新カリキュラム導入(2)
「校長室での件はあまり気にしないでください」
校長室を出て少し歩いていると、校長が苦笑いを浮かべながら言う。
「高松市防衛戦に関連して、我が校の生徒である戸塚エミさんが拐われた一件で親御さんや彼女のファンから非難が殺到しておりましてね。それもあって皆さん慎重になっているんです」
「それについては、別に気にしてないっていうか、それよりエミさんの方は大丈夫ですか?」
輝夜の何気ない質問に、校長は沈痛な面持ちでエミの様子を語る。
「体に別状はないようですが、自分が拐われた事で、高松市防衛戦で多くのハンターが亡くなられてしまったと責任を感じているようです」
「それとこれとは別だし、そもそも被害者側なのに」
戸塚エミが拐われた事も高松市防衛戦での事も、全てオリヴィエーロがやったことであり彼女が負い目を感じる必要は全くないのだが、真面目で責任感の強い彼女にはそう簡単に割り切れないようだ。
「学生とはいえ、彼女もまたハンターライセンスを所持している立派なハンターですから、思うところはあるのでしょう……彼女のケアはこちらに任せて、輝夜さんにはダンジョンに潜る学生達の方をお願いします」
「わかりました。話は変わりますが、今回選ばれた学生って全員三年生ですか?」
「はい、そうです。三年の中でも実力のある学生を選出しました。毎年三月に行われるハンター試験に合格できるレベルの逸材揃いです」
「だとすると、ちょっとやりにくそうだ」
年齢を重ねるほど、多少の年齢差など気にならなくなるが、中学高校における一歳差はかなり大きい。実年齢でいけば輝夜の方が歳上だが、学生達にとっての輝夜は一年生の後輩である。
いくらプロハンターという肩書きがあるとはいえ、歳下の女の子の言う事を大人しく聞くとは思えない。
「加えてもう一つ、とても面倒だとは思いますが、こちらを付けてください」
校長はそう言うと、黒い紐で作られた簡素なネックレスを輝夜に渡す。
「政府の方から輝夜さんにと渡されました。聞いたところによると、見た目を少し変えることのできる遺物だそうです。髪の色や目の色を変えることができるものです」
「……性別とかも?」
もしかしたら、男に戻れるんじゃないかという期待を抱く輝夜だったが、校長が首を横に振った事により期待はずれに終わる。
「体格までは変えられないみたいですから、性別も無理でしょう」
「これを渡すってことは、正体を隠せってことですか?」
「そういうことです。プロハンターと一緒だと知れば、甘えが出てしまうからでしょう」
それはそうだと思った輝夜は校長から渡されたネックレスをつける。目立つ髪色も目も黒色へと変化し、一見しただけでは輝夜だとわからない。
だが、これによりプロハンターという肩書きすらなくなり、学生達にとって輝夜はただの後輩でしかない。
「発言権があるのかもわからなくなってきた」
「私からは頑張ってくださいとしか言えませんね」
教室の前で止まり、扉を開けて中へと入る。
「皆さん、揃っていますね」
教室には長机が四つ並べられており、三名の男子生徒と二名の女子生徒が椅子に座って待機していた。
「あの子誰?」
「見たところ一年よね?」
「何で一年がここに?」
輝夜が教室に入るなり、ヒソヒソと小声で話す五人の学生達。輝夜は微笑みながら小さく手を振って前の方の椅子に座る。
「新カリキュラムの試験的な実施として、ここに集まって貰った六名には、明日よりダンジョンに潜って貰います」
教室の前に立った校長は、小さく咳払いをしてから学生達にそう伝える。
「明日!?」
「期間はどのくらいですか?」
急なことに驚きながらも、願っても無いチャンスに目を輝かせる学生たち。
「一週間。皆さんには一週間の間ダンジョンの中層で生活していただきます。授業の一環ではありますが、モンスターを倒せばその素材は皆さんのものですし、ダンジョンで手に入れた物品についても所有権は皆さんにあります」
校長の説明に他の五人から歓喜の声が上がる。
一攫千金、活躍して名を売る……といった事を考えているのだろう。
「潜るダンジョンは今配布したリストの中から相談して選んでください。教師やハンターのサポートはありますが、戦闘面やダンジョンの過ごし方について、一切のアドバイスはしません。全て皆さんで考え、話し合い行動してください」
皆に資料が配られる。
「今日一日あげますので、顔合わせやどのダンジョンに潜るか、必要な事を相談しておいてください」
校長は簡単な説明を終えると、特に助言や激励の言葉を送る事もせず、早々に教室から出ていく。
どのダンジョンに潜るのか、ダンジョン内での連携はどうするのか、そういった事を話し合い、どれだけ事前に準備が出来るかを見るのもこのカリキュラムの一環であるからだ。
「よっしゃあああああ! おい、どのダンジョンに潜る!?」
「金が稼げるダンジョンってどれだ?」
そんな事はつゆ知らず、学生らは興奮気味に渡されたリストに目を通す。
「皆落ち着いて、初めましての人も居るんだから、先ずは自己紹介からしようよ」
そんな彼らを諌めるようにして、一人の女子生徒が立ち上がってそう言う。
「私からやるよ、芦屋夏美。主に剣で戦うのが得意だよ」
夏美は自己紹介をしながら輝夜に目を向けると、軽く頭を下げる。
「宮田啓一。俺は魔法と剣の両方使う感じ」
「帯島篤人。槍が得意だ」
「あーしは、林明日香。魔法が超得意」
「霧島和成。同じく魔法使い」
順番に自己紹介をしていき、最後に輝夜も軽く自己紹介をする。
「あか……赤羽……かいりです。魔法を使います。たまに蹴ったり殴ったり……」
適当に考えた偽名を名乗りつつ、銃やナイフを使えばそこから身バレすると思った輝夜は、適当な自己紹介をする。
「ヤッバ! マジ可愛いんだけど! 一緒に写真撮っていい?」
明日香と名乗った女子生徒は、興味津々な様子で輝夜の肩を抱き頬を寄せてスマホの内カメラを向ける。
「どうぞ」
「マジやった」
色んな角度から何枚も写真を撮り、ひとしきり撮り終わった後にそれをアプリで加工し始める。
「そんなことより、早くどこのダンジョンにするか決めようぜ」
輝夜は貰ったリストに目を通す。どれも中層まで潜っても大したモンスターの出てこない初心者用のダンジョンばかりである。
「なんかどれも微妙だな。もっとガッツリ稼げそうなのがいいんだけど」
「仕方ないよ。授業で難しいダンジョンに行かせてくれるわけないし」
「金が欲しいなら、やっぱ洞窟系で鉱石集めるのが良いんじゃないか? 中層でも数万で売れる鉱石が採掘できるしさ」
彼らが選んだのは洞窟系のダンジョン。
しかし洞窟の狭い空間で槍は扱い辛く、人数が多いため魔法の射線を取るのが難しいため、大人数で挑むには適していない。
「洞窟はダメだよ」
学生らの話に耳を立てながら、やっぱり最初は誰しもが一攫千金を夢見るものだよな……などと考えていると、夏美が口を挟む。
「大人数で洞窟は狭すぎるし、帯島の槍が活かせない。洞窟より人数の多さを活かせて、尚且つ見晴らしの良い平野のダンジョンの方がいいと思う」
目先の欲にとらわれた学生達と違い、自分達の長所と短所を理解した上で潜るべきダンジョンを判断する。
「平野ってモンスターもあまり居ねぇし、植物とか大した金にならねぇじゃん」
「折角の機会なんだから、ピクニックで終わるのは嫌だぜ」
「僕も自分の全力を試したい」
「あーしもお金欲しー」
しかし、夏美の提案は他の四名から反発されてしまう。
学内でも実力があるためか、自分達ならなんとかなると思っている様子であった。
彼らのやり取りに耳を傾ける輝夜は思った。道理で新人の損耗率が高い訳だと。
ハンターライセンスの取得が難しくなった事で、一定以上の実力がなければハンターになることは出来ず、逆にハンターになれたという事はそれだけ戦闘能力やサバイバル能力が高いということの証明である。
そうしてついた自信はダンジョン内で油断や慢心を生み、一瞬の気の緩みから取り返しのつかない事態になってしまう。
「(まぁ、人の事は言えないんだけど)」
「赤羽さんはどう思いますか?」
聞く耳を持たない彼らを説得するために、夏美は輝夜に意見を求める。
「芦屋先輩の言っていることは的を得ていますから、洞窟を避けた方が良いとは思います」
輝夜は自分がいくら意見を述べたところで、聞く耳を持つ筈がないと思いながらも、自分の考えを述べる。
「一年生じゃ不安に思うのも仕方ないけど、このレベルのダンジョンなら中層つったって出てくるモンスターはゴブリン程度なんだよ」
「ゴブリンくらいなら、俺ら余裕で倒せるから、任せといてよ」
案の定、輝夜の意見になど耳を貸さず、学生らは自分達の意見を変えようとはしない。
やっぱり素直に聞いてはくれないよなと思った輝夜は、困った表情を浮かべて肩をすくめる。
「訓練と実戦は違うよ。なにが起こるか分からないんだから、安全マージンは多めに取っておくに越したことはないでしょ」
夏美なんとか彼らを説得しようとするも、暖簾に腕押しで話し合いは平行線のままなんの進展もない。
輝夜はその話し合いに積極的に混ざる事はせず、遠巻きにその様子を眺めていた。
「正直なところ、別にどこでもいいんだけどね」
そうぽつりと呟く輝夜。
仮に洞窟を選択し、そこで窮地に立たされることになったとしても輝夜が助ければ大きな怪我をすることはない。そして学生らはその失敗から多くを学ぶ事ができる。
「……わかったわよ。その代わり、絶対に勝手に行動はしないってのが条件ね」
話し合いの末、結局は夏美が折れて洞窟のダンジョンへ向かうという事で話は纏まった。
「ダンジョンで一週間過ごすなら、色々と必要なものを用意しないとな」
「一週間ってなると水と食糧もかなり多くなるよな? 一日二リットルだとして一人辺り十四リットル。五人居るから七十リットルだから、それだけで七十キロか」
「食糧も含めたら、百キロは越えるから水や食糧の持ち込みは最低限で後は現地調達するって教わったろ」
学生達は明日に向けての準備を整える為に教室を出て必要なものを揃えに行く。
「あ、ちょっと、まだ作戦とか大事なこと話して……」
夏美が呼び止めようとした時には、すでに他の四人は教室を出ていった後だった。
「……ごめんねー。ダンジョンに潜れるからって、あいつら浮き足立ってるのよ。いつもはもっと冷静なんだけど」
夏美は溜め息を付くと、一人残った輝夜に視線を向けて苦笑混じりに話しかける。
「君は一年だよね。ここに呼ばれるってことはすごく優秀だろうから、心配ないとは思うけど何かあったら言ってね」
「それじゃあ、早速一つ聞いても良いですか?」
「ん? 何?」
「明日は何時に集合すれば良いですか?」
「……それも決めてなかったわね。今日中に話し合って決めるから連絡先だけ交換しときましょうか」
◇◆◇◆
--翌日。
ダンジョンに潜るのに必要な荷物をアイテムボックスに入れ、ほとんど荷物の入っていないリュックを背負った輝夜は原宿のダンジョンゲートの前で学生達が来るのを待っていた。
「ナディ、僕の代わりに魔法でサポートよろしくね。くれぐれも」
『魔法の威力は落とすわよ』
言われなくてもわかってると言いたげに、輝夜の言葉を遮ってそう言うナディ。
「それとアリアは皆に気付かれないように周囲の警戒を頼むよ。知らせるだけで、なにもしなくていいから」
「わかった」
魔法で姿と気配を消したアリアが短く返事をする。
「赤羽さーん! こっちだよー! 皆もう集まってるよー!」
百二十リットルの大きなバックパックを背負った夏美が、遠くから輝夜に声をかける。
「お待たせしてしまってごめんなさい」
小走りで夏美のところまで駆け寄った輝夜は、そう言って軽く頭を下げる。
「ううん、集合十分前だから……っていうか、荷物少ないね」
輝夜の荷物が小さなリュックだけだと気付いた夏美はそれで大丈夫なのかと尋ねる。
「アイテムボックスがあるので」
「え!? 赤羽さんアイテムボックス使えるの!?」
輝夜がアイテムボックスを使えると知った夏美は目を見開いて驚きの声を上げる。
「アイテムボックスが使えるなんて人、初めて見たよ。そっか、なんで一年生が呼ばれたのかと思ったけどそういう事だったんだね」
「……かもしれませんね」
「それじゃあ、行こうか皆もうゲートの前で待ってるから」
夏美に案内され、原宿にあるゲートに向かう。数分も経たない内にゲートとその前で大荷物を背負って談笑している学生達の姿が見えてくる。
「(あれ? もう少し奥まった場所だったような気がするんだけど。それに、ゲートを隔離する柵もないし……)」
原宿のダンジョンに来るのは数年振りであり、ゲートの正確な位置など覚えていないが、少なくともライセンスを持たない人が入れないように、またゲートを通じてダンジョンから出てきたモンスターによる被害を抑えるという目的で、ゲートの周囲には厳重な柵が立ててあり、入口でライセンスを認証させなければ中に入る事ができないようになっている。
しかし、このゲートにはその柵すらもない。
「(学生が来る事と何か関係してるのかな?)」
不思議に思う輝夜だったが、ゲートの位置は地図上でこの近辺である事は間違いなく、近くに他のダンジョンもないため、ここが目的のダンジョンである事に間違いはない。
「(まぁ、きっと何か考えあっての事でしょ)」
輝夜は気のせいだと思いながら学生達と共にゲートを抜けてダンジョンへと突入する。
その日、原宿に新たなゲートが出現したというニュースは昼のワイドショーを賑わせる事になる。
明けましておめでとうございます。




