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ヴィサス(2)

 気がつくと、白い天井が目に飛び込んでくる。次に鼻をわずかに刺激する薬品の匂いと背中に伝わる硬いベッドの感触。そこが何処かはすぐにわかった。


「……気がつきましたか?」


 ベッドの傍らに置かれた椅子に座っていた夕香が、輝夜に声を掛ける。


「どれくらい寝てた?」


 輝夜は上半身だけを起こしながら夕香に尋ねる。


「丸一日ですね」

「そんなもんか。学生はどうだった?」

「全員無事です。まあ、後輩と思ってた子が輝夜さんだと知って驚いてはいましたよ」

「カリキュラムの方はどうなりそう?」

「今回で浮き彫りになった問題点を改善して、今後導入していく予定です。半ば強引ではありますが……」

「廃止とかにならなくてよかったね。で、僕の退院はいつ?」


 輝夜は軽くストレッチをして体が衰えていないか、感覚が鈍くなっていないかを確認する。


「……怪我自体はナディさんが治療してくれましたし、検査も特に問題はありませんでしたが、あと一週間は入院してください」

「一週間も!? なんで!?」


 どこも異常がないのであれば、すぐにでも退院出来るだろうと思っていた輝夜だったが、思わぬ答えに驚きの声をあげる。


「困った事に今は状況が芳しくないんです」


 夕香は溜め息混じりにそう言いながら、椅子に座り直すと、咳払いをしてから改まった表情で輝夜に視線を向ける。


「輝夜さんが倒したヴィサスというモンスターについてですが、現在はハンター協会の地下でプロハンター十名の監視のもと治療中です」

「あー、やっぱり生きてたんだ」


 悪運強いなとヘラヘラ笑いながらそう言う輝夜。

 

「笑い事ではないですよ。ダンジョンについての情報はあらゆる国、機関、企業が喉から手が出る程欲しいものです」


 夕香はソファーでぐっすりと眠っているアリアとナディに視線を向ける。


「人語を介しての対話が可能なのはナディさんとアリアさんのお二人だけです。本来であれば、二人を巡ってどんな争いが起こっても不思議ではありませんが、幸いな事に……」


 夕香は少し言いにくそうに言葉尻を濁す。


「気を悪くしないでほしいんですが、御三方の関係をよく知らない人から見れば、お二人は輝夜さんの所有物という立ち位置です」

「物扱いは気に入らないけど、言いたいことは何となくわかるよ」


 輝夜に危害を加えるような真似をすれば、二人からの協力はおろか、寧ろ敵に回してしまう事は明白であったため、これまで輝夜に対して水面下で接触を図ろうとする動きはあれど、直接的な行動は見られなかった。


「それに、そもそもナディさんの存在を認識できる人は殆ど居ませんし、アリアさんもどこからともなく現れたかと思えば、いつの間にか居なくなっていたりと、掴みどころがないというのあるでしょう」

「アイツはそうじゃないから手荒な手段を取ってくるかもしれない……ってこと?」

「はい。事実、昨日の今日であるにも関わらず、既に多数の国、企業はヴィサスの身柄を手に入れようと動き始めています」

「……でも、僕の時も同じような事言ってなかった?」

「言ってましたね。あの時は、輝夜さんを政府所属という事にして、うちの子に手を出すなと堂々と守れるようにしましました。しかし、今回その手は使えません」


 流石にモンスターを政府に所属させれば国内外問わずに批判が来るのは目に見えている。

 

「じゃあ渡しちゃうの?」

「……恐らくそうなるでしょうね」


 夕香は少し考えた後にゆっくりと頷いた。

 他国に渡るのは癪だが、日本でヴィサスの身柄を管理するといっても、まともに取り合ってはもらえないだろうと夕香は思った。

 多くの人が輝夜の配信を通してヴィサスの強さを知っており、輝夜や氷室が居ない状況で彼がまた暴れた時に、日本のハンターだけで対処ができるのか。そう言われては返す言葉がない。

 それに国外だけではない。輝夜の配信を通してヴィサスの強さを目の当たりにした国民はこう思うだろう。あんなバケモノを国内に置いて、もし暴れ出したりしたらどうするんだ……と。

 日本のハンターは弱い。高松市の一件でその評価を覆す事は出来ず、より鮮明に印象づけられてしまった。

 

「輝夜さんが命懸けで獲得した成果だというのに、申し訳ありません」


 夕香は自分にもっと力があれば……と、悔しさを滲ませて頭を下げる。


「別に謝らなくていいよ」


 そもそもヴィサスの扱いがどうなろうと、輝夜にはまったく興味がなかった。

 しかし夕香は気にするなと言われて素直に流す事は出来ず、両者の間に気まずい空気が流れる。


「……そんな事よりもどこに渡すつもりなの?」


 その空気に耐えかねた輝夜は話題を変えようと夕香に尋ねる。

 

「それはまだ……ただ、引き渡すにしても、どこにどういう形で渡すかで一悶着あるでしょう」

「うへぇ、なんか大変そうだね」


 輝夜は眉を顰めてそう言う。

 

「他人事ではありません。これを機についでに輝夜さんを取り込もうと画策する勢力も少なからずある筈です」

「どさくさに紛れてってやつ?」

「はい。輝夜さんはダンジョン研究の最重要人物かつ、ダンジョン産業、ハンター業界においても代えの効かない存在ですから」

「そんな大袈裟な」


 ヘラヘラと笑い飛ばす輝夜だったが、夕香は真剣な表情で言い返す。


「大袈裟ではありません。ダンジョンでしか得られない鉱物や植物、モンスターの素材といった資源は他の産業や医療には欠かせないものです」

「必要はないでしょうが、この病院に居る限りは二十四時間体制で警護が付きます。なので事態の収拾がつくまではここで大人しく療養していてください」

「わかったけど、なんか今回はやたらと過保護な感じだね」


 輝夜に言われて、夕香はほんの一瞬言い淀む。


「その、状況も悪ければ時期も悪いです」

「時期?」

「G7サミットがあるんです……それも日本で……」


 夕香は手を額に当て、深い溜め息をつきながらそう言う。


「G7に盛り込まれている議題には、ダンジョンの産業及びダンジョン研究の発展により世界が直面する問題に対する国際機関の機能や枠組みについて見直しを行い、今後の改革の方向性を模索する事……とあります」


 夕香はスマホでG7サミットの議題を確認しながら輝夜に説明をする。

 

「恐らくG7主導でダンジョン研究に関する新たな国際機関を設立し、そこに引き渡すという流れになるでしょう……それ自体は構いません。日本にとっても美味しい話です」

「ただ、これを面白く思わない国も多い。特に主要七ヶ国と微妙な関係にある国は特にです。なので、そうなる前に強行策に出る可能性は非常に高い」

「……それはつまり、どうなるの?」


 夕香の話を最後まで聞いていた輝夜だったが、その内容のほとんどは頭に入って来ず、理解する事を諦めて結論だけを求める。

 

「要員を派遣して秘密裏に回収するのがベストでしょうが、それに失敗した場合は、強硬策……言ってしまえばテロ行為に及ぶ可能性も否定は出来ないでしょう」

「……わぁ」

 

 輝夜はテロという単語にほんの一瞬言葉を詰まらせる。


「それじゃあ夕香さん、今めちゃくちゃ忙しいんじゃないの?」


 日本でテロが起きるならば、未然に防ぐことに全力を上げなければならない。そのためにはどれだけの情報を得られるかが鍵となる。そしてそれは情報調査室の仕事である。


「私は荒事専門なので今はまだそこまでではないですが、それでも結構やる事が溜まっているので、そろそろ失礼します。輝夜さんも十分にお気をつけください」

 

 夕香はそう言うと、荷物を持って病室を出ていく。

 輝夜はその様子を見ながら、大変だなと思いながらテレビ台に置いてあったスマホを手に取る。


「思ったより事が大きくなってるなぁ」


 自分が思っている以上に世界はダンジョンに熱を上げている事を知った輝夜は、世界各国のダンジョンに対する姿勢についてスマホで調べる。

 国によってダンジョンに対する姿勢は異なる。

 日本ではハンターライセンスさえ取得できれば民間人であってもダンジョンに潜る事は出来る。加えて、ダンジョン資源の七割を国ではなくハンター協会が管理しており、金さえ支払えばハンターでなくても購入が可能である。

 誰でもダンジョン資源を手に入れられるという事は産業の発展に大きく貢献する。実際にそのおかげで日本経済はかなり安定している。

 その反面、日本の資源が海外に流出しやすいという事でもあり、スキルシードや遺物の海外流出が問題視されている。

 殆どの国は日本と同じ。しかし、中国やロシア、北朝鮮といった一部の国家では特定の企業や軍でなければそもそもハンターライセンスを取得する事が出来ず、ダンジョン資源も国が全て管理している。国の厳正な審査に通過した者しかダンジョンの資源を扱う事は出来ず、もし不正に横流しなどを行えば刑罰を受ける事になる。

 強いハンターが多く、国外に資源が流出する事はないが、経済成長の恩恵は一部の人間に独占され、ダンジョン研究では一歩出遅れている。

 輝夜の見たネットの記事にはそう書かれていた。


「研究が遅れている国はダンジョンの情報は喉から手が出るほど欲しいって事か」


 特に中国やロシア、北朝鮮はダンジョン研究でアメリカから出遅れた分、何としてもヴィサスを手中に収めたい筈だろう。

 もしアメリカや他の国にヴィサスの身柄が渡れば、ダンジョン研究の分野でアメリカに勝つ目が完全に潰えてしまうからだ。


「とはいえ、本当にテロまでやるかなぁ?」


 輝夜はスマホを枕元に置き、天井を眺めながら呟く。

 下手をすれば世界中を敵に回しかねない行為である。ヴィサスやナディ、アリアの持つ情報にそれ程の価値があるとは思えなかった。


「….…ま、なるようになるか」


 自分が考えたところでどうにかできるわけでもなく、難しい事はその道のプロに任せておけば良いかと思った輝夜はこの件を頭の片隅に留めておく程度にして、一週間の休暇をどう過ごすかを考える。


「流石に一週間は流石に長いよな」


 暇さえあればダンジョンに潜ったり、銃のメンテをしたり、酒を飲んでゴロゴロしていたが、そのどれもが病院では出来ない。

 

「なんか暇潰しないかな?」


 時間を持て余した輝夜の手は自ずとスマホへと伸びる。


◇◆◇◆


「人の言葉を話すモンスター……なぜ日本ばかりに現れるのか。本当に必要なのは我々の国だとは思わないか?」


 黒塗りの高級車の後部座席に座る男性。中国国家主席である(リウ)深潭(シンタン)は運転席に座る秘書に話しかける。

 

「その通りです主席。朱月輝夜の存在といい、日本の情報の独占は許される事ではありません。しかし、それはどこの国も思っている事でしょう」


 ハンドルを握り、前を見たまま振り返ることなく答える秘書。

 

「日本との友好を保って、朱月輝夜には手を出す事は避けていた。彼女を敵にすれば彼女が使役するモンスターからダンジョンの情報を得るのは難しい。しかし、あのヴィサスとかいうモンスターは違う」

「はい。あれはどこにも属していない独立した存在です。交渉すれば引き入れる事は可能かと」

「……ヴィサスの身柄がアメリカに渡る前になんとしても手に入れなければならん。どんな手段を使ってでもだ」


 劉は窓から外の景色に目を向けてそう言い放つ。

 

「はい。すぐに準備いたします」

 

◇◆◇◆


「そういえば、僕、他人の配信ってほとんど見ないな」

 

 ホーム画面にあったアリアが勝手に入れたであろう配信アプリが気になった輝夜はふと他人がどんな配信をしているのか気になり、暇つぶしがてら見てみる事にする。


【《初見攻略》代々木ダンジョン7層に挑戦!】

【元プロが中層ダンジョンの立ち回り教えます】

【秋葉原ダンジョン、十層フロアボスに挑戦】


「皆、画面が凝ってるなぁ」


 自分とは大違いだと思い、輝夜はそう呟きながら適当な配信をタップして眺める。


『というわけで、今回は流行りのこいつを使って、ダンジョンを攻略していきたいと思います』


 画面には一人の成人男性が、見せびらかすかのように拳銃を掲げてそう言っていた。


「トカレフか。粗悪品じゃないといいけど……」


 輝夜はそれを見て露骨に顔をしかめる。

 男が持っているのはトカレフTT-33という拳銃。安全装置すら搭載しない程の徹底した単純な構造で耐久性が高く安価に量産できる。優秀な拳銃ではあるものの、安価に大量生産できるという点から粗悪品が大量に出回っているのだ。


『前回はすぐに弾切れしちゃってすぐに引き返したんだけど、今回は弾もかなり多く持ってきたんで、頑張って中層を目指そうと思います』


《初心者がいきなりソロ中層はやめとけ。上層で慣れるか、パーティを組んだ方がいい》

《そもそも、中層からは銃が効かないモンスターも出てくるし》

《大人しく使いなれた武器で挑んだほうがいいよ》


 配信のコメント欄は彼を止めようとするものや、心配するものが多く流れていた。


『本当にヤバそうだなって思ったら、ちゃんとやりますよ。それに初心者向けダンジョンですから、中層でもそこまで硬いモンスターは居ないらしいですし』


 男性はヘラヘラと笑いながら、腰に下げている日本刀に手を置く。


《ならいいけど》

《本当に大丈夫かな》

《ヤバそうになっても刀抜かなそうで心配だ》


『まだハンターになって三、四ヶ月だけど、一応は試験合格してハンターになったから、少しは信じてください。とまあ、オープニングトークはこれくらいにして、さっそく気張って行きましょう!』


 男は意気揚々とダンジョン攻略を開始するが、その内容は目も当てられないものだった。

 銃の利点は遠距離から攻撃し、適切な距離を保ったまま一方的に攻撃できる事である。

 しかし、遠距離からモンスターを狙って発砲するも、弾は明後日の方向へと飛んでいくばかりでモンスターに掠りもしない。

 結局は銃声でモンスターに気付かれてしまい、距離を詰めて至近距離から銃を射つ羽目になっている。


『ダメですね。全く当たりません。これ銃のせいですかね? それとも僕が下手なだけですかね?』


「両方」


 男の言葉を聞いた輝夜は、思わずそう呟く。

 あまりにも見ていられないと思い、余計なお世話かもしれないと思いながら配信にコメントをする。


《腕を伸ばして脇を絞めて、グリップを握り込むように持てば、少しはマシになります。銃が悪いので、それでもズレますけど》


『お、有識者さんかな? 腕を伸ばして脇を絞める……こんな感じ?』


《そうです。それから右手で拳銃を持つなら、左手は右手を包むようにして握ってください》


『……おお、確かに少し安定した気がする』


《練習すれば当たるようになると思うので、頑張ってください》


『ありがとうございます。えっと名前は……え?』


 輝夜のコメントを見た男性は唖然とした表情でその場で固まる。


《銀の弾丸/朱月輝夜チャンネルって……本物?》

《いや偽物でしょ》

《待って、アイコンからチャンネル飛んだけど本物だコレ!》

《本物きちゃああああああ!》

《嘘だろ!?朱月輝夜って人の配信見るのか?》

 

 輝夜は一気に加速していくコメント欄を見て、やってしまったと思った。

 コメントはお祭り状態となり、その影響か徐々に配信を見る人が増えていく。


『朱月さんって、どれくらい銃の練習したんですか?』

『というか、子供の頃から特殊訓練を受けたって本当ですか?』

『いつも連れてる妖精とはどこで会ったんですか?』


 男性も突然現れた有名人に興奮して矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。 

 少しだけ配信を覗き見るだけのつもりであった輝夜だが、こうなってしまっては抜けるに抜けられない。


《全て内緒です。それよりもダンジョンに集中してください》


 他人の配信であまり目立ちたくはないと思い、適当にはぐらかしつつ、攻略を進めるように促す。


『まだ上層だし、周りにモンスターも居ないから大丈……危なっ!』


 男性の横を矢が掠める。飛んできた方向に目を向けると、三匹のゴブリンが男性に向かってきており、その後方に二匹のゴブリンが弓に矢を番えて男性を狙っていた。


『ゴブリン? 上層に?』

《またイレギュラーか》

《しかも弓持ちが二匹……》

《最近多いなイレギュラー》

《流石にソロは危険だから逃げた方がいい》


『いや、ゴブリンくらいならやれますよ。試験で戦った相手もゴブリンでしたし、ほら高校生ハンターの戸塚エミさんも僕より年下なのにゴブリンを軽く倒してるじゃないですか』


 逃げるように言うコメントに対して、男性は向かって来るゴブリンを相手しようと拳銃を左手に持ち代えて右手で刀を抜く。


《試験は一匹だろ。五匹だと訳が違う。しかも遠距離武器を持ってる奴も居るんだから》

《エミちゃんは一年間、ベテランに付いて成長してからだし、そもそも彼女はハンター高専で毎日訓練してるからな!?》

《あまり自分の力を過信するな!》

《上がヤバすぎるだけで、エミちゃんもかなり優秀》

《すぐに応援に行くから待ってろ!》

《初心者が死ぬ原因の大半が油断と過信だ》


 コメント欄にはベテランのハンターも居るようで、彼らは新人の無謀を止めようと必死に訴え、中には救援に向かおうとする者も見受けられる。

 

『すみません。エミさんを悪く言うつもりは無かったんですけど、自分の力を試したいんです』


 そう言う男性の口元は緩み、目は欲望に満ちていた。

 ここでゴブリンを倒せば実力を認めてもらえる。あわよくば一気に有名になれるチャンスかもしれないと思った男は【新人ハンター、イレギュラーモンスターを撃破する】という見出しで話題になる未来を思い描きながら、向かって来るゴブリンに刀を向ける。


《ゴブリン倒した程度じゃ話題にはならんからやめとけ!》

《話題になっても見出しは初心者向けダンジョンでイレギュラーが急増!?新人ハンターが犠牲に!って見出しだと思うぞ》

《負ける前提で草。いや実際にそうなりそうで笑えないけど》

《地道に実績を積むのが長生きと成功のコツだ》


 コメントの制止虚しく、ゴブリンと刃が交わる。

 最初の一体の攻撃を受け流すも、左右から同時にくる攻撃にまでは対処しきれずに足に棍棒を受ける。


『いっ……』


 骨までは折れてないものの、痛みで動きが鈍る。その隙を狙って放ったゴブリンの矢が男に襲い掛かる。一本は狙いが逸れたものの、もう一本は男の右肩に突き刺さる。


《言わんこっちゃない、早く逃げろ》

《すぐに救援に向かうからな》

《秋葉原に行けるやつは急げー》

《これから推しのメイドとチェキ撮るつもりだったのに。世話が焼ける新人だぜ》


「秋葉原か。ちょうど居るんだよな」


 輝夜は病室の窓から外の景色を見る。ここからダンジョンまでそう遠くはない距離である。


「大人しくしとけって言われたばかりだから、流石に怒られちゃうかな?」

 

 ゴブリンとはいえ、油断すればやられる事もある。それに弓で援護しつつ前衛が斬り込むという統率の取れた動きは少なくとも指揮をしている個体が居る。

 そいつを倒さない限りは、上層にゴブリンの集団が出現し続けるだろうが、救援に向かうハンターらは恐らくその事に気づいてはいない。

 もし彼を助ける事ができたとしても、イレギュラーとなっている原因を叩かなければ、いずれは犠牲者が出る。


「どうしたものか……あ、そうだコメントに書けば良いんだ」


《救援に向かう人へ、恐らくゴブリンを統率している個体がいると思うので、それを倒してください》


 輝夜が配信にそう書き込みをすると、すぐに反応が返ってくる。


《了解。さっき二人でダンジョンに入った。配信主を助けたら、そのまま攻略してみる》


『痛い…! 痛い…! 痛い…!』


 配信画面に目を向けると、男が肩に刺さって折れた矢を抑えて、ゴブリンに背を向けて逃げている状況だった。しかし、足を棍棒で殴られた痛みで動きが鈍く、ゴブリンを引き離すことが出来ないでいた。


『おーい、まだ生きてるかー?』

『助けに来たぞー!』


 遠くから武装した二人のハンターが走って来る。配信を見て救援に駆けつけたのであろうハンターらは、男が無事である事にホッと胸を撫で下ろす。それから、武器を構えて男を追いかけているゴブリンに攻撃し、あっという間にゴブリン三匹を屠る。

 それを見た後衛のゴブリンは、分が悪いと理解したのか、背を向けて逃げ出す。


『今回で学んだろ。次からはダンジョンで無茶をするな』


 ハンターの一人が、配信主の男の手当てをしながらそう言う。


『すみません……』


 男は申し訳なさそうに俯く。


『手当が終わったらさっさと帰れ。あとは俺たちでなんとかしておくから』

『それから、ちゃんと病院に行くんだぞ』


 手当が終わり、二人のハンターは配信主をダンジョンの外まで送り届ける。

 

『はい。本当にありがとうございました』


 配信主の男が二人に礼を言い、ダンジョンから出た辺りで配信は終了した。

 

「ありゃ、配信おわっちゃった」


 あの後、助けに来たハンターが無事に攻略することができたのか、輝夜は少し気になった。

 

「まぁでも助けに来た人はベテランっぽかったし、後の事は任せても良さそうだ」

「しかし、学生といい、配信してた人といい、みんなダンジョンに夢見過ぎじゃないかな。一気に有名になったり、金持ちになったり、そんな話あるわけ……」


 そこまで言いかけた辺りで気付く。戸塚エミを助けた事で一躍有名になり、国が後ろ盾になった事で金にも困らない。ダンジョンに夢を見るなとボヤいたところで、誰が言っているのかという話になる。


「……人にとやかく言う資格なかったわ」


 輝夜はベッドに横になり、天井を眺めながら小さく呟く。

 その日、ネット上でベテランハンターが二人、行方不明になったという記事が、特に話題にもなる事なく人知れず投稿された。

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[一言] リアルだろうが創作だろうが、日本に迷惑しか掛けねぇなあ志那カスは(呆れ)
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