賞金稼ぎが来た
「暇だ」
オーガの一件が明けて数日経った頃。教室の窓際の一番後ろの席から、外を眺めながら呟く輝夜。
「なぁ、配信見たか?」
「見たよ……なんていうか、やばいな」
「あの見た目で、容赦ねぇ」
「目あわせたら殺されるかもよ」
教室の端の席から窓の外を眺めていると、自然と周囲の会話が耳に入ってくる。
オリヴィエーロとの戦いの配信はかなり拡散されており、その戦いぶりを見た学生らは輝夜に畏怖の念を抱いていた。
「やっぱり、あれってやりすぎちゃったのかな?」
輝夜は帰り支度をしながら、迎えに来た夕香にそう尋ねる。
「捕らえた後はすっかり大人しくなり、こちらの質問にも素直に話していたので、私達としては助かっていますが……まぁ、絵面的には、そうですね」
夕香は言葉を濁しつつもゆっくりと頷く。
見た目と立場から、ただでさえ近寄り難いというのに、そこに加えてオリヴィエーロとの一件で、輝夜は完全に孤立してしまっている。
戸塚エミもまだ精密検査で入院しているため、ここ数日、学校で夕香以外の人間と会話していない。
『アンタってば嫌われものね。カワイソウ』
「あ、言ったなこんにゃろー」
輝夜は人差し指をナディのこめかみにあてがい、両側からグリグリとほんの少しだけ力を込める。
『あいたたたたた、頭グリグリしないでよっ』
「余計な事言うからだよ」
ナディで遊んでいると、教室のドアが開き若い男性の教師が教室に入ってくる。
「えー、皆さん。帰る前に伝達事項が一つあります。ここ数日で周囲で行方不明者が数名報告されています。皆さんも帰り道には十分に気をつけてください」
教師は教壇に立って三日前から連日で起こっている行方不明事件についての説明をする。
毎日のように誰かしら行方がわからなくなることから、警察は総出で事件について探っているがこれと言った進展はなく、しいて挙げるとすれば行方不明となったであろう現場には、黒い煤のような粉が大量にあるということだけだった。
「六時には完全下校してそれ以降は寮から出ないようにと、先程政府から指示がありましたので従うようにしてください」
教師がそう言うと教室内で不満の声がいくつか上がるが、輝夜は自分には関係のないことだと聞き流していた。
「文句なら政府の人に言ってください」
教師がそう言うと皆はスッと黙り、チラチラと夕香や輝夜に視線を向ける。
『体よく使われてるわね』
「困ったもんだね」
「それで学生さんが素直に聞いてくれるなら構いません」
気まずい空気の中、帰り支度を済ませた輝夜は足早に教室を出る。
「そういえば、この間話した件ってどうなってるの?」
「ダンジョンに潜る学生の方はすでに決まってますから、明日辺りにでも学校に伝える予定です。トーナメント云々の方は関わっていないのでよくわからないですね」
夕香と雑談をしながら、輝夜は帰り道をショートカットするために人気の少ない路地を通りって廃墟を横切る道に入る。
どこかの金持ちが住んでいた大きな屋敷だったが、数年前に強盗に襲われ屋敷は半焼し、屋敷の者も亡くなってしまったらしく今は幽霊が出ると噂になっており、ほとんど近付こうとするものは居ない。
だが、その日はもう一人いた。
「……た……助け……て」
輝夜が路地を抜けて廃墟を通り過ぎようとしていた時、一人の女性が這うように廃墟から出てくる。
「お?」
「なっ!」
夕香はその女性を見て驚きのあまり、思わず数歩後ろに下がる。
何故ならその女性には足がなかったからだ。
苦痛に顔を歪めて助けを求める女性を見て、夕香はすぐに救急車を呼んでその女性に駆け寄る。
「おや、これはツイている」
奥から、ビジネススーツを着込みピエロの仮面で顔を隠した男性が現れる。
「うわっ……」
あからさまにまともには見えないピエロ仮面を見た輝夜は、思わず声を上げる。
「朱月輝夜さんですね? あなたを殺せば莫大な賞金が手に入る」
「賞金目当てってことは、百足旅団とは無関係?」
「最近噂になっている連中ですか。私は彼らとは無関係、誰かの下につくのは死んでもゴメンです……しかし、実に運がいいですよ。狩りを楽しんでいたら、本命に出会えたんですから」
「僕に賞金が懸かってるって話は本当なんだね。学校じゃ避けられてるのに、悪人は寄って来るんだもんなぁ」
「それは大変ですね。まぁ、お喋りもいいですがその前にこちらを片付けなければーーほら、皿に出された物を残すのはダメだと子供の頃、親に言い聞かされてましてね」
仮面の下でうっすらと笑みを浮かべて指を鳴らす。
すると、みるみるうちに女性の体がボロすみに変わり、原型を留めぬ程に崩れていく。
夕香は咄嗟にその場から飛び退き、ピエロ仮面に向けて魔法を放つ。
ピエロ仮面の男は、夕香の魔法を軽く避けて高らかに笑う。
「この力は実に便利だ。なんと言ったって死体の処理に困らない」
指の間接をならしながらそう言うピエロ仮面。
「最近の連続行方不明の犯人はあなたですね」
夕香の言葉に、輝夜は話題になっている事件は、現場に黒い煤のようなものが大量に残っているという話を思い出す。
「ええ、もっとも連続行方不明ではなく連続殺人ですがね」
「人を殺すなとは親に言い聞かされませんでしたか?」
スーツの懐から短杖を取り出して、先をピエロに向ける夕香。
「子供じゃないんですから、親の言うことをいつまでも律儀に守るわけないでしょう」
ピエロ仮面はそう言いながら、ポケットからアメ玉を取りだし仮面の下から手を差し込み口にアメ玉を入れる。
「まぁ何でもいいですが、一先ず拘束します」
「やれるものならどうぞ」
ピエロ仮面の周囲の地面が変形し黒い刺となり夕香と輝夜に襲いかかる。
夕香はそれを横にとんで棘を回避する。その直後、黒い液状の棘が風を裂きながら、夕香の居た場所を通りすぎる。あと一瞬でも遅れていたら、串刺しになっていたかと思うと自然と冷や汗が滲む。
「ブースト」
輝夜は身体能力を強化し、襲い来る棘を素手で破壊する。
「まだですよ」
ピエロ仮面は、その場にしゃがみ地面に手を付き、アスファルトを黒い液状の刺に変え襲わせる。夕香はそれを横に転がるようにして避けながら、魔方陣を展開して幾つもの氷の礫を放つ。
「速いっ! しかし」
ピエロ仮面はアスファルトを巧みに操り、氷の礫を破壊しそのまま反撃に転じる。
「面倒な」
ピエロ仮面の攻撃を捌きながら、魔法で攻める夕香だが、手数の差で徐々に押されはじめる。
「本命は銀の弾丸なので、あなたにはあまり時間を割きたくないんですよ」
だめ押しと言わんばかりに、棘の量を更に増やすピエロ仮面。
「一気に終わらせていただきます」
「ねぇ、僕も混ぜてよ」
輝夜は側に生えていた若木を掴むと、それを軽々と引っこ抜き、そのままピエロ仮面に投げつける。
「っ!」
まさか若木が飛んでくるとまでは思わなかったのか、動揺し行動が一瞬遅れるピエロ仮面。
「隙だらけですよ」
夕香の背後に巨大な魔方陣展開され、そこから高熱の熱線が放たれる。
手数では劣っていても、火力では夕香の圧勝。
「なんのこれしき」
ピエロ仮面は地面に手をつく。彼の足元が盛り上がり勢いよく柱が生え、彼の体を上空へと弾き飛ばす。
「ブーストスクエア」
輝夜はスクエアを使い、膝を曲げて高く跳躍する。
「自ら向かってくるとは」
迫ってくる輝夜に合わせるように、右の掌で掴みかかろうとするピエロ仮面。
「タイミングは完璧!」
勝利を確信し仮面の奥でほくそ笑むピエロ仮面。が、輝夜は空中で身を捩り、滑るようにそれを掻い潜ってピエロ仮面の後ろをとる。
「避けられた! しかし、まだ左手が」
空を切った反動を勢いを使い体を反転させ、左手で後ろにいる輝夜に手を伸ばすも、それより先に輝夜の蹴りがピエロ仮面の横腹を捕らえる。
勢いそのままに蹴り飛ばされたピエロ仮面は、廃墟の屋根を突き破って落下する。
「また美味しい所を持っていかれてしまいました」
「いや、まだ終わってないよ」
鋼鉄でも蹴ったような硬い感触に、今の蹴りが大したダメージが入っていない事を伝える。
「むしろ誘い込まれたかもね」
いっそこのまま帰ってしまっても構わないが、ここで見逃せば新たな犠牲者が出てくることは確実。
輝夜と夕香はピエロ仮面の後を追って廃墟の中へと足を踏み入れる。
周囲に注意していると、暗がりの中から透明の鉱物が飛んでくる。
輝夜はそれを掴み取って確認する。
「これダイアモンドですね」
「宝石の?」
「はい。これで相手の能力もなんとなく察しがつきます。恐らくは炭素を自在に操るのでしょう」
「ご名答! 私の持つスキルは炭素を自由に操る事が出来てね。私はこの力をカーボンコントロール『C.C』と呼んでいる」
屋敷の全体に響き渡るピエロ仮面の声。
「アスファルトなんかは、ほら、炭化水素が主成分だろう? だから液状化させてそのまま操ればすむんだが、こういう木とかだと、いちいちダイヤモンドにしてとばさなくちゃならない……こういう風にね」
ピエロ仮面は壁に手を当て、透明の鉱物に変換させて輝夜達に向けて射出する。
「そこか」
それを輝夜は素手で簡単に掴み取ると、飛んできた方向からピエロ仮面の場所を探り、床板を踏み抜いて床下に身を潜める。
「私が炙り出すとしましょう」
夕香はそう言うと、無数の魔方陣を展開し、全方向に魔法を乱射する。屋敷の壁や天井を突き破り、西日が射し込んでくる。
「ハハッ、一応はプロハンターと言うことか、流石の魔力だ。しかし、そんな適当では当たらんさ」
西日の強い日射しにより、ピエロ仮面の姿が露になる。
「始めからこれが狙いです」
魔方陣をピエロ仮面に向けて一斉に魔法を放つ。
「なるほど、まんまと策に引っ掛かったというわけか。しかし……」
ピエロ仮面が床に手をつくと、床や壁、天井から炭素で構成された壁が生え、夕香の放った魔法をすべて防ぐ。
「この程度、私のC.Cの前ではどうという事はありません」
「お前、コード○アス好きだろ」
足元から聞こえる声に反応したと同時に、横腹に重く響く衝撃を感じるピエロ仮面。
「……ぐうっ……一体、なにが」
意識が飛びそうになるのを堪え、自分の居た場所に目を向ける。ピエロ仮面が立っていた場所のすぐそばの床に穴が空いており、そこに輝夜が立っていた。
「思いっきり殴ったんだけど、随分と硬いね」
床に開けた穴から出ながらそう言う輝夜。
「炭素で表皮を覆ってますからね」
「ギアスの次はハガレンかよ!」
拳を振りかぶる輝夜。ピエロ仮面はカウンターを狙い、輝夜に手を伸ばす。
ピエロ仮面の手を身を屈めて避ける。ピエロ仮面の手が輝夜の背中を掠めるのと同時に、ピエロ仮面の腹に輝夜の拳が突き刺さる。
「ぐっ、スキルで身を固めてもこの威力とは……だが、私の勝ちだ!」
焼け焦げた木製の床下を這って来たため、輝夜の背中は炭で真っ黒に汚れている。
木炭は炭素の塊。つまりはピエロ仮面は自在にそれを操ることが出来る。
ピエロ仮面の狙いに気づいた輝夜は、着ている服を掴み、力任せに破る。
「気付いても遅い! 私は、既に触れている!」
ピエロ仮面がそう言った瞬間、黒い針が輝夜の胸を貫く。




