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スタンピード(8)

 ハンター協会会議室。

 女木島からヘリで直行した輝夜は、酒瓶を片手に会議室へと案内される。

 会議室には鮫島清臣と藤堂慶一郎が書類の束を片手に難しい表情をしていた。


「失礼します。輝夜さんをお連れしました」

「二人とも、今回はよくやってくれました」

「お陰で窮地を脱することができた。ハンター協会会長として礼を言う」


 夕香が会議室に入ると、二人とも書類から顔を上げ、輝夜と夕香に労いの言葉をかける。


「……の割には浮かない表情だ」


 酒瓶に口を付けながら呟くように言い、ぐいっと酒を煽る。

 

「高松市での映像を観てもらった方が早いでしょう」


 藤堂はそう言うとスクリーンに高松市で行われた戦闘の様子を映し出す。


「ちょっと気になるかも」


 輝夜はそう呟くと、鮫島の隣の椅子に座ってスクリーンに目を向ける。


『ご覧ください。我々の下で凄まじい戦闘が繰り広げられています』


 リポーターの言葉通り、報道ヘリの下では戦争のような苛烈な激戦が繰り広げられていた。


 大気をたたき割る様な爆発と共に撃ち込まれた120mmの榴弾により、大量の土砂が吹き上げられ、輸送ヘリにより上空から魔法が降り注ぐ。さらに迫撃砲と機関砲による一斉射撃が行われる。

 魔法と爆撃を突破したジャイアントオーガを複数人のハンターが取り囲んで撃破していく。

 

『ご覧ください。高松市に上陸したジャイアントオーガですが、自衛隊とハンターの見事な連携により駆除されていきます』


 興奮したリポーターが早口で実況する。

 映像を観ていた輝夜も、なんだ余裕じゃんと思いながら映画を観ているような気分で酒を飲む。


 しかしそう思ったのも束の間。ジャイアントオーガは、建物の瓦礫や乗り捨てられた車両を力任せに放り投げる。

 戦車や機関砲の上空から降ってきた瓦礫によって戦車が押し潰され、地上から高速で飛んでくる瓦礫に輸送ヘリは撃墜される。

 戦車と輸送ヘリの双方を潰された事で爆撃は弱まり、オーガが進んだ分、戦線を下げるために戦車は後退を始め、迫撃砲は一度撤収される。

 そしてその間、爆撃は弱まる。

 爆撃が弱まるのを待っていたかのように、僅かな隙を突いて完璧に統率された軍隊のように一気にオーガが距離を詰める。

 それにより、状況は敵味方入り乱れた混戦へと持ち込まれていく。

 

「あ、ダメか」

 

 その状況を見た輝夜はそう呟いて、酒瓶に残った酒の量を確認するように軽く揺らす。


 混戦となった以上、戦車、迫撃砲、魔法による火力支援は使えない。自衛隊の持つ小銃はオーガに通用しない。

 近接戦を得意とするハンターでも、ジャイアントオーガは複数人で取り囲まなければならない。しかし、ジャイアントオーガが一斉に流れ込んできた事で人手が足りなくなった。

 ジャイアントオーガを相手に一人で戦えるハンターはほんの一握り。その一握りのハンターによって辛うじて戦線が維持されているものの、輝夜の目から見て勝敗は決したに等しい。


「なんで地雷とか使わなかったの?」

「市街地ですから、後の事を考えると地雷は使えません」


 瓶に残った酒を一気に飲み干してからそう聞く輝夜に、藤堂は首を横に降って答える。


「暫く、この状況が続きますが、輝夜さんがオリヴィエーロを抑えた事で急にオーガの動きが止まり、その間に体勢を立て直して攻勢に転じれたため、なんとかすべてのオーガを駆除することができました」


 鮫島はそう言ってスクリーンの映像を切る。


「ですが被害も予想以上で多くの死者が出てしまいました。怪我人もかなり多く、引退を余儀なくされる者も多い」


 ハンターが減れば、ダンジョンのモンスターを駆除する人間が減る。その分ダンジョン内のモンスターが増え、スタンピードが起こりやすくなる。

 防衛には成功したものの、その犠牲は大きく、新たな問題に頭を悩まさなければならない。


「それは大変そうだ」


 輝夜は他人事であるかのようにそう言う。


「えぇ、まぁ……今回の作戦は全世界に公開されていますから」


 藤堂は苦笑いを浮かべてそう言う。

 今回の作戦で日本のハンターの強さを世界に向けて伝聞する予定であった。しかし、結果として日本は多くのハンターや自衛隊員を失うというものになった。たった一人の、それも少年によってである。

 この失態とも呼べる結果は日本の国際的な地位を落としかねない。


「このような事が起こらないように、日本のハンターの平均を引き上げなければならない。そのためには輝夜さんの力が必要です。どうか協力していただけませんか?」


 いつ飛ぶともわからない首が繋がっている間に、出来ることをしたいと思った藤堂は、輝夜に頭を下げて頼む。


「話を聞いてから考えます」


 輝夜は空になった酒瓶を名残惜しそうに眺めながらそう言う。


「……では少し、食事にでも行きませんか? 美味しい料理とお酒を出す店があるので奢りますよ」


 輝夜の持っている酒瓶を見た藤堂は、そう提案をする。

 酒を飲みながら頼み事をした方が、輝夜も引き受けやすいだろうと考えたからだ。

 タダ飯タダ酒を断る理由もないため、輝夜は二つ返事でオーケーする。

 夕香が車を回して来て、四人で政府が契約している料亭へと向かう。

 事前に連絡を入れて貸し切りにしており、輝夜達の他に客の姿はない。


「良い場所だな」


 料亭の個室に通された鮫島は、その落ち着いた雰囲気の室内を見てそう呟く。


「立場上、食事の席で外に漏らせない内容の話をすることもあるので、政府で幾つか料亭と契約をしているんです。ここで話した内容は一切外に漏れる事はありません」


 酒や料理が運ばれてくるのを待ってから、オリヴィエーロの確保と戸塚エミの救出の労をねぎらって乾杯を行う。


「できれば高松市の防衛も祝いたかったですが……」


 藤堂は残念そうな表情で、お猪口に注がれた冷酒を飲む。


「そうだな」


 鮫島も小さくそう呟くと日本酒を煽る。


「……そろそろ、さっきの話の続きを聞かせてもらえませんか? 僕は何をすればいいんですか?」


 折角の酒の席であるのに、重苦しい雰囲気に気まずくなった輝夜は途中で止まっていた話の続きを聞く。


「あぁ、そうですね。そうでしたそうでした」


 藤堂は思い出したように手を叩き、暗い雰囲気を払拭するように声のトーンを上げて話し始める。


「実はダンジョン高等専門学校にいくつかハードなカリキュラムを加えようと思っています」


 藤堂は鞄からホッチキスで綴じられた資料の束を取り出して輝夜に見せる。

 内容は、新たに加わるカリキュラムの変更点についての具体案である。

 学生のみでパーティーを組み、ダンジョンの中層を攻略するといった内容や、およそ二週間ダンジョンの中で生活するといった内容のものである。


「ハンター試験に合格し、ライセンスを取得しなければ、ダンジョンに入る事が出来ませんが、仮免許という形で高専の学生に仮のライセンスを発行します」

「学生のみでって……ああ、僕が面倒みろって事ですか」


 学生の内からハンターライセンスを持っている者は数える程しか居らず、学生の殆どはダンジョンに潜った経験がない。

 ダンジョンの上層ならばともかく、教師やハンターのサポートがあったとしても、経験の乏しい学生だけで、ダンジョンの中層に潜るのは危険である。

 そのため、学生の身分である輝夜が学生パーティーに入り、安全の保証をしてほしいと暗に言っているのだ。


「端的に言うとそうなります。ハンターライセンスを持っていない学生の中から、成績の優秀な生徒を五名程を選び、試験的に新たなカリキュラムを実施したいと思っております」


 藤堂も危険だということは分かっている。しかし、世界に通用するハンターを育成する為には学生の内からダンジョンに慣れ、経験を積ませるべきだと考えていた。

 ゲームで例えるならば、パワーレベリングである。


「輝夜さんはそのサポート。カリキュラムの有用性を検証していただきたいのです」

「そういう頭を使う感じのは、僕には無理ですよ」


 藤堂のハンター育成に対する熱意は伝わってくる。しかし、輝夜は自分には向かないと首を横に振る。


「ダンジョンの様子はドローンを通してわかるようにしておきますから、報告も輝夜さんの主観で大丈夫です」


 藤堂が聞きたいのは輝夜のような実力者から見て、学生達がどのように成長したのかというところである。


「楽しかったとか、そんなレベルになっちゃうかも」

「そこは、年齢相応の報告で頼みますよ」


 輝夜の冗談交じりの口調に、藤堂は笑って返す。


「しかし、藤堂課長、ハンターの育成も大事だが、成果が出るのは数年先だろう?」


 黙って輝夜と藤堂のやり取りを聞いていた鮫島が口を挟む。


「ええ、最短でも一年後にはなるでしょうね」

「無論、育成にも力を入れるべきだが、高松市の一件で多くのハンターを失った今、ハンター増強は急務である。一年後まで待つ余裕は正直ない」

「それはそうですが」


 鮫島の指摘に言葉を詰まらせる藤堂。

 人材の育成には時間がかかるのは仕方がない事であり、それは鮫島自身も理解している事ではないかと、彼に視線で訴える。


「そこで、掘り出し物を探すのはどうだろうか?」

「輝夜さんや、菊池芹矢さんのような……ですか?」


 夕香は鮫島にそう聞き返す。


「ああ。先程、周防ハンターと新見ハンターの連名でこのような提案書が届いた」


 鮫島はそう言うと、彼の鞄から書類の束を取り出してテーブルの上に置く。


「……これは」

 

 書類を手に取り、内容を確認した藤堂は驚いた表情で鮫島を見る。


「いわゆるトーナメントだよ。ハンター同士で戦い、強さを競うのだ。勿論、最大限の安全性は確保した上でな」


 漫画でよくある展開だなぁ……と思いながら、輝夜は酒を煽る。


「今のポイント制度では、輝夜さんのように素材を溜め込むハンターや、芹矢さんのようにあまりダンジョンに潜らないハンターが埋もれてしまう。そのため、そういった隠れた実力者を発掘するための企画だそうだ」

「賞金とか出さないと芹矢みたいタイプは来ないですし、そもそも興味を持たないと来ないですね。賞金に合わせて遺物やスキルシードを用意するとかじゃないと釣れないと思いますよ」


 そこまでしても、来るかどうかは五分五分だろうなと思いながらも、口には出さないでおく輝夜。


「プロハンターを抱えている複数の企業と連携し、ハンター協会主催にすることで企業から資金を募ればかなりの額の賞金が出るだろう。商品に関しては協会が所有している遺物かスキルシードを一つ貰えるというのはどうだろうか」

「鮫島局長!?」


 鮫島の発言に驚きのあまり声をあげる藤堂。

 協会が保管している遺物やスキルシードの中には飛び抜けて強力な物も存在し、悪用されればとてつもない被害が出るものも多い。

 オリヴィエーロの使っていた笛や、リッパーの持っていた杖などもそこに含まれる。

 もし、再び悪用される事になっては本末転倒である。


「賞品とする遺物やスキルシードは厳正に審査し、その審査を通ったものだけにするつもりだ。高松市の二の舞を引き起こす訳にはいかないのでな」


 鮫島もそこは理解しているため、他者に渡っても問題ないものだけを賞品とするつもりであった。


「わかりました。それで、開催の目処はいつ頃になりそうですか?」

「まだ、企画段階だ。二、三ヶ月は準備に要するだろうな」

「では、政府としてもいくらか協力出来ることがあるでしょうし、企画について話を煮詰めましょう」


「……なら、僕はもう帰ってもいいですか?」


 話題が鮫島の持ち出した企画にシフトした事で、もう用事は済んだと思った輝夜は残った酒を飲み干して席を立つ。


「はい。お時間を頂きありがとうございました。また追って連絡をしますので、それまではご自由に過ごされていてください」



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