G7サミット
昨夜の一件の翌日。
朝早くに起きた輝夜は、寝起きの重たい足取りで朝食のカップラーメンを片手にソファへと座りテレビをつける。
『朱月輝夜ハンターが捕らえたヴィサスというモンスターの脱獄。高松市の一件から、ここ最近、日本のハンターの実力に懐疑的な声が多いですね』
朝の報道番組でコメンテーター達が昨夜の件についての話をしていた。
「ようやく面倒な病院暮らしから脱出できたってのに、次は偉い人との会議とはねぇ」
輝夜はそうぼやくとカップ麺を啜る。
少し前であれば考えられないような事ばかり起こっている。
『やはり、ハンター制度の見直しが必要ではないでしょうか? 今のハンター試験は、サバイバルや応急手当といったダンジョン攻略の為に必要な知識を重視しており、戦闘力はそこまで求められては居ないと聞きます』
『そうですね。まぁ年々、ハンターライセンスを得る為の要求水準は高くなっていますが、やはり海外と比べると甘い部分があります。ハンター試験だけでなく、ハンター制度の見直しも必要かもしれませんね』
輝夜は麺を啜りながらチャンネルを変える。
『結局ね、舐められてるんですよ! 今回の中国の一件なんて良い例でしょう! ハンターなんて配信だのなんだのと、遊んでる連中ばかりじゃないですか。そんなんじゃ質が落ちるのは当たり前でしょう!』
『確かにダンジョン攻略の様子を配信する、所謂ダンジョン配信は一大コンテンツですが、全員がそうしている訳ではないですし。それに氷室透に朱月輝夜と、世界で認められるハンターも居るでしょう』
『その朱月輝夜がそもそもの原因でしょう? 自分達で管理もできないようなモンスターを連れ出したりして、市民に被害が及んだりしたらどう責任を取るつもりなのか』
「なんか僕、めっちゃ悪く言われてんじゃん。これが炎上ってやつ?」
輝夜はいつの間にか自分の側でカップラーメンの肉を頬ばっていたナディに話しかける。
『ムカつくわねこのオジサン。この間はアンタの事を持て囃してたのよ? なのによくもまぁ、いけしゃあしゃあと輝夜の事を叩けるわね!』
ナディはもしも出会うことがあればその時は髪の毛一本残らずむしってやると息巻く。
「人間ってそんなもんだよ……さて、と」
カップ麺のスープを飲み干した輝夜は、空になった容器を捨ててシャワーを浴びる。夕香からセミフォーマルな服でも大丈夫だからと言って渡された服に着替える。
地味な藍色で、肌の露出を抑えた品のあるワンピースタイプのパーティードレス。
「セミフォーマルならスーツでもいいんじゃないかな?」
『似合わないでしょ。アンタにスーツは』
「……それはそう。けどコレだと、足に銃とナイフを隠すから、咄嗟に取り出しにくいよ」
スカートの下に隠すようにして、足に巻いたホルスターに銃とナイフをしまう輝夜。
『アンタ、何しに行くつもりよ』
そんな輝夜の様子見ながら、ナディはため息混じりにそう呟く。
◇◆◇◆
輝夜はタクシーで内閣府庁舎へと向かう。
そこで車を降りてから警備員にIDを提示してから庁舎へと入る。そして6階のとある一室に向かう。
ドアをノックし、返事があってからドアをあける。
「失礼しまーす」
部屋の中央にはガラスのテーブルが置かれており、その両側に本革のソファが置かれている。
入り口から向かって右側のソファには、初老の男性が二人座っており、その側ではスーツに身を包んだ夕香が立っていた。
「お久しぶりです。藤堂慶一郎さんでしたよね。もう一人の方は……」
もう一人の男性の方に視線を向けた輝夜は少し驚くが、この場に居てもおかしくないと納得する。
「初めまして、内閣総理大臣を務めております、尾形弘正です」
「朱月輝夜です。初めまして」
「とりあえず座ってください。時間があるのでお茶でも如何ですかな?」
尾形は頭を下げて挨拶する輝夜を自分の対面に座らせ、夕香にお茶を入れるようにお願いする。
夕香がお茶の注がれたティーカップをテーブルの上に置く時、輝夜はこっそりと夕香に耳打ちする。
「夕香さんだけスーツってズルくない?」
「私は警護ですから。輝夜さんも丸腰では不安でしょう?」
「……そうだね」
「武器はあとでアイテムボックスにでもしまっておいてください」
「……はい」
輝夜と夕香のやりとりを、尾形と東堂は微笑ましい様子で見ながらティーカップ口をつける。
「こうして話すのは初めてだね」
「はい。そうですね」
尾形総理の言葉に輝夜は頷く。
「身分の件で一悶着あったと聞いています。その件について最終的に許可したのは私です。勝手をした事、大変申し訳なかった」
そう言って深々と頭を下げる尾形総理。それを見た夕香と藤堂は慌てた様子で頭を上げるように言う。
「思ったより不自由はしていないので構いません」
なんの相談もなしに高校生という事にされた時は腹が立ったが、特に不自由なく好きなようにやれている現状、輝夜の方から今更どうこう言うつもりはなかった。
むしろ総理が自ら謝罪した事で彼に好印象を抱いていた。
「そう言ってもらえると助かります。さて、そろそろ本題に入ろうか藤堂課長」
「ええ、輝夜さんの病室を襲ったのは白人、おそらくはロシア人だと思われますが、痕跡を辿れるものは全て消されており詳細は不明です」
尾形総理に言われ、藤堂は先日の一件についての報告をする。
わかるのはロシア人という事だけで、ロシアが関わっているという証拠にはならない。中国が送った部隊にも白人が居た事から、中国がロシア人を雇っただけだと言い訳されればそれ以上の追及も難しい。
犯人は分かっていても証拠がないので何も言えないのが現状である。
「テロが起こる可能性は?」
「それはまだわかりません。ただ、今朝の明け方、国内にC4の搬入が確認されました。ですがG7でテロが行われるという情報はまだ上がってきていません」
「は?」
さらっと言った藤堂の言葉に、輝夜は目を見開いて驚く。
「そうですか、仮にテロが行われるとしたら、仕掛けてくるのはやはりロシアですか?」
「それも何とも言えません。中東辺りで動きがあったという話もありますので、どこが仕掛けてきてもおかしくないでしょう」
驚いている輝夜を置いて、藤堂と尾形総理は話を進めていく。
「昨日の一件で終わりじゃないんですか?」
輝夜は二人の話している内容が飲み込めず、詳しい説明を求める。
「ダンジョン産業に力を入れたい国はごまんとありますから、警戒を怠る事はできません」
「……放っておいてもダンジョンタワーの崩落と共に人語を介するモンスターが来る可能性が高いから、わざわざ危険を冒す必要はないんでしょう?」
「それを待てない人が多いのですよ。いつそれが自国に来るかわからない上に、そのタワーの勢力というのが友好的とは限らない。であれば、少なくとも人に従っているナディさんやアリアさんを引き入れる方が良いと考える国も少なくはないでしょう」
藤堂の話を聞いた輝夜は確かに……と納得すると同時に、ヴィサスだけでなく自分も狙われているんだという事を理解する。
「それに友好的でないのならば戦争……という事になるかもしれない。そうなった場合、敵となる者達の情報を少しでも多く集めておきたい。考える事はどこも同じです」
藤堂は輝夜を見てそう断言する。
「それに今ならばテロを起こしても中国とロシアに疑いの目を向けさせる事もできますから」
とはいえその場しのぎの時間稼ぎにしかなりませんがね。藤堂は笑いながらそう付け加える。
「なら僕行かない方がいいんじゃないの?」
「そうですね。正直、ここに居る皆が同じ考えです。ですが話はそう簡単な事ではないんですよ。さっきも言った通り、タワーの勢力についての情報を集めたいのは皆同じ。他の参加国は危険を冒してでも輝夜さんとの対談を望んでいます。テロが起こるかもしれないという理由だけでは、その機会を逃す事はしません」
当然の如く湧いて出る輝夜の質問に、尾形総理は苦笑混じりに答える。
日本が情報を聞き出して世界に公表するにしろ、別の機会を設けるにしろ、先に日本が情報を手に入れる事になる。どこの国よりも早くに情報を手に入れたい状況で、日本ばかりがその機会に恵まれている事を、指を咥えて見ている事はできないのだ。
「私も逆の立場であれば、そうしたでしょうね。ダンジョン産業はそれほどまでに重要なのです。今や、ダンジョン無くしては我々の営みは立ち行かないですから」
尾形総理はそう言うと、一気に紅茶を飲み干す。
「理解できそうにない」
情報、たかがそんなものの為に……。輝夜は心の中でそう呟く。確かに知らないのと知っているのとでは当然後者の方が良いが、命をかける程のものだとは輝夜は思えなかった。
「まぁ、輝夜さんはそうでしょうね」
持つ者は持たざる者の気持ちなど理解できようはずもない。尾形総理は心の中でそう呟く。
輝夜達の持っている情報の価値は計り知れない。だからこそ、タワーマンションの高層階や国家予算の割り当てと、資金を惜しまずに援助し、社会的地位を与えて専属のサポートまで付けた。
「(そこまでして得たい情報だというのに、配信の雑談でサラッと喋ってしまうくらいだ。自分の価値など最初から興味ないのだろう)」
聞くところによると輝夜の配信は一般人のみならず、ダンジョンに関連した研究機関や諜報機関、果ては国の要人までもが観ていると言う。
「(もう少し自覚して欲しいものだ)」
両手でカップを包み込むようにしてカップを持ち、ゆっくりと紅茶を飲んでいる輝夜を見て、尾形総理はそう思った。
「……そろそろお時間です。輝夜さんは私と、尾形総理は藤堂室長と会場入りする予定です。その後、会議までの間は招待国、招待機関と軽く顔合わせをした後、首脳陣で会議となります。輝夜さんは出番が来るまで待機です」
「了解」
輝夜はカップを置いてゆっくりと立ち上がり、四人連れ立って会場へと向かう。
◇◆◇◆
G7サミットの会場は一泊するだけでも最低で十万はすると言われる最高級ホテル。G7サミットの期間中、そこを貸し切って行われる。
世界各国から要人が集まるため、マスコミも近くに立ち寄る事は出来ず、招待された記者とカメラマンが数名だけでそれ以外はドローンや定点カメラなどで遠くから会場の様子を撮影しているだけである。
「煩わしいフラッシュがないのは良いね」
「ああ、前に一度囲まれてましたからね」
小声で雑談をしながら会場の中へと入る。
八人掛けのテーブルが八脚設置されており、既に大半の人が会場入りして、各々で親睦を深めている。皆が国や国際機関の代表を務めている者達である。
輝夜が入ると同時に、室内に居る全員の視線が輝夜に集中する。
好奇心、警戒心、猜疑心。輝夜に向けられる視線には様々な感情が乗っているが、どれもすべからく品定めをするかの様な視線である。
声を掛けたそうにしているが、互いに誰が声を掛けるかで牽制しあっており、輝夜の事を遠巻きに見ているだけである。
「失礼します輝夜さん」
夕香が輝夜の耳に小型のイヤホンを付ける。
「これは?」
「相手の言葉が日本語に翻訳された音声が流れてきます。ラグは少しありますけど、こういった場では皆が付けています」
「めっちゃ便利だけど、この人数を同時に通訳するってすごいね」
「……翻訳はAIですよ」
輝夜と夕香は軽く談笑をしながら、自分たちに用意された席に座る。国毎に固まって席を設けられているようで、尾形と藤堂も輝夜の隣に座る。
「やぁ、また会ったね」
座るや否や、テーブルの対面側に座っている男が輝夜に話しかる。
「……どこかで会った?」
「ヒムロと一緒にラスベガスで会ったよ」
カジノと言われて輝夜はハッと思い出す。
ラスベガスで百足旅団を捕らえた際にSWATを率いていたアメリカNo.3のハンター。
「たしかロケット・オブザイヤー」
「惜しいね。ロガート・マクワイアだ。ヒムロから君の事は色々と聞いたよ」
絶対にロクな事言ってないなと思った輝夜は、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「そんな顔をしないでくれ、別に変な事は言ってなかったよ。いつか一緒に仕事する機会があったらよろしく頼むよ」
そんな輝夜の様子を見たロガートは、思わず笑い声をあげ、楽しげな表情で輝夜を宥める。
「……会話に割り込むようで申し訳ありませんが、アメリカでNo.3の貴方がなぜここに?」
夕香がテーブルに身を乗り出してロガートに質問をする。
「護衛だよ。私だけではない、主要七ヶ国はもちろん、招待国や国際機関も皆が自前で腕利きのハンターを護衛として同行させている」
その問いに、ロガートの隣に居た初老の男性が答える。
「久しぶりだなミスターオガタ。君に会いたくて仕方なかったよ」
自身もハンターとして活動していた過去を持ち、ダンジョン研究にも通じているアメリカ合衆国大統領、ジェームズ・ピッツバーグその人である。
「こちらもですジェームズ大統領」
尾形総理とジェームズ大統領は互いに立ち上がって握手を交わす。
「ところで、今の話はどういう事でしょうか?」
席に座り直しながら、尾形総理がそう尋ねる。
「とぼけても無駄さ。銀の弾丸、百足旅団と火種がある中でのG7サミットの開催、加えてヴィサスの存在に先日の騒動。どこがいつ強硬手段に出てもおかしくない程のネタを抱えている状況、皆が警戒しているということだ」
まぁ、大半は昨日の騒動で慌てて護衛を用意したんだが。とジェームズ大統領は笑いながらそう言う。
「それに、日本に大量のC4が持ち込まれたという噂も聞いてね」
「それはまた、困った噂好きも居るものですな」
「安心したまえ、私以外の者は誰も知らない。こんな事で君と話をする機会を不意にしたくないのでね」
ジェームズはそう言って輝夜に目を向ける。
「まぁ、大して面白い話はできませんけど」
輝夜はあまり期待するなという意味を込めて、そっぽを向いてそう答える。
ジェームズ大統領は「君にとってはそうかもしれないな」とだけ言うと、席から立ち上がって他の参加国の代表達に挨拶しに行く。
「私も挨拶くらいはしておかねばな」
尾形総理は面倒臭そうに肩を竦めてそう言うと、ゆっくりと立ち上がって挨拶回りに向かう。
「僕も何かしたほうがいいかな?」
「いえ、輝夜さんは何もしないほうがいいでしょうね」
もし輝夜が他の国の代表にでも話しかければ、その国となにか繋がりがあるのではないかと思われるかもしれない。
「アメリカが最初に話しかけたのも、他国に対する牽制の意味も込められています。勝手に話しかければアメリカを敵に回す事になるぞ……といった感じですね」
「小学校にそういう事を言い出す女子が居たなぁ」
A子ちゃんと話したからB子ちゃんとは仲良くしないとか言い出す女子小学生のような考えに、輝夜は心底呆れる。
しかし、実際にその効力は絶大で、その場に残された輝夜に話しかける者は居らず、ただ暇な時間だけが過ぎていく。
程なくして、主要七ヶ国のみが呼ばれて会議が始まり、主要七ヶ国の代表とその護衛のハンターだけが別室へと移動する。そして招待国や招待機関の面々だけがその場に残される。
「ところで、テロって本当に起こるの?」
特にする事もなく、暇を持て余した輝夜は夕香に話しかける。
「正直なところ、何とも言えないですね」
「けど、テロなんて起こらないのが当然であって、起こるかもしれないって時点で相当ヤバいんじゃない?」
「まぁ……昔ならそうでしょうけど、魔力を持つ者が現れ、個人が力を得るようになってからはテロなんていつ何処で起こってもおかしくはないですから」
夕香はそう言って壁に目を向ける。その向こうにある摩天楼の様な高層ビル群や、道を行き交う人々の姿を思い浮かべる。
「どれだけ時代が移り変わろうと、社会を良く思わない人間は一定数居ます。分不相応の力を手に入れたことで、力に溺れる人もね」
「表に出てこないだけで、社会の裏側は底なし沼です」
百足旅団だけではない。他にも社会を蝕む悪は数多く蔓延っている。
最近は学生が犯罪組織の一員だったという事も珍しくはない。
そしてヴィサスの発言により世間は混乱し、それに乗じて社会の闇はその版図をさらに広げていく。
「物騒な世の中になったもんだ」
「良くも悪くも時代の節目なんですよ。というか辛気臭い話するのやめません?」
「じゃあ、なんか話題振ってよ」
「……学校はどうですか?」
夕香は少し考えてから、笑って輝夜にそう尋ねる。
「どうって言われても、今こうなったのって、元はといえば学生がダンジョンに潜るサポートをしたせいなんだけど」
輝夜は肩を竦めてそう言う。
「……そうでしたね」
夕香は苦笑いを浮かべてそう返す。
「こんにちわ、朱月輝夜さん」
皆が輝夜の事を遠巻きに眺める中、一人の女性が輝夜に話しかける。
五十半ばの落ち着いた雰囲気のある女性。その傍には背中に長槍を背負った男性が輝夜に鋭い眼差しを向けていた。
「韓国のパク・ヘリン大統領です。後ろに居るのはヒョンスクハンターです」
夕香がこっそりと耳打ちをして名前を教える。
「なんでしょうか?」
輝夜の代わりに夕香が答える。
アメリカを含む主要七ヶ国が居なくなった事でチャンスだと思い話しかけてきたのだろうと夕香は思った。輝夜と親しげに話す事で、朱月輝夜とも関わりがあるように見せようとする一種のパフォーマンスである。
「用という程の事ではありません。隣国の友人に挨拶をしに来たまでです」
パク大統領はそう言うと、懐から綺麗にラッピングされた箱を取り出して輝夜に渡そうとする。
「パク大統領、困ります。この様な場で……」
「日本の雑魚ハンターが出しゃばるな」
夕香が止めようとするが、パク大統領の傍に控えていたヒョンスクが夕香の腕を掴んで邪魔をする。
「離してくださいヒョンスクハンター。ここはサミットの場です」
夕香は一切動じる事なく、毅然とした態度でヒョンスクに詰め寄る。
「許可なく大統領に触れようとするのを防いだだけだ。それにハンターの質も量も我が国の方が上だというのに、いつまで上の立場で居るつもりだ?」
その態度が気に食わないのか、ヒョンスクは夕香の腕を掴んでいる手に力を込め、顔を近づけてそう言う。
「おい、手ぇ離せ」
見かねた輝夜が夕香とヒョンスクの間に割って入り、鋭い眼差しをヒョンスクに向ける。
「マグレで有名になっただけの奴が」
「やめなさいヒョンスク」
ヒョンスクが背負っている槍に手を伸ばそうとした時、パク大統領が彼の肩に手を置いて静かに嗜める。
それでも止まらないだろうと思って身構える輝夜だったが、予想外にもヒョンスクは舌打ちだけして大人しく手を下ろすと、輝夜を一瞥して大人しく引き下がる。
「護衛の者が失礼をしました。これでは仲良く談笑という訳にもいかないでしょうし、ここら辺で失礼します」
パク大統領は静かに微笑むと、小さく一礼してその場を立ち去る。
「――あの人が言ってた事って本当?」
彼女達が居なくなった後、輝夜は夕香に尋ねる。
「ヒョンスクハンターの事ですか? でしたら本当です。韓国は徴兵制がありますし、民間からいきなりハンターになった日本人と違って、ある程度訓練された人がハンターをやってますから。それに数も韓国の方が多いですね。なにせ国民のハンターの割合は世界一です」
夕香はヒョンスクに掴まれた腕をさすりながら答える。
「その割には強い人が居るってイメージはないんだけど」
輝夜は自分が世間に関して疎いという事は自覚しているものの、それでも一度も韓国に強いハンターが居るというのは聞いたことがなかった。
「ライブ配信で有名な人は多いですけど、ダンジョンの数はそこまで多くないのが原因ですね。実際にその事で苦労しているみたいですけど」
韓国にあるダンジョンでは上層のモンスターは殆ど駆逐され、資源という資源も殆ど残っては居ない。中層では一昔前のMMORPGの様に、ハンター同士で狩場や資源を巡って度々衝突しているほどである。
そのせいでポイントが貯まらずに、中々注目される事がないのである。
「一言で言えば輝夜さんと似た様な理由ですね。強くてもポイントが少ない。まぁ、最近は海外のダンジョンに遠征に行く人も多いみたいですね。とはいえ、他国のダンジョンに潜るには許可が必要なので、その手もあまり使えませんが」
「じゃあ、韓国にとっては今の状況は渡りに船って感じなんだ」
ダンジョンタワーの崩壊により自分の国にダンジョンが増えれば、ダンジョン不足の問題は解決する。
ダンジョンが増えればハンターの数に任せて攻略を進められる上に、ダンジョン産業で経済を発展させれるだけでなく、国際的な地位も向上させられる。
「そうでしょうね。輝夜さんに接触してきたのも何か意図があってのことでしょうし、警戒はしていますが輝夜さんご自身も気をつけていてください」
夕香は他の招待国代表と親しげに会話をしているパク大統領に視線を向けてそう言う。
「わかった……っていうか、ダンジョンが増えて嬉しいのはどこの国もそうなのかな」
「そうでもないですよ。例えば日本はダンジョンの数は世界的に見ても多いですが、ハンターの数はそうでもありません。ダンジョンが増えれば管理が追いつかなくなり、ダンジョンブレイクが多発してしまいます」
そして一度でもダンジョンブレイクを許してしまえば、その対応でハンターを動員せねばならず、その間に別のダンジョンブレイクが起こりかねない。
最悪は負のループに入ってしまう。
「もしかして日本ってかなりヤバめな状況?」
テロといいダンジョンの増加といい、輝夜は自分が思っていた以上に深刻な状況に進みつつあると知り、少しだけ表情が引き攣る。
「かなりヤバめな状況です。ですからハンターの育成と発掘に全力を注いでいるんです……っと、言っている間に出番みたいですよ」
呼び出しの無線を聴いた夕香は、G7の首脳陣が集まっている会議場へと輝夜を案内する。それに伴い、招待国や国際機関の代表もぞろぞろと会議室へと向かっていく。
「ん?」
その途中、輝夜は地面が少しだけ揺れたように感じ、思わず立ち止まる。地面に意識を向けるが、もう揺れてはおらず、輝夜は気のせいだと思い夕香の後を追って会議室へ入る。
次回から出来るだけ小分けにしたいと思います




