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ヴィサス(4)

「輝夜……さん……」

「銀の弾丸!? ってことはロシアも失敗したわけね。どいつもこいつも使えない奴ばっかり」


 突然現れた輝夜に驚く雲嵐。そして予想外に悪くなっていく事態に悪態をつく。

 

「遅くなってごめんね? 痛かったでしょ、けどもう大丈夫。あとは僕に任せていいから。というわけでナディ、二人を頼むよ」


 輝夜はそんな雲嵐を無視して、夕香の身を案じる。

 

「堂々無視かよ。まぁ良いや。ここで私がアンタを倒せば、私らで何もかも総取りって事でしょ!」


 雲嵐は魔力を解放し、新見や夕香と戦っていた時とは比べ物にならない速さで輝夜に迫る。

 

「ブーストスクエア」


 輝夜は雲嵐の突進を横に避けると、ついでのように足をかけて転ばせる。勢いのあまり、雲嵐は顔から地面にぶつかる。


「夕香さんに手ェ出しといて、無事で帰れると思うなよ」

「まぐれで避けたくらいで!」


 まずは一撃入れてやると言わんばかりに、輝夜に殴りかかる雲嵐だったが、輝夜はそれを容易く躱して雲嵐の顔を掴む。

 

「って、日本語わかんねぇだろうから、凄んだところで暖簾に腕押しか」


 輝夜はそう言うともう片方の手でナイフを抜き、雲嵐を地面に叩きつける。そして足で彼女の両手を抑えて身動きが取れないようにする。


「あがっ」

 

 その衝撃で雲嵐の視界が歪む。鼻の奥から鉄の匂いがする。

 雲嵐は何が起こったのか理解できなかった。気がつけば地面に倒れており、まるで天地がひっくり返ったかのようだった。


「(倒された? 私が? ありえない。そんな筈ない。私は同世代で最強なんだ。ふざけるな。ましてや年下の、それもこの間まで中学生だったような奴に負けるなんて事があってたまるか……)」


 初めて同年代の少女に組み伏せられた事で、プライドを傷つけられた雲嵐は激昂する。


「こんな、クソッふざけるなァァ!」


 雲嵐は何とか抜け出そうと両手に力を込めるが、びくともせず、ただ足をバタつかせ、大声をあげる事しかできない。


「なんでっ!? ふりほどけないっ! そんな、私より力が強いなんて……」


 疑問、否認、怒り。そのプロセスを経て理解する。輝夜との実力の差を。


「私はっ! 私は李雲嵐だぞ!」


 それでも自分の上に乗っている少女が自分よりも強いという事を認めたくない雲嵐は、目に涙を浮かべて抵抗する雲嵐。


「ごめん中国語わかんない」


 輝夜は困ったような表情を浮かべてナイフを振り上げる。

 ハンターになる事が世界で一番難しい中国で、ライバルを蹴散らして最年少でハンターになった雲。これまで負けた事などなく、生まれながらにして勝ち組だという自負があった彼女が、初めて味わう完膚なきまでの敗北。

 そして、その相手は自分よりも年下。

 その彼女が自分を押さえつけ、ナイフを振り上げている。

 迫り来る死という絶望を目の前にして、雲嵐のプライドは崩れ落ちた。

 

「や、やめ……やめて……お願い……します……」


 涙を流しながら拙い日本語で命乞いをする雲嵐。

 かつて試合をした際に遊び半分で手足を折った日本人ハンターが言っていた言葉。それを今度は自分が口にしている。


「お願い……やめて……」

 

 両手を押さえつけられているため、顔を覆って眼前の恐怖から逃れることもできず、体を小刻みに震わせる事しかできない。

 だが、輝夜は雲嵐の命乞いに耳を傾ける事はせず、躊躇う事なくナイフを振り下ろす。

 寸止め。刃先は雲嵐に触れる事はなかった。しかし刃先と眼球の間は一ミリもなく、少しでも動けば片目を失う事になりかねない。


「……夕香さんやったの、君じゃないな。夕香さんに無傷で勝てるほど強くない」


 夕香の体に残っていたのは刀傷。しかし雲嵐は徒手空拳を主体に戦っていた事、輝夜は彼女が夕香を傷つけた訳ではないと思い、ナイフを収める。


「右目が惜しいなら大人しくしてなよ。もし何かすれば一生光を感じる事ができなくなるから」


 輝夜はそう言うと、雲嵐の上から退く。

 

「ぁ……」


 輝夜が何を言っているのか理解できない雲嵐だったが絶対に勝てない。挑んだら間違いなく殺されるという事は強く印象付けられた。プライドを砕かれ、醜態を晒した彼女は、もはや輝夜と視線を合わすことすらもできない程に戦意を喪失してしまい、輝夜に逆らおうという気さえ起きない。


「アリア、その子見てて」

「よかろう」


 アリアは血の枷で雲嵐の手足を拘束し、口を塞いで身動きを封じる。


「ナディ、二人はどう?」


 輝夜は夕香と新見を治療しているナディに二人の様子を尋ねる。


『もう治したわよ。まぁ、ダメージが大きいから目が覚めるまでには少し時間がかかると思うけど。それより、あんたの魔力の方が心配よ』

「マナポーションがあるから平気だよ。とはいえ手持ちはこれが最後だけど」


 輝夜はベルトのポーチから青い液体の入った小瓶を取り出すと、栓を開けて一気に煽る。


『アンタは本当に準備不足よね。弾は切らすわマナポーションは切らすわ。社会人失格ね』

「あいにく今は学生な身の上なんで……っていうか、ここ何の施設?」


 空になった小瓶を乱雑に投げ捨てて、ボロボロになった施設を見回す。

 

『さあ?』

「そもそもこれどういう状況?」


 夕香のタブレットが床に落ちている事に気づいた輝夜は、何かわかるかもしれないと思い、拾い上げて電源ボタンを押してみるが壊れているのか何の反応もない。

 

『そこの女の子に聞きなさいよ』

「中国語わかんないっての。向こうも日本語よくわからないみたいだしさ」

「なぁ、さっきから言ってる中国語だの日本語だのというのは何なのだ?」


 アリアが首を傾げながら夕香に尋ねる。


「言語だよ。生まれた国が違うから、お互いに使ってる言葉も違うの」

「なにが違うのかわからんな。そもそも契約者が話しているのは魔族語ではないか」

「あー……なんか前にもそんな事言ってたね。その辺どうなって、いや待って。ってことはアリア、もしかしてその子と会話できるの?」


 輝夜はそう言って雲嵐を指差す。

 何かされるのではないかと思った雲嵐は、肩を跳ね上がらせて怯えたように後ずさる。

 

「当然だろう」

「そりゃいいや。じゃあちょっと通訳してもらってもいいかな?」

「ああ、わかった」


 雲嵐の様子を気に留める事もなく、輝夜は雲嵐に近づき話しかける。


「君、中国人だよね? ここに何しに来たの?」


 怯える雲嵐の目の前でしゃがみ、目線を合わせた輝夜は落ち着いた口調で話しかける。

 アリアは雲嵐の横に立ち、彼女を見下ろしたまま輝夜の言った言葉を雲嵐に伝える。

 

「わ、私は、ただ政府に言われてヴィサスを確保しに来ました」


 雲嵐はアリアと輝夜を交互に見た後、おずおずと話し始める。

 

「え? あいつ、ここに居るの?」

「さっきまで。今は外で飛龍と戦っています」

「そのフェイロンって人は何? もしかして、夕香さんをやったのもその人?」

「中国で……一番……強いハンター……夕香さんってのが、そこの女の人なら、そう」


 中国で一番と聞いた輝夜は、なんとなく氷室と同じくらいの強さだろうと思った。

 もしそうであるとするならば、万全の状態であればいざ知らず、今の手負いのヴィサスを捕まえるのは難しい事ではない。

 

「そっかぁ……たしか、アイツ捕まえられたら夕香さんが困るんだよね」


 政治だの経済だのといった事には興味がない輝夜だが、一番親しい友達の夕香が困るのなら話は別だ。


「アリア、悪いけどここ任せる?」

「この小娘を見張っておればいいのだろう? 私の名にかけて何もさせぬ」


 アリアの答えに満足げに頷いた輝夜は、壁に開いた穴から飛び出していく。

 

◇◆◇◆

 

 暗い森の中で火花が散る。

 ヴィサスの鋼鉄のように硬い腕と、飛龍の中国刀がぶつかり合い、鉄を叩くような音が何度も響く。


「やはり、外の世界は素晴らしい! こんなにも強き者達と戦えるのだから!」

「こんなの連れ帰って大丈夫かよ」


 強い敵を前にして楽しそうに笑うヴィサス。

 好戦的なヴィサスを前に、飛龍はヴィサスを連れ帰ったとしてもメリットよりもデメリットの方が多いのではないかと思い始める。


「お前みたいに喋れるモンスター、他にも居るのか?」


 絶え間なく続く刀と拳の応酬。戦いの最中に訪れる僅かな息継ぎの時間に、飛龍はヴィサスに話しかける。


「ん? ああ、そうだな。と言っても、落ちるのはそう簡単な事では無いが」

「落ちるってのはどう言う事だ?」

「問答は終わりだ」


 飛龍の問いを無視して再び襲いかかるヴィサス。


「そう簡単にはいかないか」


 ヴィサスの危険性を考えれば、連れ帰るよりも今の内により多くの情報を聞き出して、それを持ち帰る方が良いのではないかと考えていた飛龍だったが、そう簡単に目論見通りにはいかず仕方なくヴィサスを迎え撃つ。


 そこに銀の髪を靡かせ、雷の如き速さで割り込む少女。


「お前がフェイロンだな」

「銀の弾丸だとっ!?」

「朱月輝夜ァ!」


 突然現れた輝夜に驚く飛龍と、口角を上げて歓喜するヴィサス。

 輝夜は二人に一瞬だけ目を向けると、ナイフを抜いて、目にも止まらぬ速さで飛龍に切り掛かる。


「なんでお前がここにいる! ロシアは、いや、雲嵐はどうした!?」


 ナイフが喉元に触れる直前で受け止める飛龍。

 ヴィサスに加えて輝夜の相手もしなくてはいけない。最悪の状況になり冷や汗を流す。

 そして何より、輝夜を相手する上で最も警戒しなければならないのがライブ配信である。

 飛龍は世界中に顔が知られている。もしこの場を配信で世界中に公開されようものなら、作戦は全て台無し。世界中から非難が殺到するだろう。

 

「何て言ってるかわからん」


 輝夜の背後から放たれた風の刃が飛龍を襲う。飛龍は輝夜を押し返してから身を捩って回避する。

 

「朱月輝夜、こうも早く再会できて嬉しいぞ!」


 ヴィサスが輝夜に襲いかかる。

 輝夜の意識がヴィサスに向いた隙に、飛龍は周囲を見渡して配信用のドローンを探す。そして一台。まだ配信されていない状態のドローンを見つける。

 魔法を使ってきたと言う事は、輝夜と妖精は一緒に居る。ドローンを壊せば配信は防げると思った飛龍は、なんとか隙をついてドローンを破壊できないかと考えを巡らせる。

 

「邪魔だ……」


 後ろに飛び退き、苛立ちを露わにする輝夜。

 ナイフの柄に罅が入る程の強さで握りしめると、ゆっくりと拳銃を抜く。

 

「付き合ってられるか」


 飛龍は足元にあった石を蹴飛ばしてドローンを破壊する。そして早急にヴィサスと雲嵐を回収して撤退しようと思い、隙だらけのヴィサスに攻撃を仕掛ける。

 しかし手負とはいえ、焦りで精彩を欠いた攻撃が通用する筈もなく、あっさりとヴィサスに避けられ、飛龍の刀は空を斬る。


「ハハハ! 三つ巴か! 面白い!」


 拳の関節を鳴らし、空中に魔法陣を展開するヴィサス。


「手負いの虎を連れ帰るだけの筈が、なんでこんな面倒な事になってるんだ?」


 飛龍は本気でやらなければやられると思い、中国語で文句を垂れながらも中国刀を抜いて二刀流に切り替える。


「ブーストスクエア」


 スクエアによる身体強化をやめ、銃の威力を上げる輝夜。

 暗い森を静寂が包み込む三つ巴の睨み合い。最初に動いた奴が真っ先に脱落すると思った飛龍は、刀を構えて間合いを測る。

 だが、輝夜はお構いなしにヴィサスに向けて発砲しながら飛龍に襲いかかる。

 だがブーストによる身体強化なしの突撃は飛龍にとっては何の脅威にもならない。冷静に輝夜を見据えて、彼女が自分の間合いに飛び込んでくるのを待つ。

 そして間合いに入るタイミングで剣を振り抜く飛龍。だが刃は輝夜に届く事なく空を斬る。

 間合いに入る直前で、輝夜が足で地面を抉って急停止した為である。

 銃の強化から身体能力の強化へ切り替えた輝夜は、その場で一回転して勢いをつけて殴る。

 突然速くなった輝夜の動きに飛龍は面食らって防御が遅れ、ほぼ無防備の状態で頬を殴られてそのまま後方へと飛ばされる。

 刀を地面に突き立てて、地面を削りながら無理やり止まる。


「手の内は全部知ってるはずなんだが、実際に戦ってみるとこうも手強いのか」


 スクエアの全力の拳を受けたにも関わらず、口の端から血を流すだけで耐える飛龍。それを見た輝夜は「マジか」と驚きの声を上げる。


「光阴似箭」


 飛竜は小さく息を吐くと、姿勢を低くして中国語で呟く。

 

「ぐあん何? 中国語? それ何て意味?」


 何と言ったか聞き取れなかった輝夜がそう聞き返そうとした時、飛龍の姿が一瞬にして消える。それと同時に輝夜の背後に現れ、刀を振り抜く。

 反射的に大きくのけ反って回避する輝夜。ガラ空きになった横腹に飛龍の膝蹴りが突き刺さる。


「いたっ」


 特に効いている様子はなく、蹴りを喰らった反動を利用して後ろに跳ぶ。


 消えると同時に背後に現れる様は、まさにテレポート。輝夜の脳裏に芹矢の顔が思い浮かぶ。空間を操るスキルを持っているのではと思った輝夜だったが、すぐさまそれは無いと首を横に振る。


「軽く蹴りすぎたか」

 

 飛龍はそう言って再び消える。同時に今度は眼前に現れる。

 飛龍が刀を振るい、輝夜はそれをナイフで受け止める。


「高速で移動するスキルってところか」

「初見で避けるとは噂に違わぬ実力だな」


 飛龍と輝夜が鍔迫り合いをしているところに、ヴィサスの放った熱閃が襲いかかる。

 飛龍と輝夜はその場から飛び退き、熱閃を回避する。 


「ボロボロのクセに、色々聞く前に死なれると困るんだがな」

「なんだ? 質問に答えれば、気兼ねなく戦えるようになるのか? ならばさっきの問いに答えてやろう。落ちるとはどういう事か」


 ヴィサスは空を見上げて、ダンジョンについて語り始める。

 飛龍は『別にそういう意味じゃないんが、情報が得られるなら願ったりだ』と思い、輝夜は『急に何の話してんのかわからないけど、なんか重要そうだからきいとこ』と思い、両者睨み合いを続けたまま、ヴィサスの話に耳を傾ける。

 

「我らの住む世界は、幾重もの階層からなるタワーのような構造をしていた。そこでは様々な種族が覇権を巡って争っていた」


 一階層。ダンジョンタワーにおいて最も下の階層であり、魔力が最も濃密な階層。そこに住む種族こそがダンジョンタワーの支配者である。

 魔力の密度が高い程、モンスターは強くなる。故に、ダンジョンタワーに生まれた生物のほとんどは種族繁栄の為により下の階層を目指す。


「弱き種族は徒党を組み、強い種族は弱い種族を取り込んで勢力を拡大し、やがて争いはタワー全体へと広がっていった」

「だが、争いの果てにダンジョンタワーが崩壊し始めた。今、この世界にあるダンジョンと呼ばれるもの、それは崩れ落ちたダンジョンタワーの一部。そして、我らは知った。我らの住む世界とは別の次元には、生物が暮らせる世界があると」


 だが、その世界には魔力がなかった。魔力のない世界でダンジョンのモンスターが生きていく事はできない。

 だが、ダンジョンタワーの一部がその世界に落ちた事で、その世界に魔力が吹き込まれた。


「そんな戦いはつまらぬ。我はただ強き者と心ゆくまで死合いたい。故に崩壊するタワーの一部に飛び込み、外の世界へ落ちてきた」 

「我だけでは無い。思惑は様々なれど、この地に興味を持つ勢力は多い」


「なるほど、ほっといてもそのうち喋れるモンスターが出てくるって事か。そいつらが敵か味方かは知らないが……それがわかれば無理する必要はないか」


 ここで危険を冒してまでヴィサスを捕える必要は無いと踏んだ飛龍は刀を納める。

 

「あっ、逃げんな!」


 輝夜は飛龍を逃すまいとして銃口を向けるが、引金を引く前に飛龍はスキルを使って逃げる。


「せっかく話してやったというのに逃げるとは、折角楽しくなってきたところだというのに、つまらん。興醒めだ」


 ヴィサスは肩透かしを喰らったような気持ちになり、肩を落として首を横に振る。


「あの野郎、逃がすかよ」

 

 雲嵐の心配をしていた事から、向かった先はヴィサスの収容されていた施設だと輝夜は思った。


「おい待て」


 すぐさま追いかけようとする輝夜に、ヴィサスは熱閃を放つ。

 

「動けないからって呼び止めるついでに攻撃してくるな!」


 ヴィサスの右腕は千切れかけており、開いた傷口から流れる血で水溜まりができている。

 先ほどから一歩も動かずに魔法での攻撃ばかり行なっている。


「わざわざ長話なんかして、ただ休む時間が欲しかったのが見え見えだよ。で、何? 僕急いでるんだけど」

「戻るのだろう? ついでに我も運んでいけ」


 ただ満足しただけか、それとも単純に戦う気がなくなったのか、ヴィサスは空中に展開していた魔法陣を消してその場に仰向けに倒れると、やがて寝息を立て始める。


「はぁ? 好き勝手しといてそれかよ」


 輝夜はヴィサスの傍迷惑な行動に大きくため息をつく。


「いや、まぁ、割り込んだのは僕の方だから人の事は言えないけども」


 輝夜の方も完全に毒気を抜かれてしまい、銃とナイフを収める。

 

「まぁ、向こうにはアリアが居るから平気か……ナディ、録画は?」

『バッチリよ』


 輝夜が暗闇に向かってそう言うと、スマホを持ったナディがゆっくりと姿を表す。

 

「すごいね。ナディの言った通りバレなかったね」

『アンタには私の姿が見えるけど、あの男には私は見えないもの』


 鬼ヶ島で手に入れた遺物を使い、風魔法を放つ事でナディが近くに居ると思わせる。そして、あえてドローンを見つかる位置に置いておき、それを破壊させる事で配信を阻止したと思わせる。


「一度消えた選択肢は、中々浮上してこない……か」

『あとはこの映像を公開すれば、しばらくは中国も手出しできないでしょ。ライブなら途中で気づかれるかもしれないけど、動画なら後から公開できるからその心配もない』


 ナディはスマホを操作して、先程までの戦いをネットにアップする。

 

「よくもまぁ、そんな事を思いつくよ」

『早速再生回数が増えてる増えてる。明日にはきっとニュースになってるでしょうね』


 明日の朝が楽しみだと笑うナディをよそに、輝夜は血まみれのヴィサスを担ぎ上げる。


『連れていくの?』

「仕方ないでしょ。このままここに放置ってわけにはいかないでしょ」

『それもそうね』


 輝夜はヴィサスを担いだまま、アリアの居る施設まで走って戻る。


◇◆◇◆


「……なにこれ?」


 輝夜達が施設に戻ると、そこには疲弊し怪我を負った自衛隊らしき人々が休んでいた。


「アリア」


 集団の中にアリアの姿を見つけた輝夜は、声をかけながら駆け寄る。

 

「すまない契約者よ。あの娘を逃してしまった」


 輝夜に気付いたアリアは、バツが悪そうに輝夜から目を離しつつそう謝る。

 

「何があったの?」

「いきなりジエイタイとか名乗る連中が押し寄せて来たので相手になっていたのだが、そこに二刀流の男が割り込んで来て、あの娘を連れて行ってしまった。それに、聞けばジエイタイというのは味方と言うし、意味のない争いに興じて娘を疎かにした私の失態だ」

「……は?」


 なぜ自衛隊と戦おうと思ったのか、なぜ自衛隊もアリアと交戦しようとしたのか。意味がわからず、輝夜はアリアの説明を理解するのに少し時間がかかった。


「……えっと、自衛隊さんが怪我してるのは」

「私がやった」


 その言葉を聞いた輝夜は、額を抑えて膝から崩れ落ちる。

 味方同士で戦って居る間に捕らえた敵を連れ去られるなど、酒の席で笑い話にも出来ない。


「す、すまない。とはいえ、軽くあしらってやる程度のつもりで戦ったから、そこまで大怪我負っている者は居ないんだ」

「それで死んだら無駄死にどころじゃないよ。それで夕香さんは?」

「ここです」


 輝夜が夕香の場所を尋ねると、夕香が輝夜の背後から声をかける。


「ありがとうございました輝夜さん。命を救われました」

「……よかった。もう大丈夫そうだね」


 夕香の体を軽く触り、外傷が無いことを確認した輝夜はホッと胸を撫で下ろす。

 

「はい。それよりも、さっきアップした動画を見ました」

「ああ、アレね。ナディの考えなんだ」

「すごい勢いで拡散されています。理由の大半はヴィサスの話した内容のせいでしょうね。ダンジョン発生の理由や、今後、人と対話できる知性を持ったモンスターが現れる可能性など、観た人は衝撃だったでしょうね……正直、やりすぎなくらいです」


 ヴィサスの話は国家機密レベルの内容である。

 夕香でさえまだ信じられないという気持ちなのに、そんな情報を突然見せられた国民はどう思うか、想像もつかない。

 

「ダメだった?」

「ダメかどうかは、正直なところなんとも……実際、中国には非難の声が上がっているので、しばらくは強行的な行動に出ることはないでしょうし、他の国も同様に強行策は取り辛くなりましたから、牽制だけで言えば悪手では無いでしょう」


 中国にとっては手痛いカウンターだろう、そう夕香は思った。

 日本だけならまだしも、他の国を敵に回す事態は避けたい筈である。最も、もうヴィサスを狙う必要もないのかもしれないが。

 メリットは大きいが、デメリットも大きい。輝夜の投稿した動画は諸刃の剣だ……夕香はそこまで考えたところで、いや、と首を横に振る。

 むしろデメリットの方が大きいのではないだろうか。


「ヴィサスが脱走したと、日本の管理態勢の甘さや、ハンターの強さに疑問を呈する声も多く上がっています。それにいつどこにダンジョンが現れるかわからない、ダンジョンタワーの勢力が攻めてくるかもしれないという恐怖を抱かせてしまいます」


 ダンジョンの出現は対処のしようがない。

 極論を言えば自宅に突然ゲートが現れる可能性すらある。そこからモンスターが出てくるかもしれないとなれば安心はできない。

 実際にはダンジョンブレイクまでは時間があるものだが、民衆にとってそんな事は関係ない。

 そして、その行き場のない不安は日本のハンターへと向かう。実際、すでにハンターや政府を非難する声は多く上がっている。


「消したほうがいい?」


 輝夜は今ひとつ事の大きさを理解していなかったが、夕香の険しい表情を見て、流石にまずいかもしれないと思う。

 

「それはもう手遅れでしょう。ここで消せばさらに事態は最悪の方に向かいます」


 二人の間に新見が割って入る。

 世界中で拡散された以上は少なくない人間が彼女の動画をダウンロードしている。動画を消してもまた他の誰かが同じ動画を投稿するだけである。

 それだけではない。元動画が消えれば、真偽があやふやになり、フェイク動画などデマや誤情報が広まりさらなるパニックになりかねない。それを避ける為には輝夜のチャンネルの動画は証拠として残しておくべきだと新見は説明する。


「確かにそうかもしれません。とりあえず、それについての対策はこちらで考えます。それから先ほどアメリカから輝夜さんに、明日開催されるG7サミットに出席するように要請があったそうです」


 夕香は先ほど自分のスマホに届いたメッセージの内容を輝夜に伝える。


「別にいいけど、なんで?」

「正確にはアリアさんやナディさん目当てですが、ダンジョンタワーについての勢力、ダンジョンタワー崩壊によるダンジョンの出現頻度などを聞きたいとの事です」


 国や国際機関の代表を招待するのは毎年の事だが、政府機関所属とはいえ、実質的には何の決定権も持ち合わせてはいないただの一個人を、それも前日に呼び出すなど、前代未聞の事である。

 それほどまでに重要な案件という事だろうと夕香は思った。


「だそうだけど、二人とも知ってる?」

『知らないわよそんな事、私は戦争なんて興味なかったし、最初の崩壊でこっちの世界に来たんだもの』

「私は勢力についてなら、多少はわかるぞ。とはいえ、私が封印されてからどうなったかまでは知らん」


 輝夜の問いにナディは首を横に振り、アリアも難しそうな表情で首を傾げる。


「というか、その辺りはソイツの方が詳しいのではないか?」


 アリアは輝夜が連れてきて、自衛隊の手により手枷をはめられて周囲を取り囲まれているヴィサスを指差す。

 

「……かもしれませんが、危険すぎます。ヴィサスの身柄は別の場所に移送して、そこで監視を続けます」


 今は麻酔弾を撃たれてぐっすりと眠っているヴィサスだが、もし彼が起きれば、またいつ暴れ出すかもわからない上、そうなった場合、輝夜以外のここにいる全員でかかってようやく取り押さえられるかどうかと言ったところだ。

 そんな彼を重要人物が集う場所に連れていく訳にはいかない。


「それもそうか。けど大丈夫? また逃げ出したりしない?」

「G7サミットに合わせて氷室先輩が帰ってきますから。ヴィサスについては先輩にまる投げします。先輩ならヴィサスと戦っても平気でしょうし」

「……夕香さんって氷室に当たり強い時あるよね」

「私に仕事全部押し付けてアメリカですから。コレくらいはやってもらって当然でしょう」

「……」

 

 言葉の節々から仕事の大変さと氷室への怒りが感じ取れ、輝夜はそれ以上は何も言えずに押し黙る。


「ともかく、明日はお願いします」

月1〜2のペースで8000から9000文字でやっていますが、一話辺りの文字数について、長いか、それとも丁度いいか、コメント欄で教えて頂けると助かります。

長いとの声が多ければ3000文字前後にして投稿頻度を増やそうかなと思います。

それから、話の感想も頂けたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませていただいております。 更新頻度ですが、個人的には週1回くらいで更新があると嬉しいですがあまり小刻みになってしまうと話の流れが中途半端になってしまいそうで悩ましいです…
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