表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/59

カリキュラム導入

「カハッ」


 肺をやられ口から血を吐き、たまらず膝を折る輝夜。


「輝夜さん!」

「大丈夫……」


 慌てて駆け寄ろうとする夕香を、輝夜は手を伸ばして制止する。


「ええ、そうです。貴女は動かないでください。一歩でも動けば即座に彼女を殺しますよ」

「手ぇ……出さないで……夕香さん……」

「……ははっ、いい姿だ。実に美しい」


 ポケットからアメ玉を取りし仮面の下に指を差し込んで口に運ぶピエロ仮面。


「ゴホッ」 


 小さい傷口からは蛇口のように血が流れ、肺に溜まった血が逆流してくる。


「全く、凶暴なレディだよ」


 横腹を抑えながら、ヨロヨロとふらつく足取りで輝夜に近づいていくピエロ仮面。


「……お前、良いな……楽しくなってきた……」


 致命傷を受けたのはいつぶりだろうかと思う輝夜。久しく忘れていたピンチを前に、戦いの高揚感と楽しさを思いだしては自然と頬が緩む。


「その怪我で何を言うかと思えば、楽しくなってきた? 血が一杯出てるじゃないか、その怪我じゃもって三十分。もう決着はついてますよ。まあ、私も少し休みたいので、あなたには人質になってもらいますよ」


 ゆっくりと、輝夜に右手を伸ばすピエロ仮面。


「何言ってんの。ようやくやる気が出てきたところだよ」

「フフ、僕はそんなハッタリが通用するようなマヌケに見えるかい?」


 輝夜はフッと息を吐くと、ピエロ仮面のがら空きの腹に拳を叩き込む。


「……ば、ばかな……何故その怪我で……」


 体が浮き上がり、その衝撃で口から飴を吐き出し、膝から崩れ落ちる。


「怪我なら治してもらった。それより今のは綺麗に入ったんじゃないの?」


 無傷の胸をピエロ仮面に見せる輝夜。


「ば、ばかな……治しただと? この短時間の間に? そんな素振りなんて……」

「配信見てたなら知ってるでしょ? うちには優秀なサポーターが居るってさ」

「どこだ、どこにいる!?」


 ピエロ仮面の目の前で、ナディが親指を立ててウインクをする。しかし、目の前に居るにも関わらず、ピエロ仮面にはナディの存在は認識することは出来ずに、どこに潜んでいるのかと周囲を見渡す。


「……くそがァァァ! なら即死させるまでだ!」


 やがて激昂し、得物も持たずに輝夜に殴りかかるピエロ仮面。


「良いねぇ! そう来ないとなァ!」


 輝夜はそう呟くと、ピエロ仮面の拳を軽くいなし、カウンターをこめかみに叩き込む。脳が揺れ、全身から力が抜けていく。

 動くことはおろか、立つこともままならずに倒れるピエロ仮面の髪を掴み、無理矢理立たせる。


「しっかりガードしろよ」


 輝夜はそう言うと、強く握った拳をピエロ仮面の顔に叩き込む。

 一発目で仮面を叩き割り、二発目で鼻をへし折り、三発目で前歯を折り、四発目で顎を砕く。 殴る度に血が飛び散り、返り血が輝夜の頬を濡らす。


「ガードしろって言ったのに……まぁいいや、これに懲りたら、しばらくは塀の中で大人しくしてなよ。脱獄できたらまたおいで」


 そう言い残し、輝夜は男から手を放すと頬に付いた血を親指の腹で拭う。


「ヒヤヒヤしましたよ」

「ちょっと油断しちゃった」

『油断? 何に炭素が含まれてるか知らなかっただけでしょ』


 ため息混じりにそう言うナディ。


「この男の身柄は警察に任せましょう。それよりも輝夜さんはこれを着てください」


 夕香は警察に電話で状況を説明する。

 服を脱いだことで輝夜は下着しか着ていない。このままでは移動する事も出来ないため、せめて羽織るものくらいはと思い、スーツのジャケットを輝夜の肩にかける。

 下着の上から直接ジャケットを羽織ったことにより胸が強調され、我ながら扇情的な格好だなと思う輝夜。


「なんかエロ「怒りますよ」はい」

「一騎当千の呂布みた「輝夜さん」ごめん」


 警察に事情を説明する夕香から離れて、屋敷の外に出てきた輝夜は、階段に腰をおろして一息つく。


「しかし、賞金稼ぎとは困ったもんだね」


 このような事になるのも、今日だけの話ではないだろう。今後何人もの賞金稼ぎが輝夜を狙って来る。


「何か対策したいけど、なんか良い案ない?」

『簡単よ。襲ってきた奴を片っ端から倒して、圧倒的な力を見せつけてやればいいわ』

「今日の出来は圧倒的だったとは言えないなぁ」

「最初から本気でやっていればすぐに終わっていただろうに、なぜ銃とかいう道具を使わなかった?」


 今まで静観を決め込んでいたアリアが輝夜の隣に現れて、彼女にそう問いかける。


「今日はシンプルに持ってきてなーい」


 へらへらと笑みを浮かべて、両手を上に伸ばす輝夜。


「前々から思っていたが、やはりバカなのだな」


 アリアは額に手を当てて溜め息混じりにそう呟く。


◇◆◇◆


 ワシントンD.C、とある刑務所の独房。


「そろそろ喋らんか?」


 氷室は所長の好意で檻の前に用意されたソファーでくつろぎながら、独房に居る初老の男性に話しかける。


「何度も言わせるな。私はあの御方を裏切りはしないし、あの御方も私を見捨てたりはしない……直に助けが来るだろうさ」


 独房の中央に腰を下ろしたまま、呟くようにそう言う初老の男性。ラスベガスのカジノで捕らえた百足旅団の一員である。調べによると名前はジョン・ハーバー、中南米を拠点に活動する麻薬カルテルのボスである。


「そう言いながらもう二週間は経ったで? 見捨てられたんとちゃうの? ワイとしては見捨てられてくれたほうが楽やねんけどな」

「……ふん」


 氷室の言葉を聞いたジョンは、そんな事があるはずがないと鼻で笑う。


「しかし、曲がりなりにも組織のボスをやっとった男が百足旅団なんちゅーもんの下に付くとはな」


 氷室はジョンの心酔しきった様子を見ながら、ため息混じりに呟くと、タバコを咥えて火をつける。

 彼から情報を聞き出すのは骨が折れそうだと思っていたその時、周囲から幾つかの気配を感じる。


「助けが来るにせよ見捨てられるにせよ、ワイの見立てやと、そろそろやねんけど……来よったか」


 氷室は刀を手に取りながら、周囲に殺気を放つ。


「護衛は東洋人一人だけか」


 暗がりから黒いコートに身を包み、フードを深く被って顔を隠した男達が姿を現す。


「……バカな……暗殺部隊だと?」


 彼らを見たジョンは、現実が受け入れられないといった様子で茫然と呟く。


「ジョン・ハーバー、貴様は我々について知りすぎている。故に口封じをしろとのお達しだ」


 先頭に立っていた男は、氷室を無視して独房に居るジョンに話しかける。


「バカな、あの御方が私を見捨てるはずなど……。私が居なくなれば、私が提供している資金も無くなるのだぞ!」

「貴様の麻薬カルテルはあの御方が引き継いだ。つまり貴様はもう用済みだ」 

「私があの御方の為にどれ程の金と労力を費やしたと思っている! その私を捨てるなど、そんな事があるはずがない!」


 ジョンは檻を掴み、今にも噛みつきそうな勢いで怒鳴る。


「ワイの事はスルーかいな。ツレんやっちゃのぉ」


 タバコを吸い終わった氷室は、吸い殻を床に捨てて足で踏み潰して火を消す。


「私も喫煙者でな。人生最後の一服を邪魔するのは忍びないと思っただけだ」

「なんや、気遣ってくれたんか、そらおおきに。せやけど大丈夫や、お前ら叩っ斬った後に一服つけるさかい」


 刀を鞘から抜き、鞘を放り捨てる。


「島国のサムライが暗殺部隊の精鋭である我々五名を相手に立った一人でか?」

「なんや自己紹介か? せやけど自己紹介で嘘ついたらアカンで」

「何?」


 氷室は切っ先を暗殺者集団に向け、顎をつき出すようにして相手を見下し、小馬鹿にするような笑みを浮かべる。


「精鋭やのうて、雑魚が五人や」

「面白い、その余裕がいつまで続くか見物だな!」


 暗殺者集団の中から前の方にいた三人が飛び出して、毒の塗られたナイフを手に氷室に襲いかかる。


「いつまでも続くに決まっとるやろがボケ」


 眼にも留まらぬ速さで刀を一振りする。たったの一振りで襲いかかってきた暗殺者三人をまとめて両断して見せる。


「バカなッ!」

「何を惚けとんねん」


 氷室の投擲した刀が男の頬を掠め、彼の後ろに居た暗殺者の喉に深く突き刺さる。

 男は反射的に投げられた刀に気を取られて後ろを振り向く。


「戦闘中に敵から目ぇ離すなや」

 

 氷室の言葉に、再び視線を氷室の方に向ける男。だが、振り返った瞬間に彼の顔面を氷室の飛び膝蹴りが撃ち抜く。

 鼻の骨が折れ、勢いよく鼻血を吹き出しながら倒れる男。

 氷室は飛び膝蹴りの勢いそのままに男の背後を取ると、投げた刀を手に取り、死体から抜いた勢いで男の肩から脇腹にかけて斬る。


「呆気なさすぎや」


 刀に付いた血を暗殺者の服で拭い、投げ捨てた鞘を拾って刀を納める。


「ふざけるな、この私がどれだけ尽くしてきたと思っている……! この私を捨てるなど……」


 そして信じていた相手に裏切られた怒りで拳を強く握りしめるジョンの方へと近づき、彼の前でしゃがんで目線を合わせる。


「言うた通り見捨てられたな。んで、どうすんねん? 捨てられてもなお主に忠誠を見せるか、それとも一矢報いるか……どっちや?」

「……いいだろう、聞きたいことはなんだ?」


◇◆◇◆


 賞金稼ぎに襲われた翌日。日が高くなる時間帯になってようやく起きてきた輝夜は、夕香に連れられて昼過ぎに高専へと向かうと、個別で話があるからと校長室へ呼び出されていた。


「政府から高専に新しいカリキュラムを導入すると通達がありました」

「その話ならもう聞いてますよ。僕が引率みたいな事をすれば良いんでしょう?」


 眠気を抑えきれず、口を手で覆い隠し、欠伸をしながらそう言う輝夜。


「はい、お願いします……ただ、この新しいカリキュラムですが、教師陣からは反対の声が多く上がっています」

「でしょうね」


 校長の話に、そりゃそうだと頷く輝夜。


「校長、それについては私の方から話します」


 校長の側に控えていたガタイの良いジャージ姿の男性が口を挟む。

 主に実技面の指導を担当している元ハンターの教員である。本人は直談判のつもりなのだろうが、夕香や輝夜にどうこう出来る権限はないため、抗議したところで効果はないに等しい。


「学生だけでパーティを組んでダンジョンを攻略するというのは、あまりにも危険だと教師陣の総意でして、今回の試験的な実施はともかく、本格的な導入については考え直して頂くよう働きかけては貰えませんか?」


 言葉遣いは丁寧ながらも、厳とした態度で迫りながらそう言う男性教師。

 てっきり、その辺りも踏まえて話がついているものとばかり思っていた輝夜は、高専側の態度にどうしたものかと夕香に視線を向けて助けを求める。


「今回のカリキュラムは危険は承知の上で、強いハンターを育成するのが目的です。とはいえ、我々としても怪我人は出したくはないので、安全面には最大限配慮しますし、仮に導入した場合でも、参加するのはその意志のある者だけです」


 輝夜を守るようにして前に出た夕香は、カリキュラムの目的と安全性について話す。


「学生らの大半はダンジョンに夢を見ています。全員が参加したがるでしょう。中には己の実力を過信して、無謀な挑戦をする生徒も居るでしょう」


 それを言われては二人とも否定できない。

 夕香も輝夜もハンターになった最初の動機は一攫千金を夢見ての事。

 目の前にチャンスがあれば、例え無謀だとわかっていても挑戦せずにはいられない。夢を追いかける十代半ばの少年少女とはそんなものである。


「学生らはまだ子供です。我々学校は親御さんから預かった子供達を守り育てなけれなならない。それを危険に晒すなどもってのほかです。本当なら、今回の試験的な実施もお断りしたいくらいです」


 男性教員の言っている事もわかる。むしろ、倫理的な観点から見れば高専側の方が正しい言い分である。


「確かに、最近はダンジョン配信やプロハンターの影響もあって、金や名声といったダンジョンの良い面ばかりが注目を浴びています。……私もプロの端くれとして多少の金や名声を得ているので、ダンジョンに夢を見るのが悪いとは言いませんが、その裏では何人ものハンターがダンジョンで怪我をしたり、最悪の場合は命を落としている事も知っています」


 それでも、このカリキュラムは導入しなければならないと思っている夕香は、根気強く説得を続ける。


「ええ、その通りです。私も下層で怪我を負い、それが原因でハンター業を引退しましたからよくわかっています」

「ダンジョンで死亡、怪我で引退するハンターの内、四割は新人です」

「それは……」


 夕香に言われ、言葉に詰まる男性教員。


「高専の生徒は卒業後、その九割がハンターとして活動します。ですが、その内の四割は死ぬか、引退せざるを得なくなる」

「……」


 夕香の説明に男性教員は言い返す言葉が見つからず、押し黙ってしまう。


「我々がサポートし、ダンジョンでの立ち回りを身につけさせる。そうすれば、新人の死亡率も引き下げる事ができます。今ではなく先を見据えればこそ、このカリキュラムは必要です」

「……確かに、おっしゃる通りです。しかし、本当に安全性は大丈夫なんですか? 生徒に万一の事があっては本末転倒です」

「安全については……」

 

 二人のやり取りを聞きながら、これは長くなりそうだと思った輝夜は、こっそりと二人の側を通り抜けて、静観している校長に話しかける。


「あっちは放っておいて、本題に入ってもいい?」

「そうですね、今回の先行実施の対象となった学生らも待たせていますから、移動しながら話しましょうか」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まあ同じ案を出す側なら兎も角、現場である教師側からすりゃ反対するわな。何かあって一番に非難来るのも現場なんだし。 結局は命令されているだけの現場に対案出せとか無茶苦茶。ストする権利はあるから…
[一言] 「反対するなら新人ハンターが一人も死ななくなる対案を出せ。或いは強いハンターを早期に養成出来る対案を出せ。出せないなら口を出すな」と言うのが手っ取り早いでしょうね。 対案無き反対は戯言と同…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ