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なんかめっちゃバズってる

 ネットで大騒ぎになっているとは露知らず、ダンジョンを出た輝夜は服屋へと向かう。


「いらっしゃいませ」


 平日の昼時であるためか、客は少なく人の目を気にせずに買い物ができる。


「よかったら服を見繕ってほしいんだけど、できるだけ動きやすいやつ」


 輝夜は女性の店員に声をかける。

 お洒落だの流行だの、男の服なら何となくでわかるが、女物となるととんとさっぱりわからない。そのため、プロにコーディネートして貰うのが一番良い。


「……ん? 聞いてる?」

「あ、すみません。かしこまりました」


 輝夜の格好を見て、ほんの一瞬だけ戸惑ったような表情を見せる店員だが、すぐに何事もないように普段通りの接客で対応する。


「……では、こちら等如何でしょう?」


 女性店員が持ってきたのは、金持ちのご令嬢がパーティーに着ていくようなきらびやかなドレス。

 鼻息を荒くした女性店員に対して、輝夜は若干引き気味になりながらそのドレスを手に取る。

 そして、まじまじとドレスを眺めて流石にこれはと眉を顰める。

 周りからすれば、今の輝夜は完全な少女にしか見えない。そのドレスも似合って見えるだろう。


「んー」


 店員から受け取ったドレスを眺めながら小さく唸る。動きやすい普段着と注文した筈が、出てきたものはどう見ても鉄火場には不向きなもの。

 

「よろしければ試着してみてください。どうぞ、こちらでお着替えください」

「え、あの」


 服を手に取ったまま動かない輝夜を見た店員は、気を利かせたのか試着室まで輝夜を連れていき、抵抗する彼女を半ば無理矢理に押し込める。


『凄い店員さんね』

「そうだね」


 唖然とした表情でそう言うナディに、輝夜は苦笑を浮かべながら頷く。


『で、それ着るの?』

「いやぁ、困ったね」


 ドレスを握ったまま、どうすればいいか考える。

 そっとカーテンの隙間から外を覗くと、外には期待に満ちた表情で待つ女性店員の姿が見える。彼女の期待を裏切るのは気が引けるが、このドレスを着るのはあまりに抵抗が大きい。


「……」


 そうやって葛藤している間にも、時間だけが無意味に経過していく。


「どうですか?」


 そのうち女性店員は痺れを切らしたのか、試着室の外からそう声をかけてくる。


「えっと、その……」

「サイズが合いませんか?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど……その、もう少し動きやすくて、丈夫で格好良い服が良いかなーなんて」


 非常に断りにくい雰囲気ではあるが、ここはちゃんと断らねばと思い、輝夜は意を決したように、店員にドレスを返却しながら、別の服を持ってきてもらうようお願いする。


「格好いいですか……そうですね、それならば此方など如何でしょうか?」


 店員は少し残念そうな表情で輝夜の返却したドレスを受け取り、代わりに別の服を持ってくる。

 次に持ってきたのは黒い革のパンツに、真紅のブラウスのような服、そして黒のジャケット。

 輝夜はその服を試着する。まだ少し女性らしさが残るが、前者のドレスを勧められた後だと、かなりマシだと思える。


「あ、うん、もうこれにするよ、五着くらい頂戴。一着は着て帰る」


 輝夜は拳銃の入ったホルスターを腰に巻き付けながら店員にそう頼む。


「五着もですか?」

「うん、なければあるだけ頂戴。後追加で靴を一足貰えないかな」

「靴は専門外なので、お客様のサイズに合われる靴は現在こちらしか御座いません」


 店員が持ってきたのは黒い革のブーツ。試しに履いてから軽く足首を回してみるが、動きを阻害されることも無い。


「これも買う。二足くらいあれば欲しいんだけど」

「かしこまりました」


 女性店員は深々と一礼すると、店にある服を抱えてレジに向かう。

 会計をすませた輝夜は服の入った紙袋を四つほど下げて帰路につく。


「あー、まだ昼過ぎだってのにドッと疲れた。ナディ、帰ったらパーっと酒でもどう?」


 さっさと帰って酒を飲んで酔ったまま、ぐっすりと眠りたい気分になる。


『まだ日は高いと言いたいところだけど、私も回復魔法使って疲れたのよね』

「おっけー、そんじゃ決まり」


 家に帰るや否や、買い溜めていた酒を浴びるように飲み、日が傾き始めた頃には二人ともすっかりと熟睡してしまう。

 そのため、二人は全く気づかなかった。その日から、世間ではとある話題一色に染め上げられているという事に。


【謎の銀髪ハンター現る! 大人気ダンジョンライバーの窮地を救った美少女ハンター!】

【初心者ダンジョンにゴブリンリーダー! 通りすがりのハンターが討伐し、その映像にネット騒然!】



◇◆◇◆


 輝夜がダンジョンを出て少し経った頃、秋葉原のダンジョンは一時封鎖されて東京中のハンターらが押し寄せて居た。

 エミを助けるために集まったハンターや、騒ぎを聞いて自主的に助けようと動いたライバー達である。


「エミさん、私言いましたよね。危険だと思ったら直ぐに引き返してくださいと」


 その集団の中心で、黒いスーツを纏った女性が正座しているエミに説教をしている。


「いや、でも、あれは逃げられないよ……」

「配信を見ながら本当に心配したんですよ?」

「はい、ごめんなさい」

「ですが、無事で何よりです。すみません、救助班がおそくなってしまって……。一先ず医療班にみて貰いましょう」


 エミは周囲から心配されながら医療班に怪我を診てもらうものの、外傷は全くなく健康そのものという診断が下り、安堵した周囲は緩い空気のまま別の話題で持ちきりとなる。


「しかし、俺も配信見とったけど、なにあれエグない? 情報多すぎて無量空所なんやけど」

「本当に何者なんだろうな」

「あれだけ強かったら、名前くらい残ると思うんですが」

「けど誰も知らないし、プロのハンターも心当たりがないと」

「やっぱ、海外勢?」

「……海外でも結構話題になってる見たいですけど、それらしき人物はいないってさ」


 周囲の人間達はエミの配信に映っていたハンターの話題で持ちきりである。

 彼らも一様に国内では上位に位置する腕利きのハンター達であり、彼らをもってしても何者なのか特定できない。


「改めましてみなさん。救助要請に応じてくださった方々、また自主的に駆け付けてくださった方々、本日はありがとうございました」


 マネージャーは、改めてこの場に居る者達に頭を下げる。


「この後、ダンジョン内部の調査を行いますので、調査隊に参加されるハンターの方につきましては、引き続きよろしくお願いいたします」


 その言葉に集まっていたハンター達は、調査隊に参加する者達を残して、まばらに解散し始める。


「調査隊かぁ、もしかしたらまだ中に居るのかな」

「例のハンター? どうだろうな、居れば何かしら調査の報告があるだろ」


◇◆◇◆


 翌日。


「あ゛ぁ゛~」


 二日酔いの頭痛でグロッキーになっている輝夜は、上半身がベッドからずり落ちた状態で目が覚める。


「ナディ……水……」

『無理』


 ナディも輝夜と同様に、二日酔いで完全に動けない。

 輝夜は仕方なしに、体を起こして冷蔵庫からペットボトルに入った水を取り出してゆっくりと飲む。それからお湯を沸かし、インスタントの味噌汁を作る。

 味噌汁と水を持ってリビングのソファーに腰をおろして、テレビをつけてニュースを確認する。


『あ~ダルい……』


 味噌汁の匂いに釣られたのか、ふらふらと飛びながら輝夜の方に寄ってくるナディ。

 輝夜はペットボトルのキャップに水を注ぎ、そっとテーブルの上に置く。


『ありがと』


 ナディはテーブルの上に座ると、両手でキャップを抱くように握り、ゆっくりと水を飲む。


【次のニュースです】


 テレビでやっているニュースに視線を向けながらゆっくりと味噌汁を飲む。


【ネットで話題沸騰中、大人気ダンジョンライバーの窮地を救った、謎の美少女ハンター】


 へぇ、そんな人が居るんだと思っていた次の瞬間、テレビにはゴブリンリーダーと戦っている輝夜がうつしだされる。輝夜は驚きのあまり、手に持っていた味噌汁を少し溢してしまう。


『あー、もー、ちょっと気をつけてよ』


 ぶつくさ良いながらナディはテレビの方に視線を向ける。


『昨日助けたの、有名なダンジョンライバーだったのね』

「あぁ、あのドローンってそういうアレかぁ」


 輝夜は昨日少女が使っていたドローンが何なのか、ここに来てようやく理解した。


「しかし参ったな、こうも話題になると迂闊に外も出歩けない」


 部屋の窓から街中を行き交う人々を見下ろしてため息をつく輝夜。


『ダンジョンはどうするの?』


 カーテンを閉めてバレないように部屋に引きこもる輝夜に、ナディはそう問いかける。


「人目のつかない夜にでも行くよ」


 輝夜はスマホを手に取り、ネットで自分の事を調べてみる。

 SNSのトレンドは一位、掲示板もその手のスレッドが立ち並んでいる。

 どれも輝夜の正体を考察するものや、その強さを褒めるものばかり。


「こうして見ると、悪い気はしないけどね」


 世間が血眼になって探していると考えると、自分だけが全てを知っているという優越感から気分が良くなる輝夜。


『半分はアタシが回復魔法使ってあげたおかげだけど』

「それはそうね」


 ここまで注目が集まる原因の半分はナディの回復魔法にある。

 それほど回復魔法を使えるものは少なく、それでいてプロ並の実力があるからこその反応。


『この場合、インセンティブは半分でいいって言うところかしら?』

「今のところ、負の遺産だけどね」


 有名になったところで、現状輝夜に一銭たりとも入っては来ない。むしろ外に出歩けなくなった分、損害の方が大きい。


『配信すればいいじゃない。有名になったんだし』


 目を輝かせながらそう言うナディ。彼女ら妖精族はとかく面白いものや新しいものが好きであり、ライブ配信はそんな彼女の琴線に触れた。


「まぁ、面白そうではあるよね」


 しかし、言うは易しで輝夜は配信について何も知らない。それに他にも問題は山積みである。


「ドローンとか持ってないし、それにダンジョンで配信しようものなら直ぐに人が集まっちゃうよ」

『それもそうねぇ』


 輝夜の言葉に、ナディは残念と言わんばかりに肩を落とす。

 とはいえ、配信自体に少し興味が湧いた輝夜は、ソファーに寝転ぶとスマホでダンジョンライバーについて調べる。

 現在でも多くのライバーが配信をしており、【秋葉原ダンジョン挑戦!(初心者ハンター)】【例のハンター捜索配信!会えるまで諦めない!】【ベテランハンターが、例の戦いを解説!】などといったタイトルとサムネイルが並んでいる。


「わお、ダンジョンライバーって多いんだね」

『そうね、ベテランが解説なんて面白そうよ』


 輝夜は肩に手をおいてスマホを覗き込むナディに言われ【ベテランハンターが、例の戦いを解説!】というタイトルの配信を見てみる。


「彼女はまず、真っ先に相手の武器を破壊しに行ってます。相手の武器を破壊することで、手数を減らし、その後が有利に立ち回れるようにとの考えでしょう」


 画面に映し出される輝夜とゴブリンリーダーの動画を止めたり巻き戻したりしながら、そのつど解説を挟む一人の男性。


「僕にヘイトを向けるために、ただ挑発したかっただけなんだけど」


 あの場にいた少女を狙われると戦いにくくなるから、それ以外の理由はない。


『全然違うじゃないの』


 ナディは呆れた様子で配信をしている男性を指差す。


「そして次に、ナイフでゴブリンのこん棒を防いでます。この時、こん棒で吹っ飛ばされたように見えるかもしれませんが、これはあえて吹っ飛ばされることで、こん棒の威力を受け流してるんですね」


 映像を止めて解説をする男性の言葉を聞いて、これは合ってるのかと目で訴えるナディ。


「いや、普通に体重が軽くなってたから吹っ飛ばされた」


 輝夜は苦笑しながら答える。


『ダメダメじゃないこの解説』


 それを聞いたナディは呆れたようにため息をついて、首を横にふる。

 

「いや、僕の思惑とは違うってだけで、言ってること自体は間違ってないから」


 そんなナディに輝夜は苦笑しながらフォローを入れる。

 男性の解説は最初こそ輝夜の思惑と異なったものの、その後の輝夜の行動の意図は概ね合っている。


「他のも見てみようかな」


 輝夜は他の配信も見たりしながら日が暮れるまで時間を潰した。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 非常に面白いです( ´∀`) [一言] 服屋の店員は警察に通報されてもおかしくない様な行動ばかりしていて、いくら何でも少し違和感を覚えます。 帰りのコンビニで酒を買って帰ったとありますが…
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