておける。常に先手を取る事ができる。一瞬で勝負が決まる世界では数秒のアドバンテージはとても大きい。

 

「なるほど、どうりで簡単に攻撃を避けられるわけです」


 夕香は自分と大男の間の地面に、魔法陣を適当に配置する。ランダムに配置された魔法陣は移動を繰り返しながら地面に同化する様に消えていく。

 見て取れる様に明からさまな地雷。未来が見える相手に近接戦は分が悪いと思い、相手の動きを制限する為に仕掛けたものである。

 

「こっちのスキルがバレちゃったかぁ。妖精ってのは人の持ってるスキルまでわかるわけ? ちょっとずるくない? こっちばかり手の内がバレちゃうじゃない」


 手の内は明かさない主義なのに……と、大男は両手をあげてやれやれと首を横に振る。


「ネットを見れば私の手の内もわかりますよ。なんならスリーサイズもね」

「別にいいよ。殺した人間の手の内だのスリーサイズだの知った所で意味ないしねぇ」


 大男はそう言うと、少女からナイフを抜き取り、少女の着ているパーカーで血を拭う。


「……ナディさん、申し訳ありませんが協力をお願いします」


 大男の一連の動きを見ながら、夕香は小声でナディに話しかける。

 

『何すんの?』

「輝夜さんに倣ってゴリ押しでいきます。といっても私のは手数ですけど」

『よりによって、悪癖を見習わなくていいのに』


 夕香が何をしようとしているのかを察したナディは、やれやれと肩を竦める。

 

『まぁいいわ。隙間は埋めてあげる』


 そして、ニヤリと笑みを浮かべると両手を前に突き出す。

 

「さて、そろそろ行こうかねぇ。あぁ、言っておくけど地雷なんて意味ないから」


 大男が踏み込んだ瞬間、夕香は同時展開できる最大量の魔法陣を展開する。その数およそ百。


「は?」


 大男が未来視で見えた光景。それは空を埋め尽くさんばかりの魔法陣と、そこから放たれる炎、雷、氷、岩石といった幾多もの魔法。そして魔法同士の隙間を埋めるかの様に飛んでくる鎌鼬。それらが一斉に、そして絶え間なく降り注ぐ光景であった。

 まさに魔法の壁が迫ってくるようなもの。たとえ知っていても逃げ場がなければ避けられるはずがない。

 それでも未来視を頼りに回避しようとするが、壁の様に襲ってくる魔法の数を避けきる事などできるはずもなく、一発右肩に受ける。そして二発、三発と連鎖的に喰らい、回避すらままならないまま、一瞬で降り注ぐ魔法の雨に飲まれる。


「この前は屋内だったので遅れを取りましたが」


 次々と魔法陣を展開し、魔法を撃ち続ける夕香。


「ここだと建物が崩壊する事もなければ味方を巻き込む事もない」

 

 世界的に見てもずば抜けた魔力量。そこからくる圧倒的な物量によるごり押し。狭い洞窟や建物内では使えず、自分の前に味方が居れば巻き込むので使えない。

 開けた空間と自分の前に味方が居ないという条件が揃って、初めて発揮される夕香の真骨頂である。


「はぁ、はぁ、久しぶりに思いっきり魔法を撃ちました」


 肩で息をしながらも、晴れ晴れとした表情で空を見上げてそう言う夕香。


『大した魔力量ね。でも気を抜かない方が良いわよ』

「こっっっっっっわぁぁぁ〜、何今の。未来見た瞬間に死んだと思ったよ」


 魔法によってアスファルトが砕かれて、舞い上がった土煙の中からゆっくりと出てくる大男。


「……その割には、傷一つ負っていないようですが?」


 夕香は内心で驚きながらも、動揺を気取られない様に軽口で応える。

 

「まぁ、いざと言う時の為に色々と持ってるんだよねぇ……まさかこんなところで一つ使う羽目になるとは思わなかったけどさぁ」

「あの御方とやらに貰った遺物ですか」

「それもあるけど、大半は自分のものだよ。好きなんだよねぇ、そういう厨二っぽいアイテム。修学旅行先の木刀とかにも心惹かれちゃうタイプでね」


 誰も聞いていない事を長々と語り始める大男。

 正直なところ、彼の自分語りなど聞きたくも無いのが本音だったが、今のうちに少しでも体力を回復させようと呼吸を整える夕香。


「あの時は粋を気取って木刀じゃなく扇子なんか買ったりしたけど、今になって思うと勿体無い事をしたなとしみじみ思うよ。最近の学生にはそうはなって欲しくないね。木刀を買わない平凡な修学旅行なんて修学旅行とは言えないよ」


「……なんの話ですか?」

「いやなに、特に理由のないただの独り言さ」


 大男はそう言うと敵前であるにも関わらず、両手を広げて無防備に己の肉体を晒す。

 

「どうせバレてるんだろうから見せてあげるよ……ほら、撃っておいで」


 あえて魔法を撃たせてカウンターを狙っているのか、それとも煽って無駄に魔法を撃たせる事で、こちらの魔力切れを狙っているのか。夕香は相手が何を企んでいるのか、相手の行動の裏を読もうと考えを巡らせる。


「来ないの? まぁ良いけどさ」


 大男はそう言うと両手を下ろしてゆっくりと歩き始める。しかし男の進む先には夕香の仕掛けた地雷がある。

 未来視があるなら、あと一歩踏み出せば地雷が作動する事くらいはわかる筈である。

 しかし、男は止まる事なく、そして躊躇う事なく地雷を踏み抜いた。

 夕香が言葉を発する間もなく、地雷が作動して爆炎が男を包む。


「……とまぁ、こういう事なわけよ」


 爆炎が晴れ、中から無傷男が姿を現す。肉体には傷一つどころか着ている服すら破れていない。


「どういう事かわかりませんが?」

「遺物との組み合わせでねぇ、俺への肉体的なダメージは未来の俺に転送される。俺が死ぬ一秒前の俺にね。だからいくら攻撃を仕掛けようが、それは俺が死ぬ直前まで喰らわないってわけよ」

「……外傷では死なないって事ですか?」

「まぁ、端的に言うとそうかなぁ。毒も効かないねぇ。とはいえそもそも自分がいつ死ぬかまでは見えないから、いつその攻撃が俺の元に届くかはわからないんだけどねぇ」


 毒や外傷では死なないとなると、寿命や病気以外の死因がないに等しいと大男は得意げに話す。

 

「死んだらきっと死体どころか骨も残らないんだろうねぇ。今日だけでも焼かれるわ、潰されるわ、吹っ飛ばされるわ。何回死ぬくらいの攻撃を受けたかわかったもんじゃないよ……まぁ死ぬ直前までは無敵なんだけどさぁ」


 大男の言葉を聞いた夕香はフッと鼻で笑う。

 

「外傷や毒が効かないくらいで無敵を自称するなんて、あんまりお勉強は得意じゃないようですね」


 夕香は杖を掲げると、自信に満ちた表情で言う。

 

「人間の死因は色々あるって事、教えてあげますよ」

 


4000文字くらいに納めたかったですが、5000文字になってしまいました

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